2010年8月10日火曜日

ソルト

監督、フィリップ・ノイス。

スパイとしての英才教育を受けた子どもたちは幼少のころからズ~っとアメリカに潜伏して、教育を受け、真の姿を隠しアメリカ社会にすっかり紛れ込み、ただひたすら真の上司からの指示を待つ。誰が味方か敵かわからない中で始まる、頭脳と肉体を駆使したスパイ合戦。当初『エドウィンA.ソルト』(原題)の主演候補としてクルーズが上がっていたけれど、トムさんが降板してアンジーが主役に。なある、主人公が女性に変わったけれど、激しいアクションは当初の設定のままなのかな。



















ついこの前FBIに逮捕されたロシア人スパイのアンナ・チャップマン容疑者が美人過ぎるスパイと噂になっていたけれど、アンジーにはどう逆立ちしても勝てまい。ソルトは逃げる途中いろいろと変装を試みるけれど、足を短くするわけにも、鼻を削るわけにも、目を小さくするわけにもいかず、美人過ぎることにはゼンゼン変わらない。ガンガン殴られても車から振り落とされそうになっても美しすぎるし、オーラ出しまくりで人ごみに隠れるのが難しそうだ。

しかし、アンジーの国を超えて正義のためにイタイ思いをする美しすぎるスパイにため息が・・・。べたな言い方だけれど、「輝いている女優」とはこういう人のことを言うのだろう。

2010年8月9日月曜日

次のハードル

ワカ様、わたしたちがワインを飲んでいると、うらやましそ~に見ている。そして匂いを嗅がせてと寄ってくる。何歳から飲んでいいのかと何回も聞かれた。そうしょっちゅう法律は変わらないのだよ。そういえば彼の大きなハードルの一つに身長130cm制限のジェットコースターがあった。あのときも110cmくらいのころから、何度もシツコク身長を測ってといわれた。

そんなある日の夕食で、ワインを横目で見るワカ様と。
私 「今度の君のハードルはハタチかな?お酒がのめるよ~!」
ワカ 「違うでしょ、まず高校入試でしょ?」

自分で言った言葉がなんだか酔っ払いのオヤジの発言のように聞こえてしまった夜だった。

2010年8月6日金曜日

ねじれ餅

新作の「ねじれ餅」を頂いた。晋ちゃんのねじれ餅、やっくんのねじれ餅、太郎ちゃんのねじれ餅のねじられ側から、「再びねじれ餅」で ねじり側に。

左上の消印は先の参議院選の投票日の7月11日。

右上の「みんなでねじれ! これからもっと!」というフレーズはどうだろう?ねじるのはいいけれど、ねじられる側に戻ることはもう諦めたように聞えるけど。

「目指せ一番」、鉢巻してるし、大学入試のようだ。”小・小泉君”が谷垣さんの次に大きくいい場所に立っているところに、不思議な党内バランスを感じる。右横のガンダムは、い・し・ばさん・・・。



肝心のお餅は写真でははっきり見えないけれど、八の字にちゃんとねじれている。ごま風味のぎゅうひで中はこしあん。それなりのお味。

議員会館で販売中だそう。

2010年8月2日月曜日

足の爪

ワカ様、運動部の合宿から戻ってきた。 その夜ふと足元を見ると足のツメが伸びきっている。

私 「危ないから足のツメ、切った方がいいよ。」
ワカ 「ああ、ホントだ。なんだかツメが痛いと思ったよ。そういえばXX君、足の小指の爪でフウセンを割って見せてくれたんだよ。シャッキ~ン!すごいよねぇ。」

足の先まで鋭いって?なんでも尊敬(?)のタネになるのだなぁ、中学生の男子は。

2010年7月30日金曜日

下村脩博士

7月の「私の履歴書」はノーベル化学賞を受賞された下村脩博士。戦争でほとんど勉強できなかった中学生時代を過ごし、何もかもなくなった長崎の原爆跡で研究を始められた。環境が悪かったから何もできなかった、という言い訳はこの方の前では通用しない。与えられたものを真摯にこなし、あきらめない姿に毎日感服しながら読んでいる。

7月28日はノーベル賞受賞について書かれていた。
「嬉しかったことは、息子の努から電子メールで「おめでとう」というメッセージが入っていたことである。息子は独り立ちして久しいが、そのころは長く消息を聞かず、どこに住んでいるかも知らなかった。」

・・・そんなこともあるのかぁ、なんだか時代劇に出てきそうな親子だ。実はこの息子さんは私が知らないだけで、アメリカ史上最悪のハッカー、ケビン・ミトニックを逮捕に追いつめ、のちに映画「ザ・ハッカー」(見てないけど)のモデルになった有名な方だった。下村家は一家総出で朝6時からクラゲ取り、そのあとはクラゲの発光部分を採取、午後はそこからイクリオンというものを抽出し、夜は夜でまたクラゲ取りという一日15時間労働の生活をしていたそうだ。博士のお子さんたちは3,4歳くらいからクラゲ取りをしていたというから、小さな努少年も網を片手に頑張っていたにちがいない。

おそらく父親の研究中心で全てが回っていたのだろう。平凡な我が家からでは想像ができない”特殊”な 環境で育ったということは想像に難くない。しかし努さんの活躍を見れば、子どもは親の背中を見て育つ、それに蛙の子は蛙。何よりも博士が息子を誇りに思っている気持が文章から垣間見えるのがほほえましい。
2人も天才を世に送り出した下村夫人とはどんな方なのだろう。

2010年7月27日火曜日

ミヒャエル・ゾーヴァ

絵本の世界に出てきそうなエリリンさんの写真を見てふと思い出したのが右のミヒャエル・ゾーヴァ氏の絵。

1945年ベルリン生まれ、在住の画家・イラストレーターで、1993年『ちいさなちいさな王様』の挿絵が注目を浴びる。最近は絵にとどまらず、オペラ「魔笛」(1998年)の舞台 美術・衣裳、映画「アメリ」(2001年)では絵と小道具を制作、さらに映画「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」(2005年)で は背景のイメージを提供。

で、興味深いのは「緑の党」の初期選挙ポスター(80年代)を描いていたこと。「緑の党」は学生運動の流れを組む新左翼色の濃いエコロジー政党、90年代には「ドイツ社会民主党」と連立を組み与党となった。昨年、銀座松屋で展示されたものを見たけれど、韻を踏んだキャッチコピーといい、風刺のきいた上質なイラストといい、見たものの心わしづかみ。もし私がドイツ人だったら、ポスターを見ただけで思わず票を入れてしまったかもしれない。というよりも選挙ポスターだって気が付かなかったかも。当時、緑の党はまだ学生運動に毛が生えた程度のグループで、その友人のために一肌脱いだのであるが、今は党とは距離を置いているそうである。

私はゾーヴァ氏の絵を見ると、子どものころ読んだグリム童話が頭に浮かぶ。深い緑や青やグレーが私の心の中のドイツの森そのものだからかもしれない。

2010年7月26日月曜日

インセプション

クリストファー・ノーラン監督・脚本。

夢が題材なだけに荒唐無稽。見終わっての感想は、いいのか悪いのか好きなのか嫌いなのかはっきりしない。目新しいシーンもあったけれど、どの場面もどこかで見たようなアクションやら崩壊シーンで既視感はぬぐえない。が、この既視感とはまさに以前どこかでもしくは夢で見た、と感じること。ココまでどこかで見た映像のオンパレードが続くと、観客にわざと既視感(夢)を”実感”させる狙いがあったりして、と考える。

主人公のドム・コブはレオナルド・デ・カプリオ。彼の顔の演技があまり好きでなく、今回も眉間に皺が寄ったらどうしようかと思っていたら、やっぱり皺は寄ったけどなんとなんと、落ち着きのあるいい男っぷりだった。彼の妻役マリオン・コティヤールは大変美しくしかもコワイ。見るまではこの2人が夫婦役なのがピンと来なかったけれどかなりしっくり、またコブがいつまでも妻に執着する気持ちも痛いほど伝わってきた。劇中、エディット・ピアフの「水に流して」が不協和音のように大変美しく使われている。コティヤールの夢にうなされたのはコブでなくて、「エディット・ピアフ」でコティーヤールに一目ぼれした監督だったりして。

ケン・ワタナは結構出ずっぱり。トム・べレンジャー様はミッキー・ロークほどではないけれど、不気味さを増して登場していたので、ケン・ワタナもさらに見た目を重くしたら良かったかも。しかしトム・べレンジャー様、あの姿が役作りであってくれていたら嬉しいのだけれど・・・。

500日のサマー」のジョセフ・ゴードン・レヴィットがキアヌ・リーブスタイプの細い骨太を演じていてかっこいい。地味ながら目を引いたのがイームス役のトム・ハーディ。調べてみたらイギリスの舞台俳優らしい。なるほど。アドリアネ役エレン・ペイジは主人公コブの夢の核を見届ける重要な役どころ。見た目はJUNOと基本的に変わらないけれど、大きな商業映画でしかもレオナルド・デ・カプリオ相手に堂々と会話の歯車をかみ合わせて立派。

上映時間が長いので、居眠りをして夢でも見たらもっと臨場感あふれる映画になったかな。・・・そんなこともなく148分しっかり目を開けて夢を見た。思わせぶりなエンディングは想定内で今一つ。

2010年7月20日火曜日

ウィーンの森の・・・

ワカ様、ピアノの発表会が無事終了。
さて、上級生の上手な演奏を聴いて一言、
「ウィーンの肉祭(”やきにくまつり”と発音)の曲がよかったねぇ・・・」
シューマン作曲「ウィーンの肉祭の道化芝居」のことだろう、と思う。

そう言われてみたら、昔、百科事典を見ていたらシューマンとシューマイが隣り合わせになっており、図書館で大笑いしそうになったことがあった。

2010年7月15日木曜日

涙をこえて

ワカの学校での合唱音楽会の課題曲が「涙をこえて」と聞いたとき、また新しい歌なのかな?と思っていた。YOUTUBEで聞いてみたいというのでクリックしてみたら・・・、し、知ってる、それに全部ソラで歌える。懐かしい友人に出会ったような嬉しさ。
 
ワカはといいますと、この歌詞を聞いて一言、「僕の中間テストの歌だね」。
涙をこえて、期末がんばるって?

