2012年4月20日金曜日

英雄の証明   Coriolanus

冒頭、廃れた街の中に軍隊と群集、迫力ある顔の俳優がなんだか古めかしい言葉で仰々しくセリフを言う。ちゃんと下調べしていなかったのでなんだろうと思っているうちに、すぐにシェイクスピアであることが分かった。悲劇「コリオレイナス」(ゼンゼン知らなかった)を、レイフ・ファインズ”監督”がローマ時代を現代に置き換えて映画化。

中世の芝居がかったセリフ(芝居だからしょうがないのだけれど)が、今の社会にそのまんま通じるシェイクスピアの普遍性に今更ながら感服。邦題からみて「英雄とはどうあるべきか」がテーマなのだろうけれど、コリオレイナスを取り巻く政治のあり方、政治の事務方や民衆のエゴイズムの描き方に興味が持てた。私自身、無関心であることへの罪を感じる今日このごろだけれど、一方で、衆愚政治も困ったものだなぁ、と。この地味な(?)作品をテーマに、現代の問題を鋭く見つめたレイフ・ファインズの慧眼に拍手。

舞台俳優であるラルフ・ファインズの怪演には驚くばかり。また、老いてなお美しいヴァネッサ・レッドグレイヴの凛とした姿は必見。イギリスの俳優は本当にステキだ。

2012年4月19日木曜日

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙   The Iron Lady

メリル・ストリープを鑑賞しに行ったという感じ。マーガレット・サッチャー氏ご本人はもちろんテレビでしか見たことはないけれど、M・ストリープのサッチャー氏はどこを見てもどこから見ても聞いても”らしい”のである。もちろん一目でストリープだということは分かる。しかし完璧にサッチャー氏に因数分解されてしまっている、と言ったら何となくニュアンスが伝わるかしら。そしてあの80才の老けメイク!あれはスゴイ。「カーネーション」の糸子さんのもお願いしたかった。

認知症を患っているサッチャー氏の妄想が過去と現在の世界とうまく絡まり合い、そしてあえていえば”女性”讃歌で終わらないよう作られている。サッチャー氏の功罪については横に置いておいて、この稀代の女性の「私」を描くことに腐心した監督とM・ストリープの仕事には敬服するばかり。一言言わせてもらえば、邦題に付いちゃった「涙」はいらないわ。

ここで映画の中でサッチャー氏が言った心に留めておきたいセリフを一つ;

"Watch your thoughts, for they become words. Watch your words, for they become actions. Watch your actions, for they become...habits. Watch your habits, for they become your character. And watch your character, for it becomes your destiny! ”

(考えは言葉になり、言葉は行動になり、行動は習慣になり、習慣は人格になり、人格は運命になる)

サッチャー氏の父上がいつも口にしていた言葉だったそう。とにかく「考えが大事」と。


2012年4月18日水曜日

テディベア

オットとワカサマが母を訪ねてン千里、男二人で里帰りしている最中に、たくさんの友達と会って食べて飲んでつかの間のシングルライフを謳歌した。そんな中、ちょっと私にしては異色だったのがテディベア作り。

まだ、名無しのくまちゃん
中学のときの一番の仲良しのお友達が、テディベア作家になっていた。なっていたというのは約25年振りに再会したから。その友達がテディベア・フェアに出展するからと誘われて見に行ったら、これはスゴイ。大きな会場にぎっしりとブースが並び、結構な熱気。こ、こんな世界があったのね。で、友達のブースに行くと、私の大好きなシュタイフ・スタイルのミニベアが展示してある。体長15センチくらいで、実にカワイイ。生地もちゃんとヨーロッパから仕入れていいて、技法もシュタイフと一緒だと言う。しきりに関心していると、その気だったら教えてくれると言う。

本当は作りたかったけれど、実はちょっと引いていた。というのも忘れもしない中学1年の時の家庭科で「2」を頂戴しているのだ。袖なしブラウスを作らされたのだけれど、当時は興味もないしゼンゼン楽しくなかった。前端と前中心を間違えて、ねじれたまんまで提出したのはよく覚えている。そのまんま、お裁縫には興味が持てず。保育園や小学校で必要なシーツやら、袋やら、そんな四角いものは縫ったけれど、まともな裁縫道具さえ持っていない。もちろんミシンなんて無いわよん。

でも、シングルライフで気も大きくなっていたのだろう、熊の可愛さにもつられて、イッチョ作ってみるか!って。友人を自宅に招いて週末に2回、合計約10時間程、マンツーマンで教えてもらった。型紙は友人のデザインで既に生地は裁断してきてくれた。これを縫い合せて綿を詰めるのだけれど、ちょっとしたところにプロの技有り。手取り足取りでどうにか完成。実に楽しかった。忘れるといけないので、今、2匹目も制作中。

2012年4月16日月曜日

スーパーチューズデー  The Ides of March

実際の選挙に着想を得て書かれた戯曲 「Farragut North」を原作にジョージ・クルーニーが監督、脚本、制作、出演をこなす。原題の 「The Ides of March」はシーザーが暗殺された3月15日を意味するものでJ.クルーニーが名付け親。

まさしく「ブルトゥスお前もか」の世界。政治は難しくて複雑なものであるけれど、究極は人間の根本的な「思い」で動いているのだとつくづく思う。主役ではないけれど、その核の人物である大統領候補モリスをJ.クルーニーが演じていて、これがなかなかいい。魅力的であるが故に、モリスの選挙マネージャーであるスティーブン(ライアン・ゴズリング)がモリスへの信頼をバッサリと切り捨てられず、しかし後に可愛さ余って憎さ百倍になってしまうその流れに大いに納得する。私なぞこんな大統領候補がいたらコロリと騙されてしまうだろう。

その他フィリップ・シーモア・ホフマン、ポール・ジアマッティは絶対ハズさないし、マリサ・トメイの不可思議なジャーナリストは最高だ。特に冒頭モリスに心酔する若いスティーブンに言った「どんな人物であれ、政治家というものには必ず失望させられる」(うろ覚え)には、トメイの説得力ある言い回しに脱帽。モリー役のエヴァン・レイチェル・ウッド(「アクロス・ザ・ユニバース」)は美しさと技量を備えている。

もちろん21世紀の映画ではあるけれど、どこか70年代のルメットなどの映画を彷彿とさせる。ノスタルジックで熱すぎない、でも言いたいことがストレートに伝わってくる。政治の善悪を解いているのでは無く、それぞれの譲れない一線を描いている。その琴線に触れたときの力関係の駆け引き、自分の大義のためにどこで一線を譲るか。正義とは「あるかないか」ではなく、「信じるか信じないか」なのだわ・・・。

あのデカプリオが制作に関わっている。

2012年3月27日火曜日

一年

あっという間の一年。確実に風化を続けているあの日の記憶を留めようと、この2週間を過ごした。どんなに胸を痛めても、被災者の方々と思いを共有する事は私にできる訳がない。ただ、心から犠牲者の方々の冥福をお祈りして、自分のためでなく他の人のために働き、日々生活を続けるだけだ。

原発に関してはこれからもうやむやにならないよう、目を光らせて行かなければいけない。政治やメディアの思惑に注意しなくてはいけない。

がれきの問題も、料金値上げの問題も、真っ当な理由やデータがあれば受け入れられる。何が何でも反対なのではなく、それを要求している人たちの言う事が信用できないのだ。適当にあしらわれる事が我慢ならない。

これで、すべての原発が止まる。経済が、とかなんとか言うけれど、企業は電気料金云々の前に、遅かれ速かれグローバル化の波に飲まれて海外に出て行ってしまったであろう。

福島原発は未だに安定していない。もう一年、まだ一年。

2012年3月10日土曜日

シャーロックホームズ/シャドウゲーム  Sherlock Holmes: A Game of Shadows

シャーロック・ホームズ第2作目。全体の流れとワルモノの悪巧みは理解できたけれど、途中幾度かついていけない展開あり。ホームズのおつむの回転の速さについていけないのか、編集で端折ったのか、もともとそれほど意味がないのか。それでも、面白いのだ。

またまたものすごい爆発(砲撃)シーン。もちろんCGではあるだろうけれど、そのままの速さで見ると、ズバババ~、ドッカ~ンでアットいう間、労力の割には一瞬でシーンが終わってしまう。それを前回同様、実はこんなことが起きているのだと(思っているかどうかは解らないけれど)、スローモーションで見せてくれる。サム・ペキンパーもやっていた、と言われればそれはそうなんだけれど。違いはというと、役者の動きが、運動選手のごとく実に美しい。普通の動きというよりも、マーシャルアーツや走っているところやそんな「意識した運動」がゆっくり見られるのだ。映像技術だけでは無く、役者の日頃からの鍛錬もおおいに関係しているだろう。「マトリックス」のように洗礼された動きをポーズとして見る、というより泥臭くって汗臭い動きの流れを継続して見る面白さがある。

水を得た魚のような、ダウニー・Jrとジュード・ロウ。シャーロック・ホームズはとにかくキタナイけれど、色っぽくてかっこいいロバート・ダウニー・Jr。繊細だけれど懐の大きいワトソン君役にぴったりのジュード・ロウ。何といってもスルメのように噛めば噛むほどいい味のでそうな”色気”と、軽妙で絶妙なセリフ回しが見どころ。

シャーロックとゼンゼン似ていないお兄さん役を演じているスティーヴン・フライ。すっかりおじさんになってしまったけれど、いい味出してる。ちょっと話がずれるけれど、彼の出演作「ピーターズ・フレンズ」は大好きな作品の一つ。(冒頭、ティアーズフォーフィアーズのEverybody Wants To Rule The World が流れるとゾクゾク)。彼はエマ・トンプソンやヒュー・ローリーやケネス・ブレナーのお友達だ。

音楽のハンス・ジマー、やっぱりこの人は天才ダワ。

2012年3月5日月曜日

ヒューゴの不思議な発明    HUGO

後ろに「不思議な発明」が付いているもんだから、アカデミー作品賞に子ども向けの3D映画かぁ、大御所スコセッシ監督だからかな?位にしか思ってなかった。しか~し、完全に裏切られた、いい意味で!

