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2014年1月7日火曜日

湿疹、やっと治る

忘れもしない昨年9月の30日、おでこの富士額の頂のあたりが痛痒くなり、その日を境に顔にどんどん湿疹が広がっていった。あまりに赤くはれたので薬局に行くと、「まずお医者さんに診てもらってください」と、神妙な顔つきで言われてしまう。

薬屋さんに促されるまま、通りの向かい側にあるクリニックにとりあえず行ってみた。ヘルペスではなく、アレルギー性のものだろうということで、痒み止めの飲み薬(アレグラの後発薬)と塗り薬を処方され、3日後の金曜日にまた来るように言われた。さて、病院も薬も苦手な私、金曜日はちょっと忙しくてパスしてしまった。

月曜日、赤みも収まっていたので、もうお医者さん行かなくてもいいかなと思いつつも、なぜかちょっと気になってクリニックへ。すると、「ちゃんと金曜日に来なくちゃダメでしょ、ステロイド出してるんだから。」とこの年になって先生に怒られてしまう。私の顔を覚えているくらい、患者が少ないのか?と別な意味で不安になった。しかし、なぜかちょっと気になってお医者さんを訪れた、その予感は正しかったようだ。

湿疹は一か所腫れが引くと別の場所にでてくる。顔にあとが残らないように、反応を見ながら薬を塗る場所、期間を丁寧に指示してくれる先生、2回”出頭”する週もでてきた。1か月経つ頃、なんと腕にまで湿疹が表れ始め、涙目・・・。友人は医者を変えろというが、とにかく続けて通ってみることにした。腕用には別のステロイドが出る。顔の薬は弱すぎて四肢には効き目がないそうだ。へえ~、同じ肌でも違うのだな、と感心。やがて発疹は、おなか、腰回りにも現れ始める。ここで白状すると、腕までは先生に見せていたけれど、おなかと腰回りは黙っていた。これに全部薬を塗ることを考えたらぞっとしてしまったからだ。

つらいのが、なんといっても夜、お布団に入って寝ようと思ったとたん、あちこちが熱を持ち始めてかゆい、かゆい、とってもかゆい~。昼間も下着やらストッキングも刺激になるみたいだし、ウールがじかに触れるとそこもかゆくなる。夜は安眠できないし、このまま治らないのかとかなりユーウツな気分になった。その間に受けたアレルギーと肝機能の血液検査結果、問題はなし。いったいぜんたい・・・。

転機はそのユーウツな気分が最高潮に達した時訪れた。ついに勤務時間に夜のようなほてりとかゆみが襲ってきたのだ。とにかく体を冷やそうと500ccの水をがぶ飲みした。すると、するとですよ、な、な、なんと、まるで潮が引いていくようにかゆみが収まっていくではないか!!これには驚いた。ためしに寝る前にお水を飲んでみた。するとあの熱を持ったような痒みは起きない。まだちょっとかゆかったけど。乾燥した体が悲鳴をあげていたのだな。

で、先生に体の発疹を黙っていたことがばれないように、吸水のことをそれとなく聞いてみた。すると冬でも昼間1リットルは飲んだ方がいいとおっしゃる。ついでに有効なお肌ケアを聞いてみた。まず保湿が大事。それから肌は排泄機能はあるけれど、たとえばコラーゲンなんかを吸収することはありえないとのことだ。コラーゲンは水分蒸発を抑える保湿効果は期待できても、コラーゲンという細胞が吸収されることはない。先生に「ブタ(コラーゲンは牛や豚や鶏から抽出されている)のコラーゲンを肌に塗って吸収されるということは、君の肌がブタさんになるということだよ。」と言われ、小学生のようにうなずいた。とにかく肌には保湿、口からは吸水。で、お茶ならまだしも、水1リットルは結構きついと思っているみなさん、大丈夫よ、1週間ほどで慣れるから。

12月に入りステロイドに替わってプロトピックという薬を処方された。塗ること約2週間、ついに最後まで残っていた目頭の湿疹も無くなり、年越しを待たず先生から終息宣言。プロトピックについては説明書にちょっとコワイことが書かれているけれど、私には結構有効だった。あんまり嬉しくて「お世話になりました、来年もよろしくお願いします」と言ってしまいそうになった。

そんなこんなでもう発疹が再発することもなく、さわやかに新年を迎えることができた。
今年も皆様にとって、幸せで、健康で、とびっきり愉快な一年になりますように。

特に第三次思春期の女性の皆様に送る言葉

水を飲もう!

