7月の「私の履歴書」はノーベル化学賞を受賞された下村脩博士。戦争でほとんど勉強できなかった中学生時代を過ごし、何もかもなくなった長崎の原爆跡で研究を始められた。環境が悪かったから何もできなかった、という言い訳はこの方の前では通用しない。与えられたものを真摯にこなし、あきらめない姿に毎日感服しながら読んでいる。
7月28日はノーベル賞受賞について書かれていた。
「嬉しかったことは、息子の努から電子メールで「おめでとう」というメッセージが入っていたことである。息子は独り立ちして久しいが、そのころは長く消息を聞かず、どこに住んでいるかも知らなかった。」
・・・そんなこともあるのかぁ、なんだか時代劇に出てきそうな親子だ。実はこの息子さんは私が知らないだけで、アメリカ史上最悪のハッカー、ケビン・ミトニックを逮捕に追いつめ、のちに映画「ザ・ハッカー」(見てないけど)のモデルになった有名な方だった。下村家は一家総出で朝6時からクラゲ取り、そのあとはクラゲの発光部分を採取、午後はそこからイクリオンというものを抽出し、夜は夜でまたクラゲ取りという一日15時間労働の生活をしていたそうだ。博士のお子さんたちは3,4歳くらいからクラゲ取りをしていたというから、小さな努少年も網を片手に頑張っていたにちがいない。
おそらく父親の研究中心で全てが回っていたのだろう。平凡な我が家からでは想像ができない”特殊”な 環境で育ったということは想像に難くない。しかし努さんの活躍を見れば、子どもは親の背中を見て育つ、それに蛙の子は蛙。何よりも博士が息子を誇りに思っている気持が文章から垣間見えるのがほほえましい。
2人も天才を世に送り出した下村夫人とはどんな方なのだろう。
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