2011年9月20日火曜日

リオ! RIO

ラテンビート映画祭のポスター
「アイスエイジ」のカルロス・サルダーニャ監督、今度の舞台は氷河期から一挙に、太陽と海のブラジル、リオデジャネイロ。


アメリカでは今年4月に公開。ワカはこの映画を飛行機の中で見て、激しく感動したらしく、往復4回も視聴。まだ見足りないとのことでDVDをアメリカから取り寄せた。大げさではなく2日に1回は見て、セリフも動作も音楽も暗記してしまったようだ。それでも大きな画面で見たいとぼやく。日本には今だ予告編すら無いということは、もう映画館では見られないかもと諦めていたら、「ラテン・ビート・映画祭」で一回だけ上映されるという。夢がかなったね~。


主人公はオウムのブルー。雛のブルーは捕獲され、遠く離れたミネソタでペットショップに売り飛ばされる途中、リンダという少女に拾われる。2人(1人と1羽)はいつも一緒、リンダは成人し本屋を営み、ブルーは本を読むインテリだけど飛べないオウムに成長する。ある日、トゥーリオという鳥類学者がブラジルからリンダの本屋にはるばるやって来る。ブルーは絶滅危惧種、メスを見つけたのでブラジルの研究所に来て欲しいと言う。悩んだあげく、リンダはブルーとブラジルに行く決心をする。
リオは折しもカーニバルの真っ最中で町中が沸き立っている。しかしブルーとメスのオウムのジュエルは、貴重種の売買をする間抜けなワルモノに研究所から連れ去られてしまう。ブルーとジュエルはコウカンチョウのペドロ、カナリアのニコ、そしてオニオオハシのラファエルたちと、ワルモノから逃れリンダの元へ向かおうとする。


まず声がいい。インテリで理屈っぽいオウムのブルーをジェシー・アイゼンバーグ(ソーシャルネットワーク)、気が強くて美しいオウムをアン・ハサウェイ。パーフェクトな配役なので、是非吹き替えでなく字幕で楽しみたい。


監督はブラジル出身、映画にはリオのいいところがてんこ盛り。ダイナミックな映像、特に上空からの眺めは気持ちいい。リオには2度行ったことあるけれど、まさに映画のとおり、飛行機の中から見た街の風景は今まで見たどの街よりも美しかった。クライマックスのカーニバルの場面は見ごたえ聴きごたえ十分。
そして何よりもブラジル人の人懐っこさとおおらかさ、また貧富の差に生きる多様な人間を、動物を擬人化することを通して優しい目で描いている。オリンピックとワールドカップ、ブラジルはますます明るくなりそうだ。


行き当たりばったりもたまにはいい、人生を楽しまなくちゃなぁ、と思った。


明るくて楽しいオープニング

2011年9月19日月曜日

9.19 明治公園

9月19日、大江健三郎さんなどが呼び掛け人となった「原発にさようなら集会―集まれ!5万人」に”おひとりさま”で参加してきた。1時ごろ大江戸線の「国立競技場」で下車、公園近くには既に昇をもった人が山のようにいる。映画に出てくる戦国時代のどこそかの陣に迷い込んだようである。会場にしては狭いなぁと思っていたら、待ち合わせの人ごみらしい。序の口だったのだ。


スルスルと人の間を抜け出てどうやら会場と思しき所に到達。一応、労組などの団体と個人参加者の区分けがされている。もはや立錐の余地もなく前にも後ろにも進めないのでそこにとどまることにした。えらいところで止まってしまったと思ったが、私などまだ良いほうで、会場に入れなかった人がたくさんいたらしい。


大江健三郎さんは、某幹事長がイタリアの国民投票で、原発反対票が上回ったことを「集団ヒステリー」と称したことに言及。イタリアもドイツも長い間論議を重ねて来た結果であり、何も福島の事故で突然決断したわけではない、と。