2013年1月17日木曜日

ポアント

ポアントを最後に履いたのは17年前。金輪際履くことはないと思っていたけれど、また履いてみたいと思うようになり、2012年の密かな目標にしていたが、そうこうしているうちに12月、残すところあと2週間となってしまった。やっぱり目標は達成しなくては!そのためにはポアントを買ってしまうことだ、と渋谷のチャコットに行った。

はじめは右左の区別は無く
自分の足で形をつけていく
私がポアントを履き始めた1960年代は、数社の国産メーカー以外は簡単に手に入らなかった。初めてのポアントは「スワン」製、この「スワン」は後の「チャコット」だ。今や国内外のメーカーがずらり、足の形や使い勝手に合わせてヨリドリミドリだ。インターネットでも安く手に入る。浦島太郎子には数が多すぎてどれがいいのかさっぱりわからない。

チャコットのフィッターさんは私の足の形を見るなり、サササッと2、3足のポアントを持ってきてくれた。仕事早い。まずトウパット(指を保護するためにポアントの先に入れるパット)の存在が嬉しい。昔は硬いマメができるまでひたすら我慢。流血は当たり前。どうしようもないときはストッキングで保護して頑張った。本当に痛かった~~。今考えると、ポアントの選択肢が少なく、足に合うものを見つけるのが難しかったということもある。

さて、5、6足試してソールの柔らかさなどを確認、オーストラリアの「BLOCH」というメーカーに決定。その場でリボンを縫い付けてくれて、ソールには名前を刻印、その上、右左を間違えないように片方のシューズにバンビちゃんまで型押ししてくれた。サービスも進化だなぁ。

いよいよ練習、ゆっくり、ゆっくり(おそる、おそる)、もちろんバーから離れることはない。床が木に比べて弾力性のあるリノニウムでトウパットもつけているから、足の指はゼンゼン痛くない。リノリウムの床には滑り止めの”松ヤニ”がいらないので、これも昔とは違う。木の床で聞いたポアントの足音とは違うわ。

思っていたより昔の感覚が残っていた。バレエシューズでのルルベは、正確にはドゥミ・ポアントといって、指を折りボール(指の付け根)で立つ。ポアントの場合はトウの先で立つので足の指は伸びた状態。ポアントの先端は平たくなっていて、その平面が床にピッタリと均等につくのが理想。そのためには甲をしっかり伸ばさねばならず、甲の硬い私は普段よりかなり足底筋(土踏まずの筋肉)を使った。そして、ポアントで立つには足の力だけではなく、上へ上へと上体を引き上げる力が大切だ。

ということで、その日のうちから全身筋肉痛、土踏まずが熱持ってるみたい。でも、とっても楽しくて、懐かしい時間だった。

2012年11月19日月曜日

豆乳でアレルギー

脇の下の両脇とでもいいましょうか、腕の付け根の前側と後ろ側とでもいいましょうか、蕁麻疹が出始めた。一旦赤みが引いたと思っても、またひょっこりと現れる。1ヶ月程経っても治らないので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていた矢先、ふと頭をよぎった・・・。以前会社の健康診断で、背中の湿疹を見た内科の先生から、「花粉症が皮膚に出る人もいるんですよね。」と言われたこと。その湿疹はシャンプーとリンスが原因で、石鹸シャンプーとクエン酸リンスに変えてからはすっかり治ってしまった。

で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。

病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。

2012年1月25日水曜日

リンパマッサージで眉毛が・・・

去年の秋、笑おうとすると頬があまり動かないことに気がついた。顔がガッシと凝っているようだ。ここ、数年いいエステがあったら通ってみたいと思って、幾度かお試しキャンペーンというのに行ってみたけれど、ずっ~と水蒸気を当てられたり、じーっとパックしていたり、待ってばっかりで何となくしっくりこない。お値段だってキャンペーンじゃなかったら、私にとっては結構な出費だし。

人に聴いたりネットで探したり、そして、ネットでピンと来たお店が一つ。入会金やら化粧品の販売やらそんなものはなさそうだし。地図を頼りにやっと見つけたお店は、小さな、小さな一軒家。その普通すぎるたたずまいに、何となく不安が過ぎったのだけれど(失礼)、いざマッサージが始まると・・・。ち、違う、今までと全然違う。化粧品をヒタヒタというのではなく、凝っているところのツボをグリグリ。それがなんとも言えず、イタ気持ちいい。リンパの流れに沿ってマッサージ。セラピストさん自身で調合したハーブのオイルや化粧水を使っていて、その香りに毛細血管が隅々まで全開(そんなことあるかどうかわからないけれど)。嬉しいのは、その手業がずっと続くのだ。「疲れませんか?」と聞いたら、「お客さんになるだけ触れているのが、自分としても納得出来るんですよね」だって。

終わってみると、いや~顔が軽い、軽い。とにかくこわばらずに普通に笑える。一ヶ月に一度通うことにした。一ヶ月経つとまた顔は固まってしまうけれど、とにかく女王様のように優雅な時間が心からありがたい。

