2009年4月28日火曜日

つばさ

「お風呂入ってく?」

すごいよね、これ。泣きながら笑ってしまった。
つばさちゃんはかわいいし、オジサン、オバサンたちはひそかに芸達者で固めてるし、”てるてる家族”みたいなのりで楽しいヮ。

2009年4月21日火曜日

クィーン

2006年作品。ヘレン・ミレン(エリザベスII世)がその年のありとあらゆる賞を総なめにしたこと、記憶に新しい。素晴らしい職人芸である。

女王の孤高を描くため、メタファーを実に美しく挿入し、登場人物をデフォルメさせた”フィクション映画”である。しかし、現職の人々が実名で登場してくるもんだから、単純な私はドキュメンタリーを見ているような錯覚に陥ってしまった。登場人物はそれぞれ立ち位置が明確なだけに、性格が単純、誇張されている。ご本人たちはそれぞれに言いたいことはあるだろうけれど、女王が納得できる形で描かれていれば、特に王室の方々は納得いくのだろう。

女王は国民がタブロイドに踊らされることなく、冷静に自分のことを理解してくれる、と最後まで信じている。並々ならぬ重圧を背負い、真摯に職務をこなし、国民を信じている女王を理解するのはトニー・ブレア。私はこの”登場人物としての”ブレア首相に、大いに共感。このブレア首相を演じるのは、”フロストXニクソン”でフロストを演じたマイケル・シーン、いいですヨ、また何ともいえぬ”小物”ぶりが。

まるで”時代劇”を見ているような世界が脈々と続く王室。予行演習済みで国葬にぴったりと、自分の葬儀プロジェクトをダイアナに取られてショックが隠せない王太后。ショックを和らげようと、もっと滅入りそうな鹿狩りにウィリアムとヘンリーを誘い出すエディンバラ公。シニカルなユーモアが漂うコメディ要素も随所にみられる。

そして他人(国?)事とは思えない、王室の意義に付いて真面目に考え込まされた私であった。

2009年4月16日木曜日

American Idol 8

Top8から7への結果は、Lil(ゲストのタランティーノがファンだって)とMattがブービー争い。で、結果、Mattが去ることに。失礼ながらMatt君については、予選の映像でもあまり目立っていなかったし、気がついたらTop36にいた人という印象を勝手に持っていたのだけれど、Top12後はお気に入りの4人に入っていただけに残念。 と、思ったら出ましたっ、ワイルド・カード。ここで切りましたか。

Adamは”Born to be Wild"を歌って、激しくマイ・ステージを作り上げていたのだけど、サイモンは「ロッキーホラーショーみたいだ」って。あはは、確かに。彼の場合は残るかどうかはもう関心事ではなく、次はどんなステージを見せてくれるか。くれぐれも”自己陶酔の世界”に気を付けてもらいたい。

Dannyは今回ボトム3に入っちゃったけど、シーズン5の中高年齢層にも受けのいい”テイラー”タイプで残ることができるか。

2009年4月15日水曜日

フロストXニクソン

主演は舞台と同じ、ニクソン役を演じたフランク・ランジェラとフロスト役のマイケル・シーン。まさしくアメリカがお題の映画であるが、”ヒーローX悪者”的なこれまたアメリカ特有の押しつけがましさがない。監督はロン・ハワードなんだよね~、これが、新鮮な驚きだった。

フランク・ランジェラあっての作品。舞台と映画では当然演技も変わってくるが、舞台俳優はやはりすごい。ニクソンのカリスマ性、うっ屈した性格、懺悔や後悔、闘争心、プライド、満たされない心、ひとつ漏らさずその声、顔の皺一本に刻みこむ。もちろん素晴らしい脚本あっての作品ではあるが、ニクソンがなぜ大統領になり、そして失脚したのかをナットクさせずにはいられないフランク・ランジェラの力量がものを言う。

また”小物”を演じるマイケル・シーンは、不自由のない家庭で育ちケンブリッジを卒業、その軽さ、真面目さ、人好きのするテレビ業界の人間を嫌みなく演じている。ニクソンにお上品にノックアウトされる表情、大統領とテレビ司会者の重さの違い、一瞬の隙をついたインタビュアーとしての”正義”を嫌みなく演じている。

最終的には”性格”が全て、ってことか。大統領からだいぶ身近な話になっちゃうけど、リーダーの条件とは、って最近職場でまさしく"人格”について考えさせられることが多い。
そして、
視聴者は話の内容ではなく、一瞬の映像だけで物事を判断するのくだり。2者のガチンコ勝負、実は視聴者との三つ巴だったわけでもある。軽いのはTVを信じる私たちでもあるのね。


2009年4月14日火曜日

Britain's Got Talent -Ms. Susan Boyle-

イギリスのオーディション番組、昨日は盛り上がったようだ。
以前ポール・ポッツさんに驚いたが、これも驚きのスーザンさん。
でも、失礼ながら本当に47歳なのかなぁ・・・。いや、この歌声年齢(そんなものあるかどうか知らないケド)を信じよう。

2009年4月13日月曜日

バーン・アフター・リーディング

生活階級の違う、でも本人達が思うほど知的レベルは大差ない人達の、自己中心的なずる賢い思いつきが偶然にヒットしたとき、思わぬ方向に自体が運んでしまう。社会の上下、裏表を区切っている柵は、いとも簡単に壊される。

演じる俳優をそれぞれ想定して書かれたというキャラクター、
皆が密に想像してた、たとえばこんなこと;
ブラッド・ピットは脳みそまで筋肉かも、
ジョージ・クルーニーは今やタダの女好きの中年になってしまったのかも、
ジョン・マルコビッチは見た目そのままのしつこくて変な人だろう、
ティルダ・スゥイントンはコワそうだけど本当にコワいのだろう、
フランシス・マクドーマンドは全然
容姿を気にしてないようで、実は・・・。
みたいなことがそのままなので、実にウケた。・・・こんな意地悪なこと思ってたの、私だけか。その期待を裏切らない俳優の皆さん、本当に芸達者。

特筆すべきはブラッド・ピットのおバカさ、一瞬たりとも見逃せない。実は私、コメディじゃない映画のおバカにトキめいたのは初めてだ。
私のクルーニー様、ここまで落とさなくても、と思いつつもやっぱり好きだわ。
映画は・・、”ファーゴ”や”バーバー”には及ばず、星3つ。

2009年4月9日木曜日

American Idol 8

日本では今週マイケル・ジャクソンがテーマ。アダム・ランバートの"Black or White"は、圧巻、一人勝ち。これを聞きながら、なぜか彼の”ジーザス・クライスト・スーパースター”が聞いてみたいと思った。アダムは”ライオンキング”などのミュージカルに出演していたというから、既に人前で歌っていたわけだけど、誰も声をかけなかったのか、今までなぜ世に出ていなかったのかなぁ、と不思議になる(とローラも言っていた)。まさに埋もれたダイヤを発掘する、という番組の主旨にぴったり合った人材。

アメリカでは今週、トップ8。アダムは、ティアーズ・フォー・フィアーズの"Mad World"を歌う。原曲の雰囲気はそのままに、美しい声を魔法のように操り、しっくり聞かせるアダム・ヴァージョンが出来上がった。サイモンは短めのコメントの後、何も言うことはない、という感じでスタンディング・オべーション。それにつられ他の3人の審査員も立ち上がり拍手。まるでファイナルのような一場面だった。

アダムは万が一何かあっても新ルールの”ワイルドカード”が間違いなく使われるだろうし、もしかしたらこの新ルール、彼のために作られたのではないか、と勘繰ってしまうほど。しかし、ここまで来ればファイナルで優勝しなくっても誰もほっておかないだろう。今更アイドル、って感じではないものね。で、私はアメリカン・アイドルとしてはクリス・アレン君あたりがいいのでは、と思っているのだけれど。

2009年4月7日火曜日

スラムドッグ$ミリオネア

ダニー・ボイル監督、前作「サンシャイン2057」の無機質な空中の世界から180度、とびっきりオーガニック(?)な地上の世界へ。まことにストライクゾーンが広い。脚本は「フルモンティ」のサイモン・ビーフォイ。

これが生のインドの姿とすれば(そうらしいのであるが)、まさに悲惨。見るも無残な境遇の中を、人間の本能 -生命力であったり、善の心であったり、人を好きになる心であったり- その全てをありったけ絞りだしながら、子供たちは駆け抜けていく。あっけらかんとしたはちきれんばかりのエネルギーは、まるで重い現実という壊れかけた車に注がれるハイオクガソリン、私たちをのせてガタガタ道をぐいぐいと走っていく。そんな引力をもった映画だ。

過酷な運命との戦いは人生の教科書、クイズと回答が書かれた紙を読むミリオネア司会者(コイけどみのもんたには負ける)の想像も及ばない世界。”ファイナル・アンサー”、世界中でこれほど人生が詰まった正解はどれほどあるのだろう。シンデレラのようなファンタジー映画、こんなことはないとはわかっていながらも、机上の勉強で頭でっかちな子供ばかりの”どこかの国”っていったいなんなのよ、と思わず思ってしまう。

主人公ジャマールを演じるデーヴ・パテルはお上品(過ぎちゃったかな?)。なーる、ロンドン生まれで既にイギリスのTVで活躍している。ラティカのフリーダ・ピントはソフトなタイプのインド美人(過ぎちゃったかな?)、ウディ・アレン作品に出演が決定している。絵にかいたような美しい若者に成長するのもフィクションの世界、つらい子供時代が美しく変わってゆく非現実の世界は映画ならでは。しかし、うXちまみれになりながらもその過酷な運命を演じたジャマールと兄のサリームの幼少、少年期を演じた子役たちがデーヴやフリーダと同じくらい、それ以上の立役者と言えるかも。

エンディングはいいですよ。たけしの座頭一みたい。ウフフ、見てのお楽しみ。

2009年4月6日月曜日

Twilight


人間の女子高生ベラと吸血鬼の男子高校生エドワードの物語。ステファニー・メイヤーの原作を読んだ女の子が、私も血を吸われたい、と大騒ぎしたベストセラーの映画化。ベラは『イントゥ・ザ・ワイルド』のクリステン・スチュワート、エドワードは『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』のロバート・パティンソン。

ハリーポッターの延期に伴って上映されたこの映画、ふたを開けてみれば世界中の女の子がハマった大当たり。私でもズブッと片足をのめりこませたような感じ。筋書きどうりの”初恋”が見る人に満足感を与えるのだろうか。色白と言うよりも白塗りのエドワードが、「僕に近づくな」と毎日ベラに近づき、人間離れした能力で彼女を交通事故から間一髪で救い出す。このへんは”ロズウェル”っぽい。そして、なんてことなく簡単にエドワードの正体がわかっちゃうベラ。彼はあっさり認めて自分の秘密やら、ちょっと体の硬いスパイダーマンのようではあるが多彩な芸を披露する。ものすごく強いのに暴力振るわずガンつけただけで悪者は逃げてくし、必要な時に現れて「君を守る」と静かに語られれば、自分に言われてるわけでもないのに年齢を超えてテンション上がる、上がる。

さすが女性監督、視点はマッチョにならず、何が女子の、いや、オットもはまったみたいだから、老若男女の心をくすぐるか、徹底的に分かっておられる。ベラ役のクリスティン・スチュワート、吸血鬼ならずとも本当に美味しそうに見えてくる。エドワード役のロバート・パティンソン、見れば見るほど変な人<<素敵な人。口紅塗ってるし、真っ白だけど、「インタビュー・ウイズ・バンパイア」みたく青筋立ってないし、100歳超えてるのに初々しいのがいい。

「ポーの一族」思い出すなぁ。

2009年3月18日水曜日

コーラスライン

8月の文化村20周年記念企画"コーラスライン”のチケット購入。
この作品を初めて見たのは、1979年、日生劇場での劇団四季の初演。照明がパッと明るくなり、舞台の上で鏡がぱらぱらと捲れただけで、目が釘付け、オープニングでディープにのめり込んだ。覚えているのが浜畑賢吉、前田美波里、飯野おさみ、深見正博、服部良子、久野綾希子、市村正親、羽永共子、沢木順、宝塚出身の室町あかね、北原千琴など(後の方々、超残念ながら思い出せず)。特に肌色のレオタードに身を包んだ美しい前田美波里(シーラ)、見事に踊りにゆれるおかっぱの羽永共子(キャシー)が印象深かった。

観劇仲間で俳優の卵だった友人達の反応は冷ややかだったけど・・・。当時はチケットが4500円位で学生の私にはけっこう高価だったが、その後2,3年の間に10回以上見に行く。友人が録音してくれたブロードウェイ版を、買ったばかりのウォークマンで毎日毎日聞き、そのおかげで今でもソラで歌える。

厳しい現実の中でなぜ踊り続けるのだろうと自分に問いかけるダンサー達が、最後にそれでも「生きた日々に悔いはない。」と歌う。10代の私には言葉の意味はわかるけれども、それほど含蓄をもった歌詞ではなかった、無理もないけど。しかし、これを歌うダンサー達は20代から30代前半なわけで、人生まだまだこれから、若くして老成したセリフが不自然ではないショービジネスの厳しさにため息が出る。あちこち回り道して情けないことに未だ闇の中にいる私も、「これでよかったのだ、すべては自分が選んだ道なのだ」と、やっとこさこの歌の境地に近づき、歌詞をかみ締めることができるようになった。

まだ半年も先の公演だけど、チケットを買っただけなのに、うれしくてワクワクしている。

2009年3月13日金曜日

ジャニス・イアン

Septemberの記事を書いてから、YouTubeで70年代ディスコナンバーをサーフィン。アラベスクの横にはノーランズ、ノーランズの横になぜかシルビー・バルタンが、シルビー見てたら、ジャニス・イアンが。何度この曲を聞いたことだろう、”At Seventeen"、何とも言えない気持ちに浸る。オットもこの曲のドーナッツ盤を持っていたそうだが、”Will You Dance?”は知らなかった。

昨夜のBS-iの番組"Song to Soul"は、偶然にもジャニスの"Will You Dance?"だった。
Will You Dance?は1977年のテレビドラマ”岸辺のアルバム”の挿入歌に使われ、日本では大ヒットしたけれど、アメリカでは大して売れなかったそうだ。この歌、よく聞いてみると実はとってもコワイ歌詞である。ジャニス曰く、ニューヨークの路上に転がる死体をダンスをしている男女がビルの上から眺めている、そんなシーンを想像して書いたという。やさしいタンゴのオブラートに包まれた曲と突き刺すような歌詞、女性シンガーはただ激しいだけではだめだ、と彼女は言う。ジャニスと交友があるアンジェラ・アキのカバー曲も演奏され、日本語に歌詞が変わっていたけれどとてもよかった。

それから"love is Blind"。悲しい恋の歌。この歌を作った時、報われぬ恋に胸を焦がしていたというジャニス。2,3年前に自伝を書いていた時にこの恋を思い出し涙が溢れ止まらなくなり、その時どれほど深く傷ついていたか、今更ながらにやっと気が付いたと言っていた。この話をする彼女は相手のことをhimと言わず themと言い、ちょっと首をかしげた。現在彼女は同性愛者としてカミングアウトしている。

今はナッシュビルを拠点に音楽活動をする彼女。「有名になったり金持ちになったりするのではなく、アーティストとして成功するならば、自分の作りたいものを作る。そうすればたとえ売れなくても満足できる。妥協してもし売れなければあとには何も残らない。」当たり前のようで言うのは簡単であるが、おそらく長い戦いの後の言葉なのではないか。物静かで理知的なアーティストである。

(ジャニス・イアンに関してはタイトルをクリック)

2009年3月11日水曜日

カニクイザル

(タイトルをクリック)
これは笑った。だいたいお猿さんがデンタルフロスするのも驚きだけど、ぽわわ~んとお母さんを見てる子ザルの後ろ姿もかわいく、そんでもって一生懸命大きな口を開けてジェスチャーしてるお母さんの姿も面白い。隣のおさるさんも見てるし。
・・・もしかしたら、子ザルを笑わせようと面白い顔してるだけなのかも、ね。

2009年3月10日火曜日

だんだん

チョイ役(失礼)と思っていたけれど息の長い康太君。実はほとんど終わりになって、思ってたより大事な役だったのかも、とや~っと気が付く私。石橋研修医と同じレベルの役だったのね。

万年補欠の柔道部員
路上ライブが趣味の若者
めぐみの病院に入るため患者になろうと思う
父の後を継ぐ
SJのメンバー兼ワイルドダックのバイト
SJ付き人
めぐみとのぞみの接着剤
大手音楽会社のマネージャー
ただのぞみのマネージャー
一条のデザイナー
と、思ったら丁稚
無法松の松五郎
のぞみの夫?
花むらの旦那内定?
一条の旦那、松江の遊覧船業務 兼務?
祇園町内会長(なんてあるかどうか知らないけれど)??

