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2014年1月7日火曜日

湿疹、やっと治る

忘れもしない昨年9月の30日、おでこの富士額の頂のあたりが痛痒くなり、その日を境に顔にどんどん湿疹が広がっていった。あまりに赤くはれたので薬局に行くと、「まずお医者さんに診てもらってください」と、神妙な顔つきで言われてしまう。

薬屋さんに促されるまま、通りの向かい側にあるクリニックにとりあえず行ってみた。ヘルペスではなく、アレルギー性のものだろうということで、痒み止めの飲み薬(アレグラの後発薬)と塗り薬を処方され、3日後の金曜日にまた来るように言われた。さて、病院も薬も苦手な私、金曜日はちょっと忙しくてパスしてしまった。

月曜日、赤みも収まっていたので、もうお医者さん行かなくてもいいかなと思いつつも、なぜかちょっと気になってクリニックへ。すると、「ちゃんと金曜日に来なくちゃダメでしょ、ステロイド出してるんだから。」とこの年になって先生に怒られてしまう。私の顔を覚えているくらい、患者が少ないのか?と別な意味で不安になった。しかし、なぜかちょっと気になってお医者さんを訪れた、その予感は正しかったようだ。

湿疹は一か所腫れが引くと別の場所にでてくる。顔にあとが残らないように、反応を見ながら薬を塗る場所、期間を丁寧に指示してくれる先生、2回”出頭”する週もでてきた。1か月経つ頃、なんと腕にまで湿疹が表れ始め、涙目・・・。友人は医者を変えろというが、とにかく続けて通ってみることにした。腕用には別のステロイドが出る。顔の薬は弱すぎて四肢には効き目がないそうだ。へえ~、同じ肌でも違うのだな、と感心。やがて発疹は、おなか、腰回りにも現れ始める。ここで白状すると、腕までは先生に見せていたけれど、おなかと腰回りは黙っていた。これに全部薬を塗ることを考えたらぞっとしてしまったからだ。

つらいのが、なんといっても夜、お布団に入って寝ようと思ったとたん、あちこちが熱を持ち始めてかゆい、かゆい、とってもかゆい~。昼間も下着やらストッキングも刺激になるみたいだし、ウールがじかに触れるとそこもかゆくなる。夜は安眠できないし、このまま治らないのかとかなりユーウツな気分になった。その間に受けたアレルギーと肝機能の血液検査結果、問題はなし。いったいぜんたい・・・。

転機はそのユーウツな気分が最高潮に達した時訪れた。ついに勤務時間に夜のようなほてりとかゆみが襲ってきたのだ。とにかく体を冷やそうと500ccの水をがぶ飲みした。すると、するとですよ、な、な、なんと、まるで潮が引いていくようにかゆみが収まっていくではないか!!これには驚いた。ためしに寝る前にお水を飲んでみた。するとあの熱を持ったような痒みは起きない。まだちょっとかゆかったけど。乾燥した体が悲鳴をあげていたのだな。

で、先生に体の発疹を黙っていたことがばれないように、吸水のことをそれとなく聞いてみた。すると冬でも昼間1リットルは飲んだ方がいいとおっしゃる。ついでに有効なお肌ケアを聞いてみた。まず保湿が大事。それから肌は排泄機能はあるけれど、たとえばコラーゲンなんかを吸収することはありえないとのことだ。コラーゲンは水分蒸発を抑える保湿効果は期待できても、コラーゲンという細胞が吸収されることはない。先生に「ブタ(コラーゲンは牛や豚や鶏から抽出されている)のコラーゲンを肌に塗って吸収されるということは、君の肌がブタさんになるということだよ。」と言われ、小学生のようにうなずいた。とにかく肌には保湿、口からは吸水。で、お茶ならまだしも、水1リットルは結構きついと思っているみなさん、大丈夫よ、1週間ほどで慣れるから。

12月に入りステロイドに替わってプロトピックという薬を処方された。塗ること約2週間、ついに最後まで残っていた目頭の湿疹も無くなり、年越しを待たず先生から終息宣言。プロトピックについては説明書にちょっとコワイことが書かれているけれど、私には結構有効だった。あんまり嬉しくて「お世話になりました、来年もよろしくお願いします」と言ってしまいそうになった。

そんなこんなでもう発疹が再発することもなく、さわやかに新年を迎えることができた。
今年も皆様にとって、幸せで、健康で、とびっきり愉快な一年になりますように。

特に第三次思春期の女性の皆様に送る言葉

水を飲もう!