そして4度目が終わった頃、な、な、なんと、眉毛が生えてきた・・・。実は眉毛の半分から後半が何となく薄くなってきていて、このままだといつかオカメの眉毛になってしまうのではないか、と思っていたところだった。

満員電車でイラッ、会社でムスッ、子どもにオラッ、とにかく顔がこわばることには事欠かず。本当はゆったりとオカメのように笑っていられたら、いいのだけれど。なかなかね。

2011年12月1日木曜日

キューピットの矢

母は倒れたとき、きりっとした消防士、じゃきっとした救急救命士、腕の立つ外科医、優しい看護師と本当にたくさんの人が、どこからともなく次から次へとわらわらと集まって、自分を助けてくれたことに感激。その様子を「キューピットの矢が心臓に命中したよう」と言った。見事に命中した矢は痛かったんだけど、人の親切やら愛情がふわっと自分を包んでくれた、・・・らしい。

昨日は病院内で自転車こぎ30分&ストレッチのリハビリも始まり、料理指導のクラスも受講したそうだ。当初4週間と言われていた入院も半分くらいで済むらしい。この2週間、上げ膳据え膳で一切TVも見ず、心身ともに休養をとり、話をしているとヴァージョンアップしてる。

正しい食習慣と適度な運動と休養、これができればいいのだけれど、年齢によってその内容も変わるだろうしなかなか難しい。私もこれを機会にもう一回食事をしっかり見直してみなくちゃ。キューピットの矢に当りたくないもん。

2011年11月22日火曜日

手のひらを太陽に

先週の木曜日勤め先に父からの電話、母が倒れて救急車を呼んだとのこと。搬送先のクリニックにあわてて駆けつける。救急車はクリニックに待機、今考えると救急救命士には再度搬送されるであろうことが分かるくらいの状態だった。クリニックでCTスキャンをし、そのCDロムを持たされ、待機していた救急車に乗せられて病院へ。救急外来で「心筋梗塞」のため緊急手術をするので、入院手続きを取るようにと告げられる。びっくり。


手術は足の動脈からカテーテルと通すというもので、約30分。その後CCU(Coronary Care Unit :冠疾患集中治療室)に入院。あれよあれよと言う間の出来事だった。発病から約7時間、やっと、担当医からの話を聞くことになる。心筋梗塞に関してはネットで調べればいくらでも出てくるので言及は避けるけれども、三分の一の人が病院にたどり着くまでに亡くなってしまうという大変コワイ病気であること、発症後24時間には心臓破裂、心不全、肺水腫等など生死にかかわる問題が起こること、母は壊死の部分が大きいため重症であることなどを告げられ、家族一同顔面蒼白。


しかし、発症時ひとりではなかったこと、救急車が来るまで消防士さんが手当てしてくれ、長く待たされることなく救急車が到着、電話で何箇所か病院に断られたらしいが、たらいまわしにされることなくクリニックに搬送、そのクリニックに循環器専門病院の提携先が4箇所もあり、発症後3時間で手術に持ち込めたことなど幸運が重なり、一命を取り留めた。


一時は覚悟を決めた私達をよそに、母は翌日からは食事を取ることが出来るようになり、4日後の今日には歩けるようになった。私と妹は担当医の先生に「心臓に毛が生えてなかったか」と聞いてしまった。70を過ぎた今でもトレーニング指導士として仕事をしていたという体力も功を奏したのかもしれない。


そんなこんなでここ数日私の頭の中にずっと流れている歌、
ボークらはみんな生~きている・・・


消防士、救急救命士、クリニックの先生、担当医の先生、看護士の皆さん、なんと多くの人にお世話になったことか。考えてみたら、製薬会社、医療機器会社、びっくりするくらい多くの人がかかわっているのだ。本当に感謝の気持でいっぱいである。


さて、母はあんなに痛い思いをして、両足両手と針を差し込まれ身動きが出来なかったのに、「いい経験をしたわ」と晴れ晴れとした表情。担当医の先生が若くてハンサムなので携帯で写真を撮り、「孫とムコの次に大切な人よ!」(父はどこに・・・)。


そして私がこの5日間学んだこと、悪玉コレステロール(LDL)には気をつけること。母は倒れる2週間前に検診を受けており、コレステロールの値以外は何の問題もなかった。LDLコレステロール  は140未満が正常値、母が検診を受けたクリニックでは160をこえると薬を処方する。その時点で母の値は158(ビミョー!)、薬は副作用もあるのでとりあえず見送りましょうということになっていたらしい。


TVや雑誌でなんとなく解ってはいても、健康な人ほど予兆を見逃す。梗塞を起こした心臓や脳は壊死してしまうので再生されることはない。そうなる前に、是非予防をして欲しいとこのブログを読んでいる方にお伝えしたいと思った。