妄想が爆走・・・・

(竹内まりあ)・・・・数年後、棚ぼた式に手に入れた、飲食、アパレル、観光業で成功を収め、実業家としての階段をのぼりはじめた康太。松江の病院事業にも乗り出し、石橋、めぐみ、後藤先生までもが”花むらコンツェルン”の従業員となりました。せっかくなので酒屋もそば屋もサリーミュージックもまとめて買収し、シジミ漁にも手を広げようとします。めんどくさいので宍道湖を丸ごと買おうとしましたが、地域住民らの抵抗にあい苦悩の日々でした。しかし、めぐみの思いつきで弟健太郎の出身校に多額の研究開発費を寄付し、シジミ漁を安定させその見返りに、これまた自らが筆頭株主のサブライドに独占販売させます。双子に翻弄された半生ではありましたが、ようやく自分の人生を歩き始める康太でした。だんだん。

2009年3月9日月曜日

日本の熱い日々 謀殺・下山事件

監督:熊井啓、1981年。
1949年に連合国による占領統治下の日本で起きた下山定則国鉄総裁の変死事件を、朝日新聞の矢田喜美雄記者が追いかけて書いた『謀殺・下山事件』(1973年)が原作。

ところどころに挿入される実際のニュースフィルムと同じ色調のモノクロ画面。実際の出来事と矢田記者の主張、ニュース画面と映画の推理場面の境目がぼやけ、やがて見ている私の中で矢田記者の推理が現実味を帯びてくる。まるで恐怖が得体のしれない大きな黒い影となって忍び寄ってくるようだ。三丁目の夕日を浴びながら明るくたくましく生きていた日本もあれば、大きなうねりに飲み込まれてしまった日本もあった。現代のジャーナリズムというものは、こうして何かに飲み込まれてしまったのではないのだろうか。また、貧困がすべての国民の自由を尊厳を幸せを蝕んでいく様が、そして人の思想に対する埋められない溝が、ありありと見て取れる。結果、世界第2の経済大国になったとはいえ、日本の本質・根本を考え直さずにはいられない映画である。

俳優がすばらしい。仲代達也さんは言わずもがなであるが、労働者丸山役の隆大介さん、なぞの人物唐沢役の大滝秀治さんは特に印象に残る。

2009年3月7日土曜日

ヨン様が、

タートルネックのシャツとジーンズ姿で極秘来日して、一週間盛岡で漆塗りをしたそうだ。冬のソナタは見たけれど、韓流に全く明るくない私が言うのはナンなのであるが、私、ヨン様を見るとマイケル・ジャクソンを思い出す。なぜだろ・・・?

2009年3月6日金曜日

フェレット

ある街角を散歩していたら、ピンクのドレスを着たぬいぐるみを抱っこしているおじ様がベンチに腰かけていた。孫娘の宝物でも預かっているのかなと思っていると、そのぬいぐるみが動く。凝視するとコスプレのフェレットちゃんだった。おじ様があまりにも誇らしげに抱っこしてらっしゃるので、ここは素通りするわけにはいかないと、声をかけた。

「かわいいですね~!」
「いやいや、…そうでしょう。」
「こんなお洋服もあるんですね、フェレット専用ですか?」
「私が作ったんですよ。」
「ええっ!?」
「ぼ、帽子もですか?このキティちゃんのアップリケもですか?」
「ハイ。」
「真珠のネックレスもしてますよ。」
「あはは・・・」
「まさかこのキティちゃんの傘は?」
「これは買いました。他にも色々とあるんですよ・・・」

と満面の笑みを浮かべながらカバンの中から写真の束を出す。出るは出るは、浴衣姿まである。全部おじ様の手作りっていうから、その思い入れのほどがよくわかる。関心してみているとそのうちの一枚をくださった。そして何でもフィレット協会なるものがあるので、ぜひHPを見てほしいと言われた。”国際”協会である。世界規模のペットなのだと、今更ながらにフェレット人気に気がつく私。そのHPにおじ様のフェレットも出ていた。
こんなんでした。(IFS/HPより)

2009年3月4日水曜日

フクロテナガザル

東山動物園(名古屋市千種区)で最も大きな声を発する動物の一つ、フクロテナガザル。子どもや若い女性を敵とみなして威嚇する。だが、この雄は中高年の女 性が現れると、さっぱり声を発しない。「恋心が原因」と飼育員。テナガザルは人間の女性に攻撃的なのが一般的で、どうもこのテナガザルだけの行動のよう だ。
 東山動物園のフクロテナガザルは、推定23、24歳のこの雄と、20-22歳の雌の2匹がいる。フクロテナガザルは声の届く範囲を縄張りにしており、2匹は東山一帯を自分の縄張りだと思っている。
 若い女性や子どもの甲高い笑い声を聞くと、挑発されたと感じて威嚇。雄が鳴きだし、雌が釣られる。「フゥー、フゥー」「フォオ、フォオ」と次第に大きくなる。一度始まると、15分ほど鳴き続ける。
 フクロテナガザルの大声は、若いカップルや子どもたちに大人気だ。子どもたちが「きゃはは」と反応すれば、鳴き声は興奮でさらに激しくなる。
 ところが、中高年の女性だとさっぱり声を発しない。雄が恋心を覚えるからだ。求愛行動を取っているのに気づいた担当飼育員の浅井佳明さん(60)は「中高年の女性には威嚇するどころか、逆に心を寄せてしまって、鳴かせるのは難しい」と説明する。
 日本モンキーセンター(犬山市)の加藤章園長は「テナガザルは人間の女性に対して威嚇するのが一般的。東山動物園の雄の行動は個性としかいいようがない」と話している。
 (中村禎一郎/中日新聞)

と、いうことで、鳴かれなかった場合は”オバサン”と認知されたということ。まっこと正直、まるで白雪姫に出てくる王妃の鏡のようだ・・・。では、オジサンが行った場合はどうなるのかなぁ。

2009年3月3日火曜日

September

”Du you remember~?”竹内まりあではなくっって、1978年Earth, Wind & Fierのほう。

ワカの音楽教室のコンサートで、ガキンチョたちが演奏することになった。かつて、ミラーボールの回る暗い所で聞いたこの曲、ン10年経ってサンサンと太陽の射す教室で子供たちと聞くことになろうとはねぇ。

そして探しました、懐かしの映像(タイトルをクリックしてね)。やりたい人断りきれなくて、みんなメンバーにしちゃったような総勢10人の大バンド。EW&Fを聞くと自動的に手足が踊りだしてしまうのであるが、KC&The Sunshine Bandとかドナ・サマー、アラベスクとかもよく流れていた。もう一度聞いてみよ。六本木スクエアビルも解体されてしまったそうだし、今、ディスコっていうのは存在しているのかなぁ。

2009年2月26日木曜日

ヒース・レジャー

アカデミー賞助演男優賞は下馬評通り、ヒース・レジャー。バットマン・ダークナイトは彼の映画だった。

彼主演の”ブロークバック・マウンテン”を久し振りに見た。作品賞の前評判が一番高かったのに、ふたを開けてみるとオスカーは”クラッシュ”で、アカデミー協会は保守的だからと監督は批判したそうだ。それを聞いたとき、少なからず同調したものだったけど。

しかし、あれからしばらくたってもう一度見て見たら、ヒース・レジャーがいなかったら、はたしてここまでの作品に仕上がったかどうか、とふと思う。俳優の演技が押しつけがましくなりそうな役がらを、あそこまで自然に他人に納得させる人物像を演じた彼に舌を巻く。それもまた監督のなせる技、と言えなくはないものの、やはりこれはヒース・レジャーの映画だった、と私は思う。彼は自分の演じる人物についてどうこう言わせない、その人物を”存在”に変える、「ああ、こういう人もいるのだ」と感じさせる、天賦の才能をもった俳優だった。本当に惜しい人を亡くした。

2009年2月23日月曜日

だんだん

出番が終わりそうで、やっぱり終わらない出世魚、康太君。

万年補欠の柔道部員
路上ライブが趣味の若者
めぐみの病院に入るため患者になろうと思う
父の後を継ぐ
SJのメンバー兼ワイルドダックのバイト
SJ付き人
めぐみとのぞみの接着剤
大手音楽会社のマネージャー
ただのぞみのマネージャー
一条のデザイナー

このままでいくと、めぐみに会いに患者になるどころか、花むらでのぞみのお客になれるかもしれない。

2009年2月20日金曜日

馬耳東風

松田先生の育児哲学に胸を熱くした私であったが・・・。

風呂上がりでご機嫌のワカ「あのね、作文の宿題来週までだと思ってたら、明日までだったんだよ。」
私「・・・」(1週間も前から原稿用紙がカバンに入っていたのを私は知っている。)
ワカ「あ"~っ!、原稿用紙学校に忘れた」
私「・・・」(ずっと入れておけばいいものを、締切間際になってカバンから出すか?)
ワカ「学校の机の引出の右側のお道具箱の上だ!よく覚えてるでしょ」
私 「・・・」(ああ、つける薬がない)

学校のお知らせとか提出物は大抵ワカの手元で止まっている。「明日締切」の連絡網が回ってくる、聞くのも面倒でワカのカバンを開ける、ハリセンのようになったプリントが底に張り付いている。何で出さないの、どうして忘れるの、を100万回繰り返し、耳にタコならずこちらの舌にタコができ、口をすっぱくしすぎて食べたものが口の中で酢の物になりそうだ。彼にはどんな言葉も馬耳東風。
ほとほと疲れた、というのもあるけれど、親が先回りして用意したり、尻拭いするとろくなことはないと思い直し、痛い目に会うのも勉強と思って見て見ぬふりをした時期もあった。皺が増えるので無駄なことに怒るのはよそうとも思った。で、でも、怒鳴りたい、
なぜ、忘れるのだ~!
ああ、すっきりした。

2009年2月18日水曜日

松田道雄

NHK、今日の「私の一冊、日本の百冊」大阪大学総長の鷲田清一 さんが選んだ松田道雄さんの「育児の百科」。=戦後家族の在り方だけでなく、民主主義教育の大切さをも説く“思想の実践の書”と言える1冊= まさにおっしゃる通り・・・。

毎日の生活に追われ、すっかり私の記憶の片隅に追いやられていた一冊。子供が生まれてからの1年365日、ページを開かなかった日はなかった。赤ちゃんの個性は十人十色であるが、
動物としての成長は1歳まではほとんどみな横並び。自分の子供の月齢の章だけを読めばよい。先のことは思い煩うことなかれ、その日その日の子供の様子のみを見ていればいいのだ。まるで生物の観察実験のようだ。病気の発見から事故の予防まで、ありとあらゆる心得が愛情をこめてユーモアを交えながら読みやすく書かれている。

人間の子供は頭が発達しすぎたので、未熟なまま生まれてくると読んだことがある。少なくとも2本の足で歩きだすまでは、母親とは見えないへその緒で繋がっているのは実感できた。母親以外の人が育児ができないというわけではない。自分自身が”動物としての母性”を実感できるのである。入学前までの成長について書かれているが、誕生から1年が大部分。本が終わりに近づく寂しさを感じながら、1歳の誕生日のページを読み、先生の言葉に涙が流れた。

カンガルーの親子のように一緒だった子供を預けて社会復帰をする、これは勇気がいった。いよいよ育児休暇もおしまいというときに、ぺちゃんと陽だまりに座ってニコニコこちらを見ている息子を見ると、うるうるして何とも言えない罪悪感にさいなまれた。しかしここでも、また、松田先生は見守っていてくれる。集団保育の大切さ。両親の深い愛情と集団が、子供を思慮深く他人と協力できる人間に育ててくれるとおっしゃる。決死の覚悟!で会社に戻り、それからは毎日が大騒ぎ。・・・今となって言えることだが、未熟な母親と24時間2人っきりで生活するより、保育園はどれだけ子供を成長させてくれただろう。

これからも迷いながら子供の成長に寄り添っていくのだろうけれど、松田先生にはその勇気を与えていただいたと心から感謝している。
私にとっての聖書のようなものだ。おそらく日本中に私のような親がいるに違いない。鷲田清一さんの一言一言に、朝から膝を打ちまくりの私であった。

2009年2月17日火曜日

American Idol 8

アメリカに遅れること1か月、いよいよシーズン8の放送が始まった。おなじみのサイモン、ポーラ、ランディに加えてカーラ・ディオガルディも審査員を務めている。このカーラ、さすが売れっ子プロデューサーだけあって、他の3人に全然負けてないし、それどころかサイモンに突っかかる。たまに何を言ってるのかよくわからないポーラの存在を補ってか、それともゆくゆくは後継者か。

去年も書いたけど、いろんな人がいるものだと別の意味でうならされる。そういうご仁を選んで放送しているのだろうけれど。逆にスター性というのはすでに何かを感じさせるもので、登場しただけで歌う前から審査員の目つきやら口調が変わる。オーラが出てるんだろうな。
日本での放送はシーズン5からで、今年が4年目。これだけ真剣に見てると、いつの間にやらこちらまで目と耳が肥えてきたような気が。きっとそんな視聴者が世界中でにわか審査員になって、TVの前で好き勝手言っているんだろう。考えてみたらすごい数の人にあれこれ言われちゃうわけで、出場者も勇気がある。

HPを見てみると36人にまで絞られている。ん~、番組をちゃんと見てないと出場者への感情移入が難しいし、面白味も半減。でも早く結果が見たい。日本語版は一か月遅れでもいいから、同時放送してもらえないものかしら、FOX Japanさん。

2009年2月16日月曜日

早坂紗知

Sax奏者の早坂さん。
華奢な体からは想像もできないような力強い音が歌うように鳴り出すと、その場の空気はすっかり早坂さんのもの。まことに演奏に対して真摯であり、そして、心から楽しんでいるのがよくわかる。だから何度聞きに行っても、そのすべてが最高の演奏。

「この曲を聴くと、京都にいきたくなると言う人がいるんですよね」との紹介から始まった”サウンド・オブ・ミュージック”はまさに絶品。メロディーとリズムとジャズの真髄が満載。ブラジル音楽もいい。明るいのにメランコリックで、リズミカルなのに弾けきらない、Saxの音色がぴったし。

今回一緒に演奏していたピアノ:新澤健一郎さん、パーカッション:コスマス・カピッツアさん、ベース:永田利樹さん、その個々の個性は強烈であるのに、控え目でマイルドなJazzの精神がハーモニーを最強にする。つくづく音楽とは人間性なのだ、と感じさせられる。

2009年2月12日木曜日

バージナル


バージナルの演奏会に行ってみた。チェンバロより小さくて長方形の箱型をしている。当時公共の場で聞くものと言えば、教会のオルガン。バージナルは家庭用の楽器だったらしい。フェルメールなどが絵画の題材にしているが、かなり裕福な家庭にしか置かれていなかったそうだ。チェンバロ(ハープシコード、クラブサン)用に作られた曲はたくさんあるのだが、バージナル用はあまりない。パーティや家庭で、民謡や即興曲を弾いて楽しんでいたのではないか、ということらしい。

弦を弾くことで音が出るので、ピアノのように打鍵が強ければ強い音が出る、というのはなく音量は一定、そのために音色に変化を与える技術が発達したそうだ。音域は男声の一番低いところから女声の一番高いところまでの45鍵盤(?うろ覚えで・・・)。音域が広い新しい曲は弾けないが、バッハのメヌエットは大丈夫、なんとも可憐な響き。

その音色たるや、ひとっ飛びでシェークスピアの世界(行ったことないけど)。奥ゆかしくて、繊細で、透明で。演奏会の後フェルメールの絵を見た。あの澄み切った空気の中にバージナルの音が聞こえてくるような気がした。

2009年2月10日火曜日

だんだん

双子に翻弄される康太君。

路上ライブが趣味の若者
めぐみの病院に入るため将来患者になろうという
選択肢尽き父の後を継ぐ
SJのメンバー兼ワイルドダックのバイト
付き人兼めぐみとのぞみの接着剤
大手音楽会社のマネージャー
ただのぞみのマネージャー

主人公よりドラマチックだ。一条に織物販売の提案した時は「今後も意見聞かせてください」なんて言われたし・・・。この勢いで行くと、一条の丁稚いや、番頭見習い、もしくはのぞみにひっついて花むらで徳さんの後任になるかもしれない。

2009年2月9日月曜日

ベンジャミン・バトン

ブラピとケイト・ブランシェットだけでなく、たくさんの俳優が幅広い年齢を演じていて、皆さんすごい。ティルダ・スウィントンはチョイ出ながら存在感抜群。俳優陣には申し訳ないのだけれど、あえて特殊メイクとCGに拍手を送りたい。そんな中、 久しぶりのジュリア・オーモンド、特殊メイクなしに年取っちゃって…、それなりに美しいのだけれど。