終盤のジョルジュ・メリエスの映画のシーンは特に素晴らしい。メリエス以外にも映画の草創期に生まれた”マジック”を、スコセッシ監督はいくつもの仕掛けをして、この”HUGO”の中に重ね合わせて描いている。スコセッシ監督の、先達への真直ぐな敬愛の念は心が洗われるし、ただ映画が好きでひたすら撮り続けているのであろう謙虚な姿には胸が熱くなる。ああ、泣ける。スコセッシの映画は美しくてしっかり見ていたいのだけれど、何しろ名作ト言われる作品は、突然血みどろが始まる。「タクシードライバー」「グッドフェローズ」「カジノ」・・・。思っても見なかった、コワイ思いをせずに、しかも涙で見ることができるとは!

老人と若者、100年前の動く絵画を見た人たちと今の3Dを見る人たち、世代を超えて、時代を超えて、それぞれの立ち位置で同じ感動を共有する、まさしく映画の醍醐味が余すところなく伝わる最高の映画。いつの時代も、見つけ出し、それを育て、送り出し、語り継いでいくのは若い世代なのだ。スコセッシ監督の子どもたちへのなんと優しいメッセージだろう。そういう意味では子ども向けの映画でもある。

私はなぜに映画館に足を運ぶのか。たかが映画、されど映画・・・。
これを見逃したら、損。

2012年3月4日日曜日

世界最古の洞窟壁画 3D 忘れられた夢の記憶 Cave of Forgotten Dreams

とても長い邦題だけれど、まさしく内容はそのままのドキュメンタリー映画。
1994年に南仏で発見されたショーベ洞窟。3万2千年前に描かれた壁画をヴェルナー・ヘルツォークが研究者の話等を交えて3Dで撮影。



冒頭、畑の中を歩いているようだけれど、突然フワフワとカメラが上空に上がる。どうやってとったのだろうと不思議に思っていたら、どうやらリモコンつきの小型飛行機にカメラを乗っけていたようだ。洞窟のなかでは使っていないはずだけれど、ヘルツォーク監督は色々試しているご様子。大切な洞窟が人間の吐く二酸化炭素などで壊れないよう、1日4時間x6日しか撮影が許されていない。与えられた時間を無駄にしないようカメラを回し続け、膨大な編集作業を行なったに違いない。

ヴェンダース監督が舞台を表現するために3Dを使ったように、ヘルツォーク監督も洞窟の立体感を映し出すために3Dを使った。窓から風景を眺めるような奥行を実現した3D、そんな映画の世界が幕を開けたようだ。絵は二次元であるけれど凹凸のある洞窟を利用して描かれている。3D映画はその立体感を実に表情豊かに見せてくれた。

洞窟内の絵はまさしく芸術作品のような壁画の連続。絵画とはどの時代でも画家とそうでない人に別れるものなのだなぁ、とつくづく思う。3万年の文明が今に劣っているということはない。この映画に出てくる研究者も同じことを言っている。今の、常識で物を考えてこの洞窟を見てはいけない、と。

芸術と宗教とサイエンスの根っこは全てひとつである、ということを実感させられる。普通の人が書いた落書きではなく、このような壁画が何万年後の私たちの目の前に現れる、何か大きな意図が働いているような・・・。そして私もその僥倖に巡り合えたのである。

オリジナルのナレーションはヘルツォーク監督が自ら担当しているが、日本ではオダギリジョーの吹き替え版。これが案外いいのだ。

2012年3月2日金曜日

ブレーキング・ドーン Breaking Dawn Part 1

1作目は年甲斐もなく高校生のラブストーリーにトキメイテしまい、2作目をかなりのテンションで待ちわびたものの、鑑賞後、少々トーンダウン。3作目は「やっぱり、ヘン・・・」だったけれど、本作である4作目パート1には実は密かに期待してはおったのだ。
感想は、あ~んぐり。なんでもあり~!とはこのことか。

ベラとエドワードはついに結婚。結婚式前夜のベラが見たヘンな夢から始まる。そしてサプライズ・ハネムーンの行き先はなんと太っ腹にもリオ・デジャネイロだった。リオって、ヴァンパイアにはあんまり合わないような気がする。さすが100歳のエドワードはポルトガル語も習得済み、流暢に操っている。

ハネムーンのホテル、覗き見をしているようで居心地悪し。ロマンチックバイオレンスとでも言おうか、一夜開けると寝室はまるで竜巻にでも襲われたようにめちゃくちゃ。ここで、観客は笑うべきだったのだろうか。部屋中破壊されているのに大きな怪我もせず、ものすごーく嬉しそうに目覚めるベラ、対照的なのは異様に落ち込むエドワード。

それでも幸せいっぱいの2人の世界は一転にわかにかき曇る。これが最大の謎で、ベラがナント妊娠してしまう。なしてヴァンパイアに子どもが出来るのか?! 100才超のエドワードは「不滅の子」の存在をなぜか知らないようだ。しかし狼族は他人のことをよく知っていた。ベラの妊娠を知ったジェイコブの遠吠えを聞いただけで、総てを察知して集まる狼たち。しかし話し合いは必要だったようだ。このまま狼語でガウガウと話が進むのかとおもいきや、CG狼の姿のまま英語で話し合いが始まる。一瞬「ベイブ」を見ているのかと。

胎児にエネルギーを吸い取られ、ベラがどんどん痩せてひょろひょろになっていく様は、なかなか見ごたえがあった。こんなに衰弱しているのに、ドクターもいるのに、点滴をするわけではない。彼らのとった手段は紙コップだ。輸血用の血を紙コップに入れて、マックシェイクみたいに蓋をしてストロー差して、「このほうが飲みやすいから」って。もう何でもいいから口に入れたいベラは、「おいしい・・・」。歯には血が歯垢検査の薬剤ようにくっついて、目もランラン、なかなか真に迫ってはいた。

出産の陣痛では、ベラの背骨がボキッと折れたような音、あれはとっても痛そうだった。それから先はドクターハウスもまっさおの、許可なし医療行為オンパレード。ほとんど虫の息のベラに「可愛いでしょう」と満面の笑顔で赤ちゃんを見せるエドワード。のんびりしていたから息の根が止まってしまった。あわてて吸血鬼の蘇生(?)が始まる。全部が相当ヘンなので軽く受け流してしまったが、エドワードはたしかベラをがぶがぶと噛んでいた。で、何が根拠かわからないけれど、ひとしきり噛み付いたあと「もう大丈夫だ」とエドワードは言うと、寝たままのベラをほっといて、狼と吸血鬼の戦いを見学に言ってしまう。戦いの最中、突然ジェイコブとエネズミの話を始めるんだけど、そんな大事なことは立ち止まって落ち着いて話して欲しい。

そしてトリはマイケル・シーンのコスプレ。

・・・突っ込みはまだまだあるけれど、この程度にしておこう。ここまで来たからには、見るわよ最後まで、パート2、絶対。

2012年3月1日木曜日

Dream Snow    ゆめのゆき


エリック・カールの「ゆめのゆき」。
いつも素敵な絵本をご紹介くださるエリリンさん(紫草のくさまくら)が、図書館でこの絵本を借りられたとのこと。

サンタクロースのような農夫が、子供たちにではなく、日頃お世話している(なっている?)動物たちにプレゼントをして歩くお話。最後のページにボタンがついていて、それを押すと綺麗な音がチロリロリンとなる。

残念ながら、エリリンさんが手にした絵本は電池切れだったということなので、家にある絵本のボタンを久しぶりに押してみた。

iphoneで撮影したので、音が小さいけれど、少しでも伝わるかしら。



絵本の裏表紙には農夫のモデルになったバリー・モーザーさん(右)がエリックカールさん(左)と一緒に載っている。
どちらもほんとにサンタさんのような風貌。優しさオーラに包まれている。

2012年2月27日月曜日

PINA

ピナ・バウシュの舞台を映像化する難しさに頭を悩ませていたヴェンダース監督。それが可能になるのでないかと3Dに取り組んだ。奥行きのあるヴッパータールの町や舞台で繰り広げられる踊りは、見ごたえがある。劇場では座席に座ると観客はその場から動けない、彼のカメラは一番美しアングルで舞台の総てを映し出す。もちろん舞台とは違う、しかし、舞台を映像化するという意欲が満ち溢れた作品だ。

ピナは類い稀なる才能をもったダンサーで振り付け家でもあったけれど、全ての作品がエキサイティングであったとは思わない。ドイツ滞在中、88年から90年までヴッパータールに足を運んで見た舞台は、マンネリ化してしまった作品もあった。本当にダンサーなのか?と思うような人も舞台に出ていた。それに彼女の舞台を見るとなぜか心がざわざわする。・・・これは彼女の作品があまり好キクナイとゆーうことではなく、彼女のダンスが私の何か触れられたくないものをペラリとめくってしまったから、なのかもしれないとも思う。

80年代末、ベジャールも難解な世界に走り、新しいダンスの姿を見せてくれた人たちの作品が、”行き過ぎて勿体ぶっている”ような気がしていた。そしてこの映画でずっと遠のいていたピナの作品、「カフェ・ミュラー」、新しい作品「フルムーン」を見る。そのエッセンスを拾い上げ、映像に織り込んだヴェンダース監督は、ダンスに関しても鋭い慧眼の持ち主と感服。ピナが好きな人にはたまらない映画になっていることだろう。

・・・私は、やっぱり心がザワついてしまった。なんでだろう。あのときから20年も経つのに、私は変わっていないのだ。このざわ付きとしばらく対峙することになるのだろうなぁ。

2012年2月25日土曜日

今月のパン教室

毎月1回、楽しく習って −というか「食べて」という方が正しいか− いる間に、中級も半分くらい終了してしまった。ベンチタイムとかニーディング、などなど聞いたこともなかったような単語が少しずつ頭に収まり、唖然と突っ立っているだけのシーンは少なくなってきているかも。

パンを1人で作るまではまだ行かないけれど、教室で時間や手間をかけてパンを作るうちに、自分の生活にも少し変化があったかな。それまでは料理を手早く済ませようとしていたけれど、最近、手間や時間をかけることが億劫ではなくなってきたような気がする。ま、子どもが小さいうちは、帰宅してこどもの寝る時間から逆算して晩ご飯を食べるには、なんてバタバタしていたからね。

今回も、先生の神業のような手つきに感動を覚えながら作ったパンとお菓子。


香ばしいアーモンドとチョコレート
中には栗も!!

