2010年10月17日日曜日

くるみ割り人形 オーストラリアバレエ団

東京文化会館でオーストラリアバレエ団の「くるみ割り人形」を観た。1992年にバレエ団の30周年記念に際してグレアム・マーフィーが振付けた作品で、振り付けは勿論ストーリーも古典とはまったく違う。

第1幕は1950年代のメルボルン、クリスマス・イブ。
年老いたロシア人バレリーナのクララがラジオをつけると、くるみ割り人形の曲が流れ始めかつての舞台での思い出がよみがえる。そのラジオの音にかぶさるようにオーケストラの演奏が始まる。私の座っていた2階席からこのオーケストラの導入がよく見え、舞台裏をみているような面白さ。クララの家には友人が集まり、かつてのクララが映写機で映し出されると、老いた体で踊り出すクララ。疲れて横たわる彼女に、過去の悲劇的な思い出が切れ切れに襲い掛かってくる。

代2幕はクララ(ルシンダ・ダン)のバレエ人生。帝室バレエスクールで学び、バレリーナとして成功したクララは皇帝舞踏会に呼ばれるまでに。「金平糖の踊り」で大喝采を浴び踊り手として成功し、若い将校(ロバート・カラン)との恋で幸せだった日々を、ロシア革命の波が襲う。恋人は戦地で死に、心を閉ざしたクララはバレエ・リュス(パリを中心としたバレエ団)に加わり、思い出を振り切るように故郷ロシアを後にする。公演で世界中を回りオーストラリアに渡ったとき、またもや戦争が始まり異国にとどまらざるを得なくなる。

第1幕に登場するクララの友人達はお年寄りばかり。お年寄りのフリをしたダンサーではなく本当に年取ったダンサー達なのだ。これで1幕が終わるのかしら、とちょっとあれれ・・。しかしだんだんその年をとった肉体に、かつては第一線で活躍していたダンサーのオーラが見えてくる。体力が必要な技を楽しむだけではない、新しいバレエの姿を見たようでなかなか興味深かった。

第2幕での皇帝舞踏会での衣装には目を見張る。ルシンダ・ダンの素晴らしい金平糖。
そしてクララの恋人役、ロバート・カランのなんとしなやかな力強さ!高度で大変そうなリフトの連続にもかかわらず、まるで重力を感じさせない。うなった。スクリーンに映し出されたロシア革命や世界大戦とチャイコフスキーの曲が見事に重なり合い、戦争の場面にはこみ上げるもので涙目になってしまった。

皮肉な面白さを感じたのは「中国の踊り」。古典では跳躍や早いステップでアクロバティックな振り付けが楽しみな場面。しかし、ここでは薄暗い照明の中、大勢のダンサーがただゆったりと太極拳をし、曲だけが明るく忙しく動き回る。終わった後「ブ~」という声が上がったけれど、政治で抑圧された民衆の鬱屈された動きを感じ、振付家の芸術に対する心を垣間見たような気がした。

オーストラリアのバレエは初めて観たが、ダンサーは主役もコールドもヨーロッパと比べて、伸びやかで躍動感がある。振り付けは大胆なパとフォーメーションが大変美しく組み合わされ、かつクラシックバレエに忠実であり古典好きをも裏切らない。そしてロシアの歴史をひとりの踊り手を通して描いた感動的な台本。チャイコフスキーの名曲が遠いオーストラリアと出会う必然と偶然に心を動かされる。

マシュー・ボーンの「白鳥の湖」を観た時と同様、今回もチャイコフスキーという作曲家の偉大さをつくづく思い知らされた。もしチャイコフスキーがいなかったら、バレエとはどんなものになっていたのだろうと思う。

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