さて、この作詞は「かぜ耕士」さん。あの頃毎晩、ニッポン放送で「あおいくんと佐藤くん」→かぜ耕士さんの「たむたむたいむ」→(元気があったら)「コッキーポップ」を聞いていた。今に比べるとずいぶんと夜更かしをしていたようだ。たむたむたいむでは「茶色の少年」がいまだに記憶に残っている。後で「各駅停車の青春に」を買って何度もけらけら笑った。

たむたむタイムでのCMかどうかあまり記憶が定かではないのだけれど、所ジョージがこれまた面白い曲を歌っていた。
♪足を冷やせば寒さが増すよ、寒さが増せば寝るしかない、寝てはいられぬ受験生、となりで起きてる下宿のおばさん、 (記憶欠落) むーあなぱるのなしょなるのぱなーむ~♪と最後はどうしようもない回文で終わっていたような…。

TV見ている時間がもったいないって子どもには言っておきながら、かなり長い時間ラジオを聞いていた私の中学高校時代。おそらく今若い人の間ではラジオがネットにとって代わられている。パーソナリティーがどんどん新しい文化を発信しながらも、節度をもった交通整理をしてくれていたあのラジオという形態が、なんでもありのネットの世界にはないのが残念だ。

2010年7月12日月曜日

トイ・ストーリー3

 いつの間にか時は過ぎアンディは17歳、捨てるに捨てられない大事なおもちゃは箱に入れられて置きっぱなしになっている。大学に進学するため部屋のかたずけ&おもちゃの選別をするアンディ。ウディだけ一緒に大学へ、バズをはじめとした他のおもちゃは屋根裏へ。・・・であったはずが、ちょっとした手違いとおもちゃの自らの意思で全員”サニーサイド”と呼ばれる保育園行きに。ウディは1人アンディのもとに帰ろうと保育園から脱出を試み、ボーニーという女の子に拾われる。バズをはじめとした仲間は期待に胸を膨らませ保育園に残ったものの、まだおもちゃを丁寧に扱えない低年齢児ルームに隔離されてしまう。そして、トイ・ストーリー1、2に続き3度目のおもちゃたちの脱出劇が始まる。

1995年の第一作から15年。「ああ、これでホントに最後の最後、完結しちゃったんだ」と涙したファン(Wally Bオーナー)もいれば、私なんぞはワカとアンディの成長を重ね合わせて思いっきりたそがれた。子どもが見てももちろん楽しい映画だけれども、ストーリー、脚本、グラフィック、音楽、どれをとっても大変完成度が高く、大人がみたら何十倍も楽しめる。これはピクサー全作品にに共通するのだけれど、実にカシコイ映画であるのにもったいぶっていないところが大好きだ。

今回もファンの心をくすぐる小さな演出がイッパイ。初見で見つけただけでもカーズの登場車、ピザプラネットのデリバリー車、大きくなったシド等。話題の友情出演トトロは、控えめに、でも結構しっかり登場。私は見つけられなかったけどモンスターズインクのボーやニモもいたとか。一度見ただけではあれこれ発見するのはムリなので、DVDが出たらコマ送りで探さなくっちゃ。

ミセスポテドヘッドの片目のストーリーにはう~んとうならされたし、バズのスペイン語、ミスターポテトヘッドのトルティーヤには大笑い。字幕の”かりんとう”の訳はベーリーナイスだった。最後にランディ・ニューマンの曲をジプシーキングスがカバー、これも新鮮でよかった。DVDがたのしみ。

2010年7月6日火曜日

選挙 びっくり・・・

駅前にドクター中松の選挙カーが止まっていた。大音量で歌が流れている。

「ド」は努力のド~
「ク」は工夫のク~
「ター」は楽しく~
「な」は何でも
「か」は考える~
「ま」は魔法のように
「つ」はつくります~
ドクター中松~♪

これを「ドレミの歌」のメロディーで歌うので、歌詞が曲にちゃんと収まらず字あまりになる(特に「な」と「ま」)。ドレミの歌が終わったら、今度は突然ラップ調で「ドクター!ドクター!ドクター!中松♪」

なんだかびっくりしたなぁ・・・・。

2010年7月5日月曜日

甘いもの

甘いものが大好きなオット、最近いろいろ作ってくれる。私は甘いものはあれば食べるけどわざわざ買いに行かないし、ましてや作るなんてことは全然しないので、オットの作品を見るたびに「すご~い」を連発し呆れられている。

右のはチョコレート&ドライフルーツ。チョコレートにミルクだかクリームだかバターだか砂糖だか(よくわからない)をとかして、お好みの味にしてピザ生地のように円く平たく成形(どうやったか知らない)。その上にピスタチオ、アプリコット、ベリー類、干しブドウなどを細かく刻んでお好み焼きのように振りかける。最後はホワイトチョコとダークチョコをこれまたお好み焼きにソースをかけるように散らす、らしい。

家族だけで全部食べるとカカオとナッツで鼻血が出そうだけど、お客さんが来てくれたので、皆でパリパリわりながら食べた。ちょっと濃い目のコーヒー、大人はブランデーも一緒に。とってもおいしかった、ごちそうさま。

2010年6月30日水曜日

杉X太X

「ゲゲゲの女房」を毎日楽しみに見ている母との会話。

私 「日曜日に渋谷駅前で杉村太蔵くんがいたのよ。」
母 「ええっ? NHKの仕事かしら」
私 「いや~、そんな風には見えなかった。たった一人でさみしそうな感じだったし。」
母 「ま、普段はそうなのかもね。」
私 「彼がグググっと平均年齢下げているよねぇ。」
母 「そうなのよまだ20代なのよ、彼。」
私 「もう30越えたと思うよ。」
母 「この前29って言ってたわよ。」
私 「(いやに詳しいと思いつつ)政治家続けるのねぇ。」
母 「???」

私が杉村太蔵と言った瞬間に、母の頭には杉浦太陽くんがにこっと立っていたようだ。

2010年6月29日火曜日

イエローハンカチーフ

監督:ウダヤン・プラサッド。2008年のサンダンスで上映されてからやっとこさ日本でも公開。

東京では銀座の東劇だけ。よく覚えていないけれど15年以上前、「東京物語」の英語字幕版をオットと見て以来だ。その間にすっかりシネコンが浸透してしまったが、東劇は時が止まったよう。切符売り場のお姉さんはとっても丁寧だし、コンセッションの従業員もきちっとしている。さすが松竹さんだ。何よりもその内装、ロビーは床から壁まで懐かしいにおいがいっぱい。なんとなくうら悲しい黄色いハンカチのディスプレイとロビーの一角を占拠しているマッサージチェアー(写真左奥)が何やら不思議な雰囲気を盛りあげる。観客の平均年齢も高そうだ。おそらく65、いや70歳は超えている、おおげさじゃなく。(ワカを除き)もしかしたら私たちでさえ一番若いかも・・・。

さて映画はすでによく知られた内容なのであらすじには触れないけれども、 一言で言って期待以上だった。まず特筆すべきはカメラ、映像が美しい。「キリングフィールド」と「ミッション」でアカデミー賞を受賞したクリス・メンゲスが撮影。うらぶれて、殺風景で、でもどこかやさしいアメリカ南部の風景は、登場人物の心情が投影されたように見える。貧しくて古いものが愛情深くうつされ、そこに愛すべきふつうの人間が一生懸命立っている。次々に映し出される美しい映像にため息。

花まるはゴーディ役のエディ・レッドメイン。またまたすごい英国人俳優登場。今年舞台では「Red」でローレンス・オリヴィエ賞とトニー賞を英米で受賞。名門イートン校でウィリアム王子と同級生、ケンブリッジを卒業というおぼっちゃまにはとても見えない。一つ間違えればタダのうっとうしい若者で終わりそうなところを、その人となりをまるまる理解させるだけの説得力を持った演技。オリジナルバージョンを見たときは、この青年役はうっとうしいままだった・・。ごめんなさい!オリジナルと言えば忘れてはいけない人、桃井かおりがモーテルの店番の役で登場。堂々としてる。 リメイク版での娘役マーティーンのクリスティン・スチュワートはちょっとすねた女の子を好演している。「トワイライト」のベラとあんまり変わらないけど。

主演のウィリアム・ハートには難しくない役柄だったであろうが、さすがと息をのんだのは、黄色いハンカチを見たときの表情。沈黙でセリフを語る、円熟の極みであった。

レトロな東劇で静かな物語。お勧め。

2010年6月25日金曜日

絵本かディズニーの世界のような・・・

Pit Bull Sharky with Chicks and Cat
まずは↑をクリック。いや~、こんな夢のような世界があるんだなぁ~。
そして一年後は・・・。
このシリーズたくさんあるので、ゆっくり他のも見てね。

よい週末を。

2010年6月24日木曜日

中間テスト

ワカ、いよいよ初めての中間テスト。振替休日でテスト前日はお休み。
「振替休日、何しようかな~って言ったら、友達に勉強しないの?って言われたんだよ。」
私もそう思う。

で、何したかっていうと、皇居⇒東京タワー⇒六本木⇒渋谷ルートをこの蒸し暑い中、散歩したって言うのだから恐れ入る。そして嬉しそうな顔をして、「テスト中は毎日3時間授業なんだって。どこまで歩けるかなぁ♪」

クラクラ・・(暑さじゃないくて)。出港せずに撃沈しそうな予感。

2010年6月23日水曜日

ドリームガールズ

2006年、監督ビル・コンドン。”コーラスライン”のマイケル・ベネット演出振り付け、1981年初演のブロードウェイミュージカルを映画化。

あらすじ
エフィー(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ(ビヨンセ、ダイアナ・ロスがモデル)、ローレル(アニカ・ノニ・ローズ)の3人組は、コーラスグループ“ドリーメッツ”(シュープリームスがモデル)結成しオーディションに参加。そこで昼は中古車ディーラーを生業にし夜は(趣味で?)音楽マネージャーのカーティス(ジェイミー・フォックス)に見出される。スターだけれど女癖の悪いジェームズ・“サンダー”・アー リー(エディ・マーフィ)のバックコーラスとしてデビュー。

エフィの兄CC(キース・ロビンソン:ハンサムです)の作曲した"Cadillac Car"を”カーティスの創設したレーベル”レインボー・レコード”(モータウンがモデル)から売り出す。しかし黒人局ではヒットするもまだ差別が色濃く残る時代、白人が別バージョンにして曲を奪ってしまう。R&Bは白人局では流さないので、曲をパクッっても白人の視聴者にはわからないのだ。そこでおしりに火のついたカーティスは、音楽プロデューサーに本腰を入れる決心をする。中古車を全部売り払いさらにそのお金をギャンブルで増やし、白人のDJにワイロを渡して自分たちのプロデュースした曲を白人局から流すことに成功する。

この戦略は功を奏して彼らの曲は大当たり。さらなる白人社会への売り込みを考えるカーティスは、”ドリーメッツ”が白人受けする作戦に。声が軽くルックス抜群のディーナをリードに据え、 声&ボディともド迫力のエフィをコーラスにしたあたりからグループ内に亀裂が入り始める。スターだったジェームスもカーティスのもとでは本来好きだった歌が歌わせてもらえず、ストレスから麻薬に手を出してしまう・・・。

エフィを演じたジェニファー・ハドソンは圧巻。エフィが並外れた歌唱力であることが大事。なぜ彼女がリードボーカルを外されて腐ってしまったのか、どうして誰もが彼女にもう一度歌を歌わせたがったのか。歌がうまくなくっちゃ、すねた女の子の人情物語になってしまう。”Love You I Do” を聞いたときは涙が出てしまった。演技もよくって、素直になれないけど歌が大好きで何かを追い求める姿がタイトルに重なる。

ディーナが人気者にのし上がった理由も、あの超キュートなビヨンセを見れば十分に納得。ジェニファー・ハドソンがビヨンセをくってしまったようなことを言う批評があるけれど、私はそうは思わない。子どもと動物にはかなわないというけれど、新人相手にも時にはそうなる。出演者全員がそれぞれの持ち歌を忠実に解釈し、それぞれの卓越した表現力で歌うことにより、エフィとディーナがそのキャラクターにしっかり納まったのだ。

もちろん男性陣も分厚い演技力。ジェイミー・フォックスはもちろんのこと、エディ・マーフィは持ち味全開。ダニー・グローヴァー(プレイス・イン・ザ・ハート)もいい味出している。ジョン・リスゴーが怪しげな映画監督役でちらり。