外をパリッと仕上げるため蒸気焼成というのをする
カリッと焼けたタルトの上にカスタードクリーム

2012年2月23日木曜日

おとなのけんか   Carnage

舞台で各賞を受賞しているヤスミナ・レザの”Carnage”をロマン・ポランスキーが映画化。原題を直訳すると、殺戮とか、大虐殺とか、ちょっとマイルドにしても修羅場とか。


ナンシー(ケイト・ウィンスレット)  とアラン(クリストフ・ヴァルツ)の11才になる息子ザカリーが同級生のイーサンと「こどものけんか」をして枝で殴ってケガをさせてしまう。二人はイーサンの親ペネロピ(ジョディ・フォススター)とマイケル(ジョン・C・ライリー)から、平和的解決を図るためアパートメントに招かれる。
しかしペネロピは平和を装いながらも毒のある言葉をチクリチクリ。丸く収めようとするマイケルがズルズルとナンシーとアランを引き止め、やがて4人それぞれが自分以外の全員を攻撃し始め修羅場と化していく。


既に完璧なる脚本がある上に、芸達者の4人、これだけそろえばハズレない。子供の喧嘩に大人が顔を出し、本題そっちのけでアサッテ方に話が飛んじゃったように見える。しかし、登場しない2人の「こども」がいるからこそこうなっちゃうのだろう。代理戦争は本質の解決を遠ざけるばかりか、あれこれ色々吸い寄せて問題を膨らませてしまう。


夫婦でも親子でも分かり合えない部分に蓋をして生活をしてきているが、そんなこんながねちねちと頭をもたげやがて大爆発。その爆発への導火線=セリフがなんとも素晴らしい。そしてセリフがないときも、沈黙が語る4人の俳優の顔、動作!!俳優であるということはこういうことなのだろう。俳優と脚本に安心して任せていられる監督の余裕を感じる映画だった。


苦笑いと大笑い、「おとな」におすすめ。クリストファー・ヴァルツはほんとにオモシロイ。

2012年2月21日火曜日

TIME/ タイム In Time

人類は遺伝子操作で25才以上年を取らなくなったかわりに、腕に寿命の時間表示が表れ、それ以降は稼いだ分が時間として加算されていく。通貨のかわりにその時間で物を買い、数字がゼロになると命を落とすことになる。体内にある時間は、貸し借りもできるし、高利ローンだって可能、もちろん盗んだってちゃんと使える。

日雇労働でその日その日をギリギリ生きながらえている貧困層のウィル・サラス(ジャスティン・ティンバーレイク)は、スラム街を訪れたある富裕層の男をギャングから救う。その男から有り余る時間で死ぬ事のできないむなしさを、そして貧困層が時間を搾取されている事を聞かされる。その男は、スラム街においては破格の長さである117年を、ウィルに残し自ら命を絶ってしまう。

人々は経済的なクラスで住む場所を割り当てられ、他のゾーンに行く場合は高い通行料を払わねばならないが、ウィルは手にした時間でスラム街を出て、富裕層の住む地区を訪れる。そこでは生活も時間も全く次元が違っていた。

ウィルは自殺した男から時間を盗んだ罪で、時間を管理するタイムキーパー(キリアン・マーフィー)に時間をとりあげられ、スラム街に送還されそうになる。実際はウィルが盗んだかどうかはどうでもいいことで、スラム街の人間はいくら時間を持っていようが、富裕層には決して上がれないと言うことなのだ。ウィルは彼に興味をもった富裕層の箱入り娘シルビア(アマンダ・サイフリッド)を人質に、タイムキーパーから逃走する。

字幕を見ている限りはそんなに気がつかないけれど、ワカ様曰く「アイデアはいいけれど、セリフが良くないし演技がちょっとねぇ」(うわっ、カラクチ)。オットの感想に至っては、「なぜアマンダ・サイフリッドはあんなに高いヒールの靴で逃げるのだ!」。たしかに逃げているとき、私も転ばないかと足元ばかりが気になった。


アンドリュー・ニコル監督1997年作品の「ガタカ」のように、遺伝子操作、美しい若者、社会のシステムに挑む主人公。そこに経済の問題を絡ませた着目点は面白い。数パーセントの人に富が集中する社会システムへの批判、永遠に生きながらえるよりも今の一瞬を生きろ、という生き方論も見て取れる。でも「ガタカ」を見たときのような、「オオ~」っと言うような印象は残念ながらなし。途中からは「俺たちに明日はない」が頭に浮かぶけど、あれほどのインパクトもなし。いろいろ詰め込みすぎたのだろうか。

2012年2月15日水曜日

CHEMEX まだまだ

コーヒーを入れる道具は揃った、練習もしている、あとはコーヒー豆の研究。

今回はアメリカから輸入されたオーガニック豆を購入。
あら?弾き具合は同じなのに泡が立たない。入れたコーヒーはそれほど悪くはないけれど・・・。早速ワークショップをしてくれたお店で聞いてみた。「(よくわからないけれど)輸入前にアメリカで焙煎しているのではないか」と言う。コーヒーにして飲むのは、焙煎してから早ければ早いほど良いらしい。挽いた後の粉に水分が少ないようだ。それが関係するのかどうかは分からないけれど、確かに焙煎したばかりのコーヒーはもう少し油っぽい(?)ような・・・。近所にその場で焙煎してくれるお店があるので、今度行ってみよう。

私は飲み物だけを飲むのであれば、断然、紅茶か緑茶。だからたまにケーキをいただくときには飲んでも、コーヒー自体を美味しいと思ったことはあんまりない。しかし、こうやって色々と発見して入れ方を工夫し始めると、とても面白い。

2012年2月14日火曜日

原発国民投票のための勉強

この一年、とにかく沢山読んでみた。今更と思わず、とにかく関心を持つこと、自分と違う意見を聞くことを心がけた。東電は責任を取らなくてはいけないけれど、その出来上がったシステムがそっくり国に移行するだけではなんの意味もない。民間であるために戦った電力会社の気概と、自由化のために奔走した経産省の陽の側面が、どうして生かせずに何も進展しないのだろう。

原発国民投票のための勉強 その1

原発異存派は事故風化を待っている、それを許してはいけないと言う記事だ。「通販生活」って私には馴染みのないものだけれど、とてもわかりやすく書かれている。

2012年2月12日日曜日

ドラゴンタトゥーの女 The Girl with the Dragon Tattoo

ジャーナリストのミカエル(ダニエル・クレイグ)は大物実業家の不正行為を記事にしたカドで訴えられ、敗訴し、そのせいで勤め先の出版会社も経営が行きずまってしまう。しかし、大財閥の元オーナーのヘンリック(クリストファー・プラマー)は彼の調査能力に目を付け、弁護士を通じてミカエルを調査させる。一風変わった23才のリスベット(ルーニー・マーラー)が、その調査を担当する。


ヘンリックはリスベットによる身辺調査結果に満足し、ミカエルにある調査を依頼する。40年前に失踪し、おそらく殺されているだろうと思われている兄の孫娘ハリエットを探して欲しいと言うのだ。その見返りにミカエルが記事にした大実業家が、本当に悪戯を行なっていたと言う証拠を渡すという。失うものもないミカエルは財閥一族だけが住む孤島のコテージに移り調査を始める。一族の誰かが疑わしいこと、また当時起こった連続猟奇殺人事が関係するであろうことなど、次第にミカエルは一人ではとても手に負えないことが分かってくる。そして助手として紹介されたのが、自分の身元調査を行なったリスベットだった。


スェーデンの冷たい冬の風景が、財閥一族の人間関係そのもののようだ。そんな風景の中、私の嫌いな痛そうな場面も出てくる。その映像はこれ以上はちょっと、というところでスン止。しかしその後味の悪さのせいか、登場人物に与えられた肉体の痛みが精神に与える影響を、私がモロに共有してしまう。一緒に怒ってしまう訳だ。そこで貯め込こんだ怒りが、うまい具合に「目には目を」となる。仕返しの場面の方がずっと痛そうなのに、ある種の爽快感。そういう自分も、ちと、コワイ。「羊たちの沈黙」のような誇張されたものとは違った恐怖が漂う。「ソーシャルネットワーク」のような軽快な場面展開が、重苦しくさせないせいかな。


ルーニー・マーラー@ソーシャルネットワーク
カミソリの如く尖ったリスベットがミカエルの魅力にはほだされるシーンは結構唐突なんだけど、不思議とロマンスを感じるのは、主人公をダニエル様にしたキャスティングの成功。リスベット役のルーニー・マーラーは「ソーシャルネットワーク」でマークがお友達になりたいのになれなかった憧れの女の子、エリカちゃんなのだ。ああ、またスゴイ若者が出てきた。今年、アカデミー賞にノミネートされている。


経済会とマフィアの癒着、ナチ信望者、高度な福祉システムを利用する人間の邪悪さなど、推理小説(?)に纏め上げたスティーグ・ラーソン。残念なことに2004年に早世している。