2013年6月28日金曜日

原発廃炉について

まずは昨日の日経の記事


「福島第1原発の廃炉費用、電気料金算入を検討 経産省」

2013/6/25 日本経済新聞

経済産業省は東京電力福島第1原子力発電所を含めた原発の廃炉費用の一部を、電気料金に算入する検討に入った。従来は廃炉中の設備を安定させる費用のみ算入を認めていたが、廃炉のために導入する設備の減価償却費も認める方向で検討する。事故を起こした福島第1原発は対象外とする意見もあったが、算入を認めることで廃炉作業を円滑にする狙いがある
 経産省は25日、原発を廃炉するための会計制度を整備する作業部会で、廃炉費用の負担のあり方について議論を始める。従来は40年未満しか稼働していない原発を廃炉すれば巨額の除却損が発生する一方、除却損は電気料金に算入できなかった。電力会社は除却損による財務の悪化を避けるため、廃炉を決断できなくなる恐れがあった。(以下省略)
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経産省が電力会社に廃炉を促しているのはいいこと、でも、あらためて長期計画というものがなかったのだ、とアングリ・・・。40年未満しか稼働していない原発を廃炉すれば巨額の除去損がかかるって、じゃあ、40年以上の原発の廃炉は織り込み済みなので大丈夫なんですね。
40年以上であろうが未満であろうが建設したらいつかは廃炉になるわけで、「廃炉のために導入する設備」が必要だなんていうことは専門家だったらわかっていたことですよね。フツ~に準備金なり積立金なりしておくものでしょう。

そんな中でじわじわと上がる電気代、「シェールガス革命だ」などど言っているけど、今はまだ円安で燃料代が高いって。あの~、半年前まではズ~ッと円高だったではないでしょか。
そして、そして、電力会社の株主総会では「脱原発」提案は、沖縄電力を除く8社ですべて否決された。と、いうことは東電でも否決されたということだ。ナンタァルゥチィア~!!

しかし私たちの生活も少しずつゆるくなり始めている。震災直後は暗かった駅の照明や街灯はまた元の通り明るくなり、昼間の電車内も蛍光灯が全部スイッチオン、ビルだってエレベーターが全機動いている。自らを振り返ってもあの時のショックは薄れかけている。消費者として真剣に考えなくては。

大人としてとっても責任を感じるのだけれど、どうしたらいいのだろう、なさけない・・・。

2013年6月13日木曜日

電子レンジやめて、蒸し器

電力会社は電力需要を契約電力から予測する。契約電力というのは使う電力の合計ではなく、家にある電気製品を同時に一番多く使用した電力の最高値をもとにしている。例えば、ある真夏の日、台所では食洗機と炊飯器と電子レンジと電気ポット、洗面所では洗濯機とドライヤー、居間ではテレビ、部屋ではパソコンとステレオ、そしてその全部の部屋のクーラーがON。マックスで家電製品を使うときに合わせて契約電力が決められるわけだ。そのマックス電力を記録した同じ日でも、人が家にいなければ冷蔵庫が一人さみしく活動しているだけのときだってある。今の家に入居するときは何も聞かれず施工業者が60Aを契約していた。

震災の後、節電を心がけながら、契約電力も見直した。契約電力を減らす家庭が多いと新聞で読んだので、この調子でいけば家庭の電力需要予測も減るだろうと思えた。我が家は60Aから40Aに変更することにした。夏場は電力不足が叫ばれていたので歓迎されると思いきや、電力会社の人は50Aにしておいてはどうですか?と言ってたなぁ。我が家は電気ポットも炊飯器もないし、電力会社のHPでシュミレーションしたから、40Aにしてからも一度もブレーカーは落ちていない。とは言え、夏場は2人の暑がり男達クーラーがないと大変なことになるので、冷房中は電子レンジに気をつけなくてはと思っていた。

さて先月、4月分の電力料金を見ると前月から約2千円も上がっていた。すごい値上げではないか!と腹が立ちそうになったのだが、しかし、ちょっと考えて、チ~ン!思い当たるフシがある。電子レンジ。4月に入ってお弁当作りが始まり、電子レンジの出番が各段に増えたのだ。毎朝、冷凍ご飯をチン、野菜もチン、魚も「魔法のお皿」でチン。すっかり消費電力のことなど忘れてしまっていた。反省。

そこで電子レンジを極力使わず、蒸し器を使うことにした。前の晩冷凍庫から冷蔵庫に移して半解凍しておけば、ラップで包んだご飯160グラムx2位の量だったら、お湯が沸騰してから約5分でふっくらと炊き立てのようなご飯に仕上がる。電気を使わなくてもガスを使っているわけだから無駄にしないよう、蒸し器の下段も利用して同時に卵や野菜を一緒にゆでる。