映画は長いが”フォレスト・ガンプ”タッチの話の流れで退屈することもなく、しかし、散漫な感じ。理由は明らかで、初めに含みをもって語られる時計のプロローグと本題のベンジャミンの人生が私の中でしっくり結びつかない。過去に戻ることと若返ることは、まったく別の話と思うから。

いずれにせよ人生は、時計を逆さに回そうが、どんどん若くなろうが、生まれて、死んで、出会って、別れて。”ずっと続けばいい”と思う日々は瞬く間に過ぎ去り、運よく続いたとしても飽きてしまうか、不安になって自ら離れてしまう。
いつまでも若くいられるより、年をとっても”ずっと続けばいい”という瞬間に巡り合う回数が多いほうが、幸せな一生と言えるのかもしれない。

ここに来きて遠い世界だった自分の”老い”がなんとなく輪郭を現してきた。自分のこととなると受け入れ方に困る。人類共通のテーマであると同時に、極めて個人的な問題なのだ。これからそんなことに向き合って生きていくのだなぁ。

2009年2月6日金曜日

乳歯

歯磨きをしている私のところに起きたばかりのワカが「タイへ~ン!」と言いながらやってくる。ワカの口角には乾いた血が、ギョッとする。

ワカ「あ~、大変だ、歯、食べちゃった、記念にとっておきたかったのにぃ。」
私(寝てる間に飲み込むかなぁ?)「大丈夫、OんOに出てくるから。吸血鬼みたいだから、お口ちゃんと拭いてね」
ワカ「ものすごい胃液で溶けちゃうかもしれないよ。あ~、シーツにも血が付いてる~!」
私「洗濯場に出しといてね」
シーツを布団から取るワカ
ワカ「あ~!」(今度はなんだ?)「血がお布団まで染みてる~!」
私「大丈夫よ、あとでしみ抜きしとくから。」
ワカ「あ~!」(今度は床まで染みてるって?)「あった、あった、落ちてた、僕の歯!」
・・・子供は朝からテンション高い。

乳歯が抜け始めたころ最初の2,3本は、保育園の先生がピッ、と抜いて、袋に入れて連絡ノートと一緒に渡してくれた。そんなコワイことよくできると関心していた。小学校に上がると学校の先生はそんなことはもちろんしてくれない。しかし生え換わりは小学校からが本番。ぐらぐらの歯が出てくると気になって、「痛い」とか「気持ち悪い」とかうるさくて食事にならない。しょうがないから私が抜くことにした。結構、面白い。ころ合いを見計らって、バシっと迷わずひと思いに引っ張ることが肝心だ。

今回はその楽しみを逃しちゃったが、あと5本。乳歯が生えてきた赤ちゃんのころを思い出して、なんとなくサミシイ私だった。

2009年2月5日木曜日

用心棒

BS黒澤映画トップ5の第3位「用心棒」。「ボディガード」のフランク(=ケビン様、確か23回?)ほどではないけれど、幾度となく見てきた映画。昨日の夜も新たな感激の嵐。

もしこの映画がカラーだったらと想像する。たとえば仲代達矢さん(新田の卯之助)が切られてその血だまりが地面にじわ~っと広がるシーン、・・・白黒だとおびただしい血が広がるのに生々しくない、しかも赤が石炭のような黒に見えることにより迫力も増す。脂の乗り切った監督と俳優たちのみなぎるエネルギーを、白黒のカラー映像(?)が絶妙な塩梅に落ち着かせる役割を果たしている。
一方で、カラーにはない陰影のあでやかさにも目を見張る。空の色だの着物の色だのあれこれ想像を巡らせるのも楽しみの一つ。宿場も人間の心も天気さえも荒む灰色の世の中、その中で妙に色彩を感じさせる司葉子さん(小平の女房ぬい)と仲代達矢さん。色なき世界で色鮮やかに輝いている。

登場人物の中では、あのちょっと頭の弱い眉毛がつながった加東大介さん(新田の亥之吉)が好きだ。そして真っ当な一庶民の東野英次郎さん(居酒屋の権爺)。それにしても三船敏郎さん(桑畑三十郎)のかっこよさと言ったら、ダニエル・ボンド様もびっくり。

2009年2月4日水曜日

牧場で豆まき

我が家は3人共丑、私の母も丑なので4人の年男年女が一緒に豆まきをすることにした。忘れるところだったのだけど、実は猫のミケ子まで丑。せっかくだから、迷惑そうなミケ子の側で「鬼は~外、福は~内!」。本当に迷惑そうだった。

そういえば昔マルちゃんという気のいい猫に、小さな鬼のお面をかぶせて豆まきをした。マルちゃんはとっても心得ていて、嬉しそうに(いやそうに?)走り回り、飽きたころどこかに行ってしまった。翌日、マルちゃんはまだ前日のお面を首から下げて、邪魔そうにご飯を食べていた。一晩つけっぱなしだったのね・・・。ミケ子は神経質だから、お面見せただけでハ~ッて言われそう。

2009年2月1日日曜日

Mamma Mia!

いや~、メリル・ストリープの歌唱力には驚いた。彼女の実年齢は60歳なので、失礼ながらドナ役にはちょっと年が行き過ぎているかと思ったら、なんのなんの、やはり彼女はミラクルだ。ピアース・ブロスナンの歌声はイタくって、そんでもってボンドさまが一生懸命歌っているのを正視するのが恥ずかしかったけど、それはそれでよかった。娘役のアマンダ・セイフライドはとてもいい声で歌もよい。最後の”Thank you for the music”はアレンジがとても美しく、大いに気に入った。大好きなコリン・ファースもギターで弾き語り、うれしい。

映画中盤にあのダンシング・クイーンでおばさんたちが踊るシーンがあるのだけれど、なんと私、ここで思わず涙。うそじゃなく。15の時、いったい何度この曲を聞いたことだろう。曲の中のダンシング・クイーンは17歳。15歳が17歳を想像するのはそんなに簡単なものではない。体も考え方もどんどん成長しているし、何よりも未来は輝いた未知の世界。その時代の自分の若さやら純粋さを思い出すと、愛おしくって、そして同時にそれが2度と戻ってこないと思うと悲しくって、泣けた。

それから3倍以上の年月を生きて、悲しいことも、辛いことも、夢に描いていたような楽しいこともあった。思い返してみるともっといろんな生き方ができたと思う反面、行く道は既に決まっていたような気もする。あのときみたいにこれからも未来を明るく見てみたい、そしてワカにも存分に人生を楽しんでもらいたい。こんな気持ちでもう一度ABBAを聞く事ができるなんて、ン、生きているってやっぱり面白い。

2009年1月30日金曜日

パイパー

シアターコクーンでの今年の野田マップは”パイパー”。

宮沢りえと松たか子のダブルヒロイン。終盤での2人の長い掛け合いのシーンでは、松たか子さんのセリフのリズム感の良さに感服した。その場面、りえちゃんのセリフはちょっと短めで繰り返しが多いんだけど、合いの手の入れ方がこれまたがうまい。この芝居の一番の見せ場ではないかと思う。

お父さんの橋爪功さんは貫禄。間の取り方が実に絶妙で、こんな言い方をしたら失礼かもしれないけれど若々しい。野田秀樹さんは声をからして全身全霊頑張っていた。自分で書いた本だから自由自在にセリフが操れるのはいいのだか、多少誰かが止めてくれてもよいのではないか、と思うセリフ回しはあったことにはあった。さとえりちゃんはきれいな脚だった。

そして特筆すべきはサラリーマン体操でおなじみの”コンドルズ”。群衆シーンやパイパーの動きは素晴らしいの一言。ダンサーたちはバレエのコールドのような四肢の美しさがあるわけではない。が、人数、配置、塊としての動きは新鮮で完璧、感服した。素晴らしい振り付けだった。

幸せを数値にすることの不毛さ、地球上の資源を食いつぶす浅はかさ、そして考えることなく何かに追随する幼稚さなどに対する怒り。不条理なセリフやおやじのダジャレで笑わされても甘くない現実、舌に残る苦い後味。そんな野田さんの世界がそこにあった。

2009年1月29日木曜日

だんだん

サブライド、ライドブサ、ライブドサ。
ちょっとナマってますが、なかなかです。社長は慶喜将軍でありましたか。”Xハズバンド”とのガチンコは料亭でなく、リンクの上だったらもっと面白かったのに・・・。

2009年1月27日火曜日

007 慰めの報酬

前作のエンディングから1時間後の設定で始まる。恒例のオープニングアクション、とにかく凄い。誰が撃たれて、どの車が敵か、どこから弾が発射されているのか、・・・ゼ~ンゼン分からない。動態視力が衰えているのか、画面が速いのか。ま、ボンドがやられてしまうわけがないのではあるが。そのあとも戦いの場面になると、やっぱりわからない、誰が殴られて誰が蹴られて、どっちがどっちなのか。ただ痛そうな音がバシバシ。あれだけ殴られたり、上から落ちたり、吹き飛ばされたりしたら、バランバランになっていそうなのに。全員タフだ。

さて、今回は最愛の人を失ったボンドは怒りの人。生け捕りなんてめんどくさいことはしない。そして自ら飛んで火にいる夏の虫になり、騒ぎを大きくし、あれこれ必要以上に壊しまくる。”毒には毒を持って制す”のオンパレード。この映画の中では世界の情報を握っているのは、アメリカでも、ロシアでも中国でもなく、何とイギリス=女王陛下なのである。ボンドがいなければ世界はどうなるのだろう。

そして、愛しのダニエル@ジェームス・ボンド。立てばシャクヤク、座ればボタンと、女性の立ち居振る舞いを褒める言葉はあるが、男性の場合は何と言うのだろう。彼はただ立っているだけでも、走っても、ぶら下がっていても、そこから落ちても、ボロボロの服を着ていても、かっこいい。何人ものジェームス・ボンドを見てきてが、初めてボンドに目がハート。すでに次回が楽しみな私。

2009年1月26日月曜日

ザ・ムーン

原題は"In the shadow of the moon"(公式HPはタイトルをクリック)。
12人の月に降り立った宇宙飛行士たちのインタビューと、デジタルリマスターされた当時の映像でつづられるドキュメンタリー映画。米ソ宇宙開発競争の中、ケネディ大統領の音頭で始まったアポロ計画。しかしそんな政治的問題とは別に、アポロを38.4万キロの彼方に打ち上げたものは、人間の純粋な探究心や好奇心、そして宇宙飛行士の勇気だったのではないかと感じてくる。

多くは飛行機のパイロット(映画にもなった“ライト・スタッフ”)であった彼らは、宇宙飛行士としての訓練を受ける。また月に降り立っては未知のものを探す科学者としての役割も担う。そして月での任務を終えた故郷である地球への帰路で、彼らはものの存在やら真実について悟る。さながら哲学者である。

「太陽、月、地球を窓から同時に眺めると不思議な感覚に襲われる。月や地球の分子も、自分の体の分子も、となりに座っている同僚の分子も、すべてはるか昔の宇宙に存在したたった一つの分子からは出来上がっているのだ、ということに気づく。だから私と他人、他の物体はそれぞれ別々に存在しているのではなく、同一のものであるということだ。」というようなことを(うろ覚えであるが)宇宙飛行士の1人が言っていた。別の宇宙飛行士は宗教を超えた霊的なものを感じる、とも。

69年、人類はじめての月面着陸の時、私は白黒テレビの中で、ふわんふわんと月面を歩く宇宙飛行士を見た。巷では”ドッキング”という言葉が流行り、”アポロ”という名前のイチゴとチョコレートがドッキングしたチョコレート菓子(今でもあるよね)を食べた。72年から誰も月には行っていない。この12人に続くのはどんな人たちなのだろう。そこの公園でボール遊びをしているあの子かもしれない。

2009年1月24日土曜日

ワモンアザラシ


北海道根室市の根室港岸壁で22日、ワモンアザラシの子どもが保護され、釧路市動物園に引き渡された。国内でワモンアザラシが見られるのは珍しく、北極圏から来たらしい。子どもは21日に岸壁にいるのが発見された。体長は約80センチ、体重約12キロ。丸々と太り、人間が近付くとヒレで胸をたたき愛嬌(あいきょう)たっぷり。根室海上保安部が港内で母親を探したが見つからず、海に戻したが、22日も岸壁に現れたため、保護することにした。 今の時期の同港は例年なら結氷しているが、今年は暖冬の影響で一部で氷が見える程度。どうして南下して来たかは分からないという。【本間浩昭】 (毎日新聞)
本間記者、ありがとうございます。本当にまん丸、あごの下辺りにコンパスの芯当てて丸を描いたらすっぽり収まりそう。パワーパフガールズのような・・・。どう見ても笑っているようにしか見えないけれど、きっと笑っているのよね。もしかしたら怒っているのか、それともアザラシの世界では困っている顔なのか。戻ってきちゃったのは、もしかしたらこの子を見つけた人が、お母さんそっくりだったのかも。
ワカはウルウルしながら「この子欲しい!」と、写真を眺めていた。わかるなぁ、その気持ち。

2009年1月22日木曜日

だんだん

今日は結構笑った。
まずどうしても円弘志の竹中部長。ヒット曲を出すのは大変なんや、みたいなことを言っていたけど、ものすご~っく説得力がある。最後に一言「俺みたいになるで!」と言うのではないか、とヒソカに期待。飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、飛んで行ってしまう~ううううう~。

そして、「父が患者の身代わり」の真実が明かされた。詳細は語られていなかったけど、お父さんが看病をしていると”お使い”が現れ、自分の命と患者の命のどちらかを取るかと聞かれて、患者の命を取って、身代わりになったってことね。・・・すみません、しつこくて。でもなんだか身代わりの使い方があまりにも新鮮だったんで、言葉の収まりが悪く、海馬の浅いところで身代わりがうろうろしているの。

最後は康太君の勘違い笑顔。喜びの顔アップが結構長かったので、私のほうがのぞみの新しい恋の始まりかと2、3秒ほどうっかりだまされそうになった。康太くんは、島根の思い出として早晩消えるかと思いきや、酷いこと言われながらも京都で頑張り、すっぱり捨てられ島根に帰るも、どさくさにまぎれて付き人にすべりこむ。外れそうで外れない画面ぎりぎりを行ったり来たり。よく見ると静電気大爆発の髪の毛の下、目もとが涼しげでなかなかかわいい。

2009年1月19日月曜日

インフルエンザ

ワカがインフルエンザにかかった。朝真っ赤な顔をして起きてきたので、熱を測ったら38.6度。予防接種済みだけれど、症状から見てインフルエンザっぽいのでお医者さんに行く。
ビンゴ。検査器のAの下に赤い筋がくっきり。
ワクチンの効果は100%とは言えないことは、毎年の経験からよくわかっている。が、受けておくと軽くすむ。今回も薬なし、1日で熱は下がる。食欲は完全にはもどっていないものの、翌日にはケロリ。

先生曰く、よっぽど目の前でくしゃみや咳をされて飛沫を受けない限り、大抵は自分の手についたウイルスが口や目を通して体内に入ってくるので、マスクと手洗いがとにかく大切とのこと。
しかしワカ曰く、学校では手洗いをしても、汚れた蛇口をひねるので元の黙阿弥だって。確かに。デパートやらホテルに行くと蛇口をひねる必要のない自動給水の設備があるけれど、学校ではそうは行かない。たとえば駅のホームにあるような、足踏み式の蛇口にしてみたらどうだろう。

とにかく子供は病気製造器、免疫がつくまでありとあらゆる病気にかかり、丁寧に家庭に持って帰ってくる。私はノロ、ロタ、トビヒ、その他もろもろ、自分が子供のころにかかったことのないモノにも二次感染してしまったし。一度で免疫ができるものはまだしも、新型インフルエンザの危機が叫ばれる中、この手の病気は学校で防ぐことによって、かなりの広がりを抑えることができるんじゃないだろうかと思う次第。

2009年1月16日金曜日

過酷な経験、自慢大会

会社の人とランチに行った。正月休みに行ったリゾートの話をするFさん。皆さん聞いているんだかいないんだか、反応が鈍い。 たとえるならば歯医者さんの待合室で流れる有線放送のよう。
するとA氏がおもむろに、「時代はかわったよなぁ、そこは70年代は荒れ果てていたのになぁ・・。」
その話を受けてB氏、「荒れていたといえばね、私は75年にキューバに行ったけど、出国させてもらえなくてね一週間もさぁ。」

突然みんなの視線がB氏に。歯医者の待合室から診療室に移ったかのように空気が引き締まるのを感じる。
「私は78年に中国からシベリア鉄道に乗ってヨーロッパに渡ったけどね。機関銃持った兵士がいてさ、どうなるかと思ったよ。」とその場の空気を鋭くキャッチしてC氏。
「私は70年代にソ連にいたことがある。一言では語れないものがあったよ。」たかが旅行と一緒にされちゃ困ると胸を張るD氏。
「皆さん、そうおっしゃいますけどね、私なんてインドで2週間も入院したことがあるんですよ。」とA氏参戦。 韓国でデモに巻き込まれ催涙ガスを浴びたとか、チェックポイントチャーリーで東ドイツに尋問受けたとか、でるは、でるは。

せっかくのランチが真っ暗になりそうになり嫌気が差したか、Eさん「皆さん海外のことばっかりおっしゃいますけどね、私なんて地下鉄で4回もスリに合ってるんですよっ!!」

2009年1月14日水曜日

思春期

ワカの友達に会った(ちなみに5年生)。

私「S君、なんだか声が低くなったみたい・・・、風邪かしら」
ワカ「声変わりじゃないの?」
私「ちょっと早いと思うけどね」
ワカ「S君脚に毛が生えてるんだよ。中学生みたいに」
私「・・・4月生まれなのかもね、ワカよりお兄さんなんだね」
ワカ「Sくんはもう思春期が始まっているんだよ」
私「・・・」(なぜかカタマル)

思春期という言葉が、私とワカの間でポ~ンと思いっきり中に浮いていた。

2009年1月10日土曜日

読み返さない人

定期的にはらわたがよじれるほど笑わせてくれるエライ人が会社にいる。 推定年齢50台後半。

ある女性幹部を紹介するメール
・・・・アメリカのXX大学で経済専攻された菜園で・・
(なぜかNOVAのおばさんが頭に浮かんでしまった)

PCが調子悪かったときの言い訳メール
・・・朝からメール婦長のため・・・
(病院帰りか・・・)

どうやらお礼のメール、らしい
・・・いつもお世話になっております。お心遣い、つかります。
(意味不明、漬物でももらったのか?)