オープニングはレッド・ツェッペリンの”Immigrant Song”をカバー、映像は007風でかなりイケてる。

2012年2月8日水曜日

CHEMEX もう一丁

紀ノ国屋で挽いてもらったコーヒー豆が終わってから、しばらく考えてやっぱり家で挽いてみようと決心し(大げさか)、いよいよメリタの電気式ミルを買った。

ワークショップでは”5秒挽いてシェイクして”を3回くり返し、後は挽き具合を見る、と教わった。3回繰り返すところまでは私でもできる。しかし挽き具合を見ると言われても、それがいいのか悪いのか分からない。この辺に研究の余地があるのだなと思いつつ、あと一秒ずつ3回ほどミルのスイッチを、ツュ~ン(x3)と押してみた。大きなカケラが残らない程度かな。

さて、ドリップポットからの第一投、ここで挽いた豆を少々蒸らす。あらら・・・、全然違うわ、泡がモコモコ立つではないの!コーヒー豆の挽き具合によってこんなにも違うとは!前回粗めに挽いてもらった豆でも、まだ細かすぎたということなのね。

我が家の配分はと言うと、コーヒー用のスプーンで少々多めにコーヒー豆3杯、お湯は月兎印のポット(0.7ℓ)にぎりぎりまで、以上でマグカップ3杯分。コーヒー豆を4杯にすると我が家の舌には苦かった。

2012年2月7日火曜日

ガレキ処理は・・・

原発反対と放射性物質は切っても切り離せない。
前にも書いたけれど、放射性物質に関しては難しすぎてよくわからない。しかし、原発反対の私でも分けて考えることができる問題があるのではないか、と思うことがある。そのひとつは「ガレキの受け入れ」に関してだ。

放射能と一緒にしていいかどうかもわからないけれど、アスベストも何十年と害を知らされないまま「放置」されてきた。タバコだって万病の元だということは周知されているのに未だ野放し。母乳のダイオキシン問題然り。発がん性があることに関してはどれも同じだ。

震災で発生したガレキ問題に関しての河野太郎さんのブログを読み、またまた考えこむ。河野さんが書いているからなおさらだ。私は放射能の計測を行う組織が、全くの独立第3機関であれば受け入れに納得する材料が増えると思う。本当に難しい、放射能の話は。

2012年2月5日日曜日

人生はビギナーズ  Beginners

オリバー(ユアン・マクレガー)は5年前、母に先立たれた父ハル(クリストファー・プラマー)から、自分はゲイなのでこれからゲイとして人生を謳歌したいと告げられる。そしてその父はがんを患っており時間が無いと言うのに、何一つ父のことを理解していなかったことを知る。オリバーは自分の子どもの頃の母や豊かではあるけれどどこか不完全な家庭、人生の最終章をあるべき姿で幸せに暮らす父を回想する。しかしその喪失感であったり、子供の頃からの心のわだかまり等が、38になって恋したアナ(メラニー・ロラン)との関係に縺れてくる。

モヤモヤしたものを抱えたまま大人になったオリバーを、ユアン・マクレガーがもの静かに繊細に演じている。アナ役のメラニー・ロランは香り立つような美しさ。はかなげで、それでいて存在感のある透明な美しさはおとぎ話の主人公のようだ。クリストファー・プラマーの演じるハルの、母性的な愛に宿るあっけらかんとした明るさと儚さが悲しい。アカデミー賞助演男優賞にノミネートされている。オリバーの個性的な母親を演じたメアリー・ペイジ・ケラーのどこか諦めきれない表情や、ハルの恋人アンディー役を演じたゴラン・ヴィシュニックの色々と乗り越えて来たのだなと思わせる瞳が印象に残る。

柔らかな光、整然とした室内、主人公が書くシンプルなイラスト、音楽に至るまで、実にセンスのいい佳作。監督のマイク・ミルズは自分の体験をもとに映画を作成。アナとの関係にポツポツ織り込まれる父や母との回想は、オリバーが頭の中で答えを探す方程式のようだ。こうして何かが起きたとき、過去を咀嚼できるひとが羨ましい。私は「点」で生きているような人だからなぁ。

人生はいつまでたっても「初心者」・・・。確かにそう、リハーサルなんてできないものね。そうよ、初心者のつもりで前に進む、いくつになっても。ビギナーと思えば、いいのよね、それで。

2012年2月1日水曜日

The Tsunami and the Cherry Blossom

今年のアカデミー賞、短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
泣いた、ハラハラと散る桜のように。

2012年1月29日日曜日

J・エドガー  J. Edgar

FBIのジョン・エドガー・フーバー長官(レオナルド・ディカプリオ)は、20世紀前半20代でFBI前身組織のトップとなり、約半世紀もの間死ぬまでFBI長官であり続けた。科学捜査の基礎を作り、州の壁を超えた広域捜査を始め、指紋管理システムも構築。権力の座に執着、長官時代に就任した8人の大統領の秘密を集め、おそらくその情報で脅しながら保身を図る。 「国家の敵は内側にある」と、捜査官の武器携帯を合法化し、共産主義者をテロリストと捉え徹底的に弾圧。


そして私生活ではクローゼット・ホモセクシュアルであり、マザコン。彼は「捜索オタク」で、もし、今の時代に生まれていたらPCを駆使したに違いない。NCISのアビーなんて、きっと気にいられるだろう。ま、彼の場合真実が厄介者になる時もあり、一緒に働くのは大変そうだ。そんな情報を収集し、若い頃は映画やコミックを使って自分を英雄に祭り上げ、FBIを認知させるプロパガンダを行った。老いては事実を伏せて、自分の武勇伝を書き残そうとする。彼の作り上げた世界は、私からは少々遠い存在のアメリカの近代の側面を知るのに大変勉強になるし、主義や信念の危うさについても深く考えさせられる。


フーバーやその時代については勉強不足だから言及は避けるとして、「映画」としての俳優陣について。フーバーの腹心クライド・トルソン役のアーミー・ハマーは、「ソーシャルネットワーク」で金持ちの双子役を一人二役でやった人。クライドがフーバーの面接に来た時のシーンの彼は素晴らしい。恋愛関係として完全に優位に立つその堂々とした振る舞い、それでいながらフーバーを愛おしく見つめる目。高ぶる若者の気持ち、くらい部屋と窓からの光がアーミー・ハマーの意味深な美しい瞳をしっかり捉える。

このシーンでオタオタするフーバーをディカプリオがなんともうまく表現している。クライブの視線を動じながら受け取る、その落ち着きのなさや空威張りが素晴らしい。巷では、晩年を演じた時のメイクが陳腐とか言われているけれど、なんのなんの、メイクなどは全然(と言ったらウソになるけれど)気にならず、私には老人を演ずるディカプリオの良さが意外だったほどだ。違和感あったのは、声が若々し過ぎたくらいか。いつもの彼の”アクトしてます!”オーラが、血の気の多いフーバーのキャラクターとうまくハマったのか、イーストウッド監督のシンプルな采配か。今回アカデミー賞にノミネートされなかったのは少々残念だ。

フーバーの母親役のジュディ・ディンチは圧倒的な存在感、秘書ヘレン役のナオミ・ワッツもいい女優。ジェフリー・ドノヴァンが、「チェンジリング」に続きロバート・F・ケネディ役で登場。でもフーバーには「バーン・ノーティス」は出せず。

2012年1月25日水曜日

リンパマッサージで眉毛が・・・

去年の秋、笑おうとすると頬があまり動かないことに気がついた。顔がガッシと凝っているようだ。ここ、数年いいエステがあったら通ってみたいと思って、幾度かお試しキャンペーンというのに行ってみたけれど、ずっ~と水蒸気を当てられたり、じーっとパックしていたり、待ってばっかりで何となくしっくりこない。お値段だってキャンペーンじゃなかったら、私にとっては結構な出費だし。

人に聴いたりネットで探したり、そして、ネットでピンと来たお店が一つ。入会金やら化粧品の販売やらそんなものはなさそうだし。地図を頼りにやっと見つけたお店は、小さな、小さな一軒家。その普通すぎるたたずまいに、何となく不安が過ぎったのだけれど(失礼)、いざマッサージが始まると・・・。ち、違う、今までと全然違う。化粧品をヒタヒタというのではなく、凝っているところのツボをグリグリ。それがなんとも言えず、イタ気持ちいい。リンパの流れに沿ってマッサージ。セラピストさん自身で調合したハーブのオイルや化粧水を使っていて、その香りに毛細血管が隅々まで全開(そんなことあるかどうかわからないけれど)。嬉しいのは、その手業がずっと続くのだ。「疲れませんか?」と聞いたら、「お客さんになるだけ触れているのが、自分としても納得出来るんですよね」だって。

終わってみると、いや~顔が軽い、軽い。とにかくこわばらずに普通に笑える。一ヶ月に一度通うことにした。一ヶ月経つとまた顔は固まってしまうけれど、とにかく女王様のように優雅な時間が心からありがたい。

そして4度目が終わった頃、な、な、なんと、眉毛が生えてきた・・・。実は眉毛の半分から後半が何となく薄くなってきていて、このままだといつかオカメの眉毛になってしまうのではないか、と思っていたところだった。

満員電車でイラッ、会社でムスッ、子どもにオラッ、とにかく顔がこわばることには事欠かず。本当はゆったりとオカメのように笑っていられたら、いいのだけれど。なかなかね。

2012年1月23日月曜日

電力は足りているかというよりも

40年以上稼動している原発運転停止の例外とか、大飯のストレステストが非公開で妥当の結論出したり、東電の17%&一般家庭向けも電気料金値上げとか。なんだかなぁのニュースがたて続け。
そこに毎日新聞の記事、「<電力需給>政府今夏試算「6%余裕」伏せる」(下に添付)


被爆の問題に関してははっきり言って、よくわからない。わからないことに不安を募らせたり煽られたりするのもアブナイし、安全だと言われても頭っから信じられない。残念ながら何も言えない。
私の原発反対の理由は、「放射能廃棄物の処理方法が決まっていない」ということ。これによって原価計算も変わってくるだろうし、なぜ安全なものの最終処理場をモンゴルまで持っていこうと考えたのかとか、あれやこれや納得いかないのよね。