冷凍ごはん160グラムを解凍するのに3分20秒x2回で約7分、副菜をチンしたらプラス数分。お湯が沸騰するまでの時間を考慮しても、蒸し器を使うことによって調理時間が伸びるということはない。洗い物は増えるのではあるが。こうしてひと月、極力電子レンジを使用しないでお弁当を作ってみた。そしたら5月分の電気料金はしっかり2千円弱安くなっていた。電気使用量を減らしたこの爽快感。

ガス代はまだ見ていないけれど、ガスレンジよりもガス湯沸かし器の温度設定が肝心かと思われる。我が家の男連中は暑がりでシャワー温度はなんと35度。サブッ。だから夏はいつもガス代がかなりお安くなる。上手な家庭でのエネルギーミックスを実現してみたい。今年の夏の節電は一昨年、去年ほど騒がれていないけれど、私ができるのはこれくらい、細々と続けていこう、節電。

2013年4月12日金曜日

東京の電車とバス

ワカの学校は最寄駅が複数あり、しかも、副都心線と東横線が相互乗り入れになったことで、通学経路の選択肢が増えてしまった。選択肢が多くて良いではないかと思うかもしれないが、言い換えれば1本で到達できない場所にあるということで、加えて、時間と運賃を比べると正比例どころかしっかりと反比例しているから悩ましい。
最短ルートは相互乗り入れのため乗り換えはたった一回なのに、4社の路線にまたがるので初乗り運賃払いまくり~。最もお安いルートはちょっと遠回りの2回乗り換え、最短ルートより20分程余計に時間がかかる。全ての経路の中で乗り換えも乗車中も楽ちんそうなのが、電車&バス。

登校時は始発停留所から乗車するので時間も読めるし、なにより座って行ける。バス停を降りると学校まで1分、何度か乗ってみたけれど快適、快適。そこでこのルートを第一候補にした。しかし、バスの通学定期が結構なお値段てことが判明。電車だと1ヶ月約2100円のところがなんと7200円、およそ3倍!それを聞いたワカ、「時間かかっても構わないから、一番安いルートで行くよ」。毎日の通勤でげっそりしている私は快適ならしょうがないかと思っていたが、成長したワカの言葉に感心、さすが私の子だ(ええっ??)、よしっ、若者よ早起きして頑張れ。

例えばドイツの都市はゾーンが決まっていて、定期券を購入するとそのゾーン内はバスも地下鉄も路面電車も乗れる。東京の公共交通は便利、安全、清潔、だけど、会社が沢山ありすぎて料金体系が面倒だ。せっかく相互乗り入れで乗車や乗り換え時間が節約できても、運賃が高くなってしまったら通学定期だけでなく、通勤費を支払っている企業にとってもいいことは無い。せめても都営とメトロの運賃一元化を図り、初乗り運賃の負担をなくすべき。九段下の「バカの壁」が撤去されたように、ここは一つ是非、猪瀬さんに公約を実現して欲しいと思っている。

2013年4月5日金曜日

東横線渋谷駅 その後

東横線が副都心線に乗り入れて初めての月曜日、さぞかし渋谷駅はコンランしているのではないかと、少々早めに家を出た。適当な車両に乗り、渋谷駅で降りる。人の波がぎこちない、というかとまどう羊の群れのようだ。一番近くの階段であれよあれよと言う間に駅員さんに誘導され、エスカレーターに乗らされる。エスカレーターを上がると、おそらくメトロの駅員さんだと思うが、人間の鎖を作って立っている。駅員さんいつにもましてテンション高い。何かが乗り移ったようで、ちょっとコワかった。一斉に張り合うように声を上げて叫ぶので、何を言っているのかわからないし、そこに放送の声もかぶさり、さながら青物市場(行ったことないけど)のようだ。羊さんたちは追い立てられるように階段をのぼらされ半蔵門のホームに。あさっての方向に行ってしまうこともなかったけれど、大回りさせられたような気分。しかし、おやおや?降車駅にはいつもより早く到着している。思いっきり文句を言うつもりだったのに拍子抜け。

さて、帰宅。渋谷駅東横線ホームは4車線から2車線になり、今度こそはさぞや混雑しているだろうと思いきや、それほどでもない。始発駅ではなくなったので座って帰ることもできなくなるな、と思ったらなんと各駅電車はガラガラで到着、みんなどこに行っちゃったのだろう。電車の運行そのものには関係ないが、帰宅しても何となくしっくりこない日がしばらく続いた。「一体どこから電車に乗ってきたんだっけ?」というモヤモヤした感覚だ。地上の渋谷駅でのいつもの乗り換えではないので、何か空間がずれたような・・・。たいした出来事ではないのに、習慣化された行動が意識に与える影響っておもしろい。