山本太郎さんは河野太郎さんから、「署名を渡してももどこかの倉庫に積まれるだけ、デモをしてもうるさいなと思うだけ。でも、政治家は地元選挙区民に直接訴えられるとかなりの効果があります。ぜひそうして圧力をかけてください。」と言われたそうだ。 



毎日新聞/梅田麻衣子
澤地久枝さんをはじめ、素晴らしいスピーチがつづく。福島県人の姿はあすの我が身でもあるのだ。国際環境/NGOであるFoE代表のフーベルト・ヴァイガーさんのお話、内容もさることながら、ドイツ語は演説するための言葉だなぁ、と関心した。


左が会場の様子だけれど、この外にも人が溢れていたわけで・・・。集会の後パレードするために道にでるまでがまたまた大変だった。ちょっとコワかったのも事実。ま、皆さん平和を望んでいるので穏やかであったことが幸い。交通整理をしているお巡りさんに、「要領が悪い!」と怒鳴っている人はいた。落合恵子さんが、「けが、熱中症、逮捕者無しで!」と言っていたけれど、私も心底そう願いましたワ。


パレードは3コースに別れる。私は途中で疲れたら抜けようかと思っていたが、結局終点の代々木公園まで歩いた。途中、沿道で拍手をしたり、手を振ってくれる人がいて嬉しかった。


主催者は6万人、警察はデモ行進に3万人と発表していた。が、フジテレビは2万5千人とか言ってるし。ま、完全無視よりは前進か。

2011年9月18日日曜日

メンデルスゾーンの家@ライプツィヒ

バッハとともにライプツィヒで忘れてはならないのが、メンデルスゾーン。作曲家としてだけでなく、20歳でバッハ「マタイ受難曲」のベルリン公演を成功させバッハの復興、また30歳でシューベルトの「第8交響曲」を演奏しシューベルト復興にも貢献している。34歳でライプツィヒ音楽院を開講。38才という夭逝が惜しまれる。そのメンデルスゾーンの家を訪れた。ワカにとってはちょっと思い出深い訪問になる。

というのも、今年のワカのピアノの発表会のお題はメンデルスゾーン。「無言歌集」の中からOp.53 No.3 「プレストアジタート」という曲を弾いた。日本語では「胸騒ぎ」と言うらしい。邦題を見て、「まさしく僕の心境だ」。だよね、私もよ、その気持ちのまま弾けば臨場感あふれる演奏になるかも〜。と、別の意味での「胸騒ぎ」を引きずりながらも、旅行の一週間前にどうにか発表会を終え、メンデルスゾーンにご報告とあいなった。

メンデルスゾーンハウスは、音楽の妖精が笑っているような、そんなあたたかな空間だった。

中庭にあるメンデルスゾーンの胸像
大変分かりやすく紹介されているサイト。--> メンデルスゾーンハウス

そろそろライプツィヒもお終い、次はドレスデン。

2011年9月17日土曜日

諸国民戦争記念碑(Völkerschlacht-denkmal) その2@ライプツィヒ

展望台からの眺めもすばらしい。エレベータで3分の2位まで上がり、そこで小型のエレベータに乗り換え、あとは狭い階段で地上80メートル位のところにある展望台に行くことができる。いわゆる望遠鏡などが置いてある展望台ではなく、狭い外廊下に沿ってぐるりとドームの周りを回る。


1813年の「諸国民戦争」は第一次世界大戦が起きるまで、人類が経験した史上最大の戦争だった。目の前にはライプツィヒの中心街や、緑に囲まれた静かな景色が広がる。200年前の戦争だけでなく、2度の世界大戦もくぐり抜けてきた景色なのだ。