涙なくしては読めない。あれこれいろんな場面を思い浮かべてはしばしサラリーマンNEOの世界。
いったい、読み返さないのか、それとも麻生さんの仲間なのか。

2009年1月8日木曜日

蠟梅

暮れも押し迫った30日、遠方からの客人を鎌倉に連れて行った。北鎌倉駅で降りて、円覚寺に入る。お寺の人たちが松飾でお正月の準備をしているが、人もまばらで空気がしんとしている。のんびり歩いていると、庭師さんらしき人がバンの荷台を開けて作業をしているのが目に入った。何気なく見ていると振り向いたその方と目が合った。するとバンの荷台から何やらサササッと手で拾い集め、「これあげます。ロウバイ。」と手を差し出した。あげるという言葉に本能的に反応して手を出す私。私の手にはパラパラと黄色い花。

「いいにおいしますよ。」
確かに何とも上品な甘い香り。
「お正月の飾りつけの枝から落ちたのだけど、お花を水に浮かべておくだけでも香りが楽しめますよ。」
何と素敵な贈り物。お恥ずかしいことにこの花を私はぜ~んぜん知らなかった。注意して見てみると鎌倉のあちこちにこの花が咲いている。

庭師さんから聞いたときは、ロウバイを勝手に”老梅”と頭の中で変換していたが、”蠟梅”と書く。だからかどうかわからないけれど、黄色い花弁は蠟のように透き通っている。土に落ちた落ち葉と蠟梅が、絶妙な冬の香りのハーモニーを醸し出しだす。透き通った空気とほのかな香りを楽しみながら鎌倉の町を歩いた。

2009年1月6日火曜日

習字の鬼

冬休みの宿題の定番、お書初め。

学校では3年生からお習字が始まる。2年前の正月、学校で既に習っていたはずなのに、筆さえもまともにもてないワカを見て唖然。しょうがないから”一”やら”リ”やらを何度も書かせて筆運びを教え始めた。
「ハイ、下ろす、横にっ、そこで縦にっ!そして、はねる!しっかり押さえるっ!・・・」なぜだか熱くなる私、ほとんど運動部の特訓のようになってしまい、迫力の号令に涙ぐむワカ。はっと我に返り、ま、3年生だし来年にはマシになっているだろうと、その場は矛を収めることにした。

さて4年生、すっかり昨年の”ど根性習字”を忘れてしまっていた私とワカ、しかし思い出すのに時間は要らなかった。・・・全然変わってない、一年前と・・・。四苦八苦し、どうにか読めそうな一枚を書き、自分の名前を書いておしまいというところに辿り着いた、が・・・・。およよ。
(ここから私の心の叫び)自分の名前を間違えるか?もう一回書くくらいで、めそめそするな!
せっかくのお正月が台無しになってしまった去年の轍は踏むまいと、のど元まで湧き上がる号令をぐぐっと抑え、どうにかその年も終えた。

で、またまたそんなことはすっかり忘却の彼方の私とワカ、そして今年。・・・変わるわけないよね、そんなに簡単に。”いつか見た風景”がまた始まりそうになる。お題は「希望の朝」、「絶望の朝」になる前に、私はスックとその場を立ち去った。バトル(というか私一人が激高するのだが)回避。

毎年繰り返されるお習字騒ぎで、自らがワカに習字を教えられないことは身にしみてわかった。なぜか習字を教えると熱い体育会系になり、鬼コーチと化してしまう。よくわからない。世の中グローバル化とはいえ、日本に暮らしていながら、こんな素晴らしい文化を身に付けずにいるのはもったいない。中学生になったらクラブやなんだで忙しくなるだろうから、せめて今年一年、近所のお習字教室に通わせようかと、思案中の私である。

2009年1月4日日曜日

なくなった家

元旦、久しぶりに新婚時代にすんでいた近所のお寺へ、初詣に行くことにした。今すんでいるところから3駅、決して遠いところではないのだけれど、ここ数年立ち寄ることもなかった。
せっかくだから初詣の前に、新婚のときに住んでいたアパートを見に行ってみようということに。そこは駅からちょっと、いや、結構離れている静かな住宅街、ほとんど家並みは変わっていない。

・・・が、な、ないっ!私達の住んでいた建物がすっかり消え去っている。そしてその隣にあった大きな大家さんのお家も・・・。人間とは身勝手なもので、長い間立ち寄ってもいなかったくせに、自分の思い出の場所はいつまでもそのままであると思っている。考えてみれば結婚してかれこれ19年、新築だった大家さんの家もアパートもそれだけの月日が経っていたわけで。その敷地に建てられた新しい家を目の前に、ぱらぱらとページをめくるように思い出がよみがえってくる。

世間がバブルで沸き返る中、仕事辞めて勉強してたからビンボーだった私とオット。結婚を決意したものの、高騰する家賃に頭を抱え、あちこち駆けずり回ってやっと見つけた部屋。小さかったけれど一生懸命掃除して、家財道具を少しずつ揃えた。最初は電話線も引けず、10円玉もって公衆電話まで歩いていった。毎日真っ暗になった会社帰りの坂道をスーパーの袋を抱えて家路を急いだっけ。

小さな喪失感と、すっかり記憶の奥にしまわれていたやさしい思い出を胸に、初詣に向かった。

2009年1月1日木曜日

謹賀新年

私の独り言にお付き合いくださった皆様
本年もぼちぼち続けてまいります
どうぞ宜しく。
年女の私
皆様の健康と幸せを
心よりお祈り申し上げます

2008年12月31日水曜日

浅草

年末の浅草。観光客で混雑、お腹がすいたのにあっちもこっちも行列。しょうがないので時間をはずし2時近くにようやくメトロ道りの”すし栄”さんに。
お腹ぺこぺこで口も聞かずに食べ終わり、ご主人と世間話を始めた。なんとここのご主人サンバカーニバルの発起人の一人とのこと。

その昔、浅草寺の横で盆踊りをしていたのだが、音響装置の性能がよくなりすぎ、病人が静養できないと広場の隣の病院からクレームが付いてしまった。さてどうしたものかと思案中「カーニバルなんてどうだ」、との意見が出、それを耳にした伴淳三郎さんが「お前らブラジル行って来い」と指令を出し、鶴の一声で調査団派遣。ビキニも珍しく照れちゃうような時代に、本場物のサンバを目にした面面はまたも思案。でもやっちゃえ、ってことで始めたものの、「結局盆踊りのノリでサンバ祭りならず、”サン婆祭り”になっちゃったんだよね。」
それからいくつもの改良改案を重ね、現在の姿にたどり着いたとのこと。確かに10年ほど前に見に行ったとき、”サン婆”さんらしき方のお姿も拝見したが、それはそれでなかなか。最近はバージョンアップしてるそうだから来年はちょっと覗きに行ってみようかな。

現在はご主人組織からは引退なさったそうだけど、面白いお話が聞けてとってもうれしかった。おすしが三倍おいしく感じたお昼ご飯だったのだ。

2008年12月26日金曜日

エステ、眠気と戦う

ロングヘアなので美容院にはあんまりお世話になっていない。高級な化粧水はエタノールがはいっているので肌に合わず、無印良品のアルコールフリーでことはすむ。・・・とあれこれ言い訳しているのは、私が使う美容関係の出費はかなり低いということで、1年に1度くらいタルミゆく顔にお金をかけてもバチはあたらないのではないかと自問自答していたわけで・・・。で、ついに迷いながら、弁解しながらエステに行った。

「まずお化粧を落としてください。」
「あ、どうせそうなると思って、すっぴんで裏道を走ってきました。」
「あら、おきれいですね、素肌とは!」

すごい、そこまで言うか・・・・。いくらお世辞とはわかっていても、すっかりうれしくなってしまう私。心まで解きほぐしてくれるのね。そしてマッサージが始まった。

「目の周りとあごの下の老廃物を潰して、リンパの流れを活性化します。」
「いっぱいたまっているので、ガンガンお願いします。」
「ごゆっくりおやすみください、さい、さい、さい、さい・・・・・」

気持ちがよくって気が遠くなる私。薄れる意識のその奥でかすかに聞える貧乏性の声。
「もしここで寝てしまい、手を抜かれたらどうする~。」
あ、そうか、私は起きているのよ、と手置きなおしてみたり、足を組み直してみたりして、必死にアピール。ああ、しかし抵抗むなしく少なくとも4回は気を失った。

「お客様~、今日はこれで終わらせていただきます。」
はっと、我に返る私。ああ、本当に気持ちがよかった。でも、なんだかどこか満ち足りないところが・・。なんだろ。そして気が付いた、私の貧乏性・・・。今度は手を抜かれてもいいから、眠たくなったら寝てしまおう、どうせお顔の皮は引力にはさからえないのだから、せめても芯からリラックスして疲れをほぐさなくちゃね。
じゃ、また来年(行けたら、ね)。

2008年12月22日月曜日

アイスダンス

浅田真央選手はすごい。昔NHK杯でカタリーナ・ビットを生で見たときその飛び散るオーラに驚いたものであるが、おそらく浅田選手はその上を行くと思う。またキム・ヨナという望んでも得られないライバルがいるということは、彼女にとってこの上もない幸運なのではないだろうか。

いくつか感激したスケートはあるけれど、アイスダンスについてちょビット。まず何年たっても忘れられない1984年サラエボ、イギリスのトービル&ディーンの”ボレロ”。 覚えている方もたくさんいるに違いない。

それからひと世代後、今、浅田選手が滑った”仮面舞踏会”のCDがにわかに売れているそうだけれど、クリモワ&ポノマレンコの”仮面舞踏会”は一押し、それから”G線上のアリア”。リンクしたものとは違う時に見た可能性が高いのだけれど、運よくYoutubeにアップされていたのでまた見ることができた。ウレシイ。90年代頭の顔した2人、遠目には何となしパトリック・スェイジとデミ・ムーアが踊っているよな・・・。 これを見ると、浅田選手はロシアの系統を、全く素晴らしいほどに受け継いでいると言える。ロシアのバレエに代表される振り付け、そしてそれを踊る彼らの表現力は震えるほど美しい。

2008年12月19日金曜日

かわいすぎる猫

また見つけた。顔といい体型といい猫格といい三拍子そろった子。いるんだよね、こういうオモシロイ子。どうやらアメリカまでこのキュートさが飛び火してるみたい。
とりあえず、滑り込むねこと、特訓する猫。ほかにも笑える動画がてんこもり。ほんとかわいいよ。

2008年12月17日水曜日

ボウリング

ワカの誕生会。もし雨になったとする、子供たちが動き回れるスペースは我が家にない。となるとTVゲームくらいしかない。子供が日中からTVゲームは不健康だし、何より誕生日が記憶に残らない日になってしまう。オットと2人で考え込む。オット曰く、子供のころの誕生会でボウリングに行ってとても楽しかったと言う。今でも覚えているということは、きっとワカが大人になっても思い出してくれるかもしれない、と思いボウリングに決定。

さて近所のボウリング場は、ここ5年ほどですべてなくなってしまった。一番近所は渋谷のシブヤボウリング。週末は混んでそうだから念のため予約の電話してみると、希望の時間帯はすでに満員御礼。気を取り直し、次は品川方面。まず品川プリンス、何度か利用したことがあり子供連れも多かったので誕生会にはよさげ。しかし、なんと年末は大会が入っていてほぼ満杯状態だって。ボウリング場が少ないのか、ボウリングが流行っているのか。なんだか不安になってきた・・。そしてお次は、隣駅の田町、東京ポートボウルと田町ハイレーンがある。田町ハイレーンは20ン年前に行ったとき、すでにレトロな空気が漂っていた。HP(タイトルをクリック)を見ると外観はあのまんま、けっこう老朽化してるだろうなぁ、それに子連れが行くと場違いかも。と思っていると、あら、高校生以下は3ゲーム靴代込で一人1,000円というパックが。お台場で観覧車に乗ると一人900円也と考えると、ケッコウお得ではないか。電話してみると、やっぱり「週末は混んでますね~、来てみてください」。残念なことに予約は受け付けていない。ま、ショウガナイか、背に腹は代えられない。

さて当日、田町ハイレーンに到着。20ン年前と同じ外観。とっても狭いエレベーターで5階へ。肝心のボウリング設備は新しくなっていて、そして満レーン(?)状態で、親子連れが沢山、ゴロゴロ、カーン、カーンと活気に満ち溢れている。心配した待ち時間も20分ほどで順番が回ってきた。ついてる。

ノーガーターレーンはボールが転がりさえすれば、狙いを定めても定めなくても、一投目(10本ピンが立っていれば)絶対一本は倒れる。完全に狙いが外れたボールが柵に当たり、跳ね返り、もう一回反対の柵にあたり、ちょうどいい所にボールが命中しストライク、なんてことがあったりする。ボウリングというよりビリヤード。ここ田町ハイレーンはストライクを取ると、スコアを映す業界初、液晶ハイビジョン画面にスロットマシーンがあらわる。7が3つ揃うと何か貰えるようだけど、絶対揃わない。揃わないとお姉さんが画面に出てきて、”ごめんなさ~い”ってポーズをとって謝る。このおやじ向け演出は小学生にはウケてなかった。

3ゲームは短いかなと思っていたけれど、床に穴が開くのではないかと思うほど全力投球する子供たちは、2ゲームも終わると疲れてガタガタしてくる子も現れ、ちょうどいい塩梅で終了。思い出に残ってくれたらいいなぁ・・。

2008年12月16日火曜日

グエルム

韓国、2006年、ポン・ジュノ監督。何とも面白い映画を見た。

貧困や不衛生はリアルに映され、見ている者の漠然とした不安を煽る。
アメリカの発言を鵜呑み、外面や学歴で人を判断する社会。
しかし小市民は警察も軍隊も頼らず自分の家族を守ろうとし、学生は反政府のデモを行う。
そんな社会をボッシュの絵を彷彿とさせる怪物が、体操選手のようにぬらりぬらりと動く。
とてつもなく強い怪物に、火炎瓶やらアーチェリーやら道路標識やらで立ち向かう人間が、哀れでもあり愛おしくもなる。

無知、いい加減さ、下品さのブラックユーモアに笑わされたと思いきや、容赦なくバッサリと恐怖が襲う。恐怖の真っただ中においてさえ、滑稽さを引きずる人間たち。このアンバランスな世界は、素晴らしい俳優陣による演技があってこそと思う。俳優陣に拍手。

2008年12月13日土曜日

The Rainbow Connection

セサミストリートが出たところで、も一つYouTube。
私の大好きな歌の一つ"The Rainbow Connection"。森の中でかえるのカーミットが歌う。しんみり、ホンワカと聞いてほしいのだ・・。(タイトルをクリック)
よい週末を・・。

2008年12月12日金曜日

ベン・スティラー

"トロピック・サンダ"ーの話ついでに、ベン・スティラーについてちょビット。”リアリティ・バイツ”、”アメリカの災難”から始まってほとんど彼の映画は見た(と、どうでもいいことで胸を張る)。そして彼は好きな俳優(監督)というだけでなく、ある瞬間から愛しの俳優になったのだ。そのある瞬間とは”セサミストリート”でのベン。嬉しいことにYouTubeでアップされている。チャラ~ン "Friends & Neighbours"を歌うベン・スティラー、ああ、素敵。なんとなしに恥ずかしそうに歌う姿、そして着ぐるみがたまらなくキュート・・・(だからって志村けんがお相撲さんの着ぐるみで歌ってもだめなのよ。ちょっと古かったか・・)