そして約半月が経ち相互乗り入れは、プラマイゼロといったところか。まずプラス、乗り換え時間が短縮されたこと。それから、渋谷駅で出口が増え、通勤客が各車両に分散、かつ、特急が10両編成になり輸送量が増え、混雑がすこ~し(ホンのすこしよ!)緩和されたこと。ただしこれは東横線から半蔵門線に乗り換えの場合のみ、JR、銀座線、井の頭線、バスに乗り換えの方たちは絶対違うと思う。
マイナスは駅の狭さ。せっかく深~く掘ったのに、どうしてもう少し広くしなかったのか。ホームも狭いし乗り換えの階段も狭い。地震や火事が起きたら、なんて、想像するのもコワイくらいだ。まあ、銀座線の渋谷駅も狭いことは狭いけれどね。

帰宅途中に「渋谷で買い物」って気分は皆無。お財布にはプラスだけど、いざと言う時にとても便利だった「東横のれん街」はもう便利ではなくなっちゃった。しかもマークシティへ引っ越してますます遠のいてしまった。地下5階は思いのほか地上から遠い。

2013年1月17日木曜日

ポアント

ポアントを最後に履いたのは17年前。金輪際履くことはないと思っていたけれど、また履いてみたいと思うようになり、2012年の密かな目標にしていたが、そうこうしているうちに12月、残すところあと2週間となってしまった。やっぱり目標は達成しなくては!そのためにはポアントを買ってしまうことだ、と渋谷のチャコットに行った。

はじめは右左の区別は無く
自分の足で形をつけていく
私がポアントを履き始めた1960年代は、数社の国産メーカー以外は簡単に手に入らなかった。初めてのポアントは「スワン」製、この「スワン」は後の「チャコット」だ。今や国内外のメーカーがずらり、足の形や使い勝手に合わせてヨリドリミドリだ。インターネットでも安く手に入る。浦島太郎子には数が多すぎてどれがいいのかさっぱりわからない。

チャコットのフィッターさんは私の足の形を見るなり、サササッと2、3足のポアントを持ってきてくれた。仕事早い。まずトウパット(指を保護するためにポアントの先に入れるパット)の存在が嬉しい。昔は硬いマメができるまでひたすら我慢。流血は当たり前。どうしようもないときはストッキングで保護して頑張った。本当に痛かった~~。今考えると、ポアントの選択肢が少なく、足に合うものを見つけるのが難しかったということもある。

さて、5、6足試してソールの柔らかさなどを確認、オーストラリアの「BLOCH」というメーカーに決定。その場でリボンを縫い付けてくれて、ソールには名前を刻印、その上、右左を間違えないように片方のシューズにバンビちゃんまで型押ししてくれた。サービスも進化だなぁ。

いよいよ練習、ゆっくり、ゆっくり(おそる、おそる)、もちろんバーから離れることはない。床が木に比べて弾力性のあるリノニウムでトウパットもつけているから、足の指はゼンゼン痛くない。リノリウムの床には滑り止めの”松ヤニ”がいらないので、これも昔とは違う。木の床で聞いたポアントの足音とは違うわ。

思っていたより昔の感覚が残っていた。バレエシューズでのルルベは、正確にはドゥミ・ポアントといって、指を折りボール(指の付け根)で立つ。ポアントの場合はトウの先で立つので足の指は伸びた状態。ポアントの先端は平たくなっていて、その平面が床にピッタリと均等につくのが理想。そのためには甲をしっかり伸ばさねばならず、甲の硬い私は普段よりかなり足底筋(土踏まずの筋肉)を使った。そして、ポアントで立つには足の力だけではなく、上へ上へと上体を引き上げる力が大切だ。

ということで、その日のうちから全身筋肉痛、土踏まずが熱持ってるみたい。でも、とっても楽しくて、懐かしい時間だった。

2013年1月6日日曜日

明けましておめでとうございます

年末に訪れた浅草で
東京の1月1日は、穏やかな一日だった。

大晦日は友人とジルベスターコンサート(エルガーの「威風堂々」いいなぁ〜!)を見ながら年明けのクラッカーを鳴らし、シャンペンを開けながら2時ごろまで語り合い、10時頃にのそのそ寝床から這い上がり、年賀状をポストに取りにいき、お茶を飲みながら昨晩の片付けをし、12時になったら実家に行き、家族でおせちとお餅を食べ、お腹いっぱいになったら近所を散歩、初詣で混んでる神社を諦めて隣の駅のお寺に足を伸ばし、スタバで一服、そのまま実家に戻って更に食べ始め、ニューイヤーズコンサートを見る。