抑圧された黒人社会の中でこそ生まれた”レインボー・レコード”であったかもしれないけれど、音楽と商売の間に横たわる本質的な問題は今も昔も変わらない。ショービジネスは過酷、数々の名曲がそんなテーマを彩る。半端でない強さに満ちた70年代のソウルがよみがえる。ジャクソン・ファイブらしきグループも登場、モータウン好きにはたまらない。亡きマイケル・ベネットにささげられたこの映画、劇中”コーラスライン”に出てくる鏡の舞台装置が登場、しびれた。

2010年6月16日水曜日

はやぶさ

「はやぶさ」の7年間の旅がおわった。研究者の方々にとっては、ただの飛行物体ではなくまるで生き物のよう。話を聞くうちに、「はやぶさ」は1人で旅するうちにもしかしたら人口知能を備えつけてしまったのじゃないかしら、と思ってしまう。

左は「はやぶさが」大気圏突入の直前に撮影した太陽に照らされて輝く地球の写真。撮影を担当した宇宙機構の橋本樹明教授によると、2時間ほどかけて「はやぶさ」の姿勢を整えて5、6枚を撮影。ほとんどが真っ黒な画面だったが、時間 ぎりぎりの最後の1枚に地球の姿が残っていた。途中で交信が途絶えたため下半分は映っていない。この後大気圏に突入して本体は燃え尽きた。

この写真を見たとき、なんだか悲しくなってしまったのは私だけではないらしい。突入の時の流れ星のように輝く「はやぶさ」の動画を探していて、「はやぶさおかえりなさい」(タイトルをクリック)を見つける。ウルウル・・・。「はやぶさ」は初めてのお使いを頼まれた小さな女の子。「はやぶさ」は最先端の技術であるとともに、現代の童話であると、思う。

2010年6月15日火曜日

Glee 番外

6月13日、トニー賞授賞式で"Glee"のシュースター先生ことマシュー・モリソンとレイチェルことリア・ミッシェルが登場(タイトルをクリック)。リアは"Don't Rain On My Parade"を熱唱。ちょっと張り切りすぎちゃったかな?

9歳の時から"レ・ミゼラブル"でブロードウェイの舞台立ち、「春のめざめ」では大好評を博す(2007年のトニー賞授賞式でも歌ってる)。"Glee"では、自己中心的でCoolでなく、かと言ってぜんぜんHotでもない負け犬代表。オーバーアクティングな歌はTVで見るとお腹一杯になる時があるけど、舞台でのミュージカルにはあのくらいでなくちゃいけない。アイルランド、イタリア、ユダヤの血を引く彼女、もしかしたらバーブラ・ストライザンドみたいになるかも。

2010年6月14日月曜日

アイアンマン2

キャスティングの段階で老け過ぎていると却下され、根性でトニー・スターク役を勝ち取ったロバート・ダウニー・Jr.。撮影が終わっても制作者の不安材料だった老けたトニース・タークのアイアンマン第1作は蓋を開けてみれば大ヒット。おそらく成功したのは主人公が”老けていた”からだったと思う。スルメのように噛めば噛むほど味のある主人公に仕上げたロバート・ダウニー・Jr. はかっこいい。左は夕日(朝日だったけか?)を背にうけてドーナッツ店の屋根の上でドーナッツを食べるアイアンマンの雄姿だけど、自他ともに認める”ナルちゃん”である。相変わらず心臓に埋め込んだペースメーカーがイタソウ・・・。

今回はスカーレット・ヨハンソンが花、それも大きな花輪を添えている。クールなお顔とキュッとしまったウエストに少々大きめのヒップがコミックから抜け出てきたよう。相手はたった一人のこむすめ、束になってくればいいものを、なぜか1人づつ(たまに2人づつ)出てくる敵。飛び道具も使わず、必要以上に技を駆使してバッタバッタとなぎ倒す。かっこいい。技の最中はどこからどこまでが本人なのかよくわからないけれど、とにかく最後のポーズばっちり。

ちょっと間抜けな軽めの悪役、ジャスティン・ハマーは注目の(私が、勝手にだけど)サム・ロックウェル。彼もいいなぁ、あそこまで上手にイヤミだと(シェ~!)キライになれない。どことなくゲイリー・オールドマンにアイロンかけたような・・・(オールドマンさんスミマセン)。

で、アイロンかけても元には戻らなそうなミッキー・ローク。以前からたまに見かけるお姿に「あらら」と思っていたけれど、昨年一線に復帰してからもただただ、どうしたらこんなになっちゃうのだろうと写真を見るたびにため息が。今更心配してもしょうがないけど。もしかしたらスターウォーズなみに特殊メイクしているんじゃないかと思ってみたり。今回も地で十分行けそうなのに銀歯をかぶせ、英語まで意味不明にし、脂っぽく、その上に薄汚れて登場。それにしてもすごい迫力だ。今だったら国技館でボクシングやっても、黄色い歓声やヒョウ柄のボクサーパンツにヤキモチ焼く輩もおらず、誰にも”猫パンチ”などと言わせないだろう。たまに見せる目の表情に、昔の色っぽさがかすかに読み取れる。

映画館にはアメリカ人が多かった。登場人物の何気ないセリフにいちいち大ウケし、映画が終わった後もずーっと熱いコメント(評論に近い)が続いている。オット曰く、コミック版のオタクだそうだ。なるほど。セリフのひとつひとつ、衣装や小道具にまでフカ~クのめりこんでいるようだ。大人、それもアラフィフが楽しめる映画。現在ロバート・ダウニーJr.に外れなし。

2010年6月9日水曜日

MIKA

ワカ様、念願のMIKAのライブ@Zepp東京に行って来た。
開演前、Zepp会場前のせま~い”盆地”に続々人が集まってくる。チケットに印刷された整理番号のアルファベットA~C順に入場するのだけれど、それぞれのアルファベットに1000番ぐらいまであることが分かった。1階立見席に2500人くらい入る計算になる。結構デカイ。かかりの人がのんびり誘導するので、開演時間に間に合うのかと心配になる。

売り出し当日に買ったにもかかわらず、すでにBだった私たち。それでも前よりのほぼ中央に陣取ることができてまずまず。案の定7時に開演するはずもなく、10分が過ぎ、15分が過ぎ、30分過ぎたころには気分が下向きに。”プリンス”のコンサートを思い出す。周りの若者はそんなの誤差の内と思っている様子。35分過ぎ、ついにMIKAが登場。「わ"~」っていう 歓声で、持っていたドリンクのプラスチックコップがビ~ンと振動したのにはたまげた。

1曲目からみなさん総立ち、っていうか立見席だからもともと総立ちなんだけど、総跳びとでもいいましょうか曲に合わせてジャンプ。モグラたたきだったらたたき放題状態。30分以上待たされたオバサンはすんなり気持ちの切り替えがきかない。それよりもずっと踊ってられる自信ないから、冒頭からのコーフンの渦に乗りそこなう。しかし2曲、3曲と聞くうちに、おっと、私の腕が上に上がり、確かに自分の口から「ヒュ~、ヒュ~」の声まで出てる(ワカにびっくりされる)。さすがぴょんぴょんはできないのでせめてもの足踏み。

彼の歌は歌詞の内容のわりに曲が明るい。サビがキイテいていい加減な英語でも一緒に歌えるから、ほぼ全曲観客とSing Along。 小さな舞台ながら趣向が凝らされていて楽しく、なにより元気になる。ナマで見たMIKAご本人は映像の姿そのままで、長身、スリム、ハンサム、そしてアクがないので見ていて胸やけしない。何よりも声が、いつも聞いているCDの曲に生きたアレンジがほどこされ、ナマの方がだんぜんいい。パワー全開だけど”カーニバラス”ではなくかと言って”ハービバラス”というのでもなく、食べる側というより食べられる側の元気な”植物”といった印象。
ね、ステキでしょ?お父さんがアメリカ人でお母さんがレバノン人のハーフで、ロンドン育ち。いろいろ経験しているから明るいだけではない彼の魅力が音楽に凝縮されている。
公式サイトはタイトルをクリックしてね。

2010年6月8日火曜日

モロー反応

「ゲゲゲの女房」の赤ちゃん、かわいい~。生後数週間にしてはちょっと大きいしあんな風に笑うことはないと思いつつ、TVだからこういうのもありと、かわいい赤ちゃんで朝から映像ビタミン吸収。
大抵の仕事には訓練期間があるのに、お母さんとお父さんにはない。茂さんのように当たり前のことを言ってくれるお父さんがいてくれたら、お母さんはとっても助かる。私はもっぱら松田道雄先生にお世話になったけど。あ、オットにもね、もちろん。美智子さんが言っていたことはまさしくその通りで、特に一歳までの赤ちゃんは”生命”そのものを見ているようで、面白かったし楽しかった。

さて、今日の番組の中でお父ちゃんが襖をバタッとあけたときに、モロー反応らしきしぐさをした赤ちゃんのおててがちらりとうつっていた。本当にちらりと。モロー反応は原始的な反応で赤ちゃんがマイルドなショックを受けたときに、広げた両手が何かをつかもうとするように動く。お猿さんの赤ちゃんが、両手を広げてお母さんのお腹をつかもうとするような感じ。たとえば沐浴で背中がお湯についた瞬間とか、お布団に下ろした瞬間とか、聞きなれない大きな音がしたときとか。ワカを育てているとき、突然現れるこの一種のボディーランゲージがなぜかツボにハマった。モロー反応は3~4か月で消えていってしまう。お猿さんから人間の赤ちゃんになってしまうのだ。どんどん表情も増えて動きも活発になってかわいくなっていくんだけど、なくなっちゃった時はなんだかさみしかったなぁ。

2010年6月7日月曜日

グラドゥス・アド・パルナッスム博士

今年のワカのピアノのお題はドュビュッシー。「子どもの領分」の第1番。
こういういかにも博士らしい名前の人がいるのかと思ったら、グラドゥス・アド・パルナッスムというのはピアノの教本で、指の練習にはいいのだけれどメロディーは単調。そんな練習曲に一生懸命、時には、つまらなそ~に取り組んでいる子どもの様子を、”博士”とからかって作った曲だとか。上がったり降りたり、休憩したり、興奮したり、きらきらしていて、若々しい曲だ。

さて、お手本にどんなCDを買おうかなと調べていたら、ラフマニノフが「子どもの領分」の第6番”ゴリウォーグのケークウォーク”を演奏しているのを見つけた。そして、ドビュッシー本人の演奏も。グラ博士を探していたはずが、次から次へと面白いポスティングを見つけ、アリ地獄状態。

ホロビッツやらバックハウス、あれこれズ~っと見続けて、懐かしの演奏発見。1988年のシルベスターコンサート、チャイコフスキーのピアノコンチェルト第一番の第三楽章。カラヤン指揮ベルリンフィル、ピアノ演奏はキーシン。ちゃんとしたオーディオセットで視聴しなくっても、この感動は伝わるはず。カラヤンにはこれが最後のシルベスターコンサートとなった。このときキーシンは若干17歳・・・、ため息。天才とはこういうことを言うのだろう。凡人の努力を否定するわけでもないし、天才が努力していないというわけでもないけれど。ちなみに来年2011年キーシンは日本に来日するらしい。チケット取れるかしらん。

