2011年3月28日月曜日

イリュージョニスト The Illusionist



劇場よりTV、手品よりもロックンロール、あちこちに新しい時代の息吹が芽生え始める1950年代のパリ。初老の手品師タチシェフは、誰も来ない劇場や場末のバーで細々と生活をつないでいる。そんなある日、酔っ払いのスコットランド人の勧めで、はるばる海を越えてスコットランドの離島にあるバーを訪れる。そこにはまだまだ彼の芸を喜んでくれる人がたくさんいた。

その島のタチシェフが泊まっている宿で働く貧しい少女アリスは、彼の手品を何でも願いを叶えてくれる魔法と思い込み、仕事を終え島を離れるタチシェフの後を追ってくる。エジンバラにやってきたタチシェフは自分のなくした娘を思い、アリスを宿においてやることにする。自分が「魔法使いではなく手品師だ」と伝えようとするけれども、フランス人のタチシェフとゲール語しか話さないアリスの会話は成り立たない。そして、タチシェフはいまや唯一の観客ともいえるアリスのために、夜中の洗車の仕事まで請け負って、洋服や靴をプレゼントし続ける。しかしない袖は触れない、いよいよというときにアリスが恋を見つけたことを知る。そしてタチシェフはエジンバラをひとり後にする。「Magicians do not exist」という手紙を残して。

ジャック・タチが遺したオリジナル脚本を、シルヴァン・ショメ監督がアニメーション化。タチシェフ(ロシア語)はジャック・タチの本名。10年ほど前、ショメがタチの娘ソフィーに、当時ショメが製作していた作品に「のんき大将」の映像を使いたく使用許可を求めた。その際見たショメの作品をソフィーはいたく気に入り、作品使用の許可を与えただけでなく、「イリュージョニスト」の脚本まで渡した。その2ヵ月後、突然ソフィーはこの世を去ってしまう。ジャックとソフィーの遺言とも思われる脚本を、夢中になって読んだショメは、自分の次回作にアニメーション化する決意をしたそうだ。そして完成した映画は、音楽から演出までタチへのオマージュがあふれている。途中アニメーションの世界に「ぼくのおじさん」の映画が登場する。全編落ち着いた配色で緻密に描かれた風景の中で、実写のほうががまるで別世界のように見えるけれど、その二つが見事に融合している。本当に美しい映画。

私が小さかった頃、親からもらった自転車やネコやきれいな洋服は、一つ一つ大きなメッセージを持っていた。ある程度のものはなんでも自分で買えるようになった今、あのメッセージは”魔法”だったと、思う。私はいい魔法使いになれているのかなぁ。
古いものは新しいものにやさしい魔法をかけて、言葉少なに消えていく。

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