こんな毎年の判で押したような大晦日からお正月、コロロから平和と幸せを感じる。

皆様にとって健康で穏やかな一年でありますように。

2012年11月19日月曜日

豆乳でアレルギー

脇の下の両脇とでもいいましょうか、腕の付け根の前側と後ろ側とでもいいましょうか、蕁麻疹が出始めた。一旦赤みが引いたと思っても、またひょっこりと現れる。1ヶ月程経っても治らないので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていた矢先、ふと頭をよぎった・・・。以前会社の健康診断で、背中の湿疹を見た内科の先生から、「花粉症が皮膚に出る人もいるんですよね。」と言われたこと。その湿疹はシャンプーとリンスが原因で、石鹸シャンプーとクエン酸リンスに変えてからはすっかり治ってしまった。

で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。

病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。

2012年10月1日月曜日

夕焼け

秋の日は釣瓶落とし。
日が短くなるのと同時に、秋の気配を感じるのは夕焼けの空の色。
秋の夕暮れは本当にきれい。今年は暑くなるのが遅くて、残暑が長引いて、今日も台風一過で夏日となる。でも、毎朝通勤で同じ時間に歩く道、強い日差しで避けて歩いていた歩道が、建物の影に。まだ夏の暑さが残っていても今日からもう10月、太陽は低く、もとい、地球はちゃんと公転している。

2週間ほど前の帰宅途中、まだ残暑が厳しいころだったけれど、秋の空らしい素敵な光景が出迎えてくれた。西に広がる夕日の美しさに見とれていたら、行き交う人が立ち止まって東の空を見上げている。振り返って見てみると、皇居にこんもりと茂った木の上に、半弦の虹が!
iphone3Gの写真はなんとなくぼやけた感じだけれど、それも、いい。

季節の変わり目、冬から春はウキウキするのに、夏から秋はどんなに暑さにうんざりしててもなんとなしサミシイ。来週の連休は衣替えをしよう。


2012年5月8日火曜日

スーパームーン

6日のお月さまは地球に最も接近する時と満月が重なる「スーパームーン」。
 NASAによると、この夜の月は通常の満月に比べ、大きさが14%、明るさが30%増して見えたとのこと。で、9時半頃外に出た。確かにとってもきれいなお月さま、でも特別大きいとも思わなかった。
そして、せっかくなのでCANON Kissx3で撮影してみる事に。
55-250mm, F8, 1/320,ISO200
残念ながらこのブログには写真拡大の機能がなく、またPCで拡大した写真もupできなかった。PCで拡大すると、月の表面の凸凹まで見える。カメラってスゴイ・・・。
5月21日はこのお月さまが太陽に入り込み、素敵な天体ショーを見せてくれるはず。てるてる坊主つくろうか。

2012年4月18日水曜日

テディベア

オットとワカサマが母を訪ねてン千里、男二人で里帰りしている最中に、たくさんの友達と会って食べて飲んでつかの間のシングルライフを謳歌した。そんな中、ちょっと私にしては異色だったのがテディベア作り。

まだ、名無しのくまちゃん
中学のときの一番の仲良しのお友達が、テディベア作家になっていた。なっていたというのは約25年振りに再会したから。その友達がテディベア・フェアに出展するからと誘われて見に行ったら、これはスゴイ。大きな会場にぎっしりとブースが並び、結構な熱気。こ、こんな世界があったのね。で、友達のブースに行くと、私の大好きなシュタイフ・スタイルのミニベアが展示してある。体長15センチくらいで、実にカワイイ。生地もちゃんとヨーロッパから仕入れていいて、技法もシュタイフと一緒だと言う。しきりに関心していると、その気だったら教えてくれると言う。

本当は作りたかったけれど、実はちょっと引いていた。というのも忘れもしない中学1年の時の家庭科で「2」を頂戴しているのだ。袖なしブラウスを作らされたのだけれど、当時は興味もないしゼンゼン楽しくなかった。前端と前中心を間違えて、ねじれたまんまで提出したのはよく覚えている。そのまんま、お裁縫には興味が持てず。保育園や小学校で必要なシーツやら、袋やら、そんな四角いものは縫ったけれど、まともな裁縫道具さえ持っていない。もちろんミシンなんて無いわよん。

でも、シングルライフで気も大きくなっていたのだろう、熊の可愛さにもつられて、イッチョ作ってみるか!って。友人を自宅に招いて週末に2回、合計約10時間程、マンツーマンで教えてもらった。型紙は友人のデザインで既に生地は裁断してきてくれた。これを縫い合せて綿を詰めるのだけれど、ちょっとしたところにプロの技有り。手取り足取りでどうにか完成。実に楽しかった。忘れるといけないので、今、2匹目も制作中。