2010年6月1日火曜日

ロバート・パティンソンとトム・クルーズ

マット様がダントツと宣言したその舌も乾かないうちに、もう一人の王子様ロブ様のこと。MTVでトム・クルーズさんと共演。

トムさんは”トロピック・サンダー”のあのキャラクター。映画のときはカメオ出演とは言えトムさんの全力投球に、本来「あははは」と笑うところなんでしょうが「あ!」であとが続かず・・・。よっぽど楽しかったのか、今回もコールタールごとき濃さで一球入魂。しかし、どんなに毛深くしても着ぐるみ着ても、トム様の全身はピカピカに磨かれ神経が行き届いている。吐く息だってインポッシブルなミッションをこなす彼のこと、小型口内空気清浄機くらい持っているかもしれない。

かたやお風呂はめんどくさい頭を洗うなんてもってのほか、脱力しまくり素のまま(であろう)のロブ様。完全にキャラクターになりきって口角泡を飛ばすトムさん目の前で、布団もといベットからそのまま出てきましたって様子(でもセクスィー)で新入社員みたいにたたずむ。その温度差に初めは合成画像かと。それぞれ別世界で演技してると思いきやよく見るとロブ様、トムさんの下から照明をあてたド迫力のお顔を見て、笑いだしたいところを我慢しているように見える。トムさんのコントは玄人受けするものなのだな、きっと。

2010年5月31日月曜日

いいまつがい

ワカ 「お向かいのワンちゃん、フリーターからもらったんだって!」
私 「????」

どうやら全部濁点が抜けているようだ。

2010年5月27日木曜日

セキセイインコもかわいい

インコのおしゃべりにはハマる。大声で笑いながら見たいけれど、自分の声で小さな囁きを聞き逃してしまうので、一回目は奥歯で笑いを噛み殺し二回目から大声で笑おう。

童謡が上手なおしゃべりインコ ピーちゃん

昔話が上手なセキセイインコ「ピノコ」のおしゃべり

2010年5月25日火曜日

小学生のじゃんけん

午後3時過ぎの地下鉄。大手町から小学生が2人乗ってきた。車内は空いていたけれどスーツ姿の大人ばかり、私立の制服を着た子どもは見かけても、私服にランドセルは珍しい。しかもぴちぴちに元気な様子は結構目立つ。

小学生は2人でじゃんけんを始めた。4、5回もするとつまらなくなったらしく、「あっち向いてホイ」を追加。このあまりにもシンプルなゲームに周りの大人の目が集まる。最初は「あっち向いて、ほ~~~~い」と、”ほ”を伸ばしている間に指先をあっちこっち動かして、相手の子はそれに合わせて頭をあっちこっち向ける低速バージョン。ゆっくりやると先を読まれてしまうとわかると、次は高速バージョン。「あっちほい、あっちほい、あっちほい」と指先を高速で上下右左めちゃくちゃに振り回す。相手の子は指なんぞゼンゼン見ずに頭をぶんぶん振っている。

さすがにアホらしくなったのか、高速バージョンは早々に終了。しかし、じゃんけんは続く。次は勝った方が負けたほうから何かもらう、という取り決めをしたようだ。はじめはかぶっていた帽子。手はじゃんけんで急がしいのでもらった子はぼうしを二つかぶる。次はポケットからハンカチを取り出す。ひとりは”パー”しか出さず、もうひとりは”グー”しか出さないので、パーの小学生にどんどんモノが集まる。小物が尽きたらしく、ついに大物ランドセルを渡す。この辺りから”パー”専門の小学生は勝っているけれど、重たい思いをしているのは自分だ、ということにやっと気づく。”チョキ”に作戦変更。相手の子は相変わらずグーを出し続けている。

私はそこで電車を降りたけど、なんだか面白かった。

2010年5月23日日曜日

ローラーガールズ・ダイアリー

ドリュー・バリモアの監督デビュー作。
17歳の女子高校生ブリス(エレン・ペイジ)は、テキサスの田舎町ボディーンで生まれ育った。母親ブルック(マーシャ・ゲイ・ハーデ ン)はかつて自分が出場したミス・ブルーボンネット大会で優勝する夢を娘に託して、それが女の子の幸せと思いこんでいる。そんな生活になんとなく退屈なブリスは親友パシュ(アリア・ショウカット)と、ボディーンよりは都会のオースティンにローラーゲームを見に行き、すっかりハマってしまう。

家族にはもちろん内緒、22歳と年齢を偽り、目下”勝ち知らず”のチーム”スカウツ”のオーディションに参加する。ルールも知らないけれど、俊足がコーチの目にとまり入団。学校、ダイナーでのウェイトレスの バイト、ローラーゲームの練習と大忙しの青春が始まる。内気だったブリスは”ベイブ・ルースレス(非情)”というシコ名(?)ももらいどんどんたくましくなっていく。強豪チーム”ホリー・ローラーズ”のアイアン・メイビン(ジュリエット・ルイ ス)にガンつけられても負けない、ミュージシャンのオリヴァー(ランドン・ピッグ)とデートもする。しかし、内緒にしていた家族にローラーゲームのことがバレたころから、学校も友達も恋も全てが暗転・・・。

・・・映画見ながらこっから先どうなるのかな?とわくわくしたので、これから見る人のためにあらすじはここでおしまい。17歳は自分が何を考えているのか、どうしたいのか、もやもやしている。
「青春時代が~、ゆ~め~なんて~、
あとから~、ほのぼの~、おもう~もの~」
悩みや不満はあるけれど将来は明るく輝いている。怖いもの知らずだから、親がなくても生きていける気もする。バスで隣町に行くとき自分の住む田舎町を、車窓から一歩離れてみる彼女の目線が面白い。でも傍観しているだけではなく、その中に潔く突っ込んでいく若さがすがすがしい。何かに熱中できること、自分の大好きな空間を作ることにおいては、つまるところ17歳でも47歳でも結局おんなじ。美人コンテストでもローラーゲームでも 車の中でのフットボール観戦でもなんでもいい。

タイトルロールからドリュー・バリモアが、とってもこの映画を大切に思っている気持がズンズン伝わってきた。俗っぽくって平凡なテーマが重すぎず軽すぎず、深さもそこそこなところがいい。彼女が早くから監督という仕事を始めてくれたこと、これはわたしたちにとって大変ラッキーなことだと思う。映画で「体当たりの演技」って表現があるけれど、女優、監督自らもみんなまさに「体当たりの演技」。ますますドリュー・バリモアのファンになった。

2010年5月21日金曜日

ゲゲゲの女房

篤姫様御養育係の2人を前に、何人の人が朝から泣かされたことだろう。私もその一人、正確に言うと化粧が終わったあとだったので、グググっと涙を下まつ毛の縁で我慢。そしたらハナミズが出てきた・・・(やっぱりつながってるんだ)。

私の伯父が戦争中にジフテリアで5歳で亡くなったことは、祖母や母から聞かされていた。子どものころにその話を聞いたときは、「伯父さんがいたんだな、会いたかったな」と思うくらい。でも自分の子が5歳になった時その話がふと頭をよぎり、とどれほどつらい経験だっただろうと考えると言葉も出なかった。ミチコさんともう亡くなった祖母が重なり、ますますボーボー。
子どもの心配でストレスがたまることも多々あるけれど、それも生きているからと朝からしょっぱい幸せを味わった。

2010年5月18日火曜日

マラーホフの贈り物

Aプログラム鑑賞。
マラーホフは現在ベルリン国立歌劇場バレエ団の芸術監督で、自らも現役ダンサーで振付もしている。ベルリン、シュトットガルト、ボリショイから最高のダンサーを連れてきてくれた。
第一部、第三部は全てがゆめの中にいるような舞台ばかり。

どれも素晴らしくて、たくさん言いたいことあるのだけれど、特に ”Jewels Diamonds Scene”のセミオノワの完ぺきな踊りには舌を巻く。マラーホフのエスコートが彼女の踊りを二倍も三倍も引き立てる。ルルべからアテール(つま先立ちからかかとを下ろす)だけでため息。タンジュの動きだけでもため息。足首からつま先はなにやら別の生き物のようだ。ため込んで、しなやかなで、床を包み込むような甲の動き、あんなタンジュができたらいいなぁ(来世で)。アダージオは本当に難しい。ただのポーズの繰り返しになるかその緩やかな動きにオーラを放つか否かは、振付や身体能力だけでなくダンサーの個性(性格や生き方)にかかってくる。

”Alexander the Great”には完全に参った。日本人ダンサーもかなりレベルが上がり素晴らしい技術を持った人もたくさんいる。しかし、こうなると何かが違う。おそらく精神的なものを肉体から解き放つときの表現方法が根本的に違っているのではないか。日本人が同じものを追いかけるならば、肉体的訓練以外になにか別の環境が必要なのではないかと考える。もっと息をのんだのが第2部の”Caravaggio”。こうなるとただ西洋人、というだけでもダメそう。

最後のマラーホフによる”瀕死の白鳥”は圧巻。考えてみれば何も白鳥は雌である必要もないわけで、雄の白鳥がいたってゼンゼン構わない。 マシュー・ボーンの”白鳥の湖”は記憶に新しいが、あのようなドラマチックな振り付けではなく、舞踏を思わせる静かな動き。40を超えたとは思えない鍛え抜かれた柔軟な筋肉と関節が、ひとりの人間を暗闇の中に大きく浮かび上がらせる。東京文化会館の大きな舞台が、半分くらいに感じるほど存在が大きく見える。頭の中で思い出してみると、ズームレンズで拡大したマラーホフの姿が頭に浮かぶ。2階からで結構遠かったにも関わらず、である。


東京バレエ団の男性ダンサーは難しいステップなどではなく、ジャンプの着地や走り方を是非是非見習ってほしい。

2010年5月16日日曜日

グリーン・ゾーン

ポール・グリーングラス監督。
イラク攻撃の原因といわれるWMD(大量破壊兵器)は、MET部隊の必死の捜索にもかかわらず見つからない。ロイ・ミラー(マット・デイモン)は国防総省の情報に不審を抱き始める。そして同じ疑念を抱いていたCIA調査官ブラウン(ブレンダン・グリーソン)と調査を始める。「グリーン・ゾーン」とは、かつて連合国暫定当局があったバクダッド市内10km²にわたる安全地帯のこと。期待通りの作品で★5つ。
 
マット・デイモンさまには、またまたシビレタ、目下ダントツで私のアイドル。 彼のヌーボーとした風貌は(ごめんなさい!)、アメリカ的な正義感をマイルドにし、風景にうまく溶け込み画面をドキュメンタリー風に見せる威力がある。言葉数が少なくまた反応が遅いように見えるのだが、危険な状況では本能的に速く行動する、そのギャップが見ていてたまらない。もしトム・クルーズだったら主人公が目立ちすぎ、シルベスター・スタローン(年取りすぎちゃってるけど)だったら単独行動が激しすぎ、ダニエル・グレイグ様だったら美女同伴になってしまいそうだ。この作品をいろんな意味での境界線をぎりぎりで上質に保っているのは、彼の持つ役割が大きい。

