2010年11月10日水曜日

THE TWILIGHT SAGA/ECLIPSE

全世界に遅れること約半年、やっと、やっと、見られたのだ~。遅いっ!
映画館に行ってもすぐ見せてくれない。本編が始まる前に日本語で前2作のあらすじが流れるのだ。早く見たいから「全部知ってるもん!」と思いながら見ていたのだけど、「ニュームーン」での”ベラをバンパイアにする”という 約束、・・・すっかり忘れてましたわ。

そして前作「ニュームーン」をしのぐ面白さ。ベラの心はエドワードに軸足を置いたまま、ジェイコブとの間でぐらんぐらん揺れまくる。成長期のジェイコブというより、テイラー・ロートナーがどんどんお兄さんになってきた。クリスティン・スチュワートもトワイライトの時に比べて、もっときれいなお姉さんになってきた。まだ人間だから安心して年とってもいいのだけど。「ニュームーン」ではあんまり出番がなかったエドワードは、あの怪力や、ドスのきいたニラミをたくさん見せてくれる。怒っているエドワードが好きだ。ロブ様快調。

そして、「トワイライト」の時に比べて甘~いキャラクターに進路変更したエドワード、
お花畑の中で「結婚して」を連発。
「だめよ」を繰り返すけどとっても嬉しそうなベラ。
見ているほうがてれる。
 

今回はベラのためにバンパイアと狼族が手を組み、NEW BORN(なりたてのバンパイア)チームと大バトルを繰り広げる。
こちらが、チーム・エドワード。ジャスパーの出番多し。

こちらが、チーム・ジェイコブ。
裸なのはきっと体温が熱いからと、狼になった時に洋服を着ているとマヌケに見えるから、と思う。
因みにガオーっと変身したときはハルクのように洋服がびりびりになる。

すっかり毛深くなったジェイコブ@「ニュームーン」でヴィクトリアを追っかけていた時
上半身裸の人間よりも、ベラにすりすりする狼に変身した時の方が個人的には好きだ。

雪山で薄着なふたり。照り返しで一層白びかりのエドワード。
エドワードはベラを魔の手から救おうと山中に避難所を設置するが、張り切りすぎて標高が少々高かったようだ。ちゃんとテントを用意したまではいいけれど、夜は寒くなることまでは頭が回らなかったのか。寒さで震えるベラを抱きしめたいけど、もっと冷やしてしまうので困るエドワード。不本意ながらジェイコブ湯たんぽを提供することに。ここでも上半身裸になるジェイコブ。


「オダマリ!」
見ているだけで痛くなりそうな、ジェーン女王様

あと映画は2作?。ますますハマります。と言いつつも、日本での盛り上がりはいまひとつ・・・。確かに、しっかり白塗りのエドワードの写真だけをみて、あのトワイライトの世界に入り込むのはなかなか難しい。映画が始まっても、エドワードを初めて見たときはそのおしろいに驚き、「不思議な顔だなぁ・・」と思うわけで。それがいつの間にかのめりこんじゃうのだから。女子だけじゃなくって、うちのオットもワカも好き、アラ還のオジサマでファンの人もいる。

 2010年11月現在、エドワードとベラは第4作をリオ・デジャネイロで撮影しているそうだ。エドワードは太陽をサンサン浴びてキラキラになれば、カーニバルに(ただし昼の部)に参加できる。

2010年11月5日金曜日

Papa、 Please Get the Moon for Me (パパ、お月さまとって!)

「怪盗グルーの月泥棒」を見ていて思い出したのが、エリック・カールの"Papa, please get the moon for me"(邦題「パパ、お月さまとって」)。
縮小ビームは使わず、だんだんお月さまが細くなっていくのを待つ。そして月まではロケットに乗らず、なが~いはしごでどんどん空に昇って行く。

絵本はもちろんのこと、DVDも気に入っている(タイトルをクリックすると動画が見られまっす)。絵本独特の仕掛けや、自分の頭で想像する世界と違うところもあるかもしれないけれど、アニメーションはエリック・カールの絵に忠実で、何よりも音楽が大変美しい。
このビデオには他に"The Very Hungry Caterpillar"  "The Very Quiet Cricket" "The Mixed Up Chameleon"  "I See a Song"が収録されている。

2010年11月4日木曜日

怪盗グルーの月泥棒 Despicable Me

ある日、エジプトのギザのピラミッドがまるごと盗まれるという大事件が起きる。世界一のdespicableな大泥棒を自負するグルーは穏やかではない。もっとデカイ仕事を、と月泥棒を計画する。

そこでグルーは月に行くためのロケットの製作費の融資を「悪の銀行」(Bank of Evil)に頼みに行くが、月を小さくするための縮小ビームがなければ、資金を貸せないと断られてしまう。その銀行頭取の息子がピラミッドを盗んだ真犯人、ヴェクター(Vector、ベクトル)。

そこでグルーはとあるアジアの国に -これがどう見ても日本の北海道なんだけど- 縮小ビームを盗みに行く。 やっと手に入れたと思いきやヴェクターに盗まれてしまう。どうにか取り戻そうとヴェクターの家に侵入を試みるけれど、最新兵器で護衛された”要塞”を前に地団太を踏むばかり。しかし、クッキーを売るためにヴェクターの家に出入りする女の子に気付く。女の子たちは孤児院に住む三姉妹、グルーは女の子たちを養子にして縮小ビーム奪回に成功。人間やら子どものようなものはキライで、めんどくさいグルー。しかし子どもたちはすっかりグルーに懐いてしまう。

グルーのミニオンという手下がかわいい。脂肪酸と変異したDNAバナナで作った黄色い物体。ある時は実験モルモットだったり、あるときは従業員だったりする。複雑な思考を伴わないだけに、ギャグもミニマムで面白い。人間には冷たいグルーであるけども、ミニオンはちゃんとかわいがっている。

グルーが子どもを連れて遊園地でジェットコースターに乗る場面は迫力満点。宇宙にドッカーンと上がるロケットのシーンもすごい。以前は乗り物酔いのようになりそうな3Dもあったけど、奥行きを持たせて広がりのある技法になってから不快感がなくなった。
しかし、眼鏡の上に3D眼鏡なので、画面よりも顔面が3D・・・。


2010年11月3日水曜日

ハーロウィン

ワカは中学生になり、「ハーロウィンパーティはもう卒業」と言うので、毎年近所の子どもを集めてゲームをしたりお菓子を配ったりしていたけれど、今年からはなし・・・。
最近はすっかりハーロウィンが巷に定着してきて、楽しいお菓子がたくさん出回っているので、オットはしっかりチョコレートを買ってきている。




広尾のナショナルスーパーで、毎年作っているジャック・オー・ランタン用のカボチャもちゃんと仕入れてきた。重かった。早くからカービングをすると、彫ったところからかびてくるので、まずはマジックで顔を描いて3週間ほど飾っておく。そのままだとぜんぜん腐ったりしない。とっても美味しそうな色なのに、食用じゃないのが残念だ。

31日当日。スヌーピーのDVD、ライナスの「かぼちゃ大王」の巻を3人で見る。それから、オットがジャック・オー・ランタンを作る。まずヘタのところを丸くくりぬいて、後は中身の種とワタをざっくりと取り出し、最後は目と口にぐさりとナイフを入れて穴を開ける。前もってかぼちゃには顔が書いてあるから、そこに包丁をグサリ、と行くのはちょっとかわいそう。ライナスがランタンを作っているルーシーに”かぼちゃキラー”と叫ぶ気持もよく分かる。
カービングが終わったら、ろうそくを入れて火をともせば出来上がり。なんだか笑っているみたいでしょ?

2010年10月28日木曜日

ハムスターはかわいい

大好きなものをなんでもほっぺに入れてしまうけど、これは無理。どうにか噛み切って持ち去りたいけど・・・。
あんまりおかしくって、涙でる。

 



こちらはその2
耳掻きが大好きなハムスター

2010年10月27日水曜日

朝の連ドラとお好み焼き

大家さん(おばあちゃん)役の藤 純子(ふじ じゅんこ)⇒寺島 純子(てらしま じゅんこ)⇒富司 純子さん(ふじ すみこ)がステキ。現在は”ふじすみこ”さんとなっているのをゼンゼン知らなかった。日本の食材でお料理をして、姿勢よく食事しているシーンが見ていて気持ちいい。

そして、中村玉緒さんの語り。秘密にしていたあかりと大家さんの血縁関係が他の下宿人にばれたとき。「あ”あ”~!」というドスの利いた声。一瞬ふじさんの声かと思ったけれど、口をあけてない。中村さんの声だった。

そして、そして、劇中の音楽がなかなか。メロディーがいいし、効果的に出しゃばらずに大阪弁の世界をマイルドにしている。

さて、あかりのお好み焼きの焼き方はわたしが小さいころ駄菓子屋で食べたのとおんなじ!でも尾道ではなくって、名古屋。祖母が名古屋に住んでいて、行った時は必ず10円持って駄菓子屋に食べに行った。

焼き方は一緒だけど違うのはソース。とろみのないシャビシャビのソース(確か「コーミソース」)。お好み焼きに刷毛で塗るとソースがしっとり生地に浸みていく。名古屋風お好み焼きというのがあるのかどうか知らない。近所に3軒ほどあった駄菓子屋が皆同じ焼き方をしていたので、少なくとも60年代の名古屋の駄菓子屋では尾道とおんなじ焼き方をしていたのではないかなぁ。食べたくなってきた。

2010年10月25日月曜日

夏もち~かづく・・

あ~、かわいい。猫の幼稚園があったらこうやってあそぶんだろうなぁ。
優しいおでこパチン、もかわいい。

2010年10月24日日曜日

長距離恋愛 彼女の決断

原題は『GOING THE DISTANCE』・・・。

いろいろあって30歳のエリン(ドリュー・バリモア)は、大手新聞社で研修するためニューヨークに来ている。そこでレコード会社に務めるギャレット(ジャスティン・ロング)に出会い、2人は軽い気持ちでエリンの研修期間中限定の付き合いを始める。いよいよエリンがサンフランシスコに帰るとなると、今まで恋愛にのらりくらりだったギャレットは彼女とこのまま別れられない。それはエリンも同じ。そして電話やスカイプや行ったり来たりの遠距離恋愛が始まる。エリンはニューヨークでギャレットはサンフランシスコで職を探すけれど、なかなかうまくいかない。 恋愛の間にあるものは距離だけではないようだ。仕事か恋愛か、永遠のテーマ。

ドリュー・バリモアが大好きなオットが、ワカ抜きで見に行こうと2人で出かけた。なある、明るい下ネタ満載、最近で言ったら「40歳の童貞男」みたいな。私生活ではドリューとジャスティンは一度は別れたけれどこのたび復活したらしい。ドリューがプロデュースしてるから、彼女が彼を呼んだのかな?セントラルパークでのエリンとギャレットのデートシーンは、2人がじゃれあっているのを監督がこっそり撮影したとのこと。・・・恋愛と仕事を両方手に入れたのは、ドリュー・バリモアだったのね。