2008年12月11日木曜日

あきらめないで

12月9日付、日経夕刊「あすへの話題」、小枝至さんのコラム

「あきらめないで」 
 35歳でその人の将来が見えるという説があるが、本当だろうか。(中略)
 先日、ある会合で「私はどちらかといえば勝ち組に属すると思いますけど」と三十代の人が発言してびっくりした。何を基準に勝ち組とか負け組とか分けるのだろうか。現在の収入や社会的地位で判断しているとしたら、愚かなことである。(中略)
 個々人の考え方が多様化している中で大学卒の資格が将来の成功の必要条件と考えるのは何かおおかしい。人生の目的はもっと種々あってよいし、目的もなしで大学で四年を過ごすのは個人にとっても、国家にとってもムダである。また一般教養の高さと学歴の関係も怪しくなってきている。
 人の潜在能力は努力を積み重ねないと顕在化しないものである。若い層には、「三十五歳で将来が見える」などと言わず、諦めないで、個々人のブランド(特技、経験、他の人からの信頼など)の向上につとめていただきたい。意義ある人生を送れたかは最後に決まるものであるし、その判断基準は人によって異なるものであろう。

抜粋しようと思ったけれど、ほとんど書き写してしまった。当たり前のことを言われているのであるが、人生の先達が書かれる文章はずっしりと心に響く。子育ての指針とするとともに、これからの自分もあきらめずに行きたいとしみじみと思った次第。

2008年12月8日月曜日

甘苦上海 (68)

紅子さんの運転手趙さん、姪の黄蓉さんが夜のお仕事をしていることに胸を痛めているようだ。で、京と周敏のことを妄想して嫉妬の炎を燃やすよりも、趙さんの相談のほうがラクだって思った紅子さんは。

お金を貸して欲しいということなら、お金と一緒に猫を押しつける。
「話してみて」
「・・・昨夜遅く、と申しましても、もう朝方だったんですが、黄蓉が台所でケータイで話しているのを聞いたのです。黄蓉はいつも朝四時頃に戻ってきて、ソファに寝ます。私は黄蓉を起こさないように、一階の台所で2人分の朝食を作ります。黄蓉はどうかすると夕方まで寝ています」
「夜の仕事だものね」
「同僚の小姐と小声で話していました。日本の男からお金を巻き上げる相談のようで・・・黄蓉はその小姐からお金を借りていました・・・それで、言われるまま男の写真を撮ってきたみたいです」
「写真・・・」
「黄蓉が眠ったあと、枕もとののケータイを見ました。ケータイカメラに、日本人の男の裸の寝姿が写っていました・・・他にも何枚か男の部屋の写真が」

さて、頭をよぎるものがあるでしょう、どう出るか紅子さん。でもケータイは黄蓉が持ってるし、趙さんに頼んだまして持ってこさせるか。・・・いや、もしかしたら趙さん何もかもお見通しで、何か画策してるかもしれないし。もっと考えれば京さんと趙さん結託して・・・。あれこれ、あれこれ・・・。
今後の展開を期待してますんで、お願いしますよ~。

2008年12月7日日曜日

WALL・E

人類は廃棄物で汚染された地球に住めなくなり、宇宙船(ノアの方舟)で飛び立つ。その後700年間太陽電池で黙々と仕事を続けるゴミ処理ロボットWall・E、他のロボットもすべて壊れてしまい最後の一台。人間のいない地球に置き去りにされた”ET”(姿が似てます)といったところ。そこに探査ロケットEVE(ちょっとアイボが入ってます)が現れる。前半はほとんどセリフが無く、映像と効果音のみ。しかし、あのマイク・ウォシャウスキーが目玉一個ですべての感情を表現したように、Wall・EもEVEも大変表情豊か。また、CG映像、背景は砂埃から、細かいところではゴキブリ君のひげの動きまで、ますます素晴らしい。今までと違い実写も効果的に取り入れられている。

後半は言ってみれば”2001年宇宙の旅”その後、を行くストーリー。2001年がまだの人はまずこちらを見れば、笑えるツボも増えること間違いなし。船長が立ち上がるところなどは、膝を打ちましたわ。後で調べたら、スタントン監督は「私が最も影響を受けた70年代SF映画へのオマージュなんです」と語っている。御意!

京都議定書にサインしないアメリカもあれば、こういうアメリカもある。と、あきれたり感心したりしながらも、来年にはそのままエプコット・センターあたりにアトラクションができているんだろうな、と思ったりもする。・・・一言で言うと、いい映画なのだ。

2008年12月5日金曜日

ゲルマン魂

会社の同僚がドイツに帰国した。2月に早々と10月帰国の辞令が出てからというもの、延々8ヶ月をかけて引っ越しの手配が始まった。
いくら帰国が嬉しくたって、なんだってそんな早くから準備するのかと思った。家具や家電製品を売却したり、安い運送会社を探すために見積もり取りまくったり、転居先を探すために帰国したり、余った有給使うためにたくさん休暇をとったり、その合間にちょっと仕事したりと綿密なスケジュールを立て、最後はピタッとゴール。その全行程を夫がこなす。財布のひもは大抵の場合、男が握っているのだから、当然と言えば当然なのであるが。

ゲルマン系の方々、たいがいは一度決めると多少の障害物は跳ねのけ、計画通りに突っ走る。よほど自分に自信があるのか、はたまた融通がきかないのか。チャランポラ~ンの私などは見習うべきことが沢山あるが、実際、見ているだけで息切れがする。しかし当人もきつかったらしく、すべての船便を送りだして帰国まであと1週間、というところであえなく発熱。どんなに強靭に見えてもやっぱり生身の人間だものね。ちょっと安心。病気まで計画に入っていたら驚きだけど。

2008年12月4日木曜日

ホテル・バビロン

BSで11月から始まったBBCのドラマ。(HPはタイトルをクリック)
「来るもの帰るが如し」のおもてなしなぞどこ吹く風、いかにお客に金を使わせるかに全神経を注ぐホテルのマネージャー。常連さんであろうともひとたびお邪魔リストに入ると、いびり出そうとあの手この手。しかしそこに人情やら正義感が意外な形で顔を出し、中くらいでハッピーエンド。

登場人物のキャラクターは、はっきり色づけされてブレがない。全員自己中心、上司の顔色やらチームワークより自分の利害が最大の関心事。しかし、見ていて気持ちがいい。だって、この人たちはみな自分の仕事に忠実なのである。ということは向き合っているのは常にお客、理想的な従業員たちなのではないか、と思えるが・・・。お客にはお金持ちという枕詞が付く。
大金持ちをコケにしながらも、やっぱり小金は大事、っていう労働者目線に共感するのかな。

2008年12月3日水曜日

甘苦上海 (63)

京君をモノにすると鼻息荒く始まった連載も早63回目。すっかりモノにされちゃった感のある紅子さん。仕事仲間の”鈍感な”(私じゃなくて紅子さんが言った)日比野さんに、若い恋人のことを自慢したくてしょうがない。ちらっとほのめかして見たものの、冗談としか受け取ってもらえないようだ。さてこの2人の食事風景。

 「殻付きのクマモト牡蠣に、レモンと不思議な香りのするソースをたらして、殻ごとすすった時、京の切れ長な目をおもいだした。わたしを小馬鹿にしたような・・・世界のすべてにタカをくくり、同時に絶望したような鋭くて濁った目が、私の口の中で溶けて、するりと体内に滑り込んだ。
 私は、あ、と声を上げそうになり、あわてて日比野をみた。日比野はいかにも日本のオジサンという姿で、前屈見でフォアグラを救っている。安心した。やはりわたしと京の関係は、まともではない。
 日比野はよく食べる。快楽に忠実なオトコだ。仕事もできるし、誠実でもある。正直に素直に意見をいってくれもする。」

牡蠣を京の目に見立てて飲み込む一文、恐れ入りました。しか~し、生牡蠣食べられなくなりそうだ・・。
日比野さんのこと”鈍感”とか”日本のオジサン”とか言っときながら、よいしょもする紅子。その日比野さんと食事の後散歩に出かける。

「日比野と二人で、新天地を歩いたことなどなかった。家族でもないし、恋人でもないので、会話も歩幅も間が取れない。私は立ち止まる。「・・・、あ、満月だわ、見て?」 ZENという店の上にぼんやりと丸くて白いものが浮かんでいる。日比野に京のことをしゃべってしまいたいのを、ぐっとこらえる。」

その時である、日比野の太短い腕が後ろから私の肩を包み込んだ。突然のことに身動きができない。さっき食べたクマモト牡蠣が胃の辺りからせりあがってくるような感覚を覚える。耳元でフォアグラのにおいがかすかに残る熱い息。「うさぎさんがおモチついてるね。」と囁きが聞こえる。
・・・・な~んて、妄想、妄想、失礼!

2008年12月2日火曜日

リトル・ロマンス

12才のアメリカ人少女ローレン(ダイアン・レイン)とフランス人少年ダニエル(テロニアス・ベルナール)、2人ともIQが高すぎて同年齢に話の合う友達がいない。そんな少年と少女が偶然ベルサイユ宮殿で出会う。はじめてのデートで知り合ったちょっと怪しげで博学の老人ジュリアス(ローレンス・オリビエ)から、ベニスに伝わるロマンチックな伝説を聞く。日没の鐘が鳴る間、ゴンドラに乗り”ため息橋”の下で恋人たちがキスをすると永遠に結ばれる、と云う。ローレンは父親の転勤でパリを去ることになり、ダニエルとベニスへ行こうと思い立つ。子供だけじゃ国境は越えられないので、ジュリアスに付き添いを頼んで家出。あんまし頼りにならないジュリアスとあれこれあって、2人はベニスに辿り着く。ケチなゴンドラの船頭を川にけり落とし、2人は”ため息橋”の下へ…。

ただお互いが好きというだけではなく、感性を共有する2人。大人社会の妥協、迎合、不条理、ちょっとした絶望感などを、それほど深刻ではないけれども、敏感に、あるいは予感のように感じ取っている。そんな子供たちを、一人前の人間として扱ってくれる大人たち。すっかり大人の世界の人間になってしまった私は、はたして自分はこの微妙な年頃の子供たちの”理解者”となっているのだろうか、とふと思う。

監督はジョージ・ロイ・ヒル。既に”明日に向かって撃て”、”スティング”等立て続けに名作を生み出していた1979年。ダニエルとローレンが入った映画館で“ スティング”が上映されている。しかし2人は”名作”を前に居眠り、クライマックス近くの銃声で目覚める。”ため息橋”に向かうため、映画一番の見せ場で席を立ってしまうダ ニエルとローレン。子供は結局映画を見てない、ヒル監督、何が言いたかったのかしらん。映画のラストシーンは記憶に残る。大きく飛び上がったダニエルの姿をとらえ映像がパッと止まる。”明日に向かって撃て”の2人が、飛び出したところで終わったように。

それにしてもダイアン・レインのかわいいこと!今はとっても素敵な女性に成長した彼女。
そして、ローレンス・オリビエ。なんだか見ていて涙が出そうになる、笠智衆さんを見ているとせつなくなるような気分、分かるでしょ?
”小さな恋のメロディー”はずーっとトロッコで行っちゃうところで映画が終わるけれど、子供ながらにあのあとどうしたのだろうかと心配していた。設定はちょっと違うけれどおそらく最後は”リトル・ロマンス”みたいに切なく、でも明るく、終わったかもしれない、と思う。子供の別れはなんて希望に満ちているのだろう。
久し振りに見たけれど、前見たときよりず~っと面白かった。

2008年12月1日月曜日

子供に注意されるとき

土曜日の午後、ダイニングで宿題をしているワカの横で私はみかんを食べていた。

ワカ「・・・あのね、もうちょっと静かに食べてくれる?」
私 絶・・・・句!

ついこの前まで「お口をちゃんと閉じて食べないと恥ずかしいでしょ。」と注意していたのは私。だけど、私、神様に誓って口は開いていなかった。いやしかし、ちょっとのどが渇いていたので、2,3房をまとめて口に入れたのがまずかったのか・・・。しかし何よりもショックなのは私が確実にオバサン化してるということ(別名”おやじ母”とも言う)。そう思うとこれからはお風呂上がりに下着姿でうろうろしたり、ボヤ~っとテレビを見たり、PCでゲームなんてしてる姿、もう見せられまへん。花村の久乃おかあさん見習って今日から襟を正さねば。
どちらかというとワカはポヨヨ~ンとしたタイプで怒ることのない穏やかな性格、それだけに直球を浴びると何ともイタイ・・。

あれこれ親の言うことを素直に聞いていた子供時代が遂に終りを告げつつあるのね、きっと。
ひらひらと舞い落ちる落ち葉のように、なんとなくさみしい母であった。

2008年11月29日土曜日

だんだん

あ、あ~んぐり・・・、石橋君。後藤先生とそんな繋がりがあるんだったら、みやび堂の社長に取り入って祇園に切り込まなくても、京都医大産婦人科に行けばよかったのに・・・。故郷を捨てても人脈は捨てるな。

それにしても伊武雅刀さんはなぜ必ず、「先生、こちらはあきまヘン」と序曲をつけながら登場するのだろう。ダダダダダダ・・・、でたな~、妖怪。ああ、失礼、面白い(がっている場面ではないのだろうけどね)、やっぱり好きだわ。

2008年11月27日木曜日

猫の水面下

”猫の下はこうなっているんです”がウチワでちょっと話題に。
これは笑えるし、目からウロコ、猫様ニュース。
たいがい猫のことは知り尽くしていると思っていたけれど、青い、青い・・・。
謙虚にならなくちゃと、教えられた一枚。

2008年11月25日火曜日

ブラザーズ アンド シスターズ

日本では11月から第2シーズンが始まった。ロサンジェルスのウォーカー家、母親役をサリー・フィールド、子供にカリスタ・フロックハート、レイチェル・グリフィス等、上院議員役にロブ・ロウなどが出演。まだまだ現役バリバリの母親と5人の成人した子供&亡夫の愛人の子供1人、これだけいればありとあらゆる問題を毎週せっせと運んでくる。

長男 トミー:不妊治療を経て体外受精で双子を授かるが、1人出産で亡くしそれ以来妻が鬱っぽい。
長女 サラ:3人の子供の母で亡父の遺言で会社を引き継ぐも、夫との別居で傷心
当次女 キティ:大統領を目指す共和党上院議員と婚約した元キャスター、現在は婚約者の広報担当
次男 ケヴィン:弁護士でゲイを公言。恋人は(キティの婚約者の弟で牧師)マレーシアに転勤し傷心。
三男 ジャスティン:911後2度も戦地に送られ(一度目は志願)、イラクで負傷し帰国。
三女 レベッカ:隠し子。サラの夫を誘惑し別居に至らせる。実の母に愛想を尽かし、シーズン2よりウォーカー家に居候。

ヒーローズよりは登場人物を把握しやすいかな。この家族、誰一人をとっても口が減らないのには感服。あそこまでガンガンものが言える家族って、正直、疲れる。しかし、何か事が起きると、家族それぞれの立ち場から多面的に語られるあたり、なかなか面白い。それはドラマ自身が結論を決めつけず、解釈の逃げ場が多いということにもなる。ま、これだけ情報が溢れて視聴者の意見の多様化が進む中、こうでもしないと多くの人を満足させられない、ということもあるのかも。

いずれにせよ、役者は皆素晴らしく話のテンポも軽く、見ていて飽きない。

2008年11月23日日曜日

トロピック・サンダー

大好きなベン・ステイラーとロバート・ダウニー・Jrと”カンフーパンダ”で見直したジャック・ブラック。
・・・なんだか劇場が静かだったなぁ。笑っていいのか悪いのか、ここ2,30年の大作、小作含め真面目な映画やら俳優の私生活もチェックしてないとツボが押えにくいのは確か。たぶん私もツボをはずしたところが結構あったに違いないけれど、それでも大いに笑えたのだ。

役作りに異様な執念を見せるロバート・ダウニー・Jrは、マイケル・ジャクソンの逆バージョン、実はオットにバカにされるから黙っているのだが、冒頭彼とはわからなかった。トム・クルーズはもともとコイけどますますコクなり、でも「オレは2枚だけどこんなのもできるのよ」のビミョーな姿。我を忘れるほど役にはまるカメレオン俳優もいれば、何をしても”我”が出てしまう俳優もいる。どちらが良くて悪い、ということではない。トムとはペネロペ仲間?のマシュー・マコノヒー、この2人を出すあたりもベン・ステイラーのお遊びかしら。

映画業界、社会問題、芸能情報、あれこれ突っ込みすぎた感はあるけれど膨満感はない。映画が大好きで、でもそんな自分の情熱を面と向かって出すのもね~、そんな照れくささと自分の情熱を笑いものにした、好感の持てる映画なのだ。

2008年11月21日金曜日

だんだん 患者の身代わり

あれこれ小さいところは無視して大雑把に楽しく見てるのであるが、今日の石橋さんの郷里を捨て医者になることをあきらめたというくだり、”患者の身代わり???でお父さんが亡くなった”。

 散歩していたら患者さんが車に轢かれそうになり身を呈して助けた。
 自らの臓器を患者に生体移植、または大量に輸血。ブラックジャックか。
 病気の患者の代りに漁に出かけ遭難。
 患者の連帯保証人になり・・・・、暗すぎるか。

ま、いっか。ほっとこう。
それにしてものぞみちゃんの日本髪がだんだんサマになってきているような、それとも見慣れただけなのか。それから夏八木勲と伊武雅刀。爽やかなはずの朝の茶の間に夜の街の熱風が・・・。濃くて分厚い空気を感じながらもついつい見てしまう、怖いもの見たさであろうか。せっかくだから”スネークマンショー”やってくれないかなぁ、グゥアッハッハ・・・。

2008年11月19日水曜日

ビリ~~~~!!