またカメラもすごい。夜のバクダッドはほとんど白黒映像、ポツポツと光る街灯や車のライトがぼんやりと闇を深緑色に染める。手持ちカメラがテンポを上げ、カットの多いカメラワークは心理的緊張感を高める。グリーングラス監督、本領発揮。 ”ボーン”シリーズのときのように誰がどうなっているかわからないけれど、デイモン様が強いことだけはわかるワ。

原作はワシントン・ポスト紙のジャーナリスト、ラジャフ・チャンドラセカランの『インペリアル・ライフ・イン・ザ・エメラルド・シティ』。アメ リカの一部の人にはには大変な反米映画に映るだろう(早々とアメリカに追随したどこかの国にとっても耳の痛い話であるはずである)。一方、アメリカ軍には正義感ある人間が動いてますよ!、CIAも頭と経験で動いてますよ!と忘れることなく描かれている。とはいっても軍は単独行動を肯定されてしまったら困ってしまうだろう。マイケル・ムーア監督は「この映画が作られたことが信じられない。愚かにもアクション映画として公開されてし まった。ハリウッドで作られたイラク戦争映画では最も まっとうである」とツィートしたそうだけど、アクション映画として公開するしかなかったかもしれない。いずれにせよ現在進行中でありながら、”アクション映画”としてでもこのような映画を作ることができる自由があることに少なからず驚いた。是非劇場へ。

2010年5月14日金曜日

オウムはかわいい

ルリインコや文鳥を買ったことがあるけれど、あんなにちっちゃな脳みそなのにいろいろとよくわかっている。遊ぶのも好きだし、マッサージされるとコックリと寝てしまったりとってもかわいい。

laughing parrotは何がおかしいんだか2羽のインコが郵便ポストで笑い転げる。でも顔の表情が変わるわけではないので福笑いのようだ。でもこれだけは言える、飼い主はイッツも朗らかに笑い転げている人なんだろう。その他の動画も見て是非福を呼び寄せてほしい。

スグロシロハラのルイ君、サンタさんが大嫌い。このルイ君の動画はどれを見ても本当にかわいい。たくさんあるからゆっくり見てね。

2010年5月12日水曜日

逃亡クジャク

千代署で保護されていたクジャクが逃げ出し、再び約40時間後に市内で捕獲された。
同署によると、クジャクはオスで体長約90センチ。誰かに飼われていたとみられる。6日午前、八千代市大和田新田の民家の敷地内にいたのを、住人が見つけ て同署に通報。署員がビニールシート(1)で覆うようにして捕まえた。クジャクは特に暴れる様子もなく(2)捕まり、同署で犬用のおり入れてえさを与えていた。とこ ろが8日午後、テレビ局の取材を受け(3)、おりを移動した際に逃げ出し、署員が追ったが、約50メートル先で見失った(4)。再び発見されたのは10日午前7時前。 最初に保護された現場から約4キロ東の民家から「畑にいる」(5)と同署に連絡があり、署員がビニールハウス内で羽休め(6)しているところを網で(7)捕まえた。この際に は、クジャクはバタバタと“抵抗”(8)したため、警察官が4人がかり(9)で取り押さえたという。同署は「大切な拾得物(10)なので、見失わないよう(11)にしたい」。 (朝日新聞)

この記事、久しぶりに大笑いさせてもらったワ。動物の逃亡記事はツボにはまる。
(1)これは花見のときに使うようなあの青いシートなのか?
(2)お縄ちょうだいします
(3)一瞬、クジャクがインタビューに答えている姿を想像
(4)具体的だけど現場検証みたく巻尺が出てきたのかなぁ
(5)クジャクと畑、合わない
(6)畑にいたんじゃ?羽休めって、あら素敵なサンルーム!って?
(7)わっかにして首にかけたのかなぁ、あ、縄じゃなくって網か・・
(8)ビニールシートをだせ!ビニールシート!と叫ぶ
(9)4人で迫られると人間でもつぶれてしまいそうだ
(10)せめて”迷子”ぐらい言ってくれないかな
(11)「逃がさないように」では?見失った時の無念さが伝わる(4)参照

で、持ち主らしき人が2人現れた。どちらかがニセモノなのではなく、お二人ともちゃんとクジャクを飼育されていて、他の一羽は茨城の警察で監禁中(?)だったらしい。 民家でクジャクを飼っていること自体驚くのに、同時に逃亡していたというのもびっくり。
因みに写真は逃走の後に保護されたときの雄姿。

2010年5月10日月曜日

仕事

GWが終わりワカは「学校に行きたくない」と言う。これは登校拒否とかそういうたぐいのものではなく、家でもっと好き勝手遊んでいたい、ということだそうだ。

私 「私だって、会社行かなきゃいけないし。ま、お互い頑張ろう。」
ワカ 「でも大人はいいよね。自分でやりたい仕事を見つけてそれをしにいくんだから、楽しいよね。」
私 「・・・・・。」

なんだかあまりにも純粋な意見に、何かになろうと思ってなった結果じゃないのよ、と言えなかった私。確かに大人も学校も、ナントカになりたいんだったら勉強しようとか、毎日練習しなくちゃだめだとか、そんなことを子どもには言う。マスメディアは夢を実現するための情報を流す。
でも働くために身につけることって、そういうスキルみたいなものだけではないのじゃないか。うまく言えないけれど”生きる力”がなきゃ、どうにもならないんじゃないかなぁ、と思う。石にかじりついても食べていく、とか、与えられた環境の中で楽しみや驚きを見つける才能とか。・・・などなど、とりとめもないことを考えながら、明日も”楽しく”会社に行こっと。

2010年5月9日日曜日

アリス・イン・ワンダーランド

物語はアリスが19歳になってから、と設定が変わっているけれど、登場人物、登場動物、登場品物はルイス・キャロル原作の世界がそのまま、且つディズニーのアニメの世界もそこかしこに息づいている。バートン監督はカルフォルニア芸術大学時代、ピクサーのジョン・ラセターとクラスメートだった。ラセターは今やディスニーではエライ人になっているので、何か作品への影響があったのかな?アニメの世界を踏襲しながらのCGと実写の融合は見事だ。実物をカバーするためにCGを使うのではなく、CGそのものが生きていて、それでいてアナログな部分を感じさせてくれる。ココが最近のSF映画 のCGと一線を画している。

ディズニーアニメとピクサーはどんなところにでてくるかというと、たとえば白の女王(アン・ハサウェイ)のぶりっこな手の動き、 これはもうシンデレラやオーロラ姫や白雪姫そのもの。チャシャ猫も色や毛並みは変わってるけどアニメの面影はそのまま。最後に出てくるジャバウォックはルイスキャロルの作った怪物だけど、戦いのシーンは”眠れる森の美女”を思い出す。 オットに言うと「え~?」って反応だったけど、バンダースナッチ(カイジュウ)は、”モンスターズ・インク”のサリーを思い出した。etc. etc...... あ、青虫は(ディズニーとピクサー関係ないけど)ちょっとETが入ってたかな?














そういえばWally Bの店長さんの話によると、7月公開の”トイストーリー3”には、”エドワード・シザーハンズ”に出てきたキャラクターが、ちらりと姿を現すそうだ。いいなぁ、こういうクリエイティブなつながりは。映画鑑賞の楽しみを2倍にも3倍にもしてくれる。

2010年5月6日木曜日

glee

今年のAmerican Idolには今一つ熱が入らず、目下の楽しみはFoxのglee。
チアーリーディングの顧問をしているスー、初めのころはただ意地悪い先生かと思っていたら回を追うごとに味わいが出てきて、今では彼女が出てくるのが楽しみ。

スーを演じるジェーン・リンチは1960年生まれ。TV出見る限りには顔の皺を引き延ばしているようには見えず、ヘレン・ミレン系のナチュラルな表情がいい。思いっきり意地悪で偏屈な顔をしても崩れ切らず、端正なところを保っている。それどころか第9話でダウン症の姉を見舞った時の笑顔はキラキラ輝いて、本当はこの人は大変な美人なのではないかと思わされた。180㎝以上あるらしいその体型で、野暮ったさと清潔感を出しながらのジャージの着こなしは絶妙。ほんの5秒ほどの出番でもしっかり笑わせてくれるセリフや身のこなし、ゴールデングローブ賞も頷ける。

さて、 gleeの顧問をしているシュー先生の奥さん、ず~っと偽装妊娠しっぱなし。私はこのエピソードがあんまし好きでない。それからクインの妊娠でフィンが父親だとだまされているのもちょっと・・・。「2人で温水プールに入っていたとき(!水着着用!)妊娠した」って。あの説明で自分が父親だと信じてしまったフィン、もしかしたら優しさから騙されてるふりをしてるのかと思ったら、本当に騙されているようだ。

このドラマのいいところは、くら~くなりかかった話題が些細なことをきっかけに、オセロのようにパタパタパタと明るく好転していくところ。だから妊娠騒動もきっとスッキリした形で終わってくれると思う、けど・・・。

2010年5月5日水曜日

Tuck and Patti

去年に引き続き今年もタック・アンド・パティのコンサート@コットンクラブに行ってきた。一緒に仕事を始めて31年、結婚して28年だって。

今年も未成年連れなので昼の公演。12時開場、演奏まではビュッフェスタイルのランチをゆっくり楽しむ。去年はちょいと食べ過ぎてお腹がパンパンになってしまったので、今年は抑え目にするように気をつけた。いよいよ開演の1時半、パティは"Good Morning !"と現れる。彼らにとってはまだ朝だって。なんとなくわかる、このお仕事は12時間くらい時差がありそう。

さて、パティのハスキーな落ち着いた声と、タックのやさしいギターの音色はいつもと変わらず、第一フレーズで私たちの心をわしづかみ。タックのギターソロはウェス・モンゴメリー(Wes Montgomery)の曲。ウェス・モンゴメリーはギターに一切目を向けず笑顔で観客を見ながら難曲を演奏したそうだ。タックはギターを見ずに演奏などとても自分には出来ないし、演奏中は幸せだけれど笑いながらなんてことも出来ないと言う。しかし、彼の真似をして一回だけ皆さんのほうを向いて笑ってみます、と言って大変難しそうな曲(私はギターを弾かないので全部難しそうには見えるのだが)の途中、満面の笑い顔を約束どおり一度だけ見せてくれた。

今年はネットでリクエスト曲を募っていたらしく、それを知らなかった我が家3人に「しまった・・・!」の空気が流れる。しか~したまには飛び切り良いこともあるもの、演奏が終わって会場の熱いアンコールに再び登場。そして「曲は何がいい?最初に言ったもの勝ちよ」とのパティの声に、すばやく反応するオット(こういうときは役に立つ)。リクエストの"Up on the roof"を歌ってくれて、オットは大喜びの大満足。

ありがとう、Tuck and Patti。又、来年。

2010年4月30日金曜日

ウルフマン


『狼男』のお話。
みなさんご存じのとおり狼に変身するのは、心理的な要因ではなく月の満ち欠け。満月の夜狼になると我を忘れてしまい、朝目覚めたらすっかり記憶がなくなっている。自分がしたことを反省したくても出来ない。であるからして、狂気や不安を表現するには十分な設定だけど、葛藤や苦悩など心理的な深みを出すのが難しい。そんな条件の中、ベニチオ・デル・トロとアンソニー・ホプキンスは最大限に彼らの力量を発揮、さすがと思うもこの狼男という設定で、最後の盛り上がりで残念ながら2人の演技を見ることはできない・・・汗)。ロバート・デ・ニーロの『フランケンシュタイン』を見たときも似たような感想だったなぁ。