10代から凡人の何倍もの人生を通り過ごしてきた、とは思えない屈託のないドリューの笑顔。35歳の女性には失礼かもしれないけれど、ホントにかわいい。

2010年10月20日水曜日

働き者の犬

「ご主人さま、ご主人さま、お呼びですか?」
「呼んでない」
「ええっ? 空耳ですか?テレビでもつけましょうか、ビデオの方がいいですか?」
「リモコンがあるからいい。」
「いえいえ、わたくしが!ご主人さま、ほかに何かありませんか?」
「(何にもないけどしょうがないから)背中がカユイ」
「ご主人さま~!ではおメシものからまずっ!」

一服もられたか、催眠術かけられたかのような、激しいハリキリ方。
わんちゃんは人間と違って反抗期がないからなぁ。 

2010年10月19日火曜日

よみがえるニオイ

今日、担任の先生の雷が落ちたとワカ様。
清掃時間に当番ではない生徒がずっと教室でふざけていたそうだ。今どきの男子はどんなふざけ方をするのか興味があったので聞いてみた。ファブリーズを教室で放射しまくっていたらしい。新型インフルエンザ対策で消毒液が置かれたのは知っていたけれど、ティーンエイジャーの匂い対策までしているのか?!そんなに教室って臭いの?と聞いたら教室備付けのものではないって。あ~、びっくりした。

では誰の持ち物かと言うと、剣道部員だとか。なある・・。
そういえば私が中学生の時、剣道部員の子が見せてくれた腕は青あざだらけ。びっくりしていると「もっとタイヘン」と言ってかぶせてくれたお面。ホントにすごかった。思いもよらぬ困難に耐え忍ぶ根性に恐れ入った。
忘れていたあの日の教室での匂いがプ~ンとよみがえる。

2010年10月18日月曜日

ブロンド少女は過激に美しく

マノエル・デ・オリヴェイラ監督100歳のときの作品。

冒頭から100歳の時間の流れはすごい。カメラは電車の中の20人ほどの乗客を正面から律儀に映している。車掌さんが検札をしている。一人ひとり丁寧にゆっくりと切符を見て、ぱちんとはさみを入れ、「ボンボヤージ」と挨拶をしている。64分の作品なのに映っている乗客全ての検札風景が続く。
その後も童話の本のページをめくるようにポツポツと物語が進む。

昔々あるところに、働き者で正直な若者がおりました。
ある日、エキゾチックな扇を持った美しい娘に恋をしました。
彼の雇い主である叔父さんに、結婚の許しを求めました。
しかし、叔父さんは結婚するならクビだと、若者を追い出してしまいます。
理由は良く分かりません。
仕事がなくては結婚を申し込むことは出来ません。
若者は仕事を探しましたが、誰も雇ってくれません。
やっと見つけた仕事は遠い土地での過酷な労働、
それでも娘のために故郷を後にします。

人々の会話も街の風景も何10年も前に時が止まったよう。単純で最小限の大真面目な会話は不自然だったけれど、時に唐突でそれにユーモアを感じる。後で調べてみたら、原作となったポルトガルの文豪エサ・デ・ケイロス1873年の小説の言葉を、ひとつも変えずに映画化したそうだ。そのセリフゆえか人間が植物のようだ。

どちらかというとリスボンの街や建物の方が表情豊か。何気ない風景を絵画のように切り取り、光や風で静物がみずみずしく変化する。また静止したアンシンメトリーな映像に、不思議な安心感が漂う。100歳になるとこんなに美しいミニマルな世界が見えるようになるのか。いや、見えるようになるような生き方が必要なのだろう。

若者のすったもんだの恋愛の一部始終が、あっけなくパタンと幕を落とし、最後は走り行く電車をカメラは捕らえる。画面の電車を見送るうちに、冒頭の助長された車掌の検札シーンを思い出した。主人公の心情を映す映像の完成されたリズムにマイスターの仕事を見た。

しかし、あの羽毛のついたウチワ、もうちっと良いものなかったか。これも原作のままなのかしら。

今年102歳になる監督はまだ創作を続けている。

2010年10月17日日曜日

くるみ割り人形 オーストラリアバレエ団

東京文化会館でオーストラリアバレエ団の「くるみ割り人形」を観た。1992年にバレエ団の30周年記念に際してグレアム・マーフィーが振付けた作品で、振り付けは勿論ストーリーも古典とはまったく違う。

第1幕は1950年代のメルボルン、クリスマス・イブ。
年老いたロシア人バレリーナのクララがラジオをつけると、くるみ割り人形の曲が流れ始めかつての舞台での思い出がよみがえる。そのラジオの音にかぶさるようにオーケストラの演奏が始まる。私の座っていた2階席からこのオーケストラの導入がよく見え、舞台裏をみているような面白さ。クララの家には友人が集まり、かつてのクララが映写機で映し出されると、老いた体で踊り出すクララ。疲れて横たわる彼女に、過去の悲劇的な思い出が切れ切れに襲い掛かってくる。

代2幕はクララ(ルシンダ・ダン)のバレエ人生。帝室バレエスクールで学び、バレリーナとして成功したクララは皇帝舞踏会に呼ばれるまでに。「金平糖の踊り」で大喝采を浴び踊り手として成功し、若い将校(ロバート・カラン)との恋で幸せだった日々を、ロシア革命の波が襲う。恋人は戦地で死に、心を閉ざしたクララはバレエ・リュス(パリを中心としたバレエ団)に加わり、思い出を振り切るように故郷ロシアを後にする。公演で世界中を回りオーストラリアに渡ったとき、またもや戦争が始まり異国にとどまらざるを得なくなる。

第1幕に登場するクララの友人達はお年寄りばかり。お年寄りのフリをしたダンサーではなく本当に年取ったダンサー達なのだ。これで1幕が終わるのかしら、とちょっとあれれ・・。しかしだんだんその年をとった肉体に、かつては第一線で活躍していたダンサーのオーラが見えてくる。体力が必要な技を楽しむだけではない、新しいバレエの姿を見たようでなかなか興味深かった。

第2幕での皇帝舞踏会での衣装には目を見張る。ルシンダ・ダンの素晴らしい金平糖。
そしてクララの恋人役、ロバート・カランのなんとしなやかな力強さ!高度で大変そうなリフトの連続にもかかわらず、まるで重力を感じさせない。うなった。スクリーンに映し出されたロシア革命や世界大戦とチャイコフスキーの曲が見事に重なり合い、戦争の場面にはこみ上げるもので涙目になってしまった。

皮肉な面白さを感じたのは「中国の踊り」。古典では跳躍や早いステップでアクロバティックな振り付けが楽しみな場面。しかし、ここでは薄暗い照明の中、大勢のダンサーがただゆったりと太極拳をし、曲だけが明るく忙しく動き回る。終わった後「ブ~」という声が上がったけれど、政治で抑圧された民衆の鬱屈された動きを感じ、振付家の芸術に対する心を垣間見たような気がした。

オーストラリアのバレエは初めて観たが、ダンサーは主役もコールドもヨーロッパと比べて、伸びやかで躍動感がある。振り付けは大胆なパとフォーメーションが大変美しく組み合わされ、かつクラシックバレエに忠実であり古典好きをも裏切らない。そしてロシアの歴史をひとりの踊り手を通して描いた感動的な台本。チャイコフスキーの名曲が遠いオーストラリアと出会う必然と偶然に心を動かされる。

マシュー・ボーンの「白鳥の湖」を観た時と同様、今回もチャイコフスキーという作曲家の偉大さをつくづく思い知らされた。もしチャイコフスキーがいなかったら、バレエとはどんなものになっていたのだろうと思う。

2010年10月15日金曜日

お・も・い~こんだぁら・・

トム・アンド・ジェリーかバックス・バニーでも見ているような・・。



上に引っ張られて太ももから覗く短パンの日焼けの跡がセクシーだけど、ズボンが思いっきり食い込んでるし・・・。しかしこうも頑張って、たとえば背中に乗れたとしても、いったい何をしようとしていたのかしら。
一番冷静なのがぞうさん。動かないように気を使っているけどそのあほらしさを横目で見ながら、「何だって初めからやり直さないの?」としっぽで訴えてる。
後ろで見ている仲間のぞうさんの笑い声が聞こえてきそう。

2010年10月5日火曜日

栗の渋皮煮

栗の渋皮煮は簡単だけど、時間と手間はたっぷりかかる。
美味しく煮えた甘~い栗をほおばりながら、渋皮煮ののんびり料理はまるでロシア民謡の「一週間」のようだと思った。
日曜日に市場に出かけ 
栗を一キロ買ってきた
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ
テュリャテュリャテュリャテュリャリャリャー
月曜日は何にもせずに
火曜日に水に浸す
水曜日に鬼皮を剥き
木曜日に何回も煮て
金曜日は味をしみ込ませ
土曜日は食べてばかり
恋人よこれが私の一週間の仕事です
テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャ
テュリャテュリャテュリャテュリャリャリャー

ちょっと字余りだけど。日曜日はスーパーとかじゃなくって市場にでかけた。青山国連大学前のファーマーズマーケット。いい栗だった。もう一回作ってお正月用に冷凍しようかな。

2010年10月4日月曜日

シングルマン

グッチのデザイナーとして有名なトム・フォードの初監督作品。

ジョージ(コリン・ファース)は、8ヶ月前に16年間共に暮らしたパートナーのジムを事故で失った。ジムの両親は彼の死をジョージに伝えず、いとこが独断で連絡してきてくれたものの葬儀にも参列できなかった。1962年11月30日、ジョージは自殺を決意し準備を着々と整えていく。しかし、いざ死を目の前にすると、日常のすべてが違ったものに感じられ戸惑いを覚える。メイドの心こもった家事、秘書のヘアースタイル、ウルサイだけだった近所の少女の愛らしさ、目を上げればすぐそこにいる美しい青年、暮れゆく空の色。そして準備万端いよいよという時に、教え子ケニー(ニコラス・ホルト)がジョージに不思議なアプローチを送ってくる。

ジョージが些細な美しさに目覚めるたびに、モノクロ風の抑えた色から鮮やかな色へと画面が変化する。登場人物の服装、建築や家の中の家具小道具、隅々まで神経が行き届いている。とても美しい映画なのだけど、もう少しざっくり感があった方がその美しさが際立ったのではないかと思う次第。メタファーの捉え方も小じんまりし過ぎていて、かと言ってフランス映画のようなさりげなさもない。

だったらキライかと言われたらそうでもない。登場人物が皆美しい。老若男女、美しく洋服を着こなし、化粧をし、ジュエリーを身につけ、その人々の姿からは場所をわきまえた礼節を感じる。そういう時代だったということなのだろうけれど。Desentな映像からは、角度を変えて見渡せば世界は美しいもので埋め尽くされている、ということが伝わってくる。その”美”は目に見える世界だけにとどまらず、時間の過ごし方、モノの考え方、読書と精神的なところにいたるまで満ち溢れている。

