2020年12月4日金曜日

インプラント

こどものころに折った前歯一本のためにブリッジで支えていた歯が2本ダメになってしまった。合計3本欠損してしまったので、前歯6本をブリッジにするか、前歯3本をインプラント2本でカバーするかの決断を迫られることに。これ以上健康な歯をブリッジのために削るのは忍びなく、インプラントを選択した。

問題は歯が欠損すると骨が吸収されてなくなってしまう。インプラントは骨に埋め込むので、まず骨の再生手術を行わないといけない。これは牛の骨の粉末(バイオオスって言ったかしら)を歯茎に埋め込んで、6か月ほどかけて骨造成を行う。これは怖かった!(見ていたわけではないけれど)準備やら手術やらいろいろ含めて5時間近く歯医者さんの椅子に座りっきり。術後の痛みは痛み止めももらっていたので思ったほどではなかったけれど、鼻の下から顎までパーンと腫れて自分のもとの顔を忘れてしまうほど。腫れが収まるにつれて、口の中の糸がたわんでぶらーり、倒れた電柱の電線のようだ。一か月後くらいしてやっと抜糸。この辺りで私は何もしていないのにすっかり疲れ切っていた。

抜糸後骨が作られるまでの5か月間は少々ホットできる期間、前歯のある場所にはペラペラの歯らしきものが接着剤で止められているので硬いものは食べられない。食べ方がお上品になった。めでたく骨が生成されているのを確認して、やっとインプラント。がすぐに義歯が付くわけではなく、さらにボルトが骨に固定するまで6か月。歯に固定されたのを確認して、やっと歯の装着。約1年の長ーいプロジェクトだ。それにしても人間の再生能力には目を見張る。抜歯、骨造成、インプラント、歯の装着と何度も切開したのにそのたびに再生する歯茎の健気さ。

インプラント自体はもし予算に余裕があるのであればお勧め。ほかの健康な歯を犠牲にすることがないし、手術自体も虫歯の治療位の感覚だった。インプラントできる状態でない人(既往疾患があったり、歯周病があったり)もいることを考えると、むやみに怖がることなく選択肢の一つに加えてもいいと思う。あ、骨造成はちょっと痛かったけど。

もう一つの選択肢入れ歯、臨時で使用したとき感じたのだけれど、「これは選択肢にないな」と思った。

2020年12月1日火曜日

真珠のネックレス

 お気に入りの長めのくず真珠のネックレスのチェーンを椅子の袖にひっかけて切ってしまった。

自分でも修理できるかとおもいつつ、近所のジュエリーショップに修理のほどを聞いてみることに。一件目は本体の購入価格と同じくらいの修理代で、断念。修理には溶接が必要とのことで、自力ではできないことはわかったので、更にお店を探すことに。

次に立ち寄ったのは昔から気になっていたお店。何が気になっていたかというとジュエリーではなく、いつも入口にデーンと大型犬が寝転がっているからだ。出入口のガラス戸にもたれてとうせんぼ、別の意味で敷居が高い。しかし意外と簡単に入場させてくれて、しかもたっぷりなぜなぜさせてもらった。何よりもその素敵な店主とあれこれお話がすっかり盛り上がり、「簡単に治せますから!」の一言に、見積もりも取らず預けてきてしまった。ま、気分は上々、少々お高くてもいいっか。

さて2日後もう修理完了の連絡が来て、しかも修理代は最初に行ったお店の見積もりの約三分の一。そうだ、40年前に作ってもらって大切に使ってきた金のピアス、金具が取れたのでそれも直してもらおう!こちらもほどなく修理完了、おまけにキラキラに磨いてくださって!そして最後はこうなるまで、考えてもみなかった真珠のネックレス。いくつ壊れてほっとかれたジュエリーがあるのやら、だが・・。

この真珠は30年程前に母からのプレゼントで大切にしていたもの。かれこれ10年ほど前糸が切れバラバラになったものの、いろいろと心に余裕がなかったこともあり当時の私には手にあまり、そのままずっと引出しの中で眠っていた。そしてようやく糸替えをお願いしようと重い腰をあげた。が、けんもほろろに「偽物ですがそれでも直しますか?」と!・・・そのまま3年も引出しにしまったままだったのは、相当のショックだったのだと思う。何よりも母に言えない。今回は偽物でも大切いしていたものだし、こんな素敵な方に直していただけるのならと修理してもらうことにした。

今回も半日で修理が終了し取りに行くと、「本物ですし、しかも上等なものですよ」って。心の奥のつっかえが取れた。こうして真珠をめぐる長ーい時間の小さなあれこれは一応終わり。

そしてふと思った、この話、こうも言える。くず真珠のネックレスは捨て身の戦略で自らのチェーンを切って、私が宝飾店を探すように仕向け、お友達の金のピアスと、真珠のネックレスを修理させ、しかも汚名返上迄手伝った。

だって、タンスの中でアクセサリー同士がお話をしていたとしたらおもしろいもの。

2020年11月30日月曜日

シュトーレン

日本とドイツでは小麦粉の分類が異なっていて、ドイツはミネラル、日本はタンパク質の割合が基準になっている。シュトーレンはドイツでは405という小麦粉を使うけれど、日本ではどれが一番近いのかあれこれ試して準強力粉で焼いていた。昨年ドイツに行く機会があったので、小麦粉を持って帰ってきた。