R15指定には残忍さよりグロテスクな方が引っ掛かったのか。内臓がドバッ、首がコロリッ、だけれど不思議なことにこの映画は全然怖くない。 『羊たちの沈黙』みたいに何が起きるかわからない、という怖さではないからかも。よってアンソニー・ホプキンスの猟奇さもかなりマイルドになっている。

1941年制作の『狼男(The Wolf Man)』を70年ぶりにリメーク。CGの発達は監督のイマジネーションをそのまま映像にできるから、作る側にとってはおもしろいのかも知れない。しかし、白黒の『キングコング』がカクカク動いたり、『十戒』のモーゼが海を開いたり、かなり嘘っぽいけれどCGよりストーリーをリアルに受け止められる私は古いのかなぁ。

ところでジェラルディン・チャップリンがジプシー役で登場しているのだが、あまりにもお父さんにいきうつしでたまげた。こちらはメイク、CGなしの本物。

2010年4月27日火曜日

タイタンの戦い

主役ペルセウスを『アバター』のサム・ワーシントン、ゼウスをリアム・ニーソン、ボルデモード・・、もとい、ハデスをレイフ・ファインズ。この映画はもともと2Dだったのを慌てて3Dにしたそうで、その点において不評をかったそうだ。81年制作、同タイトルの映画のリメイクで、私はオリジナルを見ていない。ローレンス・オリビエやマギー・スミス、ウルスラ・アンドレスがキャスティングされている。オリジナルと比べてみてみると面白さが増すかも知れない。

ワカ 「パーシー・ジャクソンの方が面白かった」
夫 (ただ一言)「Release the kraken!!」
私 「ゼウスの衣装、マグマ大使のゴアみたい。」
左>タコのお化けクラーケン 右>ゼウス

「私の名はゴア。」
毎回登場するのに、毎回丁寧に自己紹介する人

久しぶりにゴアを見たら、衣装はぜんぜん似てなかった。キラキラしていたイメージがあったんだけど。しかし当たらずといえども遠からず、実はこの監督、日本のアニメの影響を受けていた。そのアニメ、『聖闘士星矢』(見たことないけど)というらしい。調べてみたらこんなコスチュームだった。

2010年4月26日月曜日

ザ・カブキ

24日、20数年ぶりにオーチャードホールで東京バレエ団の「ザ・カブキ」を見た。ベジャールがこのバレエ団のために振りつけた作品で86年初演。音楽は黛敏郎さんの現代曲と浄瑠璃がうまくつながって、美しいコラボレーションを聞かせてくれる。忠臣蔵を元にゲイシャ、ハラキリと日本色満開の舞台。日本趣味のコンテンポラリーといってもクラシックバレエそのものの”パ”が多く、大石内蔵助役にはかなりの技量が求められる。24日はスタミナ不足でキレがなく、ちょっと残念だった。若干20歳というので、これからの活躍に期待しよう。

大石内蔵助というどっちに転んでも正真正銘の日本人。いくらベジャールの作品であろうがカリスマ性が必要であろうが、(昔の)パトリック・デュポンまたは生身のジョルジュ・ドンが踊る姿は想像に難い。西洋人ダンサーがちょんまげ(実際はちょんまげで踊るわけじゃないけど)を演ずるのは、明治維新後100年以上かけてやっと靴に慣れた日本人が王子様を演ずるよりも難しいのじゃないかな?(トムクルーズはやったけど・・・)。やはりここはひとつ日本人(もしくは東洋系)ダンサーに頑張っていただきたい。特に第1部は振付が美しいので、これを踊りきれるソリストが同時期に片手の数くらいは登場することを願う。第2部の男性群舞、日本人に適した良い意味での”マスゲーム的”な振り付けはさすが。群舞だけでなく、四十七士の数人が途中短いソロを踊るが、これも大変よかった。

2010年4月23日金曜日

久石譲さん「アバター」を語る <最終回>

「『アバター』を見た。監督自ら”もののけ姫”を参考にしたシーンもあると発言していたが、僕は”ラピュタ”も参考にしたと思う。・・・ジェームズキャメロン監督はおそらく宮崎さんに尊敬の気持ちを込めて引用したのだろう。

彼の特徴は『ターミネーター』のロボットや『エイリアン2』の地球外生物に感情移入させることができる演出にある。『アバター』のキャラクターも最初は気が引けたがすぐ感情移入できた。・・・ドラマ設定の時間と空間が多重になっていることも良い。・・・ただし登場人物は善と悪がはっきりしすぎていてドラマが平板。対立構造はわかりやすいが深みが感じられない。典型的なハリウッド映画だ。『アバター』を見終えた感想は、そんな単純構造を捨て映画を作り続ける宮崎さんの世界はいかにクオリティーが高いかということだった。

音楽はジェームズ・ホーナー、前回登場したジェルジ・リゲティに英国で師事する。…2時間42分のほとんどに音楽が付いているので、・・・こういう鳴りっぱなしの場合は音楽密度を薄くし劇となじませる工夫がいる。逆に音楽が少ない場合は瞬間の凝縮力(音の厚さではなく)が要求されるわけで、どちらも難しさは変わらない。

・・・一番気になったのはナヴィの世界のコーラスがエキゾティズムを出すため第三世界、特にアフリカ系の音楽をベースにしているのが音楽帝国主義のようで好きでない。エンターティンメント映画の場合、ストーリーで引っ張るケースが多いので音楽はそれに寄り添うしかなく、場面チェンジでの音合わせが多くなる。それぞれのシーンと主人公に音楽を対立させるようなこともあまりできない。速い話が『スター・ウォーズ』のダースベイダーのテーマのように登場人物につけることも多い。だからここには「音楽と映像の微妙な関係」は存在しない。」

前回久石さんが「アバター」について検証すると書かれて、今までの映画と方向が違うのでちょっと首をかしげた。しかし読んで納得、さらに私の疑問までも解決できた。 『グラントリノ』のとき、対極のものとして偶然にもジェームス・ホーナーとjジョン・ウィリアムズの音楽が浮かんだけれど、それに対するお返事をいただいたような(そんなわけないけど)。なぜこの2人の映画音楽がコイのか、キャラクターとして耳に残るのか、この解説でよくわかった。漠然とした考えが、きっちりと言葉になると気持ちいい。

さてこの連載の最後に「映画人も映画音楽も何か一つ心に響くものを見る人に伝えたいと思っている。わかりやすい(大衆性)ということと芸術性は共存することができるのではないか?と僕は考える。その答えを探しつつ、とりあえず今は中国映画の音楽を書いている。」

・・・すでに共存(もしくはそれ以上)させてしまっていると私には思えるのだけれど、いまだに答えを探してらっしゃるとは。正直に言って理解のツボにはまらなかった『ハウルの動く城』の中で、唯一くっきりと心にのこったメインテーマ曲を思い出す。そしてこれでいいのだ、想像力を働かせれば、と考える。またいつか映画について、映画音楽について久石さんの書かれたものを読んでみたい。

2010年4月21日水曜日

金婚式

両親の金婚式に、こどもたちでささやかなお祝いをした。50年って、長いのか短いのか。いろんなことがあったけど、家族が仲良く健康でいられるって、なんて幸せなことだろう。

2010年4月19日月曜日

月に囚われた男

監督、ダンカン・ジョーンズ。「第9地区」に続きまたまた見逃せないSF映画。

地球に必要不可欠なエネルギー源を採掘するため、月に送られたサム。ガーティというハルみたいな人工知能を搭載したロボットが身の回りの手伝いをしてくれるものの、家族を残して3年間たった1人で採掘作業を行うという契約。任務も残すところ2週間でやっと地球に帰還という時に、自分とまったく同じ顔をした人物が現れる。妄想か現実か・・・。どうも現実らしい。しかしどちらが本物のサムだかわからない。

ここから先は残念だけどネタばれなので黙る。主人公のサム役のサム・ロックウェルはすごい。ピチピチとボロボロ、似て非なる人間ををよくもまあここまで演じ分けられるというものだ。人道的に許されないことをされ、暴れても仕方ない状況の中、サムは最後まで優しい人間を貫く。ああ、ちょっとネタばれ、失礼。

またロボットのガーティは人間以上に人間的。ハルみたいに意地悪じゃない。 真ん中にピースのお顔がついていて、これが笑ったり困ったりする。かわいいし、正直だし、親切。このガーティはケビン・スペーシーが声を担当しているのだけれど、鼓膜に響くセクシーなナイスボイス。物まね好きなケビンさんのことだから、いろいろ考え てなさったに違いない。ここのところエイリアンやコンピューターのほうが、よっぽど人間らしく設定されている映画が多いような気がする。人間このままじゃいけないって、いろいろ皆が思っていることは万国共通なのかも知れない。

ダンカン・ジョーンズ監督はゾウイ君としてファンにはおなじみ(お母さんはAngelaさん、ウフフ)。この映画で父ちゃんの息子とは言われなくなることは確実とみた。とはいえ、DNAの中に「地球に落ちてきた男」が組み込まれていたのかな?

こちらは、ちょっと前の写真みたいだけど、あごの上げ方と歯の長さにパパの面影を見ることができる。

2010年4月18日日曜日

有馬稲子さんの「私の履歴書」

今月の私の履歴書は有馬稲子さん。
有名な方だし、映画も見たことがあるので勿論知ってはいるけれど、私の印象はむか~し見た「おからの華」で止まってしまっている。調べてみたら1974年の月曜夜10時から放送されてたので、リアルタイムでは見ておらず、おそらく夕方の再放送でも見たのかもしれない。主演は中村玉緒さんで、豆腐屋の主人が藤岡琢也さん、その息子が本郷功次郎さん、その恋人が有馬稲子さん。何が印象的だったかというと、藤岡琢也さんを除き、後の3人は高校生くらいの設定から演じていたのだ。本郷功次郎さん一体何年学生やってるのだろう、有馬稲子さんのおさげ髪といい、中村玉緒さんのギャクの入った田舎娘といい結構なインパクトがあった。

先週の有馬さんの「私の履歴書」には「おからの華」を見た時よりもインパクトがあった。ある監督との恋とその破局の物語だったのだが、彼女の子ども世代の私にさえその監督が誰だか容易に分かる。既にその監督は故人となってしまっているのだが、彼女の中にはまだまだいき続けているようだ。ここまで書くかと結構びっくりしたけれども、ある種の潔さも感じた。来週はどんな話が飛び出してくるだろう。

2010年4月16日金曜日

久石譲さん「2001年宇宙の旅」を語る

「わかりやすいということは決して良いことではない。難解な映画や音楽、絵画などに接したとき「これは何?」という畏怖にも似た疑問がおこる。だから頭を働かせる。わかろうとするからだ。あるいは自分の感覚を最大限広げて感じようとする。そこにイマジネーションが湧く。もちろん優れた作品であることが前提だ。何も大衆性を否定しているわけではない。その両方が無い作品に接する時間ほど無駄なものはないと考えるのだが、作る側としてはそのさじ加減が難しい。スタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」はその答えの一つである。