また、ジョージの友人であるチャーリー(ジュリアンナ・ムーア)を通して、老けていく人生の在り方が丁寧に描かれている。同性愛者の悲哀や愛する者を亡くした悲しみに目がいきがちだけれど、そう若くはない人へのまだまだ続く日々の生き方へのメッセージを感じた。

さて、教え子ケニー。その青い目は、ジョージの心の底を何もかも見抜いていそうだ。いや、どっこいゼンゼンわかってないかもしれない。そんな2人のダイアローグと見つめあいが興味深い。彼のイノセン トな美しさはかなり印象に残る、というよりも初めて見たような気がしない。彼がそこにいたら「どこかであったことありますか」ってナンパするみたいなことを聞いてしまいそうな、ケニー役のニコラス・ホルト。家に帰って調べてみたら、な、な、なんと、「アバウト・ア・ボーイ」のマーカス少年なのだ。さえない少年の役柄ということ もあったけれど、こういう化け方もあるのだなぁとうれしい驚きである。若き日のヒューグラントもびっくり。 

左がまだかわいい青虫だった2002年のニコラス君、右が羽化した後。

2010年9月28日火曜日

食べて、祈って、恋をして


仕事で訪れたインドネシア・バリ島で、ある老人がエリザベスに「結婚は2 度。短い結婚と長い結婚。全財産を失い、また取り戻す。いつかバリに戻ってくる」と予言。そこからストーリーは始まる。
エリザベス(ジュリア・ロバーツ)はニューヨークで作家として活躍、しかし幸せの条件である優しい夫や素敵な家は彼女の憂鬱のタネになり、やり場のない不安感に襲われる。ついに薄情にも夫に離縁を言い渡し家を出る。

あっという間に若い俳優デイビッド(素通りするにはもったいないジェームズ・フランコ:↓)と出会い、つかの間の恋に落ちる。美人はこういう離れ業ができる。しかしそれもうまくいかない、もったいない。恋愛依存が自立を阻んでいるのがイカンのではないかと、エリザベスは1人で1年間旅に出ることにする。

まずイタリアで食欲を取り戻し、イタリア語を勉強して、美味しいもので栄養を補給。インドでは瞑想と作務に没頭。そして予言通りにバリ島を再訪。そこでブラジル人実業家のフェリペ(ハビエル・バルデム)と出会う。あのハビエル様から逃げるのは難しそうだ・・・。

ゆるそ~な映画とは想像出来たけど、監督が”GLEE”のライアン・マーフィーということで、興味が出て見に行くことにした(カートのお父さん、出てた!)。想定内の展開だったけど、イタリアの食事、インドの結婚式、バリの自然などは見ているだけで幸せな気分にしてくれる。特に、リズが食べたスパゲティの美味しそうだったこと!早速夕食にトマトソースのパスタを作って食べた。

見ていて心配だったのはエリザベスの懐具合、余計なお世話だけど。 あと、ハビエルの顔は重かった・・(ぺネロぺちゃんごめんね)。

左はインドでぞうさんが1人でいるリズにあいさつしに来たところ。ジュリア・ロバーツの笑顔、ステキ。

2010年9月21日火曜日

終着駅 トルストイ最後の旅

トルストイ(クリストファー・プラマー)はヤースナヤ・ポリャーニャという場所でトルストイ主義者たちとコミュニティを作り暮らしていた。トルストイ主義者とはキリスト教的な人間愛や道徳観で -肉欲やら殺生を極端に否定するわけだけど- トルストイを信望している人たちのこと。トルストイの高弟チェルトコフ(ポール・ジアマッティ)は、政府に軟禁されていてトルストイと会えない。そこでトルストイに心酔している若者、ワレンチン(ジェームズ・マカヴォイ)をトルストイの個人秘書として派遣し、彼にトルストイの身の回りの出来事一切を書きとめるように言い渡す。

チェルトコフたちはトルストイの妻ソフィア(ヘレン・ミレン)が自分たちの思想の実現を阻んでいると考えているのだ。チェルトコフたちはトルストイ主義に基づいて、トルストイの持つ著作権や遺産をロシア国民に委譲させようとしているのである。それに妻は猛反対。帝政ロシア時代の伯爵夫人という裕福な環境にあって、トルストイの著作権による収入は家族のもの!と主張する彼女は悪妻と思われている。妻とのいさかいで堪忍袋の緒が切れたトルストイは82才にして家出、鉄道で旅をするうちに衰弱し、文字通り「終着駅」に辿りつく。

トルストイにはイコンとしてのトルストイと生身のトルストイが混在しているのだけれど、残念ながら体はひとつ。私にはチェルトコフとソフィーが、嫉妬丸出しで単に1人の男を取り合っているだけのように見えた。トルストイ自身は煩悩を持つ自分がだんだん神格化されていくのを、煩わしく滑稽に思いながらも、崇高でありたいと思う。このあたりの行ったり来たりを体現する、クリストファー・プラマーのうまいこと!

ソフィー以外にもう一人興味深い女性が登場する。ワレンチンの恋人マーシャ。彼女はコミュニティで生活を始めるが、自分の中での矛盾を見抜き、すっぱりと生身の自由な人間として生きようとする。その昔ワレンチンとマーシャのようなトルストイとソフィーがあったはずなのだ。ソフィー(もしかしたらヘレン・ミレン演ずるところの)に心から同情する私には、ワレンチンの心の逡巡がせめてもの救いになった。

それにしても妻から逃げるのにあんなに遠くまで行く必要があるのか?大思想家の心を読むのはむずかしい・・・。

2010年9月16日木曜日

太った猫の挑戦

この猫ちゃん、ウケを狙っているのか?
あんなに笑われて(結構シンラツ)、しかも失敗。それにもめげず二度目の挑戦はあっぱれ!

一度目の挑戦

あ、あ、おしりの肉が・・・!



二度目の挑戦

ダイエットしたし~!
「犬(猫)神家の一族」 ・・・。

2010年9月13日月曜日

中学生の書き間違い

これはワカ様の名誉のために彼の作品ではないことを初めに断っておく。

北条政子のことを「将軍」と書いた同級生がいた。

高校球児・原辰徳のファンだった友人が、「東海大相模」を「東海大相撲」と書いた。

両方とも限りなく妄想が広がるマチガイでしょ?

2010年9月10日金曜日

歩きたくない犬

 引きずられまくり、でもなんだか嬉しそう。
もしかしたら地面で背中をカキカキしてるのかなぁ。
手足が緊張しているところにこのワンちゃんの”引きずられテクニック”をみた。

撮影者の笑いが止まらず画面がグラグラ。わかるなぁ。

ではみなさん、 良い週末を。

2010年9月9日木曜日

イリュージョン

今日のワカ様の一言。

ワカ 「今日理科の宿題がある。」
私 「どんな?」
ワカ 「光のサッカクを描く。」
私 「(錯覚?)カゲロウとか?」
ワカ 「・・・(ちょっと間があく)。あ、光のクッセツ(屈折)だ!」
そしてワカの独り言 「光の錯覚なんて、描くことないもんね。」

確かに。自分で気が付いて訂正できただけ進歩だ。ほめてつかわす。

2010年9月8日水曜日

子どもの言い間違い

ワカ様4歳くらいの時。

「明日、オイホモリにいくの。」   ⇒ おいも掘り

「ボンドロリで氷食べる。」   ⇒ 盆踊り

 全部メモしておいたらとってもかわいい「子ども言い間違い辞典」ができたのだけど、日々の生活に追われほとんどが忘却の彼方。今度保育園の連絡帳を読み直してみよう。
ま、何に笑ったのか覚えてないけど、いっぱい笑った思い出があるからいいかな?

2010年9月6日月曜日

三人で一人前

ワカ様、床屋さんで短く刈り込んだ後頭部の毛を、手で勢いよくシャカシャカと撫ぜながら、

ワカ 「なんだかこの音、マラスカみたい。」
私  「アハハ、マスカラでしょ、・・あれ?」
オット「みんな、ちが~う!マ・ラ・カ・ス

一家の大黒柱がしっかりしていて良かった。

2010年8月23日月曜日

カッコイイ人たち

2日ほど夏バテで家にこもっていたおかげで、「地下室のメロディー」と「シシリアン」をウン十年ぶりに見ることができた。2作品とも監督:アンリ・ベルヌイユ、ジャン・ギャバン、アラン・ドロン。

大まかな話の骨組みは2作品とも似ていて、ジャン・ギャバンが大物老ギャング、アラン・ドロンが血の気の多い駆け出しギャングという設定。1人では大仕事ができなくなってしまった老ギャングが、あまり信用できない若ギャングの手を借りて仕事をするのだが、小さなミスが足を引っ張りやがて・・・、というお話。

40年ほど前のこの時代は、今であれば”まさか”と思うようなアナログ強奪が成功してしまう。経験がものを言う職人(?)の世界が存在しているのだ。難しいIT技術や新兵器を使いこなす現代の犯罪劇と比べると、ジャン・ギャバンの威厳に満ちた老人がチェスのコマのように若者を操る姿が新鮮に目に映る。コンピューターを駆使しなくても、新型兵器を持たずとも大仕事ができるのだ。酸いも甘いも噛み分けたミニマムな顔の表情と低い声が何とも渋い、かっこいい。

一方、ハンサムで軽薄なほとんどチンピラの若者を、美しいアラン・ドロンがニヒルに演じている。いまさらながらに気が付いたのだけど、彼は大変運動神経がいい。ハンサムなだけでなくかなり鍛えられている。パリがまだ日本人の遠い憧れの街であった頃の、日本人女性の王子様だった。

この2人以外もカッコイイ人がいっぱい、「地下室・・」ではジャン・ギャバンが出所してきて、妻(ヴィヴィアンヌ・ロマンス)と久々に再会したときの淡々とした会話が実にいい。じっくりと熟成されたワインのよう、あんな女性にあこがれる。・・・来世で目指そう。
「シシリアン」にはもうひとり忘れてはならない俳優、刑事役のリノ・ヴァンチェラ。考えてみるとリノ・ヴァンチェラなんて、既に名前からしてかっこいい。タバコは嫌いだけれど、もし彼のように吸ってくれたら許す、どころかもう一本!って頼んでしまうだろう。

ミシェル・マーニュ作曲の「地下室のメロディー」は粋な男達を盛り上げ、エンリオ・モリコーネ作曲の「シシリアン」のテーマ曲は胸に沁みる。

2010年8月19日木曜日

ゾンビランド

監督、ルーベン・フライシャー

感染した者が”人食いゾンビ”と化す謎の新型ウィルスが全世界に蔓延。アメリカはまさに「ゾンビランド」となってい た。主人公は胃腸が弱いオタクで引きこもり気味の青年(ジェシー・アイゼンバーグ)。それでも32のMYルールを厳守することにより、ゾンビの世界で生き残ってきた。ゾンビ退治に血眼になるタラハシー(ウディ・ハレルソン)、 ウィチタ(エマ・ストーン)とリトルロック(アビゲイル・ブレスリン)という美人詐欺(鷺じゃない)姉妹と出会い、一緒に旅をすることになる。