2年ぶり1場所1回こっきりの東京公演。待ちに待ったこの日のため、数日間PCリラックスタイムを削り、体調を整える。

一言、よかった。
今回は先行予約で何とアリーナAを手に入れることができた。結構端っこだったけどね。それでも生ビリーが肉眼で見えたし、前のほうなので音のエコーも少なく最高のコンサートだった。

”ストレンジャー”で始まるや否や全員総立ち冒頭から盛り上がりと歓声、とにかく最後の”ピアノマン”まで2時間出ずっぱり、歌いっぱなし、弾きっぱなしのビリー。私の中での圧巻は2年前と同じで”Just the Way You Are”と”Honesty”。泣いた、ほんとに。”Just the Way You Are”では「My X first (?) Wifeに作った」って自ら紹介し、歌の中で永遠という言葉が出てきたら「こうはいかなかったけど」と手で軽くジェスチャー。笑える。永遠に続かなくとも、こんな歌を作ってもらった女性、心底ウラヤマシイ。
例の如く東京ドームの音響に不満げな彼ではあったが、張りのある伸びやかな声で、往年の名曲を素晴らしいグループと一緒に完璧に歌い上げる。・・・ああこの人は歌の職人なんだな、そして自らも称しているようにエンターテイナー、それも最高級の、と心底思う。

大画面に映るビリーがこちらを向くたびに、自分と目が合ったような錯覚を起こし、(なぜか画面に)思わず手を振ってしまう私。まわりの人たちものりのり、直立不動の背広姿で一緒に歌う外国人、エアロビクスのレッスンのようにずっと跳ねてるOLとサラリーマン風のアベック(なんか古い響きではあるが)、かなり上手に大きな声で「ヒューヒュー、ホーホー」と合いの手を入れるお兄ちゃん、などなど、なんだかすっごくいい感じの観客に囲まれて、始めから終りまで踊りっぱなし。今日になって足腰が痛い・・・。でも元気が戻った、ありがとう。

2008年11月18日火曜日

鬼のかく乱

週末から体調崩れ、とほほ・・・。貞子みたいに電波で悪いものがうつるといけませんので、ちょびっと休みます~。

2008年11月14日金曜日

かわいいネコちゃんたち

YouTubeのかわいいネコちゃん特集

”ちょうだい”とかわいすぎる声でなく猫。

”世間話する猫”。翻訳と編集に軍配

”セロテープに固まる猫”。この目つきただものではない。

”異様に犬に人気の猫”。たぶん自分のことを猫とは思っていないだろう。

”カモを育てる猫”。子供は任せてのアンジェリーニャ。

2008年11月13日木曜日

Before Sunrise

久し振りにBSで。
ストーリーはアメリカ人学生ジェシー(イーサン・ホーク)と、フランス人学生(ジュリー・デルピー)が電車の中で知り合い、ウィーンで1日を過ごす。以上。と、いうと~ってもシンプルなあらすじなのだけれど、その1日にとにかくいろんなことがぎっしりと詰まっている。
夏なのに哀愁を帯びたウィーンの街角が、若い2人のたわいもない人生観-実はとても哲学的であるのだが-が、そして惹かれあう姿が目を釘付けにする。恋するとこうなっちゃうのはわかるんだけど、この2人を見ているとこそばゆくなって、オットとふたりしてテレビの前でテレまくる。きっと誰もがこの映画のいくつかの場面を、自分の経験と重ね合わせながら見ているに違いない。忘れていた胸の痛みがよみがえるのだ。ふ~ぅ。

そして数年前、この出会いから9年後の2人を描いた続編”Before Sunset”を見た。続編でも彼らはとっても素敵なのだけれど、時の流れは2人の風貌も生活も確実に変えてしまっている。悲しいことであるが。会話も甘酸っぱさからほろ苦さに変わり、あの時の希望の未来であるはずの現在は、生活に追われる現実となってしまっている。
しかし過ぎてしまった一瞬の輝く過去は、どこかで自分の未来を希望やら情熱やらに変えることができるのではないかという期待を感じさせる。今度は大人の胸を締め付けるような一篇になっている。私はこの続編がとても好きだ。

2008年11月11日火曜日

猫がしゃべる

実家の母が言う。ミケ子が朝「ゴォハァン~」と言いながら起こしにくるって。
うっそだ~と言いながらも、実は半分信じている私。YouTubeで見つけたTalking Cats、なんともこじつけみたいだけど、こんなかわいい子がいたらいいなってうらやましかった。そして、ついに、ついに、我が家にも出たか!(・・・化け猫じゃないんだから)。すると母曰く、「でも”ゴハン”ぐらいじゃね。世の中にはもっとすごいのがいるから、”マグロうまい”っていう子もいるのよっ!」
・・・言ってるような、言ってないような、でも猫好きには、特に飼い主にはそう聞こえちゃうのよね。ああ、かわいい。そういえば昔、ご飯食べながらフガフガ言ってる猫、いたなぁ、うちにも。

2008年11月6日木曜日

猫アレルギー

私は猫が大大大好きだ。先週末、友人が猫をもらったというので-しかも2匹!-いそいそ会いに行った。まだ3,4か月のかわいい盛りで、箸が転げてもおかしい2匹は休む暇なくあちこち走りまわっている。しかし、やっぱり・・・、私はくしゃみ鼻水が始まり、目も痒くなって・・・。

子供のころから猫を飼っていた私、実はひそかに猫アレルギーを疑っていたのだけれど、医者にはハウスダストと言われていた。ここ10年、ミケ子のいる実家に頻繁に遊びに行っているのに症状が出ないし、気にもしていなかった。

猫アレルギーは猫に存在する「Felc1」と言う毛や皮膚の油腺から出ている物質が原因だそう。あれだけ走りまわったら飛ぶだろうなあ、猫の毛やフケ。しかしなぜミケ子には反応しないのか。確かに、私がいる時間は奥の部屋の座布団の上から動かない、全く、根が生えたようだ。しかも猫のくせに自分で毛づくろいをしないので、母がコロコロ(粘着テープで埃を取るやつ)で毎日お手入れしているそうなのだ。これじゃあ空気中にアレルゲンが少ないのも頷ける。

オットが人間以外の動物は立ち入り禁止しているので、今後猫ちゃんを飼うことはないだろうけれど、アレルギーと思うとなんとなくガッカリ。しかし、がっかりどころかゼツボーしている人のために、世界ではアレルギーを起こさない猫の開発まで行われているのだ。ん~、これね、こういうのは私、ハンタ~イ。

日曜日の朝、目覚めると窓からはやさしい朝の陽ざし、陽を浴びたお布団の上にくるりんと丸まった猫ちゃんが、っていうのが私の夢なのだけどね。しょうがない、近所の猫友に声をかけるだけで満足することにしよう・・・。

2008年11月4日火曜日

ヴィルヘルム・ハンマースホイ

国立西洋美術館でヴィルヘルム・ハンマースホイを見た。デンマークの画家で生前は有名だったのだけれども、亡くなってから長い間忘れ去られていたそうだ。ミニマリズムな室内のしかも同じ場所を、時間・季節を変えて何枚も描写している。写実的であるけれども、どこか夢の中で見たような非現実的な風景にも見える。その光の移動や強弱が織りなす陰影は、フェルメールに影響を受けたというのもうなずける。

自分の良く知る人物しか肖像画は描かない主義だったそうで、彼の作品に出てくる多くの人物は彼の妻、イーダ。しかしほとんどが後姿。室内もイーダの服装もグレーの濃淡が織りなす静かな世界、ひときわイーダのうなじが白く美しい。あんまり写実的に描かれるのをイーダが嫌がって後ろ向きが多いのか、ヴィルヘルムはうなじが好きだったのか。だとしたら江戸時代のようで風流ですな。
北欧の低いく薄い光に包まれた絵がほとんどの中で、緑と青が鮮やかな”ライアの風景”と黄色い光に照らされた”ローマ、サント・ステーファノ・ロトンド聖堂の内部”が別の世界のようだ。
絵で空気を描くことができるのだ、と実感した展覧会だった。

すっかり魅せられてしまった私、カタログを買おうと思ったら・・・、あまりにも現物と色が違うのでやめてしまった。あの光と色は頭の中にとどめておこう。

展覧会についてはタイトルをクリック

2008年10月31日金曜日

猫の手

猫ちゃんは本当はかなり何でも自分でできるんだけど、めんどくさいから人にやらせているのかも知れないのだ。タイトルクリックしてね。

お腹が空いているというよりも、「見て見て、私(オレか?)も出来るも~ん」ってかんじ?

2008年10月30日木曜日

甘苦上海 (29)(30)

リンパ線を知り尽くして上海エステ業界で体を張って商売している紅子さん、京君と別れて家に帰ってからお風呂に入いり、昔の思い出やら商売に思いをはせている。(水戸黄門の由美かおる・・・)。紅子さんの長湯に付き合ってたら土曜日から水曜日までかかった。昨日やっとバスローブをはおったところで携帯電話が鳴る。

29
(前略)
「もう眠っちゃいましたか?」 京だった。頭の中のいくつもの数字が消えた。「・・・いまバスタブから出たところ」「じゃあ、裸なんだ」「はい、そうですよ」これは嘘。(何を期待してるのだ!)でも裸に近い。「これから、紅子さんのところへ押しかけて行こうかと思って・・・」
電話の声の背景に、軽い音楽とざわめきが漂っている。若くて甘やかな匂いまでも。(これはいい表現だなぁ。こういうことある、ある。ワカが公園から電話してくると、若くて砂場の匂いがしてくることがある)「わたし、お風呂から出たばかりなのよ」「いいじゃないですか」「よくないよ。毎日の手順通りに洗顔だってすませちゃったし」
押しかけてくる、どういう意味だろう。(変な期待してないわよね、紅子さん)けれど京ならやりかねない。来られたら困るのか、というと、それもよいような気がしてきたが…(ほらやっぱり期待してる~)いややはり困る。(そうなのよ、一度鎧を脱ぐとまたつけるのが大変なのよ、ここはちゃんと断りなさい、上に立つのよ!)
 
30
「実はいま、彼女と一緒なの、豚の店で」(ほら、だから言ったこっちゃない、先にびしっといっておかないから~。)あっけらかんとした京の声に途方に暮れたが、すぐ気持ちを取り直した。今日は相手の気持ちを斟酌しない、というより平気で引っ掻く。それも無邪気な笑顔でだ。
(紅子、読者に豚の店の説明を始める 中略)
「彼女と一緒って?」 「ほら、前に言ったでしょ、周敏、アナベル・リーの」(あれぇ?前っていうか、今日だったんじゃなかったっけ?それともほんとに5日間くらいお風呂に入ってたのか、私、どこか読み飛ばしちゃったかしら)
(中略)
「デートなんでしょ?どうして電話なんかしてくるのよ」(中略)「押しかけて来て欲しくなかったら、こっちに出てきませんか?お化粧なんかしなくても、紅子さんは奇麗です」(いや・・、それは・・・ちょっと・・)酔っているのかもしれないが、傍らの周敏の反応が見えない。(携帯、テレビ電話に変えたら?あ、そしたらこっちも見えちゃうか・・・)「京さん、私本気で怒ったら怖いよ。(コワそう)わたしのことタカをくくると、どうなってもしらないわよ」ここは一番、怒っておいたほうがいいだろう。(今頃・・・、遅い、遅すぎる。)

でも、行っちゃうんだろうな、紅子さん・・・。

2008年10月28日火曜日

噛み合わない会話

TV「~~~これで、誰でもアルキメデス!」
ワカ「アルキメって誰?」
私「アルキメデス?」
ワカ「ア・ル・キ・メ!」
私「アルキメデス?」
ワカ「だから、アルキメって。アルキメってどんな人?」
私「???・・・。(耳が遠くなったのかなぁ、アルキメデスのことだろうなと思いながら)ギリシャの数学者。」

あとで考えると、「アルキメです。」と思っていたのじゃぁ・・・。このまま思い込ませておいても面白いけど、かわいそうだから訂正してやらなくちゃ。

2008年10月27日月曜日

リサイクリング

10月からゴミの収集方法が変わった。
特に資源ごみ、今まで燃えないゴミだったプラスチック容器・包装、新聞雑誌以外の古紙が資源ごみとして収集されることになった。なぜプラマークが付いているのに燃えないゴミなのか、といぶかっていたが、やっとこれからリサイクリングされるのか、とにわかに張り切る私。

さて分類してみてわかったこと、我が家の燃えないゴミ95%がリサイクルプラスチック容器だったのだ。今までバンバン捨てていたのでよく見ていなかったけど、あっちもこっちもプラマークだらけ。イチゴなんかが入っている透明のプラスチック容器には、型押ししただけなのでよーく目をこらさないと見逃す。野菜や果物を包んだプラスチックの袋を止めている1センチもないような簡易クリップにもプラマーク。フランスパンの紙袋の窓にはプラマーク、袋は紙マーク、破らないように静かにひきはがす。しつこいからとことんやる。

こうなってくると、プラマークを探すのが日々の日課、いやそれどころか日々の楽しみに。はじめはめんどくさがっていたオットまで一緒にプラマーク探し。ゴミを捨てるにも目的意識がでるわけで、なんだか毎日が明るくなったよな・・・。これが茂木さん言うところの、身近で味わえる達成感、ドーパミン放出というものなのかしらん。安上がりでいいわ~。

それにしてもプラマーク探し以前に、どうにかならないのかしら、この過剰包装。

2008年10月25日土曜日

今週の”だんだん”

だんだん見慣れてきた。 登場人物に意地悪な人がいないし、京都弁を聞くと安らぐのだ。

めぐみが看護婦になった暁には「病気になって、めぐみの病院にいくから。」って楽しみにしている、こうたくん。でもめぐみは短時間で介護福祉士に進路変更。めぐみの職場でお世話になるには、病気になるよりも時間がかかりそうだ。

そして今日のめぐみ独唱”守ってあげたい”。鳥肌が立った、別の意味で。あれが「歌をあきらめます宣言」でよかった。もし淡谷のりこさんやサイモンがその場にいたら、責任者を呼べ!と言われ、石橋さんもろとも撃沈。 ザ・ピーナッツも、リンリン・ランランも、こまどり姉妹も、ジュンとねねも怒っちゃうかも。

おかあちゃん(よしこさん)は女の株を上げた。私もいざというときは、こういう懐のふか~い女になりたい。それにしてもお父ちゃんまきこさんに「覚悟はできているのか」って。引導を渡すほどたいへんな娘なのか、めぐみは・・・。

2008年10月24日金曜日

EATALY

九月末に代官山にオープンしたイタリアの食品スーパー。EATALYがある場所は低層の建物がパティオを囲んでいる。以前はブティックやインテリアショップが入っていたのだけれど、今はその大半がイータリー。パティオでは野菜が屋台に盛られ、カフェも出ている、店内に入る前から楽しいのだ。

思っていたよりも店内は広く、たくさんの食品が並んでいる(コーフン!)。パスタは約80種、すっきりとシンプルな包装で、中身のパスタがそのままパッケージのデザインになる。カシコイ。
チーズ、ソーセージ、ハム類はドンドンド~ンと塊が置かれたりぶら下がってたりしている。当然のごとくにおいも強い、が、なんというかプロフェッショナルのにおいなのだな、これが。ワイン、オリーブオイル、香辛料などは容器を見るだけで職人気質を感じる、趣味がいいし、統一感がある。それもそのはず、独立の小さな生産者の商品を集めて、イーターリーブランドとして販売しているそうだ。作る人は良いものを生産することに集中すれば良い。どうりで大量生産のにおいを感じないわけだ。