この毎日の記事だって、万が一供給不足があったら大変なことになる、と最悪の場合を想定したのかもしれないが、「原発ナシでは大変よ」と驚かされているように感じるのは、私が記事に誘導されているのか。あんな大事故があったのに、当事者達が大きな見直しをする気配が私には感じられない。ウランだって100%輸入、戦争になったら格好の標的。原発が使えなくなったときの万が一を考える頭はないのかな、と思ってしまう。

とにかく原発を民衆の意見を二分するような政治の道具に使ってくれるな。


毎日新聞 1月23日(月)2時30分配信
 今夏の電力需給について「全国で約1割の不足に陥る」と公表した昨夏の政府試算について「供給不足にはならない」という別の未公表のシナリオが政府内に存在したことが、分かった。公表した試算は、再生可能エネルギーをほとんど計上しないなど実態を無視した部分が目立つ。現在、原発は54基中49基が停止し、残りの5基も定期検査が控えているため、再稼働がなければ原発ゼロで夏を迎える。関係者からは「供給力を過小評価し、原発再稼働の必要性を強調している」と批判の声が上がっている。

◇再生エネ除外、「不足」のみ公表

公表された試算は、東京電力福島第1原発事故を受け、エネルギー戦略を見直している政府のエネルギー・環境会議が昨年7月にまとめた。過去最高の猛暑だった10年夏の需要と全原発停止という想定で、需要ピーク時に9.2%の供給不足になると試算した。

この試算とは別に、菅直人首相(当時)が昨年6月下旬、国家戦略室に置いた総理補佐チームに、電力需給の実態把握を指示。経済産業省に対して、発電所ごとの設備容量・稼働可能性、地域ごとの再生可能エネルギーの稼働状況など、試算の根拠データの提出を求め、再試算させた。

その結果、現在の法律に基づいて電力会社が調達できる再生可能エネルギー容量は759万キロワット(原発約7基分)あったのに、公表された試算は供給ゼロだった。また、一部火力発電所で定期検査による稼働停止時期を猛暑の8月に設定したり、大口契約者への格安電気料金と引き換えに需給逼迫(ひっぱく)時の利用削減を義務づける「需給調整契約」による削減見込みもゼロとしていた。夜間の余剰電力を昼間に利用する「揚水発電」の供給力も低めに設定されていた。

再生可能エネルギーによる電力供給などを盛り込むシナリオで計算し直すと、電力使用制限令を発動しなくても最大6.0%の余裕があった。再試算は昨年8月にまとまり、菅首相に報告されたが、公開されなかった。

国家戦略室で同会議を担当する日下部聡・内閣審議官は「国の政策を決定する過程で、後になって『足りませんでした』とは言えない。慎重に堅い数値をまとめた。供給不足を導く意図はなく、昨年11月に公表した対応策で、再生可能エネルギーや火力発電の増強を必要な取り組みに挙げた」と説明する。一方、国家戦略室の総理補佐チームで再試算に携わった梶山恵司・富士通総研主任研究員は「電力会社の言い分をまとめた極端な前提に基づく試算。その数字が、原発再稼働を容認する政治家らの発言にもつながった。再試算は菅政権末期の混乱で公表できなかったのではないか」と問題視している。【永山悦子】


2012年1月22日日曜日

姉妹

家城巳代治監督、新藤兼人脚本の「姉妹」(1955)を見た。発電所がある山間の村に住む姉妹の物語。姉妹は、発電所で働く父、優しい母、小さな弟3人との7人暮らし。父親は発電所で働いていて人格者。母は良妻賢母。姉の圭子(野添ひとみ:美しい!)はクリスチャンで物静かな性格、妹の俊子(中原ひとみ:可憐!)は天真爛漫で物怖じしない性格。


発電所には人員整理の波、従業員の事故死、近くの農家からは食うに困った母親が北海道に移住する旅費のため娘を買って欲しいと頼みに来たり。父は亡くなったり首切りにあった従業員の家族の手前、俊子に修学旅行をあきらめるように言う、また俊子が買ってもらうはずだった靴のお金を農家の人に渡してしまったり。そのつど理由を丁寧に説明し、理解を求める父は、「他人は他人だといわれればそれまでだけど、それが自分の生き方だ」という。


買ってもらえなかった靴や参加できなかった修学旅行に対する不満よりも、一生懸命生きている人たちが不幸になる、という世の中の不条理に疑問を持つ俊子。俊子は姉の圭子に「いい人や真面目な人が報われないのはなぜ?」と尋ねる。圭子は「神が与えた試練なのよ」と答える。しかし淑子は言う、「政治の失敗よ」。


しかしけして暗いだけの映画ではない。村人たちは苦しい生活の中に小さな喜びを見つけて生きている。それは故郷から送られてきたスルメイカだったり、赤ん坊の顔を見ながらの野良仕事だったり。ささやかで何とも切なくなるけれど、本当の幸せというのはこんなものなのだと思ったりもする。
そして、今盛んにリストラが叫ばれている電力会社、その60年前の姿を見て複雑な重いがする。


去年から続いている山田洋次監督の選んだ100本の映画、どれも本当に面白い。

2012年1月19日木曜日

Hello ただしライオネル・リッチー抜き

これはほんとに面白い。映画の好きな人、必見なのだ!
最後はシュワちゃんに見つめられ、あの美女が・・・。


Hello from ant1mat3rie on Vimeo.

2012年1月18日水曜日

宇宙人ポール  PAUL

SF作家のクライブとイラストレーターのグレアムはイギリス人のオタク。遂に憧れのアメリカに旅行が叶う。目的はオタクの殿堂“コミコン”。コミコンのあとはさらにディープに、キャンピングカーでアメリカ西部のUFOスポットを訪れる旅に。

その道すがら、完全にアメリカナイズされたエイリアンのポールと出会う。長年いろいろとアメリカ政府には協力してきたけれど、挙句の果てになんと人体実験されることになってしまい、実験施設から逃亡してきたと言う。グリアムとクライブは彼を迎えに来ている宇宙船まで連れていく羽目に。で、ポールたちの乗ったキャンピングカーは政府の追っ手から追跡を受けることになる。そんなポール一行に、キリスト教で純粋培養された紅一点ルースも同行することになり、ルースの父親からも追っかけられる。

「未知との遭遇」、「ET」、「エイリアン」、「Xファイル」、「ロズウェル」etc....を、観客が見ていることは織り込み済み。でもパロディでは無くって、映画ネタやシモネタなどなどを織り込んだコメディー。サタデーナイトライブに出ているコメディアンとコメディエンヌも登場。ジェーン・リンチのジョークややシガニー・ウィーバーの登場もウケる。ポールの声はセス・ローガン、声だけでも面白いわ、この人は。孤独な宇宙人が底抜けにネアカなのが愉快。

イギリス人オタクも、キリスト教原理主義のルースも、ポールと同様エイリアンのようなもの。いや、どこまでも続く茶色いアメリカ西部の大地こそ、別の惑星に見えなくもない。

最後までおちゃらけで終わるかと思ったら、大爆発やらなにやらでサタデーナイトライブの面白い人が!あらら・・・。クレジットが終わってから、おまけ映像か何かで包帯だらけで登場するのかしら、と思ったら何もなく終わってしまった。

2012年1月17日火曜日

友達のワとFacebook

四半世紀ぶりに連絡が取れたお友達(A子としておこう)は旧姓で社会生活を送っていたので見つけ出せたけれど、苗字が変わってしまった女子を探し出すのは至難の技。A子と会ったとき、これまたずっと探していたB子も連れてきてくれた。2人とも同じ沿線に住んでたのだ、何年も!

B子はC太郎がFBをやっていると教えてくれたので、私のこと覚えているかどうかわからなかったけれど、メッセージを送ってみた。C太郎から返事がきて、D太郎からも友達リクエストが来た。D太郎が参加した同窓会の写真を送ってくれて、E助、F助、G子の顔を多分35年ぶり位で見る。でもわかるのよね~、誰が誰だか。この調子で行くと芋ずる式に友達が見つかるかもしれない。見つかるって言ったって、よく考えてみたら、行方不明だったのは私の方だったか。

Facebookは大学内の情報ツールとして始まったのだけれど、私の年になると「あの人は今」状態。サイバー探偵。感激の再会に幾度も泣きそうになっている今日このごろ。

2012年1月15日日曜日

四半世紀ぶりの再会

中学2年生の時のクラスはみんながとっても仲が良かった。私は父の転勤に伴い中3で転校し、その後は年賀状などで24,5才まではどうにかみんなと繋がっていた。しかし、外国暮らし、結婚、出産で引越しを繰り返し、自分のことで精一杯で気持ちの余裕がなかったのだろう、年賀状さえ出さず全員と音信不通に。

あるときインターネットでたまたまその時の友人の名前を見つけた。四半世紀前、最後に会った時と勤め先が同じなので彼女に違いない。連絡を取りたいのだけれど、はたして住所と代表電話番号が出ているだけで、メールアドレスとかは無し。しょうがないのでハガキを送ることにした。とっても懐かしいのだけれど、もしかして人違だったらとか、勤め先に送ることへの遠慮もあり、下書きには戸惑ってしまった。ひさ~しぶりに万年筆でハガキを書き終え、後は切手を貼り、投函するばかり。で、・・・ここまでが去年の3月の話。
そしてあの、3.11。
ハガキの存在はすっかり忘れ去られてしまっていた。

春が過ぎ、夏が過ぎても昨年はしばらく暖かくて、遅い秋風が吹くようになった頃、そろそろバックを変えようかな、と冬物を出してきたら・・・。なんとあのハガキがぽつねんと。そうだった、これ、出そうと思っていたんだった。読み返してみるとそのままでも問題なさそうなので、切手を貼り投函。なんだかドキドキする、ポストの投函口に引っかかってないかと手を入れてみたりして。そして2日後ケータイに懐かしい友達からメールが入っていた。ばんざ~い!そして年末に感激の再会。