コメディーと分かっていても、のっけからゾンビが人間をガブ~っとするシーンはキモチワルく、ちょっと失敗したかなと思った。しかし、その内臓ドバ~ッにも、あっという間に慣れる。その誇張されたゾンビの”食事風景”がサム・ペキンパーばりのスローモーションで映されるのが、おおげさでわざとらしくほどなく笑いのツボに。私でこうだから大抵の人は大丈夫と思う。

さて、主人公が厳守している32のルールには、
  • Cardio  有酸素運動(ゾンビが疲れるまで走って逃げる)
  • Beware of Bathrooms  トイレの中は気をつける(リラックスできるところで気を抜かない)
  • Seatbelts シートベルトをする
  • Don't/Do Be A Hero  ヒーローになるな(いいかっこしてゾンビに立ち向かうな)
  • When in Doubt, Know Your Way Out  不審と思ったら出口を確保
  • Check the Backseats  バックシートを点検
  • Enjoy the Little Things  ちいさなことを楽しもう
などなど、フツーの人生でも役に立ちそうなことばかり。このルールがエピソードごとに小気味よく映画にリズムを作ってくれる。

手足が飛び散り頭もつぶれゾンビが撃たれまくりのおどろおどろしい世界なのに、見終わった感想は「家族の愛情と友情いっぱいの青春映画」。あの悪趣味とさわやかさが「絶叫計画」(あれはあれで笑えるけど)のように落ちまくらない、映画好きギャクでたくさん笑わせてくれる。

そして、シツコイのに大笑いできるビル・マーレイ。さすが。

2010年8月10日火曜日

ソルト

監督、フィリップ・ノイス。

スパイとしての英才教育を受けた子どもたちは幼少のころからズ~っとアメリカに潜伏して、教育を受け、真の姿を隠しアメリカ社会にすっかり紛れ込み、ただひたすら真の上司からの指示を待つ。誰が味方か敵かわからない中で始まる、頭脳と肉体を駆使したスパイ合戦。当初『エドウィンA.ソルト』(原題)の主演候補としてクルーズが上がっていたけれど、トムさんが降板してアンジーが主役に。なある、主人公が女性に変わったけれど、激しいアクションは当初の設定のままなのかな。



















ついこの前FBIに逮捕されたロシア人スパイのアンナ・チャップマン容疑者が美人過ぎるスパイと噂になっていたけれど、アンジーにはどう逆立ちしても勝てまい。ソルトは逃げる途中いろいろと変装を試みるけれど、足を短くするわけにも、鼻を削るわけにも、目を小さくするわけにもいかず、美人過ぎることにはゼンゼン変わらない。ガンガン殴られても車から振り落とされそうになっても美しすぎるし、オーラ出しまくりで人ごみに隠れるのが難しそうだ。

しかし、アンジーの国を超えて正義のためにイタイ思いをする美しすぎるスパイにため息が・・・。べたな言い方だけれど、「輝いている女優」とはこういう人のことを言うのだろう。

2010年8月9日月曜日

次のハードル

ワカ様、わたしたちがワインを飲んでいると、うらやましそ~に見ている。そして匂いを嗅がせてと寄ってくる。何歳から飲んでいいのかと何回も聞かれた。そうしょっちゅう法律は変わらないのだよ。そういえば彼の大きなハードルの一つに身長130cm制限のジェットコースターがあった。あのときも110cmくらいのころから、何度もシツコク身長を測ってといわれた。

そんなある日の夕食で、ワインを横目で見るワカ様と。
私 「今度の君のハードルはハタチかな?お酒がのめるよ~!」
ワカ 「違うでしょ、まず高校入試でしょ?」

自分で言った言葉がなんだか酔っ払いのオヤジの発言のように聞こえてしまった夜だった。

2010年8月6日金曜日

ねじれ餅

新作の「ねじれ餅」を頂いた。晋ちゃんのねじれ餅、やっくんのねじれ餅、太郎ちゃんのねじれ餅のねじられ側から、「再びねじれ餅」で ねじり側に。

左上の消印は先の参議院選の投票日の7月11日。

右上の「みんなでねじれ! これからもっと!」というフレーズはどうだろう?ねじるのはいいけれど、ねじられる側に戻ることはもう諦めたように聞えるけど。

「目指せ一番」、鉢巻してるし、大学入試のようだ。”小・小泉君”が谷垣さんの次に大きくいい場所に立っているところに、不思議な党内バランスを感じる。右横のガンダムは、い・し・ばさん・・・。



肝心のお餅は写真でははっきり見えないけれど、八の字にちゃんとねじれている。ごま風味のぎゅうひで中はこしあん。それなりのお味。

議員会館で販売中だそう。

2010年8月2日月曜日

足の爪

ワカ様、運動部の合宿から戻ってきた。 その夜ふと足元を見ると足のツメが伸びきっている。

私 「危ないから足のツメ、切った方がいいよ。」
ワカ 「ああ、ホントだ。なんだかツメが痛いと思ったよ。そういえばXX君、足の小指の爪でフウセンを割って見せてくれたんだよ。シャッキ~ン!すごいよねぇ。」

足の先まで鋭いって?なんでも尊敬(?)のタネになるのだなぁ、中学生の男子は。

2010年7月30日金曜日

下村脩博士

7月の「私の履歴書」はノーベル化学賞を受賞された下村脩博士。戦争でほとんど勉強できなかった中学生時代を過ごし、何もかもなくなった長崎の原爆跡で研究を始められた。環境が悪かったから何もできなかった、という言い訳はこの方の前では通用しない。与えられたものを真摯にこなし、あきらめない姿に毎日感服しながら読んでいる。

7月28日はノーベル賞受賞について書かれていた。
「嬉しかったことは、息子の努から電子メールで「おめでとう」というメッセージが入っていたことである。息子は独り立ちして久しいが、そのころは長く消息を聞かず、どこに住んでいるかも知らなかった。」

・・・そんなこともあるのかぁ、なんだか時代劇に出てきそうな親子だ。実はこの息子さんは私が知らないだけで、アメリカ史上最悪のハッカー、ケビン・ミトニックを逮捕に追いつめ、のちに映画「ザ・ハッカー」(見てないけど)のモデルになった有名な方だった。下村家は一家総出で朝6時からクラゲ取り、そのあとはクラゲの発光部分を採取、午後はそこからイクリオンというものを抽出し、夜は夜でまたクラゲ取りという一日15時間労働の生活をしていたそうだ。博士のお子さんたちは3,4歳くらいからクラゲ取りをしていたというから、小さな努少年も網を片手に頑張っていたにちがいない。

おそらく父親の研究中心で全てが回っていたのだろう。平凡な我が家からでは想像ができない”特殊”な 環境で育ったということは想像に難くない。しかし努さんの活躍を見れば、子どもは親の背中を見て育つ、それに蛙の子は蛙。何よりも博士が息子を誇りに思っている気持が文章から垣間見えるのがほほえましい。
2人も天才を世に送り出した下村夫人とはどんな方なのだろう。

2010年7月27日火曜日

ミヒャエル・ゾーヴァ

絵本の世界に出てきそうなエリリンさんの写真を見てふと思い出したのが右のミヒャエル・ゾーヴァ氏の絵。

1945年ベルリン生まれ、在住の画家・イラストレーターで、1993年『ちいさなちいさな王様』の挿絵が注目を浴びる。最近は絵にとどまらず、オペラ「魔笛」(1998年)の舞台 美術・衣裳、映画「アメリ」(2001年)では絵と小道具を制作、さらに映画「ウォレスとグルミット 野菜畑で大ピンチ!」(2005年)で は背景のイメージを提供。

で、興味深いのは「緑の党」の初期選挙ポスター(80年代)を描いていたこと。「緑の党」は学生運動の流れを組む新左翼色の濃いエコロジー政党、90年代には「ドイツ社会民主党」と連立を組み与党となった。昨年、銀座松屋で展示されたものを見たけれど、韻を踏んだキャッチコピーといい、風刺のきいた上質なイラストといい、見たものの心わしづかみ。もし私がドイツ人だったら、ポスターを見ただけで思わず票を入れてしまったかもしれない。というよりも選挙ポスターだって気が付かなかったかも。当時、緑の党はまだ学生運動に毛が生えた程度のグループで、その友人のために一肌脱いだのであるが、今は党とは距離を置いているそうである。

私はゾーヴァ氏の絵を見ると、子どものころ読んだグリム童話が頭に浮かぶ。深い緑や青やグレーが私の心の中のドイツの森そのものだからかもしれない。

2010年7月26日月曜日

インセプション

クリストファー・ノーラン監督・脚本。

夢が題材なだけに荒唐無稽。見終わっての感想は、いいのか悪いのか好きなのか嫌いなのかはっきりしない。目新しいシーンもあったけれど、どの場面もどこかで見たようなアクションやら崩壊シーンで既視感はぬぐえない。が、この既視感とはまさに以前どこかでもしくは夢で見た、と感じること。ココまでどこかで見た映像のオンパレードが続くと、観客にわざと既視感(夢)を”実感”させる狙いがあったりして、と考える。

主人公のドム・コブはレオナルド・デ・カプリオ。彼の顔の演技があまり好きでなく、今回も眉間に皺が寄ったらどうしようかと思っていたら、やっぱり皺は寄ったけどなんとなんと、落ち着きのあるいい男っぷりだった。彼の妻役マリオン・コティヤールは大変美しくしかもコワイ。見るまではこの2人が夫婦役なのがピンと来なかったけれどかなりしっくり、またコブがいつまでも妻に執着する気持ちも痛いほど伝わってきた。劇中、エディット・ピアフの「水に流して」が不協和音のように大変美しく使われている。コティヤールの夢にうなされたのはコブでなくて、「エディット・ピアフ」でコティーヤールに一目ぼれした監督だったりして。

ケン・ワタナは結構出ずっぱり。トム・べレンジャー様はミッキー・ロークほどではないけれど、不気味さを増して登場していたので、ケン・ワタナもさらに見た目を重くしたら良かったかも。しかしトム・べレンジャー様、あの姿が役作りであってくれていたら嬉しいのだけれど・・・。

500日のサマー」のジョセフ・ゴードン・レヴィットがキアヌ・リーブスタイプの細い骨太を演じていてかっこいい。地味ながら目を引いたのがイームス役のトム・ハーディ。調べてみたらイギリスの舞台俳優らしい。なるほど。アドリアネ役エレン・ペイジは主人公コブの夢の核を見届ける重要な役どころ。見た目はJUNOと基本的に変わらないけれど、大きな商業映画でしかもレオナルド・デ・カプリオ相手に堂々と会話の歯車をかみ合わせて立派。

上映時間が長いので、居眠りをして夢でも見たらもっと臨場感あふれる映画になったかな。・・・そんなこともなく148分しっかり目を開けて夢を見た。思わせぶりなエンディングは想定内で今一つ。

2010年7月20日火曜日

ウィーンの森の・・・

ワカ様、ピアノの発表会が無事終了。
さて、上級生の上手な演奏を聴いて一言、
「ウィーンの肉祭(”やきにくまつり”と発音)の曲がよかったねぇ・・・」
シューマン作曲「ウィーンの肉祭の道化芝居」のことだろう、と思う。

そう言われてみたら、昔、百科事典を見ていたらシューマンとシューマイが隣り合わせになっており、図書館で大笑いしそうになったことがあった。

2010年7月15日木曜日

涙をこえて

ワカの学校での合唱音楽会の課題曲が「涙をこえて」と聞いたとき、また新しい歌なのかな?と思っていた。YOUTUBEで聞いてみたいというのでクリックしてみたら・・・、し、知ってる、それに全部ソラで歌える。懐かしい友人に出会ったような嬉しさ。
 
ワカはといいますと、この歌詞を聞いて一言、「僕の中間テストの歌だね」。
涙をこえて、期末がんばるって?