パンはさすが日本で焼いているが、これが絶品。小麦の香ばしさがしっかりと口に残り、噛めば噛むほど味が出る。パンを美味しく食べようとチーズとサラミを買った。チーズは実に新鮮、サラミは濃いにおいと味がタフな味を醸し出している。

お値段に関しては割高感は否めないけれど、外食するよりは安いし、何よりもおいしい。またひとつ楽しみが増えた。

イータリージャパンはタイトルをクリック

2008年10月23日木曜日

甘苦上海(23)

紅子さんと京くんはお酒を飲んだあと主席公館酒店の最上階にあるオープンテラスのフレンチに行く。紅子さんは京くんの恋人(周敏さん)についていろいろと聞き出したりする。食事が終って2人は小路の暗がりを歩き始めた。

(前略)体は暑いが、汗は退いている。バーで飲んだジンフィーズやワインが効いていた。こういうときは心にも無い言葉が出てくる。「周敏さんと、一緒に暮らせばいいのに」返事のかわりに、手を握られた。(・・・そうかなぁ・・、話聞いてないんじゃないかなぁ)そのまま歩く。京は背が高いので、私はぶら下がるような不安定な姿勢だ。(ン~、ぶら下がるような姿勢?ちなみに236cmと168cmでもぶら下がるようにはならない。クリックしてみてね)
 (中略)暗い場所では、私も幼い気分になれる。「ねえ、キスしようよ」と私はつないだ手をぶらぶらさせながら言う。(手のぶらぶらは幼いかもしれないが、言ってることはお・や・じ)「なんで?どうして?」(しかもこんな返事あるか??)「したくなったから」「じゃ、しよう」(確かに会話は幼い・・・・)
 (中略)京の唇は固い。そこから溶けて出入りするものがない。たぶん私の唇も固くなっているのだろう。(なんだか痛そうなキスだ)周敏は、どんな唇としているのだろうと考える。カラダを離して私は言った。「全然、良くないよ、京さんのキス」「愛がこもってないからなあ」「晩御飯御馳走になっといて、キスして、愛がこもってないからなあ・・・それでも、お金を出して欲しい」「だめ?」(ダメ)「出しますよ、12万元ぐらい」(今時点1元14.26円だから、え、え、えッ1,711,200円!!)「ありがとう、紅子さん、大好きだ!」(大好きだ、ってほかに言い方ないのか)京は再び私を抱きしめた。私の体は京の薄い胸に包み込まれる。(背が高いんだよね、京君。しゃがんだか?いや、そんなことはどうでもよろしい。ロマンチックに浸っている場合ではないのだ)「これだけで12万元は高いけれどね!」(高い!高い!高すぎるっ!)見当違いの言葉しか出てこないのは、なぜだろう。(見当違いじゃなくって、計算違いしてないか?)そんな言葉とは遠い気分なんですがね。(つづく)

ああ、紅子さん、もちっと面接してからのほうがいいと思うのだけど・・・。なんだかほっとけない、紅子さん。

2008年10月21日火曜日

プロフェッショナル 100回記念

あ~面白かった。茂木健一郎さんが100人のプロフェッショナルの仕事を分析して、いかに活用するかをレクチャー。

よいアイディアを得る
寝ること。いや~、それなら大丈夫、任せて、と喜んだものの、ただ寝ただけじゃだめで、とことん考えてから、寝ることが大事。空っぽの頭でのらりくらりしながら寝てもだめなのか・・・。そうしてとことん考えて集められた情報は、寝ている間に整理整頓され、目覚めたときはひらめきやすいらしい。しかし、ひらめきも場所を選ぶとか。外の情報から遮断されている環境がいいのだって。飛行機のなか、タクシーのなか、勿論トイレとかお風呂とかもね。

プレッシャー克服法
笑う。これは意外にも簡単、しかもポジティブになれる。よし、やるぞ、という気分になってしまった。順番としては1.脳がうれしくてたのしい 2.笑う、あるけれども、実験で、1.口角を上げて笑った表情を作る 2.脳が影響を受け考え方がよりポジティブになる、ことも可能ということがわかった。こうして無理矢理でも笑って、脳をポジティブにすると、前頭葉が適切に働き目の前の仕事に集中できるらしい。 苦しいときは、「ヘンになっちゃった」と思われない程度に笑ってみよう。

決まりごと。自分の意思で集中モードにはいるのは、はなかなか至難の技らしい。そんなときプロフェッショナルたちは決まりごと通りに体を動かすとスイッチが入るそうだ。それは仕事前の儀式のようなもので別に難しいことをするわけではないが、毎回同じ決まりことを繰り返すことによって、体が集中モードに入るようにスイッチを入れてくれるそうなのだ。ふーむ、いろいろと決まったしきたりが世の中にあるのは、集中モードに入るための大切な準備だったのだな。

モチベーションをアップ
憧れの人を持つ。よい振る舞いを見ると、ミラーニューロンなるものが働き、自分も同じように振舞うようになるそうだ。近くに憧れの人が見つからなければ、どんなに気に入らない人でもその人のよいところを見つけるようにする。こうしてミラーニューロンを活性化させよう。

小さな成功を大切にする。どんなに小さな課題であっても成功すれば、脳のなかでドーパミンが出てカイカンを得る。苦しくてもやり遂げればカイカンが得られると記憶されれば、小さな成功体験がやる気持続につながるとのこと。日々、努力、目標は低く、夢は大きく。

やる気、モチベーションと言われるものは、それぞれの個性によって表現や手段は違っても、プロフェッショナルたちは同じような脳の使い方をして達成している。ある人はスポーツで、ある人は医療行為で、ある人は農業で。表現や成功はみんなそれぞれのやり方でいい。みんな違って、みんないい。

2008年10月20日月曜日

ジュラシックパーク

ケーブルでジュラシック・パークとロスト・ワールド鑑賞。あれじゃ恐竜も怒りますわ、と登場人物-特にジュラシックのガキンチョ2人-にイライラするのがわかっていても最後まで見てしまう。そこがスピルバーグのなせる技。

映画を見た翌日、ワカ。
「昨日の”サファリ・パーク”面白かったね!」
当たらずと言えとも遠からず、ってとこかな。

そして、私。
ワカ「ね、ね、あの恐竜なんだっけ。」
私「コドモドラゴン。」
オット「いや、ステゴザウルスだ。AAAND、KODOMOではなくKOMODO。」
・・・・だって、ステゴザウルスって聞くと、一人で街角にぽつねんとしている恐竜を思い浮かべてしまうんだもん。

2008年10月18日土曜日

赤坂由香利

ジャズヴォーカリストの赤坂由香利さん、初めていった彼女のコンサートで「'Round Midnight」にすっかり圧倒され、これまで4回ほどライブに足を運んだ。
歌の間に入る語りはオノ・ヨーコさんのような高くて柔らかい声なのに、歌声は低くてハスキー。そしてピアノも素晴らしい。
日本語のアクセントが全くない英語でゆっくりと歌詞を捕らえて、伸びやかにそしてノスタルジックに歌い上げる。ジャズだけでなく、ボサノバやポップスもOK。ちょっと間違えばダサくなってしまう、カーペンターズやライオネル・リッチーの曲をなんとも粋に歌いこなしてしまうのには脱帽。

いろんな方と協演されているけれど、日本の”ヨーヨー・まぁまぁ”(と赤坂さんが言っていた)こと、古野光昭さん(チェロ/Bass)とのデュオがお気に入り。古野さんの哀愁を帯びた押えた音色は、曲の底のほうで海のように大きくやさしくゆれている感じだ。
赤坂さんのHP(タイトルをクリック)を見ると、いろいろなところで演奏しているようなので、お近くでライブはあるときは是非!

2008年10月17日金曜日

だんだん

いくらなんでも家族に双子の入れ替わりがわからないわけがないよね~、と思いながらも、いや、これはTVだからもしかしたらボケまくってくれるか、とも期待していた。そのボケ役は、案の定バンド仲間のこうたクン&夕闇が邪魔したか蕎麦屋の祖父母、ま、このくらいで終わらせるのが朝ドラらしいかな。どっこい、なかなか良かったのは入れ替わっためぐみとのぞみに出会ったときの、吉田栄作、石田ひかり、三林京子、藤村志保の表情。

吉田君、若い時はなんだかこっぱずかしくってまともに見られなかった。「俺はビックになる!」なんて言ってたような、いないような・・・。しかし時は過ぎ、ちょっと前に久し振りに”ダイヤモンドの恋”を見た時、役者として難しい年齢なのにいい風に年をとった、と半分くらい直視できるように。
しかし、三林さんは和泉雅子さんと一緒に路線がかわってしまったなぁ・・と、私の独り言。

さて、お父ちゃんは、シジミと家族を捨てて単身大阪でボクサーを目指していた。なんや、ドラマティックな展開どす。まだまだ続きがあるって竹内さんが言ってたから、明日が楽しみだ。

そして、アミとユミの区別がつかない私にも夢花とめぐみの区別はついた、よし。しかしマナとカナはどっちと言われると・・・。

2008年10月15日水曜日

甘苦上海 (15)

ドアの向こうのヒトをモノにしようと、夕日を味方に付けて部屋に入った紅子さんであったが、やっぱし、若い地元の先客がいた。彼の名は京。彼はゲンキンにも若い娘をさっさと追い返して、紅子さんを大胆にもベットに押し倒したまではいいけれど、お金の話などでなんだかウヤムヤになり、ふたりでお酒を飲みに出ることになった。

「京さんお見通しのように、わたし、京さんを欲しいと思って、それでアパートまでいったんだけど、(そんなにすぐ言っちゃっちゃあだめよ。)京さんとセックスしても、そんなことで京さんを手に入れたことにはならないって、解ってきたわけで・・・」
 アルコールが身体に入ると、頭脳の血の巡りも良くなるのだろうか。(いや、そんなことはないと思う)言葉にしながら、わたしはわたしが感じていたことを、ひとつひとつ確認していく。
「ああ、なるほど。」と京は、私の言葉を咀嚼している。(咀嚼するほどの話でもないと・・)お酒で濁り始めた眼は、」遠い場所を泳いでいる。(ほら、もう目も泳いじゃっているようだし)
(中略)
(京)「・・・、とりあえず、そういう関係になっておいて、この男がはたして、それだけの価値があるかどうかを、ゆっくり考えてみればいい。それで何か、損はありますか?」わずかな身構えもない、素直なまなざし。(ついさっきはお酒で濁っていたはずなんじゃ・・)植物の茎を向いたような、生々しい美しさがある。(いったい何の植物であろうか、フキか、ウドか?)
「私が若い未婚の女性だったら、そんなことは言わないでしょう?」
「そうですね、言いません。(そ、そんなあっさりと・・。)未婚女性には、結婚とか、妊娠とか、人生の面倒なストーリーがくっついてくるから、損得勘定が単純ではなくなる」(あのね~、既婚だったり中年だったりしたらもっと面倒よ~!)
「でも私は、面倒なストーリーがない、(え、えっ!同調するか?)つまりそれって、関係が下半身で楽しめるかどうか、すごくわかりやすい話しなわけね」「そういうことです」
なんとすっきりした考えだろう。(って、いうかなんて言うか、ちょっと~!)ここで妙に感心してはいけない。(そうです、おっしゃる通り)

・・・というわけで、ほろ酔い気分の中継、終わり。ここまで約2週間。上海現地時間ではまだ1時間くらいしかたっていない模様。

2008年10月14日火曜日

ゲット・スマート

「40才の童貞男」、アメリカ版「The オフィス」でまじめなボケ顔が愛らしいスティーヴ・カレル。テレンス・スタンプ、アラン・アーキンの熟れきった渋顔も素敵。アン・ハサウエィはきれいでかっこいい。

60年代のTVシリーズの映画化。メル・ブルックスのギャグの世界。こうなるんだろうなと思った通りになるのに、やっぱり笑わされる。しかも60%くらいのツボの押さえ方で、おかしいんだか、ばかばかしいんだか、なんだかね、という笑いの境界線をさまよう。その境界線を超えるか超えないかは観客の人生経験だの趣味だのに任されていて、ハマると120%笑える。60%ゆえに下ネタさえも完全に落としてしまわず上品な下品になる(?)。スティーブ・カレルのコクないスマートさも映画をウルサクしていない。

家族でウケたギャグのすり合わせをしたら、それぞれ目の付けどころが違っていた。あるシーンを見て笑っているうちにたたみかけるようにギャグが続いていて、見逃しちゃったりしてるのだ。トムとジェリーやらバックスバニーを、笑うために何度も見ちゃうような人にお勧め。DVD買っちゃおうかな。

2008年10月10日金曜日

落ち着かないハシビロコウ


学校の振替休日、平日で雨の上野動物園。

お目当てのハシビロコウ君はすぐそこでこっちを向いて立っていた。”動かない鳥”で有名、写真を撮り放題かと思いきや・・。目が合うや否やこちらの微笑みの完了も待たず、ブゥ~ンと反対っ側に飛んで行ってしまった。何で何で?と飛んでったほうに移動するとまたブゥ~ン。とった写真は後ろ脚だけとか、羽根の先っぽだけとかばっかし。(ハシビロコウ君の動く姿はタイトルをクリック。)

そのうち「あんた、なによ。」みたいな一瞥をくれてから、ホントーに厭そうな顔をして、しかも足早に歩いて木の蔭に行き、動かなくなってしまった。あの大きなくちばしも隠れるほど完璧な角度でこちらにおしりを向けて。かなり嫌われたようだ・・・。クスン。しかもあとの4匹は小部屋に入ってるらしく、おしりさえも拝めず。

(紳士服のポスターのような(メスだったらごめん)写真はウィキベディアから)

しょうがないから、くまさんを見に行った。そしたらマレーグマがケンカ中(と思う)。正確に言うと1匹がとてもあれて他の2匹を蹴散らしていた、というべきか・・・。どこかの家庭で見たような風景だ。雨の日はみんな機嫌悪いのかな?同情。

結構降りも強くなってきたので、早めに切り上げて精養軒のカレーを食べに。カレー好きのワカ、スプーンまでしゃぶりつくすその姿を見ていると、なぜか先ほどみた猿山が目に浮かんだ。

2008年10月9日木曜日

緒方拳 in MISHIMA

Mishima: A Life in Four Chapters(ポール・シュレーダー監督:1985年)では日本映画とは違った角度から、名優緒方拳さんを見ることができる。この映画は三島家のご遺族との関係か何かで(とアメリカでは書かれている)日本未公開に終わった。おそらく国内ではビデオもDVDも発売されていないと思う。

ロイ・シェイダーのナレーションとフィリップ・グラスの曲が流れる中、「金閣寺」「鏡子の家」「奔馬」の三つの作品にドキュメンタリー風な三島由紀夫自身の話を織り交ぜていく。三作品では坂東八十助、佐藤浩市、沢田研二、永島敏行が出演。素晴らしい脚本は、俳優の真の実力をこうも引き出すものかと驚かされる。そして、緒方拳さんはドキュメンタリー風のチャプターで市ヶ谷駐屯地での籠城・割腹自殺に至るまでの姿を演じている。そこには緒方拳さんの顔の皺の動きひとつも無駄にしない鬼気迫る姿がある。三つの物語がそれぞれ彼の人生の伏線であるかのように破壊、死に至るところで、緒方さん演じる三島由紀夫もクライマックスを迎える。理想の高さ、潔癖さ、弱さ、古さ、アロガンツなどすべての感情を余すところなく緒方さんは演じきっている。

この映画で三島由紀夫の”様式美”に対する解釈-カメラ、セット、音楽、衣装-には舌を巻いた。それだけに三島家のご遺族にはつらい映画なのかも知れない。”フィクション映画”として作品をとらえず、彼の”思想”や”趣味”をいいように解釈し、映画が独り歩き始めるかもしれない不安はぬぐい去れない。しかしすぐれた作品とは人間の普遍的なものを表現しているという立場に立ち、このように完成度の高い映画、また、緒方拳さんの渾身の演技を日本で見られないのは何とも残念な気がする。

2008年10月8日水曜日

ノーベル賞

宇宙の成り立ちに必要な素粒子であるクオークがまだ3つしか発見されていなかった時代に、6つのクオークがあれば宇宙の成り立ちが証明できるという論文を発表したそうだ。

電子顕微鏡でも見られないクオークというものを想定して宇宙を考える。サイズもその時間も広さも桁外れに小さくて長くてそして大きい。すべてはこの素粒子から始まって私達も存在しているわけで・・・、考えただけで気が遠くなりそうだし、なんだかコワイ。

益川敏英さん(68)は論文発表から実に35年後の受賞に「たいしててうれしくない、2002、03年に我々の理論が証明され、科学者としてはこれで終わったこと。あとは社会的現象です」と至極まっとうなお話。しかし南部先生との同時受賞について聞かれると、自分の研究の出発点である南部先生の話をしながら感極まって言葉が詰まり、そしてそのことについては「うれしい」とハンカチを目にあてる。