お友達はインターネットがなかったら見つからなかったけど、最後の手段は昔ながらの手紙。
Eメールのおかげで驚くほど便利になったけれど、ポストを開ける時の楽しみがすっかりなくなってしまったのはちょっとさびしい。手紙、また書いてみようかな。

2012年1月10日火曜日

永遠の僕たち   Restless

ガス・ヴァン・サント監督。
イーノックは交通事故で両親をなくし叔母の家に身を寄せているが、両親の死を受け入れられず叔母とも折り合いが悪く学校へも行っていない。自らも交通事故で臨死体験をし、それ以後彼にのみ見えるようになった第二次世界大戦で特攻隊員だったヒロシが唯一の友達だ。他人の葬式に参列することが日課で、そこで出会った少女アナベルと会話を交わすようになる。アナベルは末期がん患者で余命3ヶ月と言われ、嫌なら友達でいる必要は無いと言う。死に取り付かれているイーノックは「待ってました」とばかり「それに関しては詳しいので色々と助けてあげられる」、とまるでカウンセラーのように言う。しかし、ふたりの楽しい時間は、少しづつ彼女に対しての思いを深くしていく。

まずオープニングで流れるビートルズの”Two of us”、これがいい。音楽とともに静かな郊外の町が広がる。あ、これアメリカの話だったのか、と思うようなヨーロッパの雰囲気が漂う。木漏れ陽の間に、家の廊下に、病院のベットにと、あちこちに憂いが漂い、何かを諦めたような淡い光に包まれた風景だ。

イーノックはデニス・ホッパーの息子ヘンリー・ホッパー。当たり前だけど、似てる~。目元涼しげな好青年ヨ。アナベルはミア・ワシコウスカ(アリス・ワンダーランド)、短く切った髪とお洋服がジーン・セバーグのようでとっても素敵。ヒロシ役の加瀬亮は物静かで穏やかな雰囲気がとてもいい。こういう特攻隊員が沢山いたに違いないし、彼の残した手紙の内容も自然。映画に描かれる特攻隊員は日本でもアメリカでもステレオタイプがあったけれど、新しい描き方をしてくれた若い世代の脚本(ジェンソン・リュウ)には力みや気負いを感じない。

ストーリーやテーマにとらわれると単なるメロドラマで終わってしまう。でも一つ一つのその瞬間を切り取ると「若いってこういうことだったのかな」と、なんとも切ない気持ちにさせられる儚い映画。

2012年1月9日月曜日

フライトナイト/恐怖の夜   Fright Night

85年の「フライトナイト」のリメイク。

学校では少しずつ生徒達の無断欠席が増えていくものの、そんなことにはお構いなし、チャーリー(アントン・イェルチン)はキュートなガールフレンド、エイミー(イモージェン・プーツ)とお気楽な高校生活を送っていた。ある日チャーリーの家の隣にセクシーな夜間肉体労働者、ジェリー(コリン・ファレル)が引っ越して来る。チャーリーの母は(トニ・コレット)は何となく気になる様子。


そんな時友達のエドが、消えた生徒達はジェリーに血を吸われたのだとチャーリーに告げに来る。しかし、ジェリーという名前からしても吸血鬼なんてことはありえない、とハナから相手にしない。そうこうしているうちに、エドもあえなくジェリーの餌食に。エドの無断欠席を心配したチャーリーは彼の部屋でPCの動画を見て、ジェリーがヴァンパイアであるかも、と疑いを持ちはじめる。遂にジェリーの家に侵入、”ごはん用”にとらわれていた人間を救い出すが、怒ったジェリーが反撃開始。激しい猛攻に、チャーリーはラスベガスのヴァンパイアキラー・ショーで有名なピーター・ヴィンセント(デヴィット・テナント)に助けを求めるが、けんもほろろに断られてしまう。しかし、頼りにならなそうなピーターもついにはチャーリーに手を貸すことに。あの手この手で応戦するが、400年生き抜いてきたヴァンパイアはなかなかしぶとい。

大体が吸血鬼ってよく考えるとあれこれオカシイ。にんにくが嫌いだとか、美女が好きだとか、夜行性だとか、「どうぞ」と言わなければ他人の家に入ってこないとか。「トワイライト」も面白いセリフや場面が満載なのだけど、映画館では笑えない。「フライトナイト」は恐怖や緊張はもちろん味わえるが、笑わせようとしてくれているのだから、笑わなくてはもったいない。
3Dで見る必要は取り立てて無いような気もするけど、ディズニーだしね。

オリジナルで吸血鬼を演じたクリス・サランドンが、血を吸われる役でちらりと登場。コリン・ファレルはなんだかスッキリした印象。断酒したのかしら。エイミー役のイモージェン・ブーツはカワイイ!

2012年1月8日日曜日

CHEMEXコーヒーメーカー 実践

年末、ついに月兎印のドリップポットを購入。これで道具は揃ったと、いよいよコーヒーを入れる事にした。

さて、ドリップポットからの第1投。コーヒー豆の表面に穴をあけないように、「の」の字を書くようにポットを回しながら。あらら穴がボッコリ、しかも泡が立たないわ〜。ここで本来ならばふんわりと泡が立つハズなのだけど。ま、しょうがないとお湯を継ぎ足していく。相変わらず泡はちっとも立たないし真ん中がカルデラのようにどんどん沈んでいく。しかもいつまでたっても注いだお湯がドリップされない。なんだかすごーく時間がかかるわ。そのうちコーヒーが冷めてしまった。しょうがないから溜まった分だけ飲んだらエスプレッソのように濃かった。日を改めて懲りずにもう一回入れてみたけど、やっぱりおんなじ。いろいろ考えて、豆に原因があるのではないかとオットが言う。家にあったコーヒーメーカーで使っている豆で入れたのだけど、そういわれてみたら荒めに挽くように言われていたっけ。そっか〜、ミルもいるのかぁ〜。

ワークショップをしてくれたカフェに行ったら、挽いてくれるけどお店の業務用ミルはかなり細かく挽くのでお勧めしないとの事。確かにワークショップの時はハンディタイプのミルを使ってたっけ。次に紀ノ国屋のコーヒーコーナーのお姉さんに相談してみた。そしたら12段階に分けて挽ける機械があるので、粗めに挽いてみましょうとのこと。豆はエチオピアはイルガチェフ地域のモカがおすすめという事で、それを挽いてもらった。このコーヒーは4年ぶりに入荷されたとのこと。コーヒー豆には詳しくないので、ええ〜!と驚いたり喜んだりできないけど、きっと美味しいのだろう。

家に帰って早速入れてみる。泡が立つし、コーヒーもスムーズにドリップされている。のの字、のの字でうさぎ印も今度は軽やか。ちゃんとあったかいうちにコーヒーが入った。コーヒーは少しもえぐくなく、まろやかであっさりした酸味。お姉さん、美味しかったです。3度目にしてやっとこさ飲めるコーヒーが入れられた。結構たのしいわ。

2012年1月4日水曜日

ブリューゲルの動く絵  The mill and the cross

ウィーン美術館所蔵、「十字架を担うキリスト」。ブリューゲルが彼の生きた16世紀フランドル地方の風景の中に「キリストの受難」を描いた作品である。

キリストが十字架を背負って処刑場に進む、その闇の隣では何事もないように子供たちがはしゃぎ、大人は踊り、世界は柔らかな光に包まれている。権力者が既得権を守りたいがための蛮行は、キリストの受難から1500年以上経たフランドルの地でも懲りることなく繰り返されている。そんな絵画にジュリアン・シュナーベル監督が時間、空間、音を加えて映像に収め、人間は現代もやはり変わっていないのだと気づかされる。

その光と闇の境界線に位置するものはなんなのだろう。そして、光には何が必要なのだろう。寛容、許容、慈悲、畏敬・・・。重たい時の流れのごとく回る風車の音が、グワーン、グワーンと画面全体に響く。一枚の絵の中には、ブリューゲルの壮大な時間と人々への思いが詰めこまれている。

主演はあのブレードランナーのルドガー・ハウアー、シワが増えたけれど面影あり。そして70年代一世を風靡した懐かしのマイケル・ヨークと、今も美しいシャーロット・ランプリング。この3人がまさに絵画そのものの風格をもって、ブリューゲルの世界に違和感なく溶け込んでいる。

シュナーベル監督では「バスキア」でもデヴィット・ボウイ、デニス・ホッパー、ゲイリー・オールドマン、クリストファー・ウォーケン等、ファン垂涎の役者をチェスのコマのようにスッスと配置したけれど、今回もその配役に唸ってしまった。

2012年1月1日日曜日

謹賀新年

 友人から聞いた話、東洋哲学でこれからの30年を見ると・・・。
9つの意味のあるカテゴライズx各20年=180年、この180年を1サイクルとして歴史が繰り返されている、という考え方があるそうだ。2012年はその1サイクルのどのあたりかというと、8つ目カテゴライズの9年目にあたり、後31年で180年の全サイクルが終わって、新しい時代が来ることを意味しているとのこと。さて2012年の1サイクル前(180年前)は、西暦1832年水野忠邦老中時代、そこから明治元年まで36年。・・・新しい時代がやって来た。

180年、これを全て見どどけるには人間の寿命はちと短い。3世代はつないでいく必要があるかな。逆に言えば180年かけて物事を考えなければいけない、ということなのかも知れない。これからの30年、来るべき新しい時代が明るいものになるように、何が私に出来るわけではないけれど、せめても、今を大事にしつつ、今がよければいいという考えを捨て、明るくやさしい気持で毎日を送りたい。