さて、この作詞は「かぜ耕士」さん。あの頃毎晩、ニッポン放送で「あおいくんと佐藤くん」→かぜ耕士さんの「たむたむたいむ」→(元気があったら)「コッキーポップ」を聞いていた。今に比べるとずいぶんと夜更かしをしていたようだ。たむたむたいむでは「茶色の少年」がいまだに記憶に残っている。後で「各駅停車の青春に」を買って何度もけらけら笑った。

たむたむタイムでのCMかどうかあまり記憶が定かではないのだけれど、所ジョージがこれまた面白い曲を歌っていた。
♪足を冷やせば寒さが増すよ、寒さが増せば寝るしかない、寝てはいられぬ受験生、となりで起きてる下宿のおばさん、 (記憶欠落) むーあなぱるのなしょなるのぱなーむ~♪と最後はどうしようもない回文で終わっていたような…。

TV見ている時間がもったいないって子どもには言っておきながら、かなり長い時間ラジオを聞いていた私の中学高校時代。おそらく今若い人の間ではラジオがネットにとって代わられている。パーソナリティーがどんどん新しい文化を発信しながらも、節度をもった交通整理をしてくれていたあのラジオという形態が、なんでもありのネットの世界にはないのが残念だ。

2010年7月12日月曜日

トイ・ストーリー3

 いつの間にか時は過ぎアンディは17歳、捨てるに捨てられない大事なおもちゃは箱に入れられて置きっぱなしになっている。大学に進学するため部屋のかたずけ&おもちゃの選別をするアンディ。ウディだけ一緒に大学へ、バズをはじめとした他のおもちゃは屋根裏へ。・・・であったはずが、ちょっとした手違いとおもちゃの自らの意思で全員”サニーサイド”と呼ばれる保育園行きに。ウディは1人アンディのもとに帰ろうと保育園から脱出を試み、ボーニーという女の子に拾われる。バズをはじめとした仲間は期待に胸を膨らませ保育園に残ったものの、まだおもちゃを丁寧に扱えない低年齢児ルームに隔離されてしまう。そして、トイ・ストーリー1、2に続き3度目のおもちゃたちの脱出劇が始まる。

1995年の第一作から15年。「ああ、これでホントに最後の最後、完結しちゃったんだ」と涙したファン(Wally Bオーナー)もいれば、私なんぞはワカとアンディの成長を重ね合わせて思いっきりたそがれた。子どもが見てももちろん楽しい映画だけれども、ストーリー、脚本、グラフィック、音楽、どれをとっても大変完成度が高く、大人がみたら何十倍も楽しめる。これはピクサー全作品にに共通するのだけれど、実にカシコイ映画であるのにもったいぶっていないところが大好きだ。

今回もファンの心をくすぐる小さな演出がイッパイ。初見で見つけただけでもカーズの登場車、ピザプラネットのデリバリー車、大きくなったシド等。話題の友情出演トトロは、控えめに、でも結構しっかり登場。私は見つけられなかったけどモンスターズインクのボーやニモもいたとか。一度見ただけではあれこれ発見するのはムリなので、DVDが出たらコマ送りで探さなくっちゃ。

ミセスポテドヘッドの片目のストーリーにはう~んとうならされたし、バズのスペイン語、ミスターポテトヘッドのトルティーヤには大笑い。字幕の”かりんとう”の訳はベーリーナイスだった。最後にランディ・ニューマンの曲をジプシーキングスがカバー、これも新鮮でよかった。DVDがたのしみ。

2010年7月6日火曜日

選挙 びっくり・・・

駅前にドクター中松の選挙カーが止まっていた。大音量で歌が流れている。

「ド」は努力のド~
「ク」は工夫のク~
「ター」は楽しく~
「な」は何でも
「か」は考える~
「ま」は魔法のように
「つ」はつくります~
ドクター中松~♪

これを「ドレミの歌」のメロディーで歌うので、歌詞が曲にちゃんと収まらず字あまりになる(特に「な」と「ま」)。ドレミの歌が終わったら、今度は突然ラップ調で「ドクター!ドクター!ドクター!中松♪」

なんだかびっくりしたなぁ・・・・。

2010年7月5日月曜日

甘いもの

甘いものが大好きなオット、最近いろいろ作ってくれる。私は甘いものはあれば食べるけどわざわざ買いに行かないし、ましてや作るなんてことは全然しないので、オットの作品を見るたびに「すご~い」を連発し呆れられている。

右のはチョコレート&ドライフルーツ。チョコレートにミルクだかクリームだかバターだか砂糖だか(よくわからない)をとかして、お好みの味にしてピザ生地のように円く平たく成形(どうやったか知らない)。その上にピスタチオ、アプリコット、ベリー類、干しブドウなどを細かく刻んでお好み焼きのように振りかける。最後はホワイトチョコとダークチョコをこれまたお好み焼きにソースをかけるように散らす、らしい。

家族だけで全部食べるとカカオとナッツで鼻血が出そうだけど、お客さんが来てくれたので、皆でパリパリわりながら食べた。ちょっと濃い目のコーヒー、大人はブランデーも一緒に。とってもおいしかった、ごちそうさま。

2010年6月30日水曜日

杉X太X

「ゲゲゲの女房」を毎日楽しみに見ている母との会話。

私 「日曜日に渋谷駅前で杉村太蔵くんがいたのよ。」
母 「ええっ? NHKの仕事かしら」
私 「いや~、そんな風には見えなかった。たった一人でさみしそうな感じだったし。」
母 「ま、普段はそうなのかもね。」
私 「彼がグググっと平均年齢下げているよねぇ。」
母 「そうなのよまだ20代なのよ、彼。」
私 「もう30越えたと思うよ。」
母 「この前29って言ってたわよ。」
私 「(いやに詳しいと思いつつ)政治家続けるのねぇ。」
母 「???」

私が杉村太蔵と言った瞬間に、母の頭には杉浦太陽くんがにこっと立っていたようだ。

2010年6月29日火曜日

イエローハンカチーフ

監督:ウダヤン・プラサッド。2008年のサンダンスで上映されてからやっとこさ日本でも公開。

東京では銀座の東劇だけ。よく覚えていないけれど15年以上前、「東京物語」の英語字幕版をオットと見て以来だ。その間にすっかりシネコンが浸透してしまったが、東劇は時が止まったよう。切符売り場のお姉さんはとっても丁寧だし、コンセッションの従業員もきちっとしている。さすが松竹さんだ。何よりもその内装、ロビーは床から壁まで懐かしいにおいがいっぱい。なんとなくうら悲しい黄色いハンカチのディスプレイとロビーの一角を占拠しているマッサージチェアー(写真左奥)が何やら不思議な雰囲気を盛りあげる。観客の平均年齢も高そうだ。おそらく65、いや70歳は超えている、おおげさじゃなく。(ワカを除き)もしかしたら私たちでさえ一番若いかも・・・。

さて映画はすでによく知られた内容なのであらすじには触れないけれども、 一言で言って期待以上だった。まず特筆すべきはカメラ、映像が美しい。「キリングフィールド」と「ミッション」でアカデミー賞を受賞したクリス・メンゲスが撮影。うらぶれて、殺風景で、でもどこかやさしいアメリカ南部の風景は、登場人物の心情が投影されたように見える。貧しくて古いものが愛情深くうつされ、そこに愛すべきふつうの人間が一生懸命立っている。次々に映し出される美しい映像にため息。

花まるはゴーディ役のエディ・レッドメイン。またまたすごい英国人俳優登場。今年舞台では「Red」でローレンス・オリヴィエ賞とトニー賞を英米で受賞。名門イートン校でウィリアム王子と同級生、ケンブリッジを卒業というおぼっちゃまにはとても見えない。一つ間違えればタダのうっとうしい若者で終わりそうなところを、その人となりをまるまる理解させるだけの説得力を持った演技。オリジナルバージョンを見たときは、この青年役はうっとうしいままだった・・。ごめんなさい!オリジナルと言えば忘れてはいけない人、桃井かおりがモーテルの店番の役で登場。堂々としてる。 リメイク版での娘役マーティーンのクリスティン・スチュワートはちょっとすねた女の子を好演している。「トワイライト」のベラとあんまり変わらないけど。

主演のウィリアム・ハートには難しくない役柄だったであろうが、さすがと息をのんだのは、黄色いハンカチを見たときの表情。沈黙でセリフを語る、円熟の極みであった。

レトロな東劇で静かな物語。お勧め。

2010年6月25日金曜日

絵本かディズニーの世界のような・・・

Pit Bull Sharky with Chicks and Cat
まずは↑をクリック。いや~、こんな夢のような世界があるんだなぁ~。
そして一年後は・・・。
このシリーズたくさんあるので、ゆっくり他のも見てね。

よい週末を。

2010年6月24日木曜日

中間テスト

ワカ、いよいよ初めての中間テスト。振替休日でテスト前日はお休み。
「振替休日、何しようかな~って言ったら、友達に勉強しないの?って言われたんだよ。」
私もそう思う。

で、何したかっていうと、皇居⇒東京タワー⇒六本木⇒渋谷ルートをこの蒸し暑い中、散歩したって言うのだから恐れ入る。そして嬉しそうな顔をして、「テスト中は毎日3時間授業なんだって。どこまで歩けるかなぁ♪」