論文を発表した当時、益川さんは上司に社会との接点なしに科学の勉強も成り立たないと、大学でのの労働組合の役員をしながらこの論文を書いたということ。そして、考えるときは散歩しながら、とにかく歩きながら考え続ける。何者にも邪魔されないスポイルされた環境よりも、雑音の入る世界で仕事をする大切さを言われていた。

私はまったく物理学はわからないけれど、わからない世界のことを頭の中で空想しその果てしなく遠い世界に思いを馳せることはある。他にいい言い方はないのかと考えたけど、あえて言っちゃうと”純粋なロマン”を感じてしまったのである。

2008年10月6日月曜日

イグ・ノーベル賞

10月3日の日経22面のすてきな記事

ハーバード大学で10月2日、今年の授賞式があった。北海道大学の中垣俊之准教授ら6人が、「真正粘菌」という単細胞生物が迷路の最短距離を導き出すことを発見して、認識科学賞を共同受賞した。三センチ四方の迷路の入口と出口に食べ物を置いておくと、脳も神経もない粘菌がなんと最短距離で迷路を進むらしい。「単細胞=頭が悪い、ではない」と中垣氏はあいさつ。ありがとうございます。

平和賞は”植物にも人間と同じような尊厳がある”との考えを推進する、スイス政府の生物工学に関する倫理委員会とスイス市民が受賞。これにはふか~く同意。植物にクラシック音楽を聞かせると成長が早いとか、結構知られた話も身近にある。神社のご神木なんぞは人間通り越して神様だし。

話がずれるけど、ずっと前、ある男の人が”植物の気持ちを知る機械”(だったっけか?)を開発したというのをTVで見た。ちょっと記憶があやふやなのだが、その機械はバウリンガルのように植物のお話を翻訳するわけではない。ワイヤーを植物に巻きつけるかなんかすると、ワイヤーのもう一方をつないだアナログの電流計みたいな機械から植物の”キュイ~ン”とか”ジジジジ・・・”いう鳴き声(ほとんどノイズ)が聞こえてくる。いろいろ鳴き声を聞かせてもらったけど、その中で忘れられないのが大根。まな板の上の大根さんをバッサリときると、周波数が合ってないラジオの音量を大きくしたような”ギャイ~ン”という金切り声。い、痛がってる・・・。それを見てからというもの、しばらく野菜を切る時に「失礼します。」と挨拶してから料理した。

話をイグ・ノーベルにもどしてっと。そして生物学賞は、”犬に寄生する蚤は猫に寄生する蚤よりも高くジャンプする”ことを突き止めたフランスの研究家。・・・楽しい。

なんかいいなぁ、一生懸命学問する人間って。

2008年10月4日土曜日

かわいそうなぞう


土家由岐雄さんのノンフィクション童話。戦争中の上野動物園で市民の安全のために餓死させられたぞうさんのお話で、多くの人が一度は読みそして涙したに違いない。ああ、思い出しただけでも、うるうる・・。
長年終戦記念日で朗読を続けていた評論家・秋山ちえ子さん、その朗読は2005年に終わってしまったが今年8月にCD化された。その英語翻訳版をシンディー・ローパーさんが朗読している。昨晩NHKで来日したシンディーー・ローパーさんのインタビューを見た。

政治家ではないので歌で平和を呼びかける、また、戦争は絶対いけないと。そして「かわいそうなぞう」の朗読をとインタビュアーに頼まれ、まさにぞうさんが餓死し、飼育員がその体を抱きながら戦争が終わることを叫ぶ場面を、あのハスキーな声で静かに読み進むうち、涙で声が詰まってしまった。

90歳を過ぎ、なおかくしゃくとした秋山ちえ子さんに会う。秋山さんに誠心誠意礼を尽くしたシンディーの姿を見て、彼女がどれだけこの絵本に心を動かされたかがよくわかる。アメリカでの売り上げはすべて上野動物園に寄付されるとのこと。

2008年10月1日水曜日

甘苦上海

昨日から日経朝刊で連載開始。今日は2回目。
主人公早見紅子が上海で誰かを訪ね、ノックしたらハイと返事があった場面。

”この声の主を私のものにする。ここまで来たのだから、逃げない。やり遂げた数々の仕事上の困難と同じに、今回もきっと上手くいく。
 ドアが開けられるまでの数秒間、両手で眼尻と目の下のたるみを押した。
 51歳の肌は磨きあげたばかりだ。夕陽を味方にし、背中に受けて立てば、しわやたるみも目立たない。ドアを開けた瞬間、39才の男の目を奪い、このアパートに似つかわしくないほどに洗練されて映るには、無表情でいたほうがいい。私は表情を捨てる。”

仲良しのお友達として言っちゃう。まず、この声の主をちゃんと確認してから、私のものにしよう。お父さんが来てるかも知れないし。それから数秒間しかないのに、目の下押したらだめ、戻ってこないかもしれないわよ。夕日か・・、それより眩しくてしわやたるみどころか目も鼻も見えなくなるかも。しかし、訪問時間も計算済みなのは褒めてあげよう。 理性は捨てないように。

これから毎朝楽しみだわ、わくわく。

2008年9月29日月曜日

ポール・ニューマン

ポール・ニューマンが亡くなってしまった。本当に寂しい。スーパーマーケットに行ったらドレッシングとポップコーンのラベルのポール・ニューマンが笑っていた。

私が映画を見始めた頃は既に大スターであった。リアルタイムでは「スティング」、「タワーリングインフェルノ」、「スラップショット」あたりから。それから名画座で「明日に向かって撃て」、ビデオとかなかったからテレビの再放送かなにかで「ハスラー」とか「引き裂かれたカーテン」とか見たっけ。
みんなそうだと思うけど、「明日に向かって撃て」でバートバカラックの「雨にぬれても」の曲の流れる中、たれ目のキャサリン・ロスと自転車に乗るシーンはその新鮮さに目を見張り胸を高鳴らせた。

ニューシネマの時代が去ってからは「ハスラー2」(マーティン・スコセッシもいい)や「ノーバディーズ・フール」。特に「ノーバディー~」はブルース・ウィルスやメラニー・グリフィスがニューマンと素晴らしいハーモニーを奏でている。正直、彼の老いを目にしてちょびっとつらかったけど。
83歳は早すぎるとはいえないのかも知れない、でも、生きていてほしかった。

2008年9月28日日曜日

アイアンマン

原作は日本にあんまりなじみがない、だって、知り合いの若者が”アイロンかける人”と思ってた。”スパイダーマン”シリーズでおなじみのマーベル・コミックが原作で1963年にアメリカで登場。だから映画の舞台はベトナムからアフガニスタンに、バージョンアップしたパワードアーマーは着脱可能、などコミックとは設定が異なっている。(映画についてはタイトルクリック)

さてコイけど大好きなロバート・ダウニーJr.冒頭の脂ぎった姿を砂漠でそぎ落とした、ざっくりとワイルドなカンジがなんともいい。いろいろあったけど完全復活を成し遂げたようでうれしい限り。”アリー”のときは本当にがっかりしちゃったから。”何とかマンもの”にロバート・ダウニーJr.が出たのは意外だったけど、グウィネス・パルトローが出ているのも意外だった。それにしても彼女は超美脚である。あの困ったような表情がやっぱり素敵。そして、悪役のジェフ・ブリジス、こ、こんなに老けなくっても・・・。それにしても、ナットクのキャスティング。 俳優と同じくらいパワードアーマーはクール。
そして物語はアメリカのみを完全に正当化していない。この際深読みせず素直に受け取とってすっきりと映画を楽しもう。

この手の映画は心の底ではいつもたかがコミックの実写版・アクション映画、って思って見に行くのだけれど、俳優のその真剣さに結局は最後まで見入ってしまう。勿論どれとは言わないけど、中にはコミックそのものってゆう映画もあるけどね。スパイダーマンしかり、Xメンしかり、へんに持って回って気取った映画より後味がよい。

2008年9月27日土曜日

ざびじい・・・

学校の行事が週末に入り平日が振替休日になった。季節もよいので、有給とってワカと電車でも乗りに行こうかと思っていた。で、先日そんなことを晩御飯食べながらお話もしていた。そしたら昨日、休みの日はナントカ君とヘノヘノ君とモヘジ君と遊ぶんだ~、って。

高齢出産でそれまでの夫婦の自由気ままな生活に慣れていた私は、楽しい?育児をしながらもその束縛感にもヒーコラ。いつか自分で計画立ててほっといても楽しくやってくれる日が来てほしい、と成長と解放を夢みてその日を指折り数えていた私。しかし、いざその足音が聞こえてくると・・。友達と楽しくやっているのは何ともうれしい、けど、なんだか遠足の話がうやむや、そして何よりざびじいので、未練がましくも一言。
「ママ、会社お休み取らなくって、いいのね?」
「あ、そうだった、忘れてた。ごめんね。お弁当だけお願い!」
・・・なんだかこれじゃ立場逆転だわさ。

これからはBW<Before Waka>に戻って、またオットと2人で楽しく遊ぼ~っと、老後に備えて、ね。

2008年9月26日金曜日

ジャニス・ジョプリン 恋人たちの座談会 (再)

リアルタイムで知っている人ではなく、この時代の音楽やら映画は70年代半ばになってから追っかけた私。だからその時代の風を肌で感じることもなく、彼女をモデルにした79年のベッド・ミドラー主演「ローズ」でこんな人なんだな、というくらい。ベッド・ミドラー迫真の演技も当時はまじめで純粋な(?)私にはあまり好感が持てず、したがって映画の後、わざわざジャニス・ジョップリンのレコードを聴てみよう、と思うこともなかった。

さてこの座談会、ジャニスが世に出てから出会った恋人の中から選び抜かれた4名が、40年あまりの年を経てサンフランシスコに集い彼女との恋愛を語り合う。

4人の中では一番最初の恋人は同じバンドのビッグブラザー&ホールディングカンパニーのギタリスト、ジェームス・ガーリー。彼は妻子持ちで結局2週間ぽっきりで別れることになってしまう。その妻ナンシーにおどろいた。ビーズ作家であった彼女を紹介した写真、スッピンで片方の胸がブラウスからポロリン。(ほかに写真なかったのか。)一筋縄ではいかない人々が集まりあの音楽を作っていたのだな、と改めて感じた次第。後に彼らはバンド仲間と一つ屋根の下に住み、ジャニスはジェームスへの思いを抱きながらも、ナンシーと友人になったという。

2番目の彼氏は反体制の旗手として知られたシンガー、カントリー・ジョー・マクドナルド。彼にはジャニスとの間には苦い思い出がいっぱい、思想的には一つも共通点がなかったという。次から次に出てくる真実に驚いてか、他の3人が笑いながら話していても真面目な面持ちで言葉すくな。今のカントリー・ジョーはウッドストックのころの彼とは全く別人のようになっている。40年たてば、人間、生まれ変わるのかも。

3番目の彼氏ギタリスト、サム・アンドリューはこの座談会の進行役を務めていて、彼女とは深い関係が短かったせいもあるかもしれないけれど、淡々と客観的に話を進行。でもところどころ僕が友達として一番付き合いが長いのだ、みたいなプライドがなんとなく見えたような気がしちゃう。

最後の恋人、ブラジルで出会ったデイビッド・ニーハウス。彼は、僕が最後と信じていると言い(実際は彼の旅行中にジャニスはほかの人と婚約し、彼と再会する前に死んでしまうのであるが)、なんとなくジャニスに冷たいカントリー・ジョーに怪訝なまなざしを向ける。彼女の思い出を涙目で語る彼の今の顔にはブラジルで彼女と写した写真の面影は、もう、ない。月日は本当に容赦なく過ぎていく。

何をもって4人はこんなに自由に彼女について語ることができたのか。4人のはっきりした記憶、それを語る飾らない言葉には、彼らのジャニスへの気持ちがあふれている。まるで恋愛映画ような素晴らしいドキュメンタリーを見せてもらった。
…いいなぁ、4人も集まってくれて。

2008年9月25日木曜日

ライオン犬

レオタードが似合うサンシャイン・タエちゃんも無事見つかったことだし、-ま、タエちゃんしっかりしてるから(?)、あんまり心配してなかったんだけどね- 今度は世にも珍しい”ライオン犬”が登場。・・・・でもどこから見ても犬にしか見えないんだけど。
”つけられた名前わさお”と”秋田犬と判断した獣医”さん、青森の海辺の町で潮とイカ焼きのにおいに囲まれたやさしい風景、勝手に妄想しておなかが空いてきた。

記事:

日本海に面した青森県鰺ケ沢(あじがさわ)町で、名物のイカ焼き店を経営する菊谷節子さん(65)が飼っている秋田犬とみられる「わさお」(雄、推定1歳)が人気者になっている。

 菊谷さんが昨年11月、捨てられているのを見つけて連れ帰った。白く長い毛並みに細い目と、純粋の秋田犬には珍しい風ぼう。一見ライオンに似ているが、獣医が秋田犬と判断した。旅行者のブログで紹介されると一躍、注目されるようになった。

 観光客からは「癒やされる」と評判。イカ焼きの売り上げ増につながり、「拾ってあげた恩返しかも」と菊谷さんも目を細めている。【塚本弘毅@毎日新聞】

人気者となっている秋田犬の「わさお」=青森県鰺ケ沢町で2008年9月9日、手塚耕一郎撮影

(人気者になっている秋田犬の「わさお」=青森県鰺ケ沢町で2008年9月9日、手塚耕一郎撮影)



2008年9月24日水曜日

久石譲in武道館 ~宮崎アニメと共に歩んだ25年間~

久石譲さんのお嬢さん麻衣さんが歌った「ひまわりの家の輪舞曲」(崖の上のポニョ)。

もう一度自由に歩けたら
思いっきりお掃除をして
お洗濯をして お料理を作って
お散歩に出掛けよう

(中略)

お迎えはまだ来ないから
その間にちょっとだけ歩かせて
もう一度だけ踊りたい
そよ風になって

(中略)

お迎えはまだこないから
窓のガラスをふくだけでいいの
もう一度だけ踊りたい
そよ風になって

人間の老いを宮崎駿さんが綴り、それをゆっくりと麻衣さんが静かに歌い上げる。いつか自分の体がままならなくなったとき、何が懐かしくなるのだろうか。今はいない祖母やおばたちを思い出し、何とも切なくて優しくて、誰もそばにいなかったからボーボー泣いてしまった。この曲を聴いた後、目の前につみあがったお茶碗やら、洗濯物でさえ大切に見えてくる。青い鳥に見えるか見えないか、それはそこにあるものを見る自分自身次第。こうやって一瞬でも何かに心を洗われる瞬間があるって幸せなことだなぁ。

2008年9月22日月曜日

アリクイのタエ

メスのミナミコアリクイ、「タエちゃん」が脱走して3日目。この日は午前9時すぎからサンシャイン水族館の職員や救助犬3匹を投入し捜索が続けられていますが、まだ発見には至っていません。

 しかし、タエちゃんをおびき寄せようと20日に水族館の床下に設置した好物のアボカドが21日朝、何者かに食べられているのがみつかりました。

 「断言はできませんが、アリクイの可能性もあるのかなと」(広報担当者)

 水族館によりますと、ネズミが食べた可能性も否定はできないということですが、アボカドを置いた床下を中心に引き続き捜索を行うとしています。(21日13:41)

タエちゃん脱走2回目、前回は向いのペンギン山で見つかった。引き戸を開けるのも上手だし、怖いもの知らずのタエちゃん、吉良邸で上野介を探す赤穂浪士の如く、あちこちの引き戸を開けまくっている姿が目に浮かぶ・・。

タエちゃんの“わが道を行く”姿はタイトルをクリック。

2008年9月16日火曜日

ベン・ハー

昨晩、見始めたら止まらなくなってしまい、長~~~いのに、結局最後まで見てしまった。
戦車の競走シーンは何度見ても驚嘆。最近はCGばかり見せられているので、なおさらそのカメラやらアクションに驚く。カメラだけでなくおなかに響く馬の蹄と戦車の車輪、そして大観衆のどよめきなど音もすごい。
スタントたるやあっぱれの一言。メッサーラがこれでもかこれでもかとぼろ布のように引きずられる、とってもイタそう。撮影中スタントマンに死者が出たとかでないとか・・・。この壮大なスケール、ローマ人もびっくりだろう。

そして懐かしの淀川長治さんのコメント見つける。1926年版の“ベン・ハー”の解説なんだけど、「トーキー」になってワイラーが撮った戦車シーンの解説が、実に面白い。ご本人真剣なので悪いのだけど、ククク・・・。彼の頭の中では、しゃべりながらフィルムがクルクルまわっている。あのお顔、声を思い出しながらどうぞ。

淀川長治のクラシック名作劇場