竣工が1913年、翌年から第1次世界大戦が始まった。隣接する記念館には戦争にまつわる品々とが展示され、その悲しさや虚しさを訴えている。


エレベーターの中の表示
ドームの内側には彫刻が施されている

外に出るとライプツィヒの街が一望

街の外はこんな森。その中にお城。
近ずけると・・・

住宅地もいい感じ

ドームのてっぺんはすぐそこ

2011年9月16日金曜日

諸国民戦争記念碑(Völkerschlacht-denkmal) その1@ライプツィヒ

中心から路面電車で10分ほど、どでかい建物のてっぺんが見えてくる。どれほど大きいかというと、高さ91メートル、ヨーロッパ最大の記念建造物だそうだ。建物の前には大きな池、広大な敷地のなかにヨーロッパの街にはあまり似つかわしくない無骨な姿。

1813年の諸国民戦争(ライプツィヒの戦い)でナポレオンに勝利し、その戦後100年記念として建てられた。19万のフランス軍対、プロイセン王国+ロシア帝国+オーストリア帝国+スウェーデン王国の連合軍36万。3日間の激戦で、双方合わせて12万人以上もの兵士が戦死したという。
連合軍の圧倒的な戦力にフランス軍は敗北し、ライン同盟は解体した。

中部には10メートルの大きな騎士像があちこちに置かれている。真ん中はド~ンと吹き抜け、中央には慰霊の花束、その上の高さ68メートルのドームは圧巻だ。展望台からはライプツィヒが一望に見渡せる。



ぽっかりと現れる巨大な建造物
オレンジの部分は修復中
入口上には巨大な像


てっぺんにも巨大な像
内部も巨大な像ばかり
男の人もおおきいし


母も大きい


子どもだってバカできないほどでかい

下から見上げるとこーんな感じ

足の爪はちゃんと切ってある




2011年9月15日木曜日

おひさま 主題歌フルバージョン

この前始まったばかりと思っていたらもう9月。
私の祖母の時代のお話なのに、基本的には世の中変わっていない。我が身を振り返り、身につまされたり、これでよかったのだと思ったり。
それにしても若尾文子さんはほんとにお美しい。
ナツコ先生もご健在だったし、これで丸庵のお父さんとお母さん、須藤のお父さんもお元気だったらスゴイ!

平原綾香さんの歌、すてだなぁと思っていたらYoutubeにフルバージョンが出ていた。
期間限定!

2011年9月14日水曜日

上をむいて歩こう@ライプツィヒ

自分の目線に広がる風景も綺麗だけれど、上を見るとその建物の自己主張がよく伝わってくる。

ニコライ教会と柱
ロシア教会


Katharinen通りの建物
旧証券取引所(左) 旧市庁舎(右)
旧市庁舎
新市庁舎



ニコライ通りの建物
旧ニコライ学校
ワーグナーも通った




Cafe Riquet
着物姿の女の人が・・

ライプツィヒ駅前の工事現場
これから何が出来るのか

2011年9月12日月曜日

ゴーストライター The Ghost Writer

ロマン・ポランスキー監督。

在任時に起きたイラク戦争の人質拷問問題で追い詰められている元首相ラング(ピアース・ブロスナン)の自叙伝を書いていたゴーストライターが自殺。その後任のゴーストライターに-名前がない-(ユアンマクレガー)が雇われ、ラングがこもっているアメリカの孤島に行き、仕事を仕上げることになる。

政治に積極的な妻ルース(オリヴィア・ウィリアムズ)と少々頼りないラングの関係はクリントン夫妻のようでもあり、ラングのノー天気さはブッシュ氏のようであり、アメリカに無条件で同調したブレア氏のようであり。また、40年近く前の未成年に対する虐待で今だアメリカの地を踏めない監督本人か。

全体は、雨が降り、湿った潮風が落ち葉を飛ばし、空は灰色、全てが陰鬱な世界。なんの戦略ももたないゴーストライターは思い切った行動に出る。が、そこから先が続かない。自分の身を守るために、あっちにフラフラ、こっちにフラフラ。これが、笑えないのだ。彼はアメリカ映画の中のヒーローではないわけで。

献身的な秘書のアメリアをセックス・アンド・ザ・シティーのサマンサ役で知られているキム・キャトラルが演じている。キャトラルがアメリカ人と思っていた私は、似ているな、と思いながらも彼女だと思っていなかった。カナダに長いこと暮らしているそうだけど、リバプール生まれのイギリス人。少々薹が立った超仕事ができる、しかしどことなく色気を残したアメリア像が見事。