・・・謎の物体「モノリス」をめぐる展開だが一貫した主役はなく各シークエンスも関連性に乏しくわかりづらい。・・・・ぼくは最初これは映画ではないとさえ思ったのだが、何度か見ていくうちに映像と音楽の関係性に圧倒され、今ではぼくの「名作中の名作」である。

・・・映画全体の音楽は15曲(メドレーは一曲として)で数は多くはないが一旦なり出すと長く使っている。その関係は映像につけるのではなくてむしろ映画自体を引っ張っていくエンジンのような役割だ。

・・・まず驚くのは宇宙航行にヨハン・シュトラウス2世の「美しき青きドナウ」を使っていることだ。無重力の漆黒の宇宙に浮いた宇宙船がワルツのリズムに乗ってあらわれたときは仰天した。・・・なんといっても衝撃を受けるのはジェルジ・リゲティの曲の使用である。20世紀後半のもっとも重要な現代音楽の作曲家だが難解である。・・・圧巻は木星と無限の彼方(異次元への突入)で15分にわたり流れる3曲ほどのメドレー。多くの監督が望む大衆性とはま逆の姿勢をキューブリックは音楽でも貫く

・・・決してわかりやすい音楽と映像との関係ではないが、そこには新鮮な「何?」が必ずあり、我々のイマジネーションを駆り立てるのである。」

この映画、他の映画とは一線を画しているとはわかるのだけれど、実は私、何べん見てもなんだかよくわからない。久石さんをして「難解な」ものなのだ、私のような凡人にはイマジネーションを駆り立ててくれればよし、としよう。そうと分かれば、ちょっとうれしい。それに、ず~っと考えていたら、ある日突然悟りが開けることだってあるかもしれないし。今回音楽に関しては大変重要な指針をもらったので、そこに注意して見てみよう。

天才は普通の人が畏怖の念を抱くような何かを、絵画で、音楽で、文学で表現する。キューブリックはそんな全てを拾い上げ、作品にしているのだなぁ。凡人の悲しさと気楽さを感じつつ、天才の孤独を想像してみる。

2010年4月14日水曜日

イカとクジラ

監督、ノア・バーム(2005年)。

 1986年、ブルックリン。父はスランプ続きで仕事がないけれどプライドは人一倍高い作家。母はニューヨーカー誌にデビューの奔放な新進作家。16歳の兄ウォルトは父に心酔、母の奔放さに我慢ならない。12歳の弟フランクは父のプライドがうざったく、何があっても母が好き。両親が離婚することになり、兄弟(猫ちゃんも)は共同監護という形で父の家と母の家を行ったり来たりの生活が始まる。やがて弟は学校で奇行を繰り返し、兄も盗作騒ぎを起こしてしまう。ばらんばらんのかみ合わない親子夫婦のブラックほどではないけれど、グレーなユーモア(?)で綴られた、決してカナシイだけではない物語。

父親の意見は至極まっとうで教養にあふれているはずなんだけど、Fワード連発、無職、という具合に現実とかみ合わない。母親もとりあえず思春期のこどもには言わないかな、と思うような浮気や恋人の話を包み隠さず話す。息子2人のことは観ていてつらい。 特に12才の弟の奇行には女系家族に育った私にはあ~んぐり。まだまだアオい兄の母親やガールフレンドに対する態度にも説教したくなる。観ている私の”同情”やら”親近感”やら”嫌悪感”は、4人の間を行ったり来たり定まらない。どこまでもあれれ?の家族だし、正直4人とも好きになれない。ところが、どの登場人物も軽蔑できないどころが、だんだん愛情さえ湧いてくる。脚本の妙。

父親は『愛と追憶の日々』というより『Mr. ダマー』のジェフ・ダニエルズ、母親は『ミスティックリバー』のローラ・リニー。2人とも見事にNYの知的階級の滑稽さを表現。チョイ役でアンナ・パキンとウィリアム・ボールドウィンがとってもいい味。そしてこの手の映画を見るたびにいつも思う「どこからこんなこどもたちを探してくるのだろう」と、実にうまい・・・。
 
決して心地よくない棘のある会話に落ち込んだり、笑ったり、落ち込んだり、落ち込んだり。全てが日常の出来事で、映画の終わりも昼寝で一日が途切れたように終わってしまう。しかし映画全編を何度も反芻させてくれるくらいの印象的なラストシーン。

2010年4月13日火曜日

九品仏浄真寺の桜

浄真寺は小田原の役後、廃城となった奥沢城の跡地に、延宝6年(1678年)開山。本堂の対面に3つの阿弥陀堂(上品堂、中品堂、下品堂)があり、それぞれに3体合計9体の阿弥陀如来像が安置されていることから九品仏と呼ばれている。10年ほど前、いろいろともめ事があって、境内の雰囲気は昔と少々変わってしまった。

九品仏界隈は石原裕次郎、芦川いづみ主演の『乳母車』のロケ地にもなった。昭和31年の映画だから、今の町並みとはま~ったく変わってしまっているけれど、浄真寺はそのまんまとはいわないまでもそれと分かる。4月頭に従兄弟のお墓参りを兼ねて花見に行った。

境内から山門方向を見る。まだ満開ではない。
こーんな立派な木が地上近くまで枝をたらして桜をたくさん咲かせている。
境内は桜でいっぱい。
上品堂の屋根をバックに。
九品仏は秋の銀杏も大変美しい。3年に1度の『お面かぶり』は来年8月16日。

2010年4月12日月曜日

第9地区

監督と脚本、ニール・ブロンカンプ。南アフリカ、ヨハネスブルクに突如宇宙船が出現し、そのまま街の上空に留まってしまう。宇宙船内のエイリアンは人道的手段をもって、難民として地上に移される。しかし人間とエビ(=PRAWN)に似たエイリアンの共存は難しく、宇宙船が停留してから20年が経った今、エイリアンはヨハネスブルグ市内の第9地区に隔離され、MNUと呼ばれる組織によって管理・監視されている。第9地区はスラム化し、ヨハネスブルグ市内の治安は悪化の一途を辿り、困った人間は郊外の難民施設にエイリアンを異動させることにした。MNUの職員であるヴィカスは新しい施設へ移動する同意をエイリアンから取り付ける最高責任者に任命される。同意とはいってもほとんど強制的で、ウムを言わさずサインをさせるか、言うことを聞かなければ暴力に訴え、酷いと撃ち殺してしまう。喜々として業務に励むヴィカスは、エイリアンの作った液体を自ら誤って浴びてしまい”何か”に感染してしまう。感染が広がっていくうちに思いもよらぬ困難が次々と襲ってくる。

この辺までは予告編からでも察しが付くけれど、こっから先はネタばれになるので黙る。1966年、当時の南ア政府がケープタウンの第6地区を白人専用地区に指定し、1982年に約6万人の人々を25km離れたケープフラッツに移動させた出来事がもとになっている。アパルトヘイトだけでなく、人間がエイリアンの居住地で武器を探し回る姿はイラク戦争を思い起こさせる。20年の間じーっと耐えながらその時を待つエイリアンのクリストファーはマンデラ大統領か。

ドキュメンタリータッチな画像と、(私たちにとって)無名な俳優の出演でリアル感が増大。CG技術は駆使されているけれど、演出家のイマジネーションを楽しむタイプの映画ではなく、本当にこんなことが起きるかもしれないと思わせるタイプ。『エイリアン』やクローネンバーグの『フライ』を見た時のあの新鮮な感動を思い起こさせる、正統派SF映画。絶対お勧め。

クリストファー親子、好感度大につき、しばらく大好きなエビが食べられなくなりそうなのは困った・・・。

2010年4月8日木曜日

久石譲さん「グラン・トリノ」を語る

”音楽と映像の微妙な関係”その2。

「・・・・これといった派手な仕掛けはなく淡々としているのだが細部に神経が行き届き、やたら感情を煽るでもないのだが深く感動させる。・・・それはいいのだが、大きな問題がある。音楽がヘタウマなのだ。よく言うと素朴、悪く言うと素人っぽい。白たま(全音符のこと)にピアノがポツポツみたいな薄い音楽が主体だから映像を邪魔するようなことはない。しかも監督自ら作曲することが多いので映像と音楽の呼吸感も見事なものだ。だがそれは両方兼業(特に近年)する彼にしかできないことで、修行を積んで来たプロの作曲家にヘタウマ風に書けといっても無理なのだ。この手の音楽が主流になったら大変・・・。

・・・・冒頭のクレジットに流れるメーンテーマはフレットレスペースのシンプルなメロディーでこの映画の要である。 正直ぼくはこの手の先の読めるメロディーが嫌いだ。・・・その後6シーンにわたって流れるのであるがだんだん良く聞こえてくるのである。とくにラストシーンではイーストウッド自身が1コーラス渋く歌いそのままジェイミー・カラムの歌でエンド・ロールにつながっているところが感動的なのだ。うまい、ちょっと参った。冒頭に流れたものがストーリーの進展とともに成長していくのである。これは誰も意識していないのに確実に感動を煽る。しかもイーストウッドの場合は下品ではない。むしろ抑制をきかしている分、映画全体の品格を上げている。

ピアノポツポツの曲が、全体を通してどのように進展してエンディングにつながっているなんぞ、素人はゼンゼン気がつかない。言われてみればその通りで、音楽を意識せずに静かに感動が盛り上がっていくのだ。それもお涙ちょうだいの感動の押し売りではなく。最後のイーストウッドの歌声には泣かされた。初めはガラガラ声で歌が始まったのに、グラン・トリノが風景の中を走り去っていくころには声が若くなり、あれれ?。”私でも”この部分はかなり印象に残った。で、映画と美しいメロディーに一目ぼれならぬ”一聞きぼれ”し、iTunesでこの曲を即買った。

それから、映画音楽にも”ヘタウマ”がある、というお話は新鮮な驚きだ。 う~ん、確かに、ジョン・ウイリアムズ(スターウォーズ、シンドラーのリストなど)やジェームズ・ホーナー(タイタニック、アバターなど)は音楽だけでキャラクターとなるくらい完璧で圧倒的だけど、確かにいろんな意味で”コイ”

久石さんは最後に「基本的には映像を邪魔しないものに主眼が置かれているのは『映像と音楽は対等であるべきだ』と考えているぼくにはやはり物足りない。」とも書かれているけれど、これを読んで、彼の音楽とイーストウッド監督のコラボレーションが実現してほしい!と思ったのは私だけだろうか。

2010年4月7日水曜日

超級星光大道 Whitney Houston

「超級星光大道」は「スーパースターへの道」とでも訳せばいいのかな。見たことないけれど、台湾の「アメリカン・アイドル」みたいな番組だと思う。
Youtubeで見つけたこの男の子。ヴィジュアルと歌がミスマッチなのが(失礼)マイナスに働くどころか、ますます彼の歌を際立たせているのはスーザン・ボイル並み。
タイトルをクリックしてちょっと音量を上げて見て下さいまし。

