前回の投稿が今から6年前、その間、かの”顔本”でツイートに近い投稿を積み上げていた。
私はといえば通勤、家事、バレエ、映画、で生活はほとんど変わらず。しかし、6年前高校生だったワカは今や大学院1年生。
大学受験というのは親の資金計画である、というのがよ~く分かった。願書提出の12月から国立発表までの3か月のストレスと言ったら、半端ない(ただし金策で)。東京は幸か不幸か大学が多すぎて、選択肢を絞りにくい。ワカは「説明会ではいいことしか言わないし、行ってもしょうがない」と一つも大学を見学しなかった。父親はガイジンだし私は文系だしなんの役にもたたないので、最終的には高校の先生に勧められた大学のみ受験することに。第一志望の合格はかなわなかったものの、現役で進学することができたことには高校の先生に感謝。大学受験は予備校に通わず、高校の先生に助言を受けながら一人で勉強したのはエラかった。
受験計画というのは向こう1年の浪人期間も計算に入れることになり、それは「当日の試験の出来」という大変不確実なファクターによって大きく左右される。そのため模擬試験のデータを参考にするのであるが、合格予測というものはあてにならないということも分かった。試験に慣れるという意味ではいいのかもしれないけど。
さて専攻は電気電子、たしかワカ、中学校の理科では「電気は見えないからわからない」と言っていた。大学は進級に厳しくその中でも特に厳しい学科で、何も知らなかった私もワカも入学式の日に、4年で卒業できる割合が65%と書かれた進級率の表と教授の「頑張ってください」にうっすらと未来に暗雲が垂れ込めたことを思い出す。本人が留年するのは構わないけれど(?!)、学費が追加で1年かかるのはきついなぁ。しかも通学に片道2時間弱・・・。一人暮らしの生活費と通学定期代を比べてみて、自宅から通学していただくことになった。本人は、4時間の通学時間ものともせず、クラブ活動にも参加して、長ーい定期区間の電車のり放題で結構エンジョイしてた。
心配していた進級関門がある1年生、3年生をどうにか通過、4年では念願の研究室に拾っていただき、思う存分好きなことだけを研究させてもらい無事卒業に至る。大学院は自分の大学と国立の第一希望の研究室に合格、というおまけつきの卒業だった。大好きな研究室に後ろ髪をひかれたものの、最終的には徒歩20分の大学院に進学した。学費が助かった。
終わってから言えるのは、自分の専攻を定め、進学した大学でしっかり勉強することが一番大切!ということだった、かな。理系と文系は少々違うかもしれないが、4年前の受験計画を立てていた私に言ってあげたい・・・。
そんなこんなで、あれこれ思い出しながら、そして今を見つめながら、この6年でちょっと増えた趣味や活動を書き留めていこうかと思う。
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