クラクラ・・(暑さじゃないくて)。出港せずに撃沈しそうな予感。

2010年6月23日水曜日

ドリームガールズ

2006年、監督ビル・コンドン。”コーラスライン”のマイケル・ベネット演出振り付け、1981年初演のブロードウェイミュージカルを映画化。

あらすじ
エフィー(ジェニファー・ハドソン)、ディーナ(ビヨンセ、ダイアナ・ロスがモデル)、ローレル(アニカ・ノニ・ローズ)の3人組は、コーラスグループ“ドリーメッツ”(シュープリームスがモデル)結成しオーディションに参加。そこで昼は中古車ディーラーを生業にし夜は(趣味で?)音楽マネージャーのカーティス(ジェイミー・フォックス)に見出される。スターだけれど女癖の悪いジェームズ・“サンダー”・アー リー(エディ・マーフィ)のバックコーラスとしてデビュー。

エフィの兄CC(キース・ロビンソン:ハンサムです)の作曲した"Cadillac Car"を”カーティスの創設したレーベル”レインボー・レコード”(モータウンがモデル)から売り出す。しかし黒人局ではヒットするもまだ差別が色濃く残る時代、白人が別バージョンにして曲を奪ってしまう。R&Bは白人局では流さないので、曲をパクッっても白人の視聴者にはわからないのだ。そこでおしりに火のついたカーティスは、音楽プロデューサーに本腰を入れる決心をする。中古車を全部売り払いさらにそのお金をギャンブルで増やし、白人のDJにワイロを渡して自分たちのプロデュースした曲を白人局から流すことに成功する。

この戦略は功を奏して彼らの曲は大当たり。さらなる白人社会への売り込みを考えるカーティスは、”ドリーメッツ”が白人受けする作戦に。声が軽くルックス抜群のディーナをリードに据え、 声&ボディともド迫力のエフィをコーラスにしたあたりからグループ内に亀裂が入り始める。スターだったジェームスもカーティスのもとでは本来好きだった歌が歌わせてもらえず、ストレスから麻薬に手を出してしまう・・・。

エフィを演じたジェニファー・ハドソンは圧巻。エフィが並外れた歌唱力であることが大事。なぜ彼女がリードボーカルを外されて腐ってしまったのか、どうして誰もが彼女にもう一度歌を歌わせたがったのか。歌がうまくなくっちゃ、すねた女の子の人情物語になってしまう。”Love You I Do” を聞いたときは涙が出てしまった。演技もよくって、素直になれないけど歌が大好きで何かを追い求める姿がタイトルに重なる。

ディーナが人気者にのし上がった理由も、あの超キュートなビヨンセを見れば十分に納得。ジェニファー・ハドソンがビヨンセをくってしまったようなことを言う批評があるけれど、私はそうは思わない。子どもと動物にはかなわないというけれど、新人相手にも時にはそうなる。出演者全員がそれぞれの持ち歌を忠実に解釈し、それぞれの卓越した表現力で歌うことにより、エフィとディーナがそのキャラクターにしっかり納まったのだ。

もちろん男性陣も分厚い演技力。ジェイミー・フォックスはもちろんのこと、エディ・マーフィは持ち味全開。ダニー・グローヴァー(プレイス・イン・ザ・ハート)もいい味出している。ジョン・リスゴーが怪しげな映画監督役でちらり。

抑圧された黒人社会の中でこそ生まれた”レインボー・レコード”であったかもしれないけれど、音楽と商売の間に横たわる本質的な問題は今も昔も変わらない。ショービジネスは過酷、数々の名曲がそんなテーマを彩る。半端でない強さに満ちた70年代のソウルがよみがえる。ジャクソン・ファイブらしきグループも登場、モータウン好きにはたまらない。亡きマイケル・ベネットにささげられたこの映画、劇中”コーラスライン”に出てくる鏡の舞台装置が登場、しびれた。

2010年6月16日水曜日

はやぶさ

「はやぶさ」の7年間の旅がおわった。研究者の方々にとっては、ただの飛行物体ではなくまるで生き物のよう。話を聞くうちに、「はやぶさ」は1人で旅するうちにもしかしたら人口知能を備えつけてしまったのじゃないかしら、と思ってしまう。

左は「はやぶさが」大気圏突入の直前に撮影した太陽に照らされて輝く地球の写真。撮影を担当した宇宙機構の橋本樹明教授によると、2時間ほどかけて「はやぶさ」の姿勢を整えて5、6枚を撮影。ほとんどが真っ黒な画面だったが、時間 ぎりぎりの最後の1枚に地球の姿が残っていた。途中で交信が途絶えたため下半分は映っていない。この後大気圏に突入して本体は燃え尽きた。

この写真を見たとき、なんだか悲しくなってしまったのは私だけではないらしい。突入の時の流れ星のように輝く「はやぶさ」の動画を探していて、「はやぶさおかえりなさい」(タイトルをクリック)を見つける。ウルウル・・・。「はやぶさ」は初めてのお使いを頼まれた小さな女の子。「はやぶさ」は最先端の技術であるとともに、現代の童話であると、思う。

2010年6月15日火曜日

Glee 番外

6月13日、トニー賞授賞式で"Glee"のシュースター先生ことマシュー・モリソンとレイチェルことリア・ミッシェルが登場(タイトルをクリック)。リアは"Don't Rain On My Parade"を熱唱。ちょっと張り切りすぎちゃったかな?

9歳の時から"レ・ミゼラブル"でブロードウェイの舞台立ち、「春のめざめ」では大好評を博す(2007年のトニー賞授賞式でも歌ってる)。"Glee"では、自己中心的でCoolでなく、かと言ってぜんぜんHotでもない負け犬代表。オーバーアクティングな歌はTVで見るとお腹一杯になる時があるけど、舞台でのミュージカルにはあのくらいでなくちゃいけない。アイルランド、イタリア、ユダヤの血を引く彼女、もしかしたらバーブラ・ストライザンドみたいになるかも。

2010年6月14日月曜日

アイアンマン2

キャスティングの段階で老け過ぎていると却下され、根性でトニー・スターク役を勝ち取ったロバート・ダウニー・Jr.。撮影が終わっても制作者の不安材料だった老けたトニース・タークのアイアンマン第1作は蓋を開けてみれば大ヒット。おそらく成功したのは主人公が”老けていた”からだったと思う。スルメのように噛めば噛むほど味のある主人公に仕上げたロバート・ダウニー・Jr. はかっこいい。左は夕日(朝日だったけか?)を背にうけてドーナッツ店の屋根の上でドーナッツを食べるアイアンマンの雄姿だけど、自他ともに認める”ナルちゃん”である。相変わらず心臓に埋め込んだペースメーカーがイタソウ・・・。

今回はスカーレット・ヨハンソンが花、それも大きな花輪を添えている。クールなお顔とキュッとしまったウエストに少々大きめのヒップがコミックから抜け出てきたよう。相手はたった一人のこむすめ、束になってくればいいものを、なぜか1人づつ(たまに2人づつ)出てくる敵。飛び道具も使わず、必要以上に技を駆使してバッタバッタとなぎ倒す。かっこいい。技の最中はどこからどこまでが本人なのかよくわからないけれど、とにかく最後のポーズばっちり。

ちょっと間抜けな軽めの悪役、ジャスティン・ハマーは注目の(私が、勝手にだけど)サム・ロックウェル。彼もいいなぁ、あそこまで上手にイヤミだと(シェ~!)キライになれない。どことなくゲイリー・オールドマンにアイロンかけたような・・・(オールドマンさんスミマセン)。

で、アイロンかけても元には戻らなそうなミッキー・ローク。以前からたまに見かけるお姿に「あらら」と思っていたけれど、昨年一線に復帰してからもただただ、どうしたらこんなになっちゃうのだろうと写真を見るたびにため息が。今更心配してもしょうがないけど。もしかしたらスターウォーズなみに特殊メイクしているんじゃないかと思ってみたり。今回も地で十分行けそうなのに銀歯をかぶせ、英語まで意味不明にし、脂っぽく、その上に薄汚れて登場。それにしてもすごい迫力だ。今だったら国技館でボクシングやっても、黄色い歓声やヒョウ柄のボクサーパンツにヤキモチ焼く輩もおらず、誰にも”猫パンチ”などと言わせないだろう。たまに見せる目の表情に、昔の色っぽさがかすかに読み取れる。

映画館にはアメリカ人が多かった。登場人物の何気ないセリフにいちいち大ウケし、映画が終わった後もずーっと熱いコメント(評論に近い)が続いている。オット曰く、コミック版のオタクだそうだ。なるほど。セリフのひとつひとつ、衣装や小道具にまでフカ~クのめりこんでいるようだ。大人、それもアラフィフが楽しめる映画。現在ロバート・ダウニーJr.に外れなし。

2010年6月9日水曜日

MIKA

ワカ様、念願のMIKAのライブ@Zepp東京に行って来た。
開演前、Zepp会場前のせま~い”盆地”に続々人が集まってくる。チケットに印刷された整理番号のアルファベットA~C順に入場するのだけれど、それぞれのアルファベットに1000番ぐらいまであることが分かった。1階立見席に2500人くらい入る計算になる。結構デカイ。かかりの人がのんびり誘導するので、開演時間に間に合うのかと心配になる。

売り出し当日に買ったにもかかわらず、すでにBだった私たち。それでも前よりのほぼ中央に陣取ることができてまずまず。案の定7時に開演するはずもなく、10分が過ぎ、15分が過ぎ、30分過ぎたころには気分が下向きに。”プリンス”のコンサートを思い出す。周りの若者はそんなの誤差の内と思っている様子。35分過ぎ、ついにMIKAが登場。「わ"~」っていう 歓声で、持っていたドリンクのプラスチックコップがビ~ンと振動したのにはたまげた。

1曲目からみなさん総立ち、っていうか立見席だからもともと総立ちなんだけど、総跳びとでもいいましょうか曲に合わせてジャンプ。モグラたたきだったらたたき放題状態。30分以上待たされたオバサンはすんなり気持ちの切り替えがきかない。それよりもずっと踊ってられる自信ないから、冒頭からのコーフンの渦に乗りそこなう。しかし2曲、3曲と聞くうちに、おっと、私の腕が上に上がり、確かに自分の口から「ヒュ~、ヒュ~」の声まで出てる(ワカにびっくりされる)。さすがぴょんぴょんはできないのでせめてもの足踏み。

彼の歌は歌詞の内容のわりに曲が明るい。サビがキイテいていい加減な英語でも一緒に歌えるから、ほぼ全曲観客とSing Along。 小さな舞台ながら趣向が凝らされていて楽しく、なにより元気になる。ナマで見たMIKAご本人は映像の姿そのままで、長身、スリム、ハンサム、そしてアクがないので見ていて胸やけしない。何よりも声が、いつも聞いているCDの曲に生きたアレンジがほどこされ、ナマの方がだんぜんいい。パワー全開だけど”カーニバラス”ではなくかと言って”ハービバラス”というのでもなく、食べる側というより食べられる側の元気な”植物”といった印象。
ね、ステキでしょ?お父さんがアメリカ人でお母さんがレバノン人のハーフで、ロンドン育ち。いろいろ経験しているから明るいだけではない彼の魅力が音楽に凝縮されている。
公式サイトはタイトルをクリックしてね。