ルース(奥)とアメリア(手前)
ラング婦人のルース役、オリヴィア・ウィリアムズは映画「ピーターパン」でもし綺麗なお母さんコンテストがあったら間違いなく一番であろうというような、ウェンディのお母さん役で初めて見た。最近ではTVの「ドールハウス」や映画「ハンナ」にも登場。それぞれ全然違う役を演じている。今回は、ティルダ・スウィントン並みにコワイ。イギリスは女優の宝庫だなぁ。

ピアーズ・ブロスナンはその素敵さが、主役では無い時にキラキラと光る。脇役タイプではないのに。ある政治家の空っぽさを絶妙に出している。ユアン・マクレガーの英国風ジョークとうまくピンポン。

欧米の政治に詳しければツボが沢山ありそうだ。わからないなりに、すぐ隣りにあるであろうこの世に渦巻く不安を、じんわりと感じることができる。

2011年9月8日木曜日

脱原発アクションウィーク 9月11日~19日

ライプツィヒの記事を書きながら、NHKで見た「月曜デモ」のドキュメンタリーを思い出した。静かなデモではあったけれど人が集まり大きくなるにつれ、政府が武力行使してくるのではないかと、市民はかなり緊張していたという。東ドイツの国境を何度か渡り、チェックポイントチャーリーではコワイ思いもしたので、その気持ちは想像に難くない。意思を表すというのは、勇気がいるものだ。

私はどうなのだろう・・・。事故があって初めて目が覚めた「にわか」脱原発論者。シロウトには口を出すのがはばかられていたが、あれから半年、推進も反対もとにかく全部聞いてみようと心がけた。100歩譲って「福島の放射能汚染が人体に重大な影響を与えるほどではなかった」としよう。しかし怪しげな原価計算、電力会社のやらせが明らかになった。今日も暑いのになぜか節電終了。原発ナシだと値上げ原発有りだと値下げ、損害賠償もリストラも終わってないのになぁ。あれこれ全然腑に落ちない。

人体に及ぼす「影響がない」ということは喜ばしいことなのに、専門的な知識が無いので納得するのが難しい。なによりも「無い」という「メディア」の取り上げ方が信用できなくなっている。200歩譲って、安全になっていると素直に信じるとしてもだ、核廃棄物処理問題、これ、どう考えても大問題。モンゴルに埋めるって?冗談もほどほどにしていただきたい。これだけでも原発は選択肢にはならない。

9月11日から19日までは「脱原発アクションウィーク」。
9月6日に1000万人の署名を集める呼びかけ人、大江健三郎さんらの声明が発表された。
「本当に悪いものだったら、誰が止めてくれるだろう」というのは、そろそろ卒業。
私もこのウィーク中どれかに参加しようと思っている。フツーの人が声を上げるために。

2011年9月7日水曜日

ニコライ教会@ライプツィヒ

教会の中の柱が広場にも
 市内でトーマス教会と並ぶ2大教会の一つニコライ教会。1165年に建造され、商業の守護聖人である聖ニコラウスに捧げられたこの聖堂は、商都ライプツィヒの象徴として市民から手厚い保護を受ける。


内部はシュロの木をかたどった柱がならび、パステルカラーで明るい。ローマの「なんとか浴場」と言っては失礼か・・・。一見の価値あり!さすがにこの内装は12世紀ではなく18世紀に施されたそうだ。


1724年、ここでバッハの「ヨハネ受難曲」が演奏される。バッハはトーマス教会の音響のほうが気に入っていたが、当時はトーマス教会とニコライ教会で毎年交互に受難曲が演奏されており、その年はニコライ教会の番だったそうだ。
写真中央にデーンと見えるパイプオルガンは5段鍵盤。私たちが教会に入ったとき、ちょうどパイプオルガンでバッハの小フーガが演奏されていて、その音色に圧倒される。