皆様の一年が、穏やかで、笑顔に満ちた一年になりますように。

2011年12月27日火曜日

ピザボーイ 史上最凶のご注文 30 Minutes or Less

「ゾンビランド」の監督ルーベン・フライシャーと主演ジェシー・アイゼンバーグのコメディ。渋谷は夜9時過ぎのみ、新宿は朝10時40分のみと上映回数が少ない。朝だしスクリーンも渋谷より大きいから、ま、いっか、と新宿歌舞伎町まで行くことにした。コマ劇場は解体中、オデオン座の入った建物も閉鎖、映画館の集まっていたあの一角はミラノ座の入った建物を残すのみでなんとなく寂しい。映画の中心は伊勢丹のあるあたりに移ってしまったようだ。映画を見に行くというような町並みとはちょいと違うものね、歌舞伎町は。とはいえシネマスクエア東急の好きなところもある。椅子だ。都内の映画館の中でも一番好きな椅子かもしれない。でも、椅子だけでは集客は無理らしく、お客さんは私達含めて全部で5人位、ほとんど貸切り状態・・・。

映画は冒頭からシモネタ満載で、中学生を連れて行くなんてなんという不良母であろうか、と正直あせった。でも入れてくれたから大丈夫なのだろう。後でしらべてみたらあれでPG-12?!で、肝心の内容はどうかと聞かれると、ん~、面白いところもあった。爆弾を携帯で爆発させる意外は、おバカが引きおこす騒ぎなので全てがアナログでタンジュン、中にはシモネタではない映画通を狙うギャグもある。設定だって、ニート2人が戦地帰りのマッチョな金持ち父さんを殺して遺産を奪おうと、メキシコ人を雇うあたり「もしかしたら社会風刺かも!」と一瞬思ったりもする。小さなギャグの集まりなので、次のギャクで前のギャグを忘れてしまう。もう一回見たら笑えるのかなぁ?いや2度見るほどでもないなぁ。「ゾンビランド」で期待を膨らませた人は、ちょっとしぼませて行くとそれなりに楽しめるか。

さて、ジェシー・アイゼンバーグは昼間「ソーシャルネットワーク」でマーク・ザッカーバーグを演じ、夜はマークのままこの映画の撮影をしたのであろうか?いや、きっと、彼は何をやるにもジェシー・アイゼンバーグのまんまなのだろう。これはぜんぜん悪い意味ではなくって、たとえばウディ・アレンとかそのままで十分な人もいることだし。彼が役に近づくのではなく役が彼を選ぶという。
ジェシーのお友だち役のインド人は面白かった。
日本語の副題も(タイトルもかな?)なぜか笑える、別の意味で。

2011年12月24日土曜日

NORAD Tracks Santa

NORAD (北米航空宇宙防衛司令部)との前身 CONAD(中央防衛航空軍基地)は、50 年以上にわたりサンタの飛行を追跡している。
1955 年にコロラド スプリングスに拠点を置くシアーズ ローバック社が、子供向けに「サンタへの直通電話」を開設したとき、誤ってCONAD の司令長官のホットラインの電話番号を広告に掲載してしまう。子供たちからの電話を受けた当時の司令官ハリー シャウプ大佐は、なんとサンタが北極から南に向かった形跡がないか部下にレーダーで確認させ、電話を掛けてきた子供たちにサンタの現在地の最新情報を順次伝えていった。
2000年頃初めてPCで見た時はかなり簡単なグラフィックだったけれど、あの軍人特有のイントネーションで、あたかも未確認物体を追跡するような実況中継には感動した。子供よりも大人の方が伝えるのも聞くのも真剣かもしれない。
Merry Christmas !

2011年12月23日金曜日

50/50

この映画、お勧め!


酒もタバコもやらない、死亡率が高いので車の運転もしない、車が来なくても赤信号は渡らない。そんなアダム(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)は、なんと皮肉にも27歳という若さで脊髄のガンを告知される。生きるか死ぬかは50/50。


製作のセス・ローゲン、主人公の友人カイル役も演じていて、例のごとく(ノックド・アップ)シモネタで口を開ければ笑わせてくれる。主人公のジョセフ・ゴードン=レヴィットは「500日のサマー」でちょっと情けない男子を小気味良いテンポで見せてくれたけれど、今回もどん底の哀れなアダムを彼のキャラクターで180度スピンさせて、コメディーのさわやかな主役に仕上げている。息子に煙たがられる母親役を、あのアンジェリカ・ヒューストン! このユーモアと自信にみちあふれた存在感 、なのに女王様にならない、すごいわよ。若いセラピスト研修生キャサリン役のアナ・ケンドリックは「マイレージ・マイライフ」でもそうだったけど、初々しい優等生を演じさせたら最高。逃げていく彼女レイチェル役はロン・ハワードの娘ブライス・ダラス・ハワード、この人も何でも出来る人。

ここまで重たいテーマを一度も暗い気分にさせることなく、悪趣味だったりお涙頂戴だったりもなく、全編”心底”笑わせてくれる。そこに転がっているものをユーモアでとらえるセンスとは、どうしたらやしなえるのかしら。生まれ持ったものもあるよね。赤ちゃんなのにすでに面白いツワモノもいるし、動物だってヘンなコいるしね。

”Nothing either good or bad, but thinking makes it so.” 起きたことの解釈は、その人となりそのものなのね。

2011年12月22日木曜日

発送電分離

20日現在、原発全54基(出力合計4896万キロワット)のうち運転中は7基(同680万4000キロワット)で、これは出力ベース14%に相当。


そんな中、21日、大阪市の橋下徹市長は東京都の石原慎太郎知事、猪瀬直樹副知事と、来年6月の関西電力と東京電力の株主総会で、発電部門と送電部門を切り離す「発送電分離」をそろって提案することで合意したとのこと。 大阪市は関電の筆頭株主、東京都は東電への出資比率が3位、それぞれ大株主だ。


これまで、各電力会社は真夏の「ピーク時」のために、原子力発電をベースにしたエネルギー計画を立ててきた。原子力発電の建設はお金がかかるが、政府の後押しを受け、送電配地域独占という大資本をフルに利用し、どんどん過剰投資を続けてきたのだ。

電力会社はおそらく広義での効率化ということを考えたことはなかったに違いない。「総括原価方式」があれば、なんのインセンティブも湧かないのだから。発送電を分離し、発電を市場に乗せ電力を自由化する。保険も民間でかける。安全であるならば原子力のを引き受けてくれる保険会社だってあるかもしれない(ないだろうけれど)。さて、大阪市と東京都の動きは歓迎できるのであろうか。


環境エネルギー政策研究所・飯田さんは前日20日の「東京都、東電総会で送電網改革の株主提案へ=猪瀬副知事」の記事に対して、「西の橋本大阪市長と連携しての電力市場改革の提案なるか。ただし思いつきで天然ガス発電を提案するあたり、猪瀬さんには政策ブレインが居なさそうだ・・」と述べている。
その飯田さんのコメントに対して「天然ガスはダメか」という質問が入る。
それに対して飯田さんは「天然ガスはもちろん活用すべきですが「東京都」が自ら天然ガス「発電所を作る」という発想が、政策論的には素人という意味。都行政の仕事は事業ではなく、市場構築のための制度やルール作りです」と返事をしている。御意。


私たちは政治家のどこまでがパーフォーマンスであるか見極めなくてはいけない。しかし、それをうまく利用する賢さというのも必要だ、と思う。わたしの脳みそじゃ、無理だけど・・・。

2011年12月21日水曜日

クリスマスの飾り  アンディ・ウォーホール@ローゼンタール その1

アンディ・ウォーホールとローゼンタールのコラボ。 クリスマス用の陶器やガラス製品が沢山出ている。奇抜なデザインも見ているのは楽しいけれど、家で楽しむためにあまり派手ではないものを集めてきた。
小皿。ドイツからのお土産


ろうそく立て。文鎮みたい
ティーライトキャンドルホルダー。羽根付き

2011年12月20日火曜日

クリスマスの飾り  ビレロイ&ボッホのオーナメント

17,8年前にビレロイ&ボッホで買った陶器のオーナメント。クリスマスオーナメントとは限らないのだけれど、我が家ではクリスマスの間キッチンのライトにぶら下がっている。
ブラ~ン

右:豚。カバか?。
中央:ぶち猫。金色の羽。
左:象。金の牙と耳。

2011年12月19日月曜日

黄金の日々

今月の日経「私の履歴書」は松本幸四郎(6代目市川染五郎)。
私の高校生の時のアイドルは、6代目市川染五郎さんだった。かなり真剣。そのきっかけになったのが、先ごろ亡くなられた市川森一さんが書かれたNHK大河ドラマ、「黄金の日々」。キュロットスカートの助佐(呂宋助左衛門)が染五郎さん。

根津甚八(五右衛門)や川谷拓三(善住坊)のキャストは新鮮だったし、唐十郎、李麗仙、という状況劇場の俳優はかっこ良かった。劇団四季でトニーやジーザスを歌っていた鹿賀丈史が、TVに登場して驚いたっけ。夏目雅子や竹下景子は初々しくて美しく、栗原小巻(美緒)は凜としていた。鶴田浩二、緒形拳、児玉清、宇野重吉、神山繁、丹波哲郎、高橋幸治・・・、素敵な俳優をあげたらきりがない。

あんまり真剣に見たので日曜日1回で大体セリフを覚えてしまい、土曜日の再放送では、登場人物と一緒にしゃべった。そして、一年が過ぎ、ああ、もう終わってしまったのだ、二度と見られないのだ、とサミシイ思いをしてたら、なんと歌舞伎座で舞台になるという。あの助左衛門@染五郎がナマで見られるのだ!高校生には切符は高かったし、一人で行くのも何となくさみしいので、踏ん切りがつかないがやっぱり行きたい。そこで、乗り気でない友達を説き伏せ一緒に見に行ってもらった。美緒は坂東玉三郎さん、他も片岡孝夫さんとか名だたる俳優が出演なさっていたけれど、やっぱりTVとはちょっと勝手が違い、思ったほどコーフンしなかったことは覚えている。でも見にいかなかったら一生後悔したことだろう。