2012年2月25日土曜日

今月のパン教室

毎月1回、楽しく習って −というか「食べて」という方が正しいか− いる間に、中級も半分くらい終了してしまった。ベンチタイムとかニーディング、などなど聞いたこともなかったような単語が少しずつ頭に収まり、唖然と突っ立っているだけのシーンは少なくなってきているかも。

パンを1人で作るまではまだ行かないけれど、教室で時間や手間をかけてパンを作るうちに、自分の生活にも少し変化があったかな。それまでは料理を手早く済ませようとしていたけれど、最近、手間や時間をかけることが億劫ではなくなってきたような気がする。ま、子どもが小さいうちは、帰宅してこどもの寝る時間から逆算して晩ご飯を食べるには、なんてバタバタしていたからね。

今回も、先生の神業のような手つきに感動を覚えながら作ったパンとお菓子。


香ばしいアーモンドとチョコレート
中には栗も!!

外をパリッと仕上げるため蒸気焼成というのをする
カリッと焼けたタルトの上にカスタードクリーム

2012年2月15日水曜日

CHEMEX まだまだ

コーヒーを入れる道具は揃った、練習もしている、あとはコーヒー豆の研究。

今回はアメリカから輸入されたオーガニック豆を購入。
あら?弾き具合は同じなのに泡が立たない。入れたコーヒーはそれほど悪くはないけれど・・・。早速ワークショップをしてくれたお店で聞いてみた。「(よくわからないけれど)輸入前にアメリカで焙煎しているのではないか」と言う。コーヒーにして飲むのは、焙煎してから早ければ早いほど良いらしい。挽いた後の粉に水分が少ないようだ。それが関係するのかどうかは分からないけれど、確かに焙煎したばかりのコーヒーはもう少し油っぽい(?)ような・・・。近所にその場で焙煎してくれるお店があるので、今度行ってみよう。

私は飲み物だけを飲むのであれば、断然、紅茶か緑茶。だからたまにケーキをいただくときには飲んでも、コーヒー自体を美味しいと思ったことはあんまりない。しかし、こうやって色々と発見して入れ方を工夫し始めると、とても面白い。

2012年2月8日水曜日

CHEMEX もう一丁

紀ノ国屋で挽いてもらったコーヒー豆が終わってから、しばらく考えてやっぱり家で挽いてみようと決心し(大げさか)、いよいよメリタの電気式ミルを買った。

ワークショップでは”5秒挽いてシェイクして”を3回くり返し、後は挽き具合を見る、と教わった。3回繰り返すところまでは私でもできる。しかし挽き具合を見ると言われても、それがいいのか悪いのか分からない。この辺に研究の余地があるのだなと思いつつ、あと一秒ずつ3回ほどミルのスイッチを、ツュ~ン(x3)と押してみた。大きなカケラが残らない程度かな。

さて、ドリップポットからの第一投、ここで挽いた豆を少々蒸らす。あらら・・・、全然違うわ、泡がモコモコ立つではないの!コーヒー豆の挽き具合によってこんなにも違うとは!前回粗めに挽いてもらった豆でも、まだ細かすぎたということなのね。

我が家の配分はと言うと、コーヒー用のスプーンで少々多めにコーヒー豆3杯、お湯は月兎印のポット(0.7ℓ)にぎりぎりまで、以上でマグカップ3杯分。コーヒー豆を4杯にすると我が家の舌には苦かった。

2012年1月25日水曜日

リンパマッサージで眉毛が・・・

去年の秋、笑おうとすると頬があまり動かないことに気がついた。顔がガッシと凝っているようだ。ここ、数年いいエステがあったら通ってみたいと思って、幾度かお試しキャンペーンというのに行ってみたけれど、ずっ~と水蒸気を当てられたり、じーっとパックしていたり、待ってばっかりで何となくしっくりこない。お値段だってキャンペーンじゃなかったら、私にとっては結構な出費だし。

人に聴いたりネットで探したり、そして、ネットでピンと来たお店が一つ。入会金やら化粧品の販売やらそんなものはなさそうだし。地図を頼りにやっと見つけたお店は、小さな、小さな一軒家。その普通すぎるたたずまいに、何となく不安が過ぎったのだけれど(失礼)、いざマッサージが始まると・・・。ち、違う、今までと全然違う。化粧品をヒタヒタというのではなく、凝っているところのツボをグリグリ。それがなんとも言えず、イタ気持ちいい。リンパの流れに沿ってマッサージ。セラピストさん自身で調合したハーブのオイルや化粧水を使っていて、その香りに毛細血管が隅々まで全開(そんなことあるかどうかわからないけれど)。嬉しいのは、その手業がずっと続くのだ。「疲れませんか?」と聞いたら、「お客さんになるだけ触れているのが、自分としても納得出来るんですよね」だって。