さて、東西ドイツが分断されヘクセンは東ドイツに。1982年から、毎週月曜日にニコライ教会での平和の祈りの後、市民は反対性団体の呼びかけで、市内をデモ行進するようになった。


1989年10月9日、この「月曜デモ」は7万人にもふくれあがる。デモ弾圧という中央の意思には従わず、ライプツィヒの党支部は住民に対話を呼びかける。その波は瞬く間に全土に広がって、ドイツ統一へと繋がる。


ドイツ統一後も、2003年にはイラク参戦に抗議する「月曜デモ」が行われた。意思をしっかり示す、ライプツィヒ市民の象徴のような教会でもある。

2011年9月5日月曜日

ツリーオブライフ    The Tree of Life

テレンス・マリック監督。

冒頭のセリフ、(うろ覚えなのだけれど)。
「母は“nature” (野生)と“grace” (神の選民)の2種類の生き方があるという。野生(俗世にならった)の生き方をすれば「他人を支配したい人間ばかり」になり、宇宙と人生は入れ子構造であるから、その人は世界は美しく愛おしいことを感じられなくなるという。」


主人公ジャックの少年時代、庭には芝生、大きな木、少し先には草原や森や川、自然は美しく輝いている。父親(ブラッド・ピット)との確執で心が開かない。それどころか、どんどん内にこもっていく。「僕はどうしてこうなってしまったのか」と少年にはいくら考えても答えは出ない。

成長したジャック(ショーン・ペン)、街中で高層ビルに囲まれた都会で建築の仕事をしている。ガラスが一面に張られた建築物には青空と雲が映りこみ、自然の美しさと呼応している。人工的な美しさを放つ建物の狭間で、の死という不条理に対し問いかけ続ける。

彼の問が始まると炎か何かのように見える映像が現れる。それはどんどん広がって宇宙の星の姿に、そして地球がうまれそこに生命が誕生。唐突に思えるその圧倒的な映像をもってゆっくり理解されていくマクロとミクロの世界。赤ちゃんの誕生(ミクロ)と、宇宙の誕生(マクロ)が実に美しくシンクロされていく。天体の映像はやがて地球が太陽の膨脹に飲み込まれてしまうところまで行き着く。一方人間の心のひだも丁寧に描かれていく。壮大さと繊細さ。これぞ映画の醍醐味。


”Nature”としての父親を演ずるブラット・ピット。子供にも見抜かれてしまう薄っぺらな虚栄心を実に見事に体現。彼のマッチョな「軽さ」が役柄にあっている。一方ほとんど演技らしい演技のなかったオスカー俳優ショーン・ペンは、役柄に対して少々オカンムリだったらしい。しかし、マクロの世界への道案内として適役だったのでは。”Grace"としての母親役を演ずるジェシカ・ジャスティンは、若い頃のミア・ファロー似で儚げな美しさが素晴らしい。


最後にジャックは時空の扉を潜り抜け、過去、現在すべての時間が融合した海岸に立ち、すべての人々が幸せに包まれている姿をみる。私、その包括的なやさしさに、泣いた。あの愛いっぱい満ち足りた時間がいとおしく、泣けた。忘れていた何かを思い出す。


マリック監督は、ハーバード、オックスフォードで哲学を学び、MITやフランスで教鞭をとったという哲学者だ。人前で自分の考えを述べるということがないそうで、この映画も見た人が自由に哲学すればいい。ここ数年見た映画のなかでもイチオシ。是非劇場へ。

2011年9月3日土曜日

「原子力に反対する100個の十分な理由」

自然エネルギーのみを供給するドイツのシェーナウ電力会社は主婦のウアズラ・スラーデクさんの反原発運動から発展した電力供給会社で、現在の顧客数は12万人。「原子力に反対する100個の十分な理由」というドイツにおける原発の問題をまとめた冊子、是非日本人にも知って欲しいと日本語版をまとめた。勉強不足で内容に関してはコメントできないけれど・・・・。


主婦が電力供給会社を設立してしまうなんて、頼もしい。「反対」ではなく、「前向きな行動」、これが今後のカギかな?