2010年6月8日火曜日

モロー反応

「ゲゲゲの女房」の赤ちゃん、かわいい~。生後数週間にしてはちょっと大きいしあんな風に笑うことはないと思いつつ、TVだからこういうのもありと、かわいい赤ちゃんで朝から映像ビタミン吸収。
大抵の仕事には訓練期間があるのに、お母さんとお父さんにはない。茂さんのように当たり前のことを言ってくれるお父さんがいてくれたら、お母さんはとっても助かる。私はもっぱら松田道雄先生にお世話になったけど。あ、オットにもね、もちろん。美智子さんが言っていたことはまさしくその通りで、特に一歳までの赤ちゃんは”生命”そのものを見ているようで、面白かったし楽しかった。

さて、今日の番組の中でお父ちゃんが襖をバタッとあけたときに、モロー反応らしきしぐさをした赤ちゃんのおててがちらりとうつっていた。本当にちらりと。モロー反応は原始的な反応で赤ちゃんがマイルドなショックを受けたときに、広げた両手が何かをつかもうとするように動く。お猿さんの赤ちゃんが、両手を広げてお母さんのお腹をつかもうとするような感じ。たとえば沐浴で背中がお湯についた瞬間とか、お布団に下ろした瞬間とか、聞きなれない大きな音がしたときとか。ワカを育てているとき、突然現れるこの一種のボディーランゲージがなぜかツボにハマった。モロー反応は3~4か月で消えていってしまう。お猿さんから人間の赤ちゃんになってしまうのだ。どんどん表情も増えて動きも活発になってかわいくなっていくんだけど、なくなっちゃった時はなんだかさみしかったなぁ。

2010年6月7日月曜日

グラドゥス・アド・パルナッスム博士

今年のワカのピアノのお題はドュビュッシー。「子どもの領分」の第1番。
こういういかにも博士らしい名前の人がいるのかと思ったら、グラドゥス・アド・パルナッスムというのはピアノの教本で、指の練習にはいいのだけれどメロディーは単調。そんな練習曲に一生懸命、時には、つまらなそ~に取り組んでいる子どもの様子を、”博士”とからかって作った曲だとか。上がったり降りたり、休憩したり、興奮したり、きらきらしていて、若々しい曲だ。

さて、お手本にどんなCDを買おうかなと調べていたら、ラフマニノフが「子どもの領分」の第6番”ゴリウォーグのケークウォーク”を演奏しているのを見つけた。そして、ドビュッシー本人の演奏も。グラ博士を探していたはずが、次から次へと面白いポスティングを見つけ、アリ地獄状態。

ホロビッツやらバックハウス、あれこれズ~っと見続けて、懐かしの演奏発見。1988年のシルベスターコンサート、チャイコフスキーのピアノコンチェルト第一番の第三楽章。カラヤン指揮ベルリンフィル、ピアノ演奏はキーシン。ちゃんとしたオーディオセットで視聴しなくっても、この感動は伝わるはず。カラヤンにはこれが最後のシルベスターコンサートとなった。このときキーシンは若干17歳・・・、ため息。天才とはこういうことを言うのだろう。凡人の努力を否定するわけでもないし、天才が努力していないというわけでもないけれど。ちなみに来年2011年キーシンは日本に来日するらしい。チケット取れるかしらん。

2010年6月1日火曜日

ロバート・パティンソンとトム・クルーズ

マット様がダントツと宣言したその舌も乾かないうちに、もう一人の王子様ロブ様のこと。MTVでトム・クルーズさんと共演。

トムさんは”トロピック・サンダー”のあのキャラクター。映画のときはカメオ出演とは言えトムさんの全力投球に、本来「あははは」と笑うところなんでしょうが「あ!」であとが続かず・・・。よっぽど楽しかったのか、今回もコールタールごとき濃さで一球入魂。しかし、どんなに毛深くしても着ぐるみ着ても、トム様の全身はピカピカに磨かれ神経が行き届いている。吐く息だってインポッシブルなミッションをこなす彼のこと、小型口内空気清浄機くらい持っているかもしれない。

かたやお風呂はめんどくさい頭を洗うなんてもってのほか、脱力しまくり素のまま(であろう)のロブ様。完全にキャラクターになりきって口角泡を飛ばすトムさん目の前で、布団もといベットからそのまま出てきましたって様子(でもセクスィー)で新入社員みたいにたたずむ。その温度差に初めは合成画像かと。それぞれ別世界で演技してると思いきやよく見るとロブ様、トムさんの下から照明をあてたド迫力のお顔を見て、笑いだしたいところを我慢しているように見える。トムさんのコントは玄人受けするものなのだな、きっと。

2010年5月31日月曜日

いいまつがい

ワカ 「お向かいのワンちゃん、フリーターからもらったんだって!」
私 「????」

どうやら全部濁点が抜けているようだ。

2010年5月27日木曜日

セキセイインコもかわいい

インコのおしゃべりにはハマる。大声で笑いながら見たいけれど、自分の声で小さな囁きを聞き逃してしまうので、一回目は奥歯で笑いを噛み殺し二回目から大声で笑おう。

童謡が上手なおしゃべりインコ ピーちゃん

昔話が上手なセキセイインコ「ピノコ」のおしゃべり

2010年5月25日火曜日

小学生のじゃんけん

午後3時過ぎの地下鉄。大手町から小学生が2人乗ってきた。車内は空いていたけれどスーツ姿の大人ばかり、私立の制服を着た子どもは見かけても、私服にランドセルは珍しい。しかもぴちぴちに元気な様子は結構目立つ。

小学生は2人でじゃんけんを始めた。4、5回もするとつまらなくなったらしく、「あっち向いてホイ」を追加。このあまりにもシンプルなゲームに周りの大人の目が集まる。最初は「あっち向いて、ほ~~~~い」と、”ほ”を伸ばしている間に指先をあっちこっち動かして、相手の子はそれに合わせて頭をあっちこっち向ける低速バージョン。ゆっくりやると先を読まれてしまうとわかると、次は高速バージョン。「あっちほい、あっちほい、あっちほい」と指先を高速で上下右左めちゃくちゃに振り回す。相手の子は指なんぞゼンゼン見ずに頭をぶんぶん振っている。

さすがにアホらしくなったのか、高速バージョンは早々に終了。しかし、じゃんけんは続く。次は勝った方が負けたほうから何かもらう、という取り決めをしたようだ。はじめはかぶっていた帽子。手はじゃんけんで急がしいのでもらった子はぼうしを二つかぶる。次はポケットからハンカチを取り出す。ひとりは”パー”しか出さず、もうひとりは”グー”しか出さないので、パーの小学生にどんどんモノが集まる。小物が尽きたらしく、ついに大物ランドセルを渡す。この辺りから”パー”専門の小学生は勝っているけれど、重たい思いをしているのは自分だ、ということにやっと気づく。”チョキ”に作戦変更。相手の子は相変わらずグーを出し続けている。

私はそこで電車を降りたけど、なんだか面白かった。

2010年5月23日日曜日

ローラーガールズ・ダイアリー

ドリュー・バリモアの監督デビュー作。
17歳の女子高校生ブリス(エレン・ペイジ)は、テキサスの田舎町ボディーンで生まれ育った。母親ブルック(マーシャ・ゲイ・ハーデ ン)はかつて自分が出場したミス・ブルーボンネット大会で優勝する夢を娘に託して、それが女の子の幸せと思いこんでいる。そんな生活になんとなく退屈なブリスは親友パシュ(アリア・ショウカット)と、ボディーンよりは都会のオースティンにローラーゲームを見に行き、すっかりハマってしまう。

家族にはもちろん内緒、22歳と年齢を偽り、目下”勝ち知らず”のチーム”スカウツ”のオーディションに参加する。ルールも知らないけれど、俊足がコーチの目にとまり入団。学校、ダイナーでのウェイトレスの バイト、ローラーゲームの練習と大忙しの青春が始まる。内気だったブリスは”ベイブ・ルースレス(非情)”というシコ名(?)ももらいどんどんたくましくなっていく。強豪チーム”ホリー・ローラーズ”のアイアン・メイビン(ジュリエット・ルイ ス)にガンつけられても負けない、ミュージシャンのオリヴァー(ランドン・ピッグ)とデートもする。しかし、内緒にしていた家族にローラーゲームのことがバレたころから、学校も友達も恋も全てが暗転・・・。

・・・映画見ながらこっから先どうなるのかな?とわくわくしたので、これから見る人のためにあらすじはここでおしまい。17歳は自分が何を考えているのか、どうしたいのか、もやもやしている。
「青春時代が~、ゆ~め~なんて~、
あとから~、ほのぼの~、おもう~もの~」
悩みや不満はあるけれど将来は明るく輝いている。怖いもの知らずだから、親がなくても生きていける気もする。バスで隣町に行くとき自分の住む田舎町を、車窓から一歩離れてみる彼女の目線が面白い。でも傍観しているだけではなく、その中に潔く突っ込んでいく若さがすがすがしい。何かに熱中できること、自分の大好きな空間を作ることにおいては、つまるところ17歳でも47歳でも結局おんなじ。美人コンテストでもローラーゲームでも 車の中でのフットボール観戦でもなんでもいい。

タイトルロールからドリュー・バリモアが、とってもこの映画を大切に思っている気持がズンズン伝わってきた。俗っぽくって平凡なテーマが重すぎず軽すぎず、深さもそこそこなところがいい。彼女が早くから監督という仕事を始めてくれたこと、これはわたしたちにとって大変ラッキーなことだと思う。映画で「体当たりの演技」って表現があるけれど、女優、監督自らもみんなまさに「体当たりの演技」。ますますドリュー・バリモアのファンになった。

2010年5月21日金曜日

ゲゲゲの女房

篤姫様御養育係の2人を前に、何人の人が朝から泣かされたことだろう。私もその一人、正確に言うと化粧が終わったあとだったので、グググっと涙を下まつ毛の縁で我慢。そしたらハナミズが出てきた・・・(やっぱりつながってるんだ)。

私の伯父が戦争中にジフテリアで5歳で亡くなったことは、祖母や母から聞かされていた。子どものころにその話を聞いたときは、「伯父さんがいたんだな、会いたかったな」と思うくらい。でも自分の子が5歳になった時その話がふと頭をよぎり、とどれほどつらい経験だっただろうと考えると言葉も出なかった。ミチコさんともう亡くなった祖母が重なり、ますますボーボー。
子どもの心配でストレスがたまることも多々あるけれど、それも生きているからと朝からしょっぱい幸せを味わった。