終わってみると、いや~顔が軽い、軽い。とにかくこわばらずに普通に笑える。一ヶ月に一度通うことにした。一ヶ月経つとまた顔は固まってしまうけれど、とにかく女王様のように優雅な時間が心からありがたい。

そして4度目が終わった頃、な、な、なんと、眉毛が生えてきた・・・。実は眉毛の半分から後半が何となく薄くなってきていて、このままだといつかオカメの眉毛になってしまうのではないか、と思っていたところだった。

満員電車でイラッ、会社でムスッ、子どもにオラッ、とにかく顔がこわばることには事欠かず。本当はゆったりとオカメのように笑っていられたら、いいのだけれど。なかなかね。

2012年1月17日火曜日

友達のワとFacebook

四半世紀ぶりに連絡が取れたお友達(A子としておこう)は旧姓で社会生活を送っていたので見つけ出せたけれど、苗字が変わってしまった女子を探し出すのは至難の技。A子と会ったとき、これまたずっと探していたB子も連れてきてくれた。2人とも同じ沿線に住んでたのだ、何年も!

B子はC太郎がFBをやっていると教えてくれたので、私のこと覚えているかどうかわからなかったけれど、メッセージを送ってみた。C太郎から返事がきて、D太郎からも友達リクエストが来た。D太郎が参加した同窓会の写真を送ってくれて、E助、F助、G子の顔を多分35年ぶり位で見る。でもわかるのよね~、誰が誰だか。この調子で行くと芋ずる式に友達が見つかるかもしれない。見つかるって言ったって、よく考えてみたら、行方不明だったのは私の方だったか。

Facebookは大学内の情報ツールとして始まったのだけれど、私の年になると「あの人は今」状態。サイバー探偵。感激の再会に幾度も泣きそうになっている今日このごろ。

2012年1月15日日曜日

四半世紀ぶりの再会

中学2年生の時のクラスはみんながとっても仲が良かった。私は父の転勤に伴い中3で転校し、その後は年賀状などで24,5才まではどうにかみんなと繋がっていた。しかし、外国暮らし、結婚、出産で引越しを繰り返し、自分のことで精一杯で気持ちの余裕がなかったのだろう、年賀状さえ出さず全員と音信不通に。

あるときインターネットでたまたまその時の友人の名前を見つけた。四半世紀前、最後に会った時と勤め先が同じなので彼女に違いない。連絡を取りたいのだけれど、はたして住所と代表電話番号が出ているだけで、メールアドレスとかは無し。しょうがないのでハガキを送ることにした。とっても懐かしいのだけれど、もしかして人違だったらとか、勤め先に送ることへの遠慮もあり、下書きには戸惑ってしまった。ひさ~しぶりに万年筆でハガキを書き終え、後は切手を貼り、投函するばかり。で、・・・ここまでが去年の3月の話。
そしてあの、3.11。
ハガキの存在はすっかり忘れ去られてしまっていた。

春が過ぎ、夏が過ぎても昨年はしばらく暖かくて、遅い秋風が吹くようになった頃、そろそろバックを変えようかな、と冬物を出してきたら・・・。なんとあのハガキがぽつねんと。そうだった、これ、出そうと思っていたんだった。読み返してみるとそのままでも問題なさそうなので、切手を貼り投函。なんだかドキドキする、ポストの投函口に引っかかってないかと手を入れてみたりして。そして2日後ケータイに懐かしい友達からメールが入っていた。ばんざ~い!そして年末に感激の再会。

お友達はインターネットがなかったら見つからなかったけど、最後の手段は昔ながらの手紙。
Eメールのおかげで驚くほど便利になったけれど、ポストを開ける時の楽しみがすっかりなくなってしまったのはちょっとさびしい。手紙、また書いてみようかな。

2012年1月8日日曜日

CHEMEXコーヒーメーカー 実践

年末、ついに月兎印のドリップポットを購入。これで道具は揃ったと、いよいよコーヒーを入れる事にした。

さて、ドリップポットからの第1投。コーヒー豆の表面に穴をあけないように、「の」の字を書くようにポットを回しながら。あらら穴がボッコリ、しかも泡が立たないわ〜。ここで本来ならばふんわりと泡が立つハズなのだけど。ま、しょうがないとお湯を継ぎ足していく。相変わらず泡はちっとも立たないし真ん中がカルデラのようにどんどん沈んでいく。しかもいつまでたっても注いだお湯がドリップされない。なんだかすごーく時間がかかるわ。そのうちコーヒーが冷めてしまった。しょうがないから溜まった分だけ飲んだらエスプレッソのように濃かった。日を改めて懲りずにもう一回入れてみたけど、やっぱりおんなじ。いろいろ考えて、豆に原因があるのではないかとオットが言う。家にあったコーヒーメーカーで使っている豆で入れたのだけど、そういわれてみたら荒めに挽くように言われていたっけ。そっか〜、ミルもいるのかぁ〜。