さて、今日の「私の履歴書」はまさにその「黄金の日々」について。その中で、「黄金の日々」を高校生の時に見て、人生の指針にしたいと行ってくれた人に十数年後に出会った。劇作家の三谷幸喜さんで、テレビドラマ「多様のレストラン」や時代劇で一緒にお仕事をした。とあった。

実は三谷幸喜さん、もちろん名前は知っているけれど、あまり作品をちゃんと見たことはない。しかし、同じようにあの番組にのめり込んでいた高校生がいたのかと思うと、素直にとっても嬉しい。
幸せな一年だったな、昭和53年。

2011年12月18日日曜日

ミッション・イン・ポッシブル/ゴースト・プロトコル  Mission: Impossible - Ghost Protocol

トム・クルーズの脂分 -体型では無くって、うまく言えなけど演技とか雰囲気とか- が落ちていい塩梅になっている。映画に細切れ感が出ないのは、ボディダブルを使っていないからだろうか。それにしてもよく頑張っている。助かると分かっていても手に汗握る。


ブラッド・バード監督は、ピクサーで「Mr.インクレディブル」「レミーのおいしいレストラン」を作っており、「かっこよさ」とか、「テンパっているときのユーモア」を捉えるセンスが大好きだ。アナリストのブラント役のジェレミー・レナーがその辺の美味しい部分を十二分に発揮しているし、ちょい役だけれどインド人富豪もかなりウケた。昇格エージェントのベンジー役サイモン・ペグは普通のボケ役で、イギリス人のなんとも言えない面白さを引き出すにはもうひと工夫が必要か。殺し屋サビーヌ・モロー役のレア・セイドゥはいい。ケイト・モスっぽいポーカーフェイスとキャットウォークでバン・バン・バンと仕事をこなす。エージェントのジェーン・カーター(ポーラ・パットン)はナイスバディで、身体能力も抜群。この女同士のガチンコは見ごたえ有り。長官役トム・ウィルキンソンは「フィクサー」の時のような(もっと出番は短いけれど)悲哀を感じさせる話しぶり、映画に渋みを与えるいいシーン。


BMWとiphoneが第2の主役か、と言うくらい激しい使用頻度。特にiphone、これがなかったらな~んにもできないのではないか?と思うほど。スパイは普通のキャリアーは使ってないのだろうな、絶対に。

2011年12月16日金曜日

クリスマス イルミネーション 丸の内

大手町での仕事の帰り、せっかくだから日比谷まで歩こうかと丸の内中通りに行くと、イルミネーションの並木が出迎えてくれた。

私が丸の内に勤めていたウン十年前は、いくつかのビルを除いて全て9階建、1階の店舗はほとんど銀行。通りにはモノトーンの背広姿のサラリーマンにOL(死語だよね)がまじり、子供の姿などは見かけることは無かった。週末に出勤するとまるでゴーストタウンのように静まり返っている、そんなところだった。

今は、道路だけ残して建物も中身も往きかう人も様変わり。でも、ビルの合間から垣間見える鬱蒼とした皇居の森やお堀はそのまま、姿形は変わってもなんだかとても懐かしい。
丸ビル前
光の並木は日比谷までず~っと

2011年12月15日木曜日

クリスマスの飾り   洗面所の飾り

ろうそくのデコレーションを作ったとき余った枝を、小さな花瓶にさして洗面所に置いてみた。
赤いお星様は去年落として裏っかわが割れている
かわいそうで捨てられなかった

で、コーヒーテーブルの上には今まで生けていたチューリップに、それっぽい小枝を添えてみた。
チューリップはほとんど終わり
赤いガーベラかラナンキュラスと合わせてみよう

2011年12月14日水曜日

クリスマスの飾り  ろうそくともみの木の枝

銀色のお盆にもみの木の枝を敷き詰めて、ロウソクとクリスマス用のオーナメントを置く。オアシスとか使っていないけれど、もみの木は3週間ほどグリーンのまま。クリスマスにはろうそくに火を灯す。

2011年12月13日火曜日

持久走

ワカ 「最近持久走が強くなってきた」
私 「テニスのおかげかしらね」
ワカ 「毎朝ギリギリに家を出て時間に間に合うように、学校まで走っているからかもしれない。」

笑わせようとか、遅刻してないと威張っているとか、全然そんなんじゃなくって、単純に持久走が速くなったことに自ら感心しているようだ。

「一石二鳥だね!」とほめかけて、やっぱやめた。

2011年12月12日月曜日

クリスマスの飾り グラスボール

クリスマスが来るたびに少しずつ買い足したりいただいたりしたものを、部屋のあちこちに飾っている。花瓶は大好きなコスタボダのカランバ。

2011年12月9日金曜日

2011年12月7日水曜日

クリスマスツリー

今年も我が家にクリスマスツリーがお目見え。飾りはオットが全部仕切るので、私はもみの木注文と植木鉢にもみの木を植え込むお手伝い。ぷーんともみの木の香りが漂って五感を刺激、ラジオからもクリスマスソング、家の中の空気がクリスマス色に変わっていく。

電気を消して写真を撮ったら
プラネタリウムみたい
赤玉と黒玉

2011年12月5日月曜日

タンタンの冒険:ユニコーン号の秘密 The Adventures of Tintin: The Secret of the Unicorn

オットは大のタンタンファン、ポスターをちゃんとフレームに入れて子ども部屋に飾り、本もDVDも揃えている。だからワカも小さい頃からタンタンを見て育った。2002年、初めての本格的なタンタン展が渋谷のBUNKAMURAで開催されたときは、小さなワカを連れてワクワクしながら見に行った。


そのタンタンをスティーヴン・スピルバーグ監督が映画化すると聞き、私はアメリカ風になってしまうのではないか、とちょっくら心配していた。が、取り越し苦労、原作のモチーフを生かした新しいタンタン映画、実に面白かった。


しかし、モーションピクチャーもここまで来たか。「ポーラー・エクスプレス」や「クリスマス・キャロル」を見たときもエライ技術だなと思ったけれど、今回は飛躍的にスゴイ。これが実写だとCGのやりすぎで、アニメーションだと夢の世界。その中間で実写の現実味をのこしながら、インディージョーンズ以上の冒険の迫力を十分楽しめるのだ。恐れ入った。


ディズニーの「白雪姫」、女優が白雪姫の衣装を身にまとい、絵コンテどおりに動いてもらって撮影。その動きを動画にトレースしたという、アナログなモーションピクチャー。なんだかあの世界を思い出してしまったワ。細部まで愛情とこだわりをもって創ると、テクノロジーに息が吹き込まれる、そんな映画。


キャストはタンタンがジェイミー・ベル、あの「リトルダンサー」も25才!。面白くてとぼけていて最高なハドック船長はアンディー・サーキス、「猿の惑星:創世記」で「主役」のシーザー役。今度は生の顔見せてね。で、悪者のサッカリンはダニエル・グレイグ様、怖い顔でも声がステキ。


全く新しいタンタンの世界、おすすめ。スノーウィーも待ってるよ!
元祖タンタンとスノーウィー
映画のタンタンとスノーウィー

今月のパン教室

教室で焼いた出来立てのパン、その試食の時に先生が美味しいお料理一品を添えてくださるのだけれど、これがまた絶品。その楽しいひとときで記憶が薄らぎ(すごい言い訳)、おまけに家で復習しないから、私のパン修行は一歩進んで二歩下がる。いやそれじゃあ果てしなく後退だから、三歩進んで二歩下がるくらいか・・。

以前、パンをこねる作業を楽しいと書いたけれど、実はこの部分をコネ器がやってくれると、グググッと家庭学習に近づきそうなのだ。が、また言い訳すると、なにせ我が家の台所はせま~い。しかし、タイヤを引きずっているかのごとき重い腰を上げ、それでもいろいろ探してみている。現在クイジナートのコネ機能付きフードプロセッサーを検討中。自分にクリスマスプレゼント、とか(来年の?)・・・。

さて、12月はクリスマスも近いので、シュトーレン風パンを2種類と、リース型ケーキを教えていただいた。それにしても焼きたてのパンは、とても、とても美味しい。いつも香ばしいパンの香りが漂う家、近い将来の目標だわ。
マンデルシュトーレン
カリッと焼いたマンデル(アーモンド)が香ばしい


クリスマスケーキ
コアントローのシロップが生地に滲みてる

2011年12月2日金曜日

瞑想する猫

なんだか疲れたな、と思ったらビタミンがわりに見る動画。
雄大な自然の中で瞑想するしろ。
以前みかんと猫の動画をアップしたけど、かご猫さんちの猫ちゃんは皆穏やかだなぁ。


耳にちょっと違和感あり。



しろ、顔がでかい。

2011年12月1日木曜日

キューピットの矢

母は倒れたとき、きりっとした消防士、じゃきっとした救急救命士、腕の立つ外科医、優しい看護師と本当にたくさんの人が、どこからともなく次から次へとわらわらと集まって、自分を助けてくれたことに感激。その様子を「キューピットの矢が心臓に命中したよう」と言った。見事に命中した矢は痛かったんだけど、人の親切やら愛情がふわっと自分を包んでくれた、・・・らしい。

昨日は病院内で自転車こぎ30分&ストレッチのリハビリも始まり、料理指導のクラスも受講したそうだ。当初4週間と言われていた入院も半分くらいで済むらしい。この2週間、上げ膳据え膳で一切TVも見ず、心身ともに休養をとり、話をしているとヴァージョンアップしてる。

正しい食習慣と適度な運動と休養、これができればいいのだけれど、年齢によってその内容も変わるだろうしなかなか難しい。私もこれを機会にもう一回食事をしっかり見直してみなくちゃ。キューピットの矢に当りたくないもん。