日本人には100のうち、とりわけ以下を参照して欲しいとのこと

#18 放射能の汚れ仕事
#25 地震の危険性
#28 保険
#29 破局的な大災害
#31 悪天候
#34 ホウ酸
#36 チェルノブイリより悪い事態
#38 故郷の喪失
#40 ヨウ素剤不足
#66 安定供給
#81 生存権
#87 倫理
#102 チェルノブイリ

2011年9月2日金曜日

聖トーマス教会@ライプツィヒ

NHKの「宇宙からウェイクアップコール」、今週月曜日は、初のランデブー飛行に挑んだジェミニ6号と7号へ向けて、フライト・ディレクターのクリス・クラフトが送った曲、バッハの「G線上のアリア」。何が琴線に触れたのだかわからないのだけれど、涙がポローリ。宇宙という空間、鉄のロケット、アリア・・・。バッハという作曲家の普遍性。

J・S・バッハは1723年、ライプツィヒの聖トーマス教会のトーマス・カントル(合唱長)及び市の音楽監督に就任する。38才から65才でなくなるまで、ライプツィヒで数々の名曲を生み出した。生前は作曲家というよりもオルガンの演奏家・専門家として高く評価されていたそうだけど、メンデルスゾーンの「マタイ受難曲」の公演で作曲家としての評価が高まったという。


この教会のすぐそばにバッハ博物館がある。毎月第一火曜日は入場料が無料。二泊三日の滞在中、二日目がその第一火曜日。バッハ縁の展示物だけでなく、新しいオーディオ技術も導入された近代的な展示内容だった。建物はバッハと親交のあった大商人ボーゼの館で、バッハも一時的に寄宿していたそうだ。
聖トーマス教会

聖トーマス協会の前の広場にはバッハの銅像があり、毎週月曜日に野外コンサートが開かれる(雨だと教会の中)。こちらも運良く月曜日にライプツィヒにいた私たち、とっても素敵なジャズコンサートを一時間半堪能。


演奏は”Hot Club d'Allemagne”
CD買ってしまった




街の公園のなかにもバッハ

2011年8月31日水曜日

オランウータンのおしぼり

オランウータンかおじさんか? あ、でも、もしこの方が♀だったらゴメンナサイ。
上手に絞って、机まで拭いちゃって、すごいなぁ・・。

2011年8月30日火曜日

ハンナ   HANNA


ハンナ(シアーシャ・ローナン)は16歳。フィンランドの人里離れた山小屋で父エリック(エリック・バナ)と二人、文明の利器を全く使わないサバイバル生活を送っている。父は、狩り、武術、語学などあらゆる知識を容赦なくハンナに仕込む。
父親の教えを習得したハンナは「用意が出来たと」して、父に森を出ることをせがむ。父は隠し持っていた装置のスイッチを押せば外の世界へ出られること、そしてそれが戦いのはじめであることを告げる。目的はただ一つ、米国CIAエージェントのマリッサ・ウィーグラー(ケイト・ブランシェット)への復讐。
ハンナがスイッチを押した瞬間から、マリッサは2人を抹殺するために大量の部下を差し向ける。1日もあれば完了する仕事と思っていたが、ハンナもエリックも簡単には捕まらない。焦るマリッサ。ハンナは逃走を続けるうち、自分がどうも他の人とは違う(アブノーマル)、ということに気がつき始める。その裏にはCIAのある実験が絡んでいた。

シアーシャ・ローナンは「つぐない」で見ていたけれども(「ラブリー・ボーン」はパス)、今回のハンナ役は新鮮で、「レオン」のナタリー・ポートマンが登場した時のような印象。根性と感性とそれを表現する身体能力を兼ね備え、ハンナになりきっている。超人的な身体能力でバッタバッタと追っ手をなぎ倒す姿は、「ボーン」や「ソルト」のように爽快感がある。何をやってもこなしてしまうケイト・ブランシェットのマリッサは怖さ爆発。ここまでワルモノが徹底すると、これもまた爽快。