ワークショップをしてくれたカフェに行ったら、挽いてくれるけどお店の業務用ミルはかなり細かく挽くのでお勧めしないとの事。確かにワークショップの時はハンディタイプのミルを使ってたっけ。次に紀ノ国屋のコーヒーコーナーのお姉さんに相談してみた。そしたら12段階に分けて挽ける機械があるので、粗めに挽いてみましょうとのこと。豆はエチオピアはイルガチェフ地域のモカがおすすめという事で、それを挽いてもらった。このコーヒーは4年ぶりに入荷されたとのこと。コーヒー豆には詳しくないので、ええ〜!と驚いたり喜んだりできないけど、きっと美味しいのだろう。

家に帰って早速入れてみる。泡が立つし、コーヒーもスムーズにドリップされている。のの字、のの字でうさぎ印も今度は軽やか。ちゃんとあったかいうちにコーヒーが入った。コーヒーは少しもえぐくなく、まろやかであっさりした酸味。お姉さん、美味しかったです。3度目にしてやっとこさ飲めるコーヒーが入れられた。結構たのしいわ。

2011年11月30日水曜日

CHEMEXコーヒーメーカー

MoMA(ニューヨーク近代美術館 )のパーマネントコレクションとしても知られたCHEMEXコーヒーメーカー。遡ること4,5年前、70年代人気のあったメアリー・タイラー・ムーア・ショウのDVDを見ていたオット、小道具の中にCHEMEXを見つけた。カッコイイから欲しいと言うので誕生日に贈った。しかし、はっきり言って、いれたコーヒーが全然美味しく無い。以来、ドライフラワーが1本さされた状態で台所のオブジェと化してしまった。


先日、近くのカフェでCHEMEXのワークショップのお知らせを見つけ、参加することに。初心者、そこで物理的に大切なモノに気づく。コーヒーメーカーとペーパー意外に、お湯を注ぐための注ぎ口の細いポットがいるのだ。・・・ヤカンからドバっと注いでいたんじゃ、ダメだったのだなぁ。


お湯を注ぐときに挽いたコーヒー豆に穴を開けてはいけなくて、これが意外に難しい。上手にお湯を注ぐと豆の上にこんもりと泡が立つ。その泡が消えないうちにお湯を注ぎ足していく。そのときペーパーに直接お湯が当たらないように気をつける。豆を通さずお湯が下に落ちるのでコクが出ない。こんな難しいことをさっさとこなす電気コーヒーメーカーというのは、結構賢いのだと感心した。写真に写っているポットは野田琺瑯社製「月兎印」のホーローポット。青いのは新色だって聞いた。


4人の参加者がいれたコーヒーを少しずつ味見。驚いたのは全く同じ条件で作ったにもかかわらず、全員味が違ったこと。二回目にいれたコーヒーは、コーヒーカップでいただく。なんとカフェの特製ケーキが登場。嬉しかったなぁ。ためになって、楽しくって、美味しい休日の朝。若くてカワイイ女子とも知り合いになれたし。あとは、練習あるのみ。


半世紀ほど前ドイツ人科学者Schlumbohmが、毎日ビーカーでコーヒーを作って飲んでいたところ、「なんだ、いけるじゃないか」ということになって、アメリカに渡り商品化したそうだ。イームズ夫妻も愛用していたという。

2011年11月28日月曜日

第一待降節  1st Advent


今年の我が家の
アドヴェントクランツ
昨日はクリスマス4週間前の日曜日、第一アドヴェント。今年はクリスマスが日曜日なのでアドヴェントが長い。毎年第一アドヴェントの前日の土曜日に、五反田にあるドイツ語福音教会で、クリスマスバザーが開かれる。ドイツの郷土料理の屋台が並び、クリスマスのお菓子のお店が出て、和洋折衷のこじんまりとした教会とその中庭は人でいっぱいになる。

昨年は教会が改築工事で会場が横浜のドイツ学園。一昨年と比べると、中庭が整備されたからかもしれないけれど、何となく人出が少ないような気がする。3月の地震のあと、日本に戻ってこないドイツ人が結構いると聞く。それでも小さい子供連れの家族が来ているところを見ると、東京に戻ってきている人もいるのは確か。教会では東北への募金も行われていた。

それにしても、今年はアラブ諸国、ヨーロッパ、タイ等等、世界中が大変な年だった。せめても年の瀬は穏やかに過ごせますように・・・。

教会の中はカフェ、
手作りのケーキが美味しい

グリューワイン(ホットワイン)
教会の名前が入ったカップで