2007年9月28日金曜日

どんど晴れも終わり

今週は最終週、なんともう半年経ってしまったのか・・・。”純情きらり”のようなときめきはなかったし、”きらり”真っ青の突っ込みどころ満載ではあったけれど、知り合いが出演していたこともあって、実は毎朝楽しみに見ていた。

今日の買収取りやめの条件などはまるで、江戸時代の大岡裁きじゃないんだから、って内容だったけど、完全に否定しきれない流れを含んでいるんです、これが。
以前仕事で、M&Aの場に何度か遭遇したことがあった。シビアな取引であるにもかかわらず、数字以外の感情的なところで、物事が動いたりはたまたこじれたりするものなのだなあ、と思ったことがある。ほら、あの”プリティーウーマン”みたいな場面がドラマティックではないんだけど、あるのだ。

外交だって商売だって、結局のところ人間の単純な感情の上で動いているのではないか。そう思うとこのストーリーの流れも決してバカには出来ないものがある。上に立つものの難しさだ、”信じる”ってことは。

2007年9月14日金曜日

バイリンガル その1

子供のバイリンガル教育について。

外国語の早期教育に関しては、母国語の発達が遅くなるとか、どちらも中途半端になるとか、早いうちに始めたほうが絶対よい云々。いろんなことを言う人がいる。はたして正解があるとも思えない。

ワカを何語で育てようと夫婦で話したことはない。生まれた瞬間から、自分達の母国語で勝手にワカに話しかけ始めた。加えて我が家は夫婦の共通語がどちらかの母国語ではない。要するに、三人の共通語はない。

ワカは10ヶ月から保育園に通い始めた。1歳半くらいから英語日本語ちゃんぽんで単語を話すようになってきた。日本語:デンシャ、ゴミシューシューシャ、ホイクエンなど、英語:Moon, Air plain, balloonなど。いずれにせよこの時期はまだ単語の羅列、何語で話しかけようが幼児らしく理解。テレタビーズ、トーマス、メイシー、セサミストリートなどを好んでよく見ていた。2歳過ぎからは保育園でいろいろ仕入れてきて、一気に日本語優勢。

英語が話せなくなるとあせりを感じた父親が、巻き返しを図るべく絵本の読み聞かせ攻撃。それにしてもがんばりましたオット。 自然に言葉を覚えるなんて大違い。常に間違いを訂正し、いつも言葉の意味を教え、努力を惜しまなかった。子供が言葉話を話すのは、家庭で親が話しかけてくれたから。特に一対一で対話をすることによって、言葉を覚える量が格段に違ってくる。話す言語が一つの場合はこともは勝手に言葉を覚えるのだと思ってしまうが、実は違うのだと気が付いた。

保育園のお友達には・・・
  • お父さんがアメリカ人でお母さんが日本人の女の子。お父さんが日本語を勉強していたので、家庭での共通語は日本語。この子は日本語のみ。
  • お父さん日本人、お母さん中国人の女の子。お母さんが日本語が達者だったので、この子も日本語のみ。
  • 両親がインド人の男の子。家族とは英語で話していたが、その後めきめき日本語が上達。
  • お父さんドイツ人、お母さん日本人の男の子。お母さんは日本語話せずお父さんと英語で会話、お父さん日本語話せるけどちょっとブロークン。うちの環境と似ている。お母さんといる時間が長いので日本語の方がしっくりくるらしいが、お父さんのドイツ語も理解している。
  • お父さん日本人、お母さんドイツ人、二人の共通語はフランス語。子供は日本語とドイツ語。

このようにどこの家庭もそれぞれ。子供は”思ったようには育たないが、育てたようにしか育たない”・・・。

2007年9月10日月曜日

自分で考えよう

今算数では、分度器や△定規で角度を勉強しているらしい。ワカは宿題見せに来た。直角三角形と正三角形の定規の角をいろんな形につないだり、重ねたりしてその角度を計算から求める問題。

それについてのワカの一言、 「コレ、頭使うんだよ。」
(・・・・・ん~、勉強って普通頭使うもんなんだけど・・・)

それにしても横で見てると、なんだか要領を得ない、じ、じれったい!お、教えたい!ついでに内角の和がどうとか、後で参考書買ってきてもっと沢山問題させるか、と考えが暴走する。そう、ここががまんのしどころ。教えられてもわかったような気がするだけで、じぶんで理解しなくちゃすぐ忘れる。わからないならわかるまで考えればいい。その意味ではワカの言ったことは正しいのだ。そうだ、自分で正解を見つけることが大切。わかるまで、あきらめずに頭を使えばよろしい。

池田晶子様


あなたは今、どこで何をしてるんでしょう。そして、何か答えは出たのでしょうか?

とにかく考えて考えて、そして普遍的な答えを探そうと努力を始めました。でも、凡人には難しいことです。毎日毎日ゆれています。言わなくていいことを言ったり、思ってもいないことを(実は思っているんでしょうね)やってしまったり。考えていることも、刻一刻と変化し、ひどいときは一周してくることもあります。
誰も引き戸の玄関には鍵をかけず、白黒のテレビでアトムを見て、ブルー・シャトウの替え歌歌って、満点の星、虫取り、カキ氷とスイカ、何も束縛されることのない夏休みを過ごした。遠藤周作や北杜夫の新刊やら、カーペンターズの新曲を楽しみにして、深夜放送で試験勉強をした。きっとあなたは私よりも数倍アカデミックな世界に生きていたんでしょうけど・・・。でも時代の何でもないそんな空気みたいな日々を思い出すと、同じ時代を生きた人がもういないと考えただけで、涙が出てきてしまいます。

この世を、捨てて言っちゃったんでしょうか。こんなに若いのに、綺麗なのに、さっさと次の次元へと進んで行ってしまった池田さん。

これから先、あなたの新しい声が聞けないことは本当に悲しい、でも、まだ読んでいないあなたの声をこれから少しずつ拾っていきます。きっと何か会話が出来ると思って。