子供が主人公だし、後半に登場する「グリムの家」などは少々キッチュ、しかし大人子供の垣根を超えた硬派な流れは、「グロリア」「レオン」の系統かな。特に、音楽や効果音が最高。荒涼とした雪原、殺伐とした都会、ポーカーフェイスの少女、容赦ないCIAという冷めた世界に潜んだ熱いエネルギーを、ケミカルブラザーズの音楽が十二分に聞かせてくれる。
予告編でもちらりと聞ける。

2011年8月29日月曜日

ヨルダン原子力協定採決、キャンセル

ドレスデンを歩いていて見つけた旗
ドイツで旅行中、TVニュースは経済問題一色で、もう福島の話題を見ることはなかった。鉄道に乗れば車窓からは風力発電の大きな風車が目に付く。町を歩けば、「原子力発電? 結構です」の旗。旅行でのんびりしようと思っても、原発のことが気にかかる。

帰国して、8月18日のエネシフの勉強会に参加。東京新聞の野呂デスクは「内戦だと思って記事に取り組んでいる」と言い、ジャーナリストの今井一さんは「政治家などあてにせず、もう自分たちの力でやろう!」と力説。
まだ、ジャーナリズムは死んでない。大手メディアが忘れさせよう(?)としても、そう簡単には忘れられない。

8月上旬、原発輸出は当面継続方針と報道があった。その後、8月24日の「ヨルダン原子力協定の採決」についての参考人質疑が行われた。冒頭参考人の発言から、「福島原発事故の収束も事故究明も終わらぬうちから、協定を承認すべきでない」との意見が相次ぐ。日本原子力研究所の青柳長紀元研究員のとつとつとした答弁、頷くところ多々。青柳氏は、「(米国の)ワールドウオッチ研究所の報告も原発は収れん・終息、再生可能エネルギーの流れが明確に出ていることを指摘」と説明。そしてこの世界的トレンドを見ながら日本の将来の姿を決めるべき、と言う。最終処理問題を考えると、再生可能エネルギーへのシフトは当然だと素人の私は思うのだが。


そして25日、今国会での審議・採択が正式にキャンセルされ、継続審議されることになった。
大手メディアがまたまた無視したけれど、世の中は少しづつでも誠実に動き、後戻りしていないことを切に願う。
少々長いけれども添付の録画を見てほしい。

衆議院TV
http://www.shugiintv.go.jp/jp/video_lib3.php?deli_id=41222

2011年8月28日日曜日

2011年8月26日金曜日

シラーの住んだ家@ライプツィヒ

この家は1717年に建てられ、1785年の夏、シラーが滞在した。ドイツにおいてオリジナルが現存する一番古い文学記念館だそう。

シュトゥットガルトから亡命して困窮生活を送っていたシラーは、友人ケルナーの文学サークルの青年たちを頼ってライプツィヒにやってくる。ケルナーは不在だったものの、青年たちに旧知の友人であったかのような厚遇を受け、いたく感激したそうだ。その後シラーはケルナーを頼ってドレスデンに赴き、あの第九の「歓喜の歌」を書く。

たったひと夏すごした家が記念として残っているということは、その滞在がシラーにとってもライプツィヒの人にとっても大きな意味合いがあったのであろうと想像に難くない。この小さな優しい空間の中、階段をミシミシいわせてシラーが上がったり降りたりしたのかなぁ、と思いをはせる。

玄関先にはシラーが住んだ家としての表札

この窓から見た風景は同じだったのかしらん

当時はこんな門構え

床がかしいでいたけれどなんともオーガニックな部屋

こんな小窓が何ともいい

中庭にはピンクの花とつたのはう壁

中庭から見た家、にっこり笑っているような

左の建物は事務所