2010年5月18日火曜日

マラーホフの贈り物

Aプログラム鑑賞。
マラーホフは現在ベルリン国立歌劇場バレエ団の芸術監督で、自らも現役ダンサーで振付もしている。ベルリン、シュトットガルト、ボリショイから最高のダンサーを連れてきてくれた。
第一部、第三部は全てがゆめの中にいるような舞台ばかり。

どれも素晴らしくて、たくさん言いたいことあるのだけれど、特に ”Jewels Diamonds Scene”のセミオノワの完ぺきな踊りには舌を巻く。マラーホフのエスコートが彼女の踊りを二倍も三倍も引き立てる。ルルべからアテール(つま先立ちからかかとを下ろす)だけでため息。タンジュの動きだけでもため息。足首からつま先はなにやら別の生き物のようだ。ため込んで、しなやかなで、床を包み込むような甲の動き、あんなタンジュができたらいいなぁ(来世で)。アダージオは本当に難しい。ただのポーズの繰り返しになるかその緩やかな動きにオーラを放つか否かは、振付や身体能力だけでなくダンサーの個性(性格や生き方)にかかってくる。

”Alexander the Great”には完全に参った。日本人ダンサーもかなりレベルが上がり素晴らしい技術を持った人もたくさんいる。しかし、こうなると何かが違う。おそらく精神的なものを肉体から解き放つときの表現方法が根本的に違っているのではないか。日本人が同じものを追いかけるならば、肉体的訓練以外になにか別の環境が必要なのではないかと考える。もっと息をのんだのが第2部の”Caravaggio”。こうなるとただ西洋人、というだけでもダメそう。

最後のマラーホフによる”瀕死の白鳥”は圧巻。考えてみれば何も白鳥は雌である必要もないわけで、雄の白鳥がいたってゼンゼン構わない。 マシュー・ボーンの”白鳥の湖”は記憶に新しいが、あのようなドラマチックな振り付けではなく、舞踏を思わせる静かな動き。40を超えたとは思えない鍛え抜かれた柔軟な筋肉と関節が、ひとりの人間を暗闇の中に大きく浮かび上がらせる。東京文化会館の大きな舞台が、半分くらいに感じるほど存在が大きく見える。頭の中で思い出してみると、ズームレンズで拡大したマラーホフの姿が頭に浮かぶ。2階からで結構遠かったにも関わらず、である。


東京バレエ団の男性ダンサーは難しいステップなどではなく、ジャンプの着地や走り方を是非是非見習ってほしい。

2010年5月16日日曜日

グリーン・ゾーン

ポール・グリーングラス監督。
イラク攻撃の原因といわれるWMD(大量破壊兵器)は、MET部隊の必死の捜索にもかかわらず見つからない。ロイ・ミラー(マット・デイモン)は国防総省の情報に不審を抱き始める。そして同じ疑念を抱いていたCIA調査官ブラウン(ブレンダン・グリーソン)と調査を始める。「グリーン・ゾーン」とは、かつて連合国暫定当局があったバクダッド市内10km²にわたる安全地帯のこと。期待通りの作品で★5つ。
 
マット・デイモンさまには、またまたシビレタ、目下ダントツで私のアイドル。 彼のヌーボーとした風貌は(ごめんなさい!)、アメリカ的な正義感をマイルドにし、風景にうまく溶け込み画面をドキュメンタリー風に見せる威力がある。言葉数が少なくまた反応が遅いように見えるのだが、危険な状況では本能的に速く行動する、そのギャップが見ていてたまらない。もしトム・クルーズだったら主人公が目立ちすぎ、シルベスター・スタローン(年取りすぎちゃってるけど)だったら単独行動が激しすぎ、ダニエル・グレイグ様だったら美女同伴になってしまいそうだ。この作品をいろんな意味での境界線をぎりぎりで上質に保っているのは、彼の持つ役割が大きい。

またカメラもすごい。夜のバクダッドはほとんど白黒映像、ポツポツと光る街灯や車のライトがぼんやりと闇を深緑色に染める。手持ちカメラがテンポを上げ、カットの多いカメラワークは心理的緊張感を高める。グリーングラス監督、本領発揮。 ”ボーン”シリーズのときのように誰がどうなっているかわからないけれど、デイモン様が強いことだけはわかるワ。

原作はワシントン・ポスト紙のジャーナリスト、ラジャフ・チャンドラセカランの『インペリアル・ライフ・イン・ザ・エメラルド・シティ』。アメ リカの一部の人にはには大変な反米映画に映るだろう(早々とアメリカに追随したどこかの国にとっても耳の痛い話であるはずである)。一方、アメリカ軍には正義感ある人間が動いてますよ!、CIAも頭と経験で動いてますよ!と忘れることなく描かれている。とはいっても軍は単独行動を肯定されてしまったら困ってしまうだろう。マイケル・ムーア監督は「この映画が作られたことが信じられない。愚かにもアクション映画として公開されてし まった。ハリウッドで作られたイラク戦争映画では最も まっとうである」とツィートしたそうだけど、アクション映画として公開するしかなかったかもしれない。いずれにせよ現在進行中でありながら、”アクション映画”としてでもこのような映画を作ることができる自由があることに少なからず驚いた。是非劇場へ。

2010年5月14日金曜日

オウムはかわいい

ルリインコや文鳥を買ったことがあるけれど、あんなにちっちゃな脳みそなのにいろいろとよくわかっている。遊ぶのも好きだし、マッサージされるとコックリと寝てしまったりとってもかわいい。

laughing parrotは何がおかしいんだか2羽のインコが郵便ポストで笑い転げる。でも顔の表情が変わるわけではないので福笑いのようだ。でもこれだけは言える、飼い主はイッツも朗らかに笑い転げている人なんだろう。その他の動画も見て是非福を呼び寄せてほしい。

スグロシロハラのルイ君、サンタさんが大嫌い。このルイ君の動画はどれを見ても本当にかわいい。たくさんあるからゆっくり見てね。

2010年5月12日水曜日

逃亡クジャク

千代署で保護されていたクジャクが逃げ出し、再び約40時間後に市内で捕獲された。
同署によると、クジャクはオスで体長約90センチ。誰かに飼われていたとみられる。6日午前、八千代市大和田新田の民家の敷地内にいたのを、住人が見つけ て同署に通報。署員がビニールシート(1)で覆うようにして捕まえた。クジャクは特に暴れる様子もなく(2)捕まり、同署で犬用のおり入れてえさを与えていた。とこ ろが8日午後、テレビ局の取材を受け(3)、おりを移動した際に逃げ出し、署員が追ったが、約50メートル先で見失った(4)。再び発見されたのは10日午前7時前。 最初に保護された現場から約4キロ東の民家から「畑にいる」(5)と同署に連絡があり、署員がビニールハウス内で羽休め(6)しているところを網で(7)捕まえた。この際に は、クジャクはバタバタと“抵抗”(8)したため、警察官が4人がかり(9)で取り押さえたという。同署は「大切な拾得物(10)なので、見失わないよう(11)にしたい」。 (朝日新聞)

この記事、久しぶりに大笑いさせてもらったワ。動物の逃亡記事はツボにはまる。
(1)これは花見のときに使うようなあの青いシートなのか?
(2)お縄ちょうだいします
(3)一瞬、クジャクがインタビューに答えている姿を想像
(4)具体的だけど現場検証みたく巻尺が出てきたのかなぁ
(5)クジャクと畑、合わない
(6)畑にいたんじゃ?羽休めって、あら素敵なサンルーム!って?
(7)わっかにして首にかけたのかなぁ、あ、縄じゃなくって網か・・
(8)ビニールシートをだせ!ビニールシート!と叫ぶ
(9)4人で迫られると人間でもつぶれてしまいそうだ
(10)せめて”迷子”ぐらい言ってくれないかな
(11)「逃がさないように」では?見失った時の無念さが伝わる(4)参照

で、持ち主らしき人が2人現れた。どちらかがニセモノなのではなく、お二人ともちゃんとクジャクを飼育されていて、他の一羽は茨城の警察で監禁中(?)だったらしい。 民家でクジャクを飼っていること自体驚くのに、同時に逃亡していたというのもびっくり。
因みに写真は逃走の後に保護されたときの雄姿。

2010年5月10日月曜日

仕事

GWが終わりワカは「学校に行きたくない」と言う。これは登校拒否とかそういうたぐいのものではなく、家でもっと好き勝手遊んでいたい、ということだそうだ。

私 「私だって、会社行かなきゃいけないし。ま、お互い頑張ろう。」
ワカ 「でも大人はいいよね。自分でやりたい仕事を見つけてそれをしにいくんだから、楽しいよね。」
私 「・・・・・。」

なんだかあまりにも純粋な意見に、何かになろうと思ってなった結果じゃないのよ、と言えなかった私。確かに大人も学校も、ナントカになりたいんだったら勉強しようとか、毎日練習しなくちゃだめだとか、そんなことを子どもには言う。マスメディアは夢を実現するための情報を流す。
でも働くために身につけることって、そういうスキルみたいなものだけではないのじゃないか。うまく言えないけれど”生きる力”がなきゃ、どうにもならないんじゃないかなぁ、と思う。石にかじりついても食べていく、とか、与えられた環境の中で楽しみや驚きを見つける才能とか。・・・などなど、とりとめもないことを考えながら、明日も”楽しく”会社に行こっと。

2010年5月9日日曜日

アリス・イン・ワンダーランド

物語はアリスが19歳になってから、と設定が変わっているけれど、登場人物、登場動物、登場品物はルイス・キャロル原作の世界がそのまま、且つディズニーのアニメの世界もそこかしこに息づいている。バートン監督はカルフォルニア芸術大学時代、ピクサーのジョン・ラセターとクラスメートだった。ラセターは今やディスニーではエライ人になっているので、何か作品への影響があったのかな?アニメの世界を踏襲しながらのCGと実写の融合は見事だ。実物をカバーするためにCGを使うのではなく、CGそのものが生きていて、それでいてアナログな部分を感じさせてくれる。ココが最近のSF映画 のCGと一線を画している。

ディズニーアニメとピクサーはどんなところにでてくるかというと、たとえば白の女王(アン・ハサウェイ)のぶりっこな手の動き、 これはもうシンデレラやオーロラ姫や白雪姫そのもの。チャシャ猫も色や毛並みは変わってるけどアニメの面影はそのまま。最後に出てくるジャバウォックはルイスキャロルの作った怪物だけど、戦いのシーンは”眠れる森の美女”を思い出す。 オットに言うと「え~?」って反応だったけど、バンダースナッチ(カイジュウ)は、”モンスターズ・インク”のサリーを思い出した。etc. etc...... あ、青虫は(ディズニーとピクサー関係ないけど)ちょっとETが入ってたかな?














そういえばWally Bの店長さんの話によると、7月公開の”トイストーリー3”には、”エドワード・シザーハンズ”に出てきたキャラクターが、ちらりと姿を現すそうだ。いいなぁ、こういうクリエイティブなつながりは。映画鑑賞の楽しみを2倍にも3倍にもしてくれる。