それぞれのご家庭でレシピがあると思うけれど、私はこんな感じで。ピールは時間があるときに自家製のものを作っておいてもいいし、去年は夏に作ったアプリコットジャムが大活躍した。作っているときは香辛料とイーストの香りで脳が完全リラックス。日持ちもするので(あっという間に食べてしまうけれど)簡単で長く楽しめるお菓子だ。

<材料>

(A) 

レーズン 200g、

オレンジピール 80

レモンピール 80g 

(B) 

バター(常温) 

200g、砂糖 100g

卵黄 3個(常温)

(C)

スライスアーモンド 40g、クルミ 60g

(D)

牛乳 160g

ドライイースト 18g

小麦粉(準強力粉もしくは405)500g

アーモンドプードル 20g

塩 小匙1

シナモン 小匙2

ナツメグ 小匙1

カルダモン 小匙1

(E)

仕上げ用ブランデーもしくはラム 適量

仕上げ用溶かしバター 適量

仕上げ用 アプリコットジャム 適量

仕上げ用溶けない砂糖 適量


<下準備>

(A) 混ぜ合わせてブランデー(ラム)をふりかけ数日置く

(B) バターと佐藤をクリーム状にまぜ、卵黄を加え乳化させておく


<作り方>

1.40度に温めた牛乳にイーストを入れ15分発酵し、(D)を入れ手でこねる

2.まだ粉っぽい1.に(B)を加え滑らかになるまでこねる

3.2.に(A)と(C)を加えさらにこねる。材料が一つにまとまったらふんわりラップをかけ、30℃で60分1次発酵発酵

4.1次発酵のあとガス抜きをして4つに分け、軽く丸めてラップをかけて15分ベンチタイム

5.4.を成型

6.成型した生地を40℃で20分2次発酵

7.2次発酵後すぐ、180℃に余熱されたオーブンで焼成。大体30~35分(オーブンによって違うので様子を見ながら)

8.生地が熱いうちに(E)をラム酒→溶かしバター→アプリコットジャムの順に一気に表面全体(裏も!)にむらなく塗り付ける。

9.溶けない砂糖をたっぷり振りかける(保存性を高めるために裏までしっかり)

10.よく冷ましてから、ラップで2重3重にぴったりと包み、最低数日涼しい場所で熟成


2020年11月27日金曜日

ブログにカビがはえていなかった件 ワカの大学受験を思い出し・・・

 前回の投稿が今から6年前、その間、かの”顔本”でツイートに近い投稿を積み上げていた。

私はといえば通勤、家事、バレエ、映画、で生活はほとんど変わらず。しかし、6年前高校生だったワカは今や大学院1年生。

大学受験というのは親の資金計画である、というのがよ~く分かった。願書提出の12月から国立発表までの3か月のストレスと言ったら、半端ない(ただし金策で)。東京は幸か不幸か大学が多すぎて、選択肢を絞りにくい。ワカは「説明会ではいいことしか言わないし、行ってもしょうがない」と一つも大学を見学しなかった。父親はガイジンだし私は文系だしなんの役にもたたないので、最終的には高校の先生に勧められた大学のみ受験することに。第一志望の合格はかなわなかったものの、現役で進学することができたことには高校の先生に感謝。大学受験は予備校に通わず、高校の先生に助言を受けながら一人で勉強したのはエラかった。

受験計画というのは向こう1年の浪人期間も計算に入れることになり、それは「当日の試験の出来」という大変不確実なファクターによって大きく左右される。そのため模擬試験のデータを参考にするのであるが、合格予測というものはあてにならないということも分かった。試験に慣れるという意味ではいいのかもしれないけど。

さて専攻は電気電子、たしかワカ、中学校の理科では「電気は見えないからわからない」と言っていた。大学は進級に厳しくその中でも特に厳しい学科で、何も知らなかった私もワカも入学式の日に、4年で卒業できる割合が65%と書かれた進級率の表と教授の「頑張ってください」にうっすらと未来に暗雲が垂れ込めたことを思い出す。本人が留年するのは構わないけれど(?!)、学費が追加で1年かかるのはきついなぁ。しかも通学に片道2時間弱・・・。一人暮らしの生活費と通学定期代を比べてみて、自宅から通学していただくことになった。本人は、4時間の通学時間ものともせず、クラブ活動にも参加して、長ーい定期区間の電車のり放題で結構エンジョイしてた。

心配していた進級関門がある1年生、3年生をどうにか通過、4年では念願の研究室に拾っていただき、思う存分好きなことだけを研究させてもらい無事卒業に至る。大学院は自分の大学と国立の第一希望の研究室に合格、というおまけつきの卒業だった。大好きな研究室に後ろ髪をひかれたものの、最終的には徒歩20分の大学院に進学した。学費が助かった。

終わってから言えるのは、自分の専攻を定め、進学した大学でしっかり勉強することが一番大切!ということだった、かな。理系と文系は少々違うかもしれないが、4年前の受験計画を立てていた私に言ってあげたい・・・。

そんなこんなで、あれこれ思い出しながら、そして今を見つめながら、この6年でちょっと増えた趣味や活動を書き留めていこうかと思う。