2010年4月23日金曜日

久石譲さん「アバター」を語る <最終回>

「『アバター』を見た。監督自ら”もののけ姫”を参考にしたシーンもあると発言していたが、僕は”ラピュタ”も参考にしたと思う。・・・ジェームズキャメロン監督はおそらく宮崎さんに尊敬の気持ちを込めて引用したのだろう。

彼の特徴は『ターミネーター』のロボットや『エイリアン2』の地球外生物に感情移入させることができる演出にある。『アバター』のキャラクターも最初は気が引けたがすぐ感情移入できた。・・・ドラマ設定の時間と空間が多重になっていることも良い。・・・ただし登場人物は善と悪がはっきりしすぎていてドラマが平板。対立構造はわかりやすいが深みが感じられない。典型的なハリウッド映画だ。『アバター』を見終えた感想は、そんな単純構造を捨て映画を作り続ける宮崎さんの世界はいかにクオリティーが高いかということだった。

音楽はジェームズ・ホーナー、前回登場したジェルジ・リゲティに英国で師事する。…2時間42分のほとんどに音楽が付いているので、・・・こういう鳴りっぱなしの場合は音楽密度を薄くし劇となじませる工夫がいる。逆に音楽が少ない場合は瞬間の凝縮力(音の厚さではなく)が要求されるわけで、どちらも難しさは変わらない。

・・・一番気になったのはナヴィの世界のコーラスがエキゾティズムを出すため第三世界、特にアフリカ系の音楽をベースにしているのが音楽帝国主義のようで好きでない。エンターティンメント映画の場合、ストーリーで引っ張るケースが多いので音楽はそれに寄り添うしかなく、場面チェンジでの音合わせが多くなる。それぞれのシーンと主人公に音楽を対立させるようなこともあまりできない。速い話が『スター・ウォーズ』のダースベイダーのテーマのように登場人物につけることも多い。だからここには「音楽と映像の微妙な関係」は存在しない。」

前回久石さんが「アバター」について検証すると書かれて、今までの映画と方向が違うのでちょっと首をかしげた。しかし読んで納得、さらに私の疑問までも解決できた。 『グラントリノ』のとき、対極のものとして偶然にもジェームス・ホーナーとjジョン・ウィリアムズの音楽が浮かんだけれど、それに対するお返事をいただいたような(そんなわけないけど)。なぜこの2人の映画音楽がコイのか、キャラクターとして耳に残るのか、この解説でよくわかった。漠然とした考えが、きっちりと言葉になると気持ちいい。

さてこの連載の最後に「映画人も映画音楽も何か一つ心に響くものを見る人に伝えたいと思っている。わかりやすい(大衆性)ということと芸術性は共存することができるのではないか?と僕は考える。その答えを探しつつ、とりあえず今は中国映画の音楽を書いている。」

・・・すでに共存(もしくはそれ以上)させてしまっていると私には思えるのだけれど、いまだに答えを探してらっしゃるとは。正直に言って理解のツボにはまらなかった『ハウルの動く城』の中で、唯一くっきりと心にのこったメインテーマ曲を思い出す。そしてこれでいいのだ、想像力を働かせれば、と考える。またいつか映画について、映画音楽について久石さんの書かれたものを読んでみたい。

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