2010年4月5日月曜日

もうすぐ中学生

明日は入学式。
中学生になるんだなぁ・・。

春休み満喫中のワカ様、
「なんだか実感わかない。明日から小学生じゃないってことに。」

自覚を促すため、ちょっと大げさに言ってみた。
「そうよ、大人への第一歩!自分でいろいろ判断してやってかなくっちゃね。」

ワカ ちょっと考えて。
「・・・制服って着ていかなくちゃいけないの?」

やっぱし、あんま、自覚してないみたい・・・。

2010年4月4日日曜日

久石譲さん「ベニスに死す」を語る

日経夕刊で久石譲さんの「音楽と映像の微妙な関係」が始まった。究極の映画音楽解説である。

「(映画とふつうの音楽の違い)“ふつう”の音楽はそれだけで100%、映画なら映像と音楽を足して100%になるようにしています。理想は映像と音楽が100%ずつ発揮したうえで成立する映画なのだが、そんな不可能なことを可能にした作品をぼくは知っている。 『ベニスに死す』だ。 
(中略) 
もちろんマーラーがこの映画のために書いたのではなく交響曲第5番の第四楽章アダージェットとして書かれた名曲を使用しているので厳密に言えば映画音楽ではない。が、間違いなくここでは映像と音楽がたしあうのではなく、掛け算にしてみせて我々の度肝を抜くのである。
(中略)
冒頭の船のシーンを見るだけでわかるように、マーラーの切々とした孤高の音楽と画面の隅々まで神経を配った無駄のない映像が、晩節を迎えた老作曲家を通し人間というのもを、人が生きるということを描くのではなく深く体感させるのである
(中略)
原作では主人公グスタフ・アッシェンバッハは老作家なのだが、映画では老作曲家に変更している。しかも風貌を含めて限りなくマーラーのイメージに近づけていて追い打ちはマーラーのアダージェットなのである。この主人公がアダージェットの作曲家であるグスタフ・マーラーだといわんばかりなのだが、このイメージをだぶらせるような演出こそが最大のトリックであり最大の映画的効果なのである。ヴィスコンティ恐るべし。」

音楽と映像に鳥肌が立つくらい心打たれながらも、その気持ちをどうもうまく言い表せなかった。モザイクを組み立てるように、”老い”や”若さ”や”美”やそんな断片を作品の中から拾い集め、私なりにこの映画への思いを考える努力をしたのだけれど・・。そんなときにこの久石さんの一言で納得。説明できないことを”深く体感”させられていたのだ。答えを導いてくれた久石さんも、作曲だけでない、恐るべし。

それにしてもビョルン・アンドレセンは美しかった。当時の少女漫画に出てきた多くの美男子は彼がモデルだったのよ。

2010年4月1日木曜日

4月1日

3月末からのスキーキャンプに参加していたワカが帰ってきた。12月のコースがインフルエンザで中止になってしまい、待ちに待ったスキーだったので、さぞかし楽しかっただろうなぁ~、と土産話を楽しみにしていたら・・・。

ワカ 「(暗い顔)スキーのやり方忘れていて、どうしても思い出せなくって、初心者グループに入れられてゼンゼン面白くなかった。」
私 「えっ?・・・残念だったねぇ。で、ペンションはどうだった?」
ワカ 「それがもっと最悪でね、ゴハンはまずかったし、ペラペラの布団だったし、古かったし。」
私 「・・・・・。」 
・・・ガッカリ・・・
ワカ 「あはは~!エイプリール・フール!」

ほんと~に、だまされた。いつも私やワカをだましては面白がっているオットも、引っ掛かっていた。ウヮッハッハ・・!しかし、あの不満げな顔と言い、セリフの長さといい、絶妙。もう少しウダウダが続いていたら、「自分から行きたいって言ったのに、文句言うな!」と怒られる羽目になっていただろう。よく成長したなぁ。感心しているバヤイではないが。がっかりした分、喜々としてキャンプの話をする姿は”行かせてよかった感”を倍増させてくれた。ここまではさすが計算してかったとは思うけど。

2010年3月30日火曜日

ランチで贅沢


目黒区八雲にある「楳心果(ばいしんか)HIGASHIYA」という、日系二世のような名前の日本食屋さんでランチをした。かんばんが出ていないし、門構えが普通の(というか立派な)家なので(右の写真)、事前にネットでリサーチをしておかなければ見つけるのに苦労しただろう。大きな民家の庭をそのままにして、建物をリノベーションしている。ちょっとやそっとのリノーべーションじゃなくって、とっても直したと思う。
壁、床、梁、窓ガラス、かなりハイセンスで、とにかくいい(写真はタイトルをクリック)。夜は「八雲茶寮」と名を変えるらしく(・・・と思うが)、一見さんお断りのようだ。HPはIDとパスワードが必要で、その他大勢の私はEnterできず詳細不明。

さて、ランチは¥3150。おかずは少ないので若者には物足りないかもしれないけど、がっしり食べたければゴハンはお代わり自由。ゴハンはよく炊けていておいしい。おかずで一杯、お漬物で一杯。これでお腹は満たされるけれど、やっぱり甘いもので〆たい。追加料金で自慢の和菓子を注文。饅頭、練りきり、羊羹がそれぞれ3,4種類あってどれにしようかしばらく悩んで、練り切りにした。中に煮たふきのとうがちょっぴり入っていて、その苦味が餡の甘みと意外とあう。和菓子はお干菓子、生菓子とも持ち帰りができる。

食事の内容からいうとちょっと高めだけれど、とにかくエクステリア、インテリアとも素晴らしいので、プラス美空間でこの値段も納得。朝ご飯も食べられるらしいので、いつか行ってみよう。

2010年3月29日月曜日

ゲゲゲの女房

2003年、日経で水木しげるさんの”私の履歴書”が連載された。1ヶ月間その波乱万丈の人生を読むのが毎朝楽しみだった。特に印象的だったのはニューブリテン島での戦争の話。次から次へと襲う困難を潜り抜けまさに奇跡の連続。悲惨な経験の中で、いつも自身を忘れず、そして次元の高いユーモアをもち続ける(ご本人は真剣かも知れないけれど)水木さん。

しかし、私は「ゲゲゲの鬼太郎」がそんなに好きだったわけではない。なぜかというと妖怪どころか人間そのまんま、笑えるツボ満載のねずみ男(怪奇大学不潔学科卒)が、子供のころ本気で嫌いだった。なんで鬼太郎はあんなに胡散臭い人に、しかも、いっつもだまされるのか、そんでもってもっとなっとくかないのが、鬼太郎がすぐねずみ男を許してしまうこと。だから猫娘が出てくるといつも安心していた。子どもゆえにマンガというよりもっとナマナマしく見てたのかも。妖怪って人間の精神世界をデフォルメしたようなものだもの。

さて「ゲゲゲ・・・」の第一話、お見合いの年が昭和36年とあって、正直たまげた。なんだか街の風景がとっ~ても古く見える。私が生まれたのって、こんなに昔だったか・・・?

2010年3月26日金曜日

ウェルかめ

今日でオシマイ。慌しい出勤前にしばしのんびり化粧をしながら見ている朝ドラ。半年ごとに切り替わるので、季節の変わり目を感じさせてくれる。かめ子は編集、お母さんは民宿、お父さんはサーフィン、おじいちゃんは漁、わたる君はかめ、ガールフレンドはふぐ、山田君はロボット・・・。その他の登場人物も皆、自分の何かを持っていてそのタンジュンさ(?)が面白かった。誰も意地悪しないし、登場人物も死ななかったのもよかった。景色は奇麗で、いつかお遍路さんしてみたいなぁ。

ドラマや小説みたいに残念ながらこれが私の道!なんて私には無縁だけど、胸に手を当ててみると自分の好きなことは簡単に見えてくる。それを細々と続けて、それで毎日が楽しければよし!

来週からは「ゲゲゲの女房」、またまた楽しみ。

2010年3月25日木曜日

卒業式

冬に逆戻りの寒い朝。大きめのハンカチを用意して出かけた。一抹の寂しさもあるけれど、無事卒業できることが自分のことのように嬉しい。 さて、合唱曲も私のころとは違うし、式も”現代的”になっているのかなぁ、と思っていたら・・・。式自体はン十年前とほとんど変わっていなかった。今どきだなと思ったのは女の子の服装。2人をのぞいて、み~んな紺のブレザーにタータンチェックのスカート。私はベイシティローラーズが頭に浮かび、オットは「男の子も着ればスコットランドだ」だって。

いい意味で意外なこともあった。普段は影の薄い副校長先生、司会(式進行係?)がとっても堂に入って、その声も姿もまるで「鈴木史朗さん」のようだった。それからこどもたち。最近の子は体格が良くなっているけれども、その分動きが鈍い。運動会もしかり、だら~りだら~りと動く姿にちょビットイライラしていた。ところが今日は別人、ザザザっと起立、スススッと着席、ピキピキと歩き、カキッとお辞儀をしているではないか。やればできるのね。(副校長先生、こどもたち、ごめんなさい。)

さて、感動の波が来るか、来るかとハンカチを握りしめる私。卒業証書授与にも、期待していた(?)合唱にも一筋の涙どころか、ウルウルも来ない。で、あっけなく終了。ボーボーになるかと思ってたのに~。周りのお母さんたちも、「思ったよりあっけなかったわね~。」

帰り道、ワカがポツリ。「もう二度と小学校の日は戻ってこないんだよね。あんなに当たり前だったのに。それがとっても不思議なんだよね。」
楽しいこども時代を送ることができたかな?大きくなって幸せだったって思える日々だったかな?ちょっとはそのお手伝いができたかな?当たり前の幸せをかみしめながら、全てが終わった帰り道、じんわりと眼がしらが熱くなった。

2010年3月22日月曜日

NINE

ロブ・マーシャル監督。
フェリーニによる自伝的映画『8 1/2』を、1982年ブロードウェイでミュージカル化。主役のグイドを演じたラウル・ジュリアはこの舞台でメジャーになった。

才能豊かな女優達に驚かされる。★ぺネロぺ、難解な振り付けではないものの、柔軟性はもちろん、かなりしっかり踊りをしていないとつかめないポーズをばっちり決める。プラス、歌とあの美しい顔。★ ジュディ・ディンチ、フランス語訛の英語を操り、且つ腹のそこから歌う。いやはや、この人はすごい、ただのお局様ではない、貫禄勝ち。 ★ケイト・ハドソン、なんてキュート。実の父親から歌の才能は受け継いだのだろうけれど、あの踊り・・!★ファーギー、体重を増やしてどっしりと存在感。「キャバレー」の”Mein Herr”のような振り付けと小道具なので、その迫力満点の歌声はライザ・ミネリを髣髴とさせる(方向が違うけど)。そして、★マリオン・コティヤール。グイドとの冷めた関係をしっとりと歌った場面では、思わず泣かされてしまった。★ニコール・キッドマン、見せ場が少なかったかな。

グイド役のダニエル・デイ=ルイス、歌も歌えるのだ。しかし、イタリア語訛の英語を楽しそうに話すし、主役と言っても映画のミュージカル、彼にとってはカル~イ仕事だったかも。 一時期俳優業を休業して、靴屋になるためにイタリアで修行していたというのもイガイ。歌って靴を作れるアカデミー俳優というのは彼だけだろう。

私はマーシャル監督の前ミュージカル作品「シカゴ」よりも好きだ。ミュージカル好きでも、オットにはイマイチだったみたい。舞台だったらいいけれど、映画になってしまうとフェリーニの映画が脳裏をよぎるのか・・。比べちゃだめ、「8 1/2」にインスパイアーされた作品として、あくまでも踊りと歌を楽しむべし。残念なのは一曲終わるたび、劇場みたいに拍手できなかったことかな?