2009年10月26日月曜日

ベオグラード 1

今から22年前にドイツで知り合ったベオグラードに住む友人を訪ねた。ユーゴスラビアに行くつもりが、紛争が始まり渡航かなわず、そして、世界地図はすっかり変わっていしまい、やっと訪れることができたときはセルビアになっていた。

モスクワ、イタリア主要都市、ミュンヘン、ウィーン経由といろいろ考え、結果一番お得なBAで行くことにした。行きはロンドンで一泊して、翌日2時間半でベオグラードに到着。
”白い町”という意味を持つ首都ベオグラード。紀元前6000年には人が住んでいたという、ドナウとサヴァ川の合流地点に広がるヨーロッパ最古の都市である。

街の中にはオスマントルコ、ハプスブルグ、ユーゴスラビアと、その時代を反映したいろいろなスタイルの建物が並びその歴史が垣間見れて興味深い。
ただ、いく度もの戦争でどことなく疲れてしまっているようにもみえる。近くは10年前、99年のNATOの爆撃の爪痕が市内のあちこちに残ったまま。東京でいうと霞が関のような街の中心にあるユーゴ国防省・軍参謀本部は未だ崩れたままだ。アメリカ大使館の目と鼻の先で、他の建物は傷つけずピンポイント。もっと驚いたのは田園調布のような住宅街の中にあるミロシェビッチの住居、アメリカ大使公邸の斜め向かいあたり、隣にも普通に家が建っているが、ミロシェビッチの家だけ見事に真っ二つになっている。一方、お台場のような場所に立つ中国大使館も砲撃されて壊れたまま。これが”誤爆だった”というのを聞いて不思議に思う・・・。中心から少し離れた軍の地下施設があったといわれている山は、3ヶ月に及ぶ爆撃で頂上が削られて台形になってしまっていた。私の友人はボスニア出身であるけれど、セルビアで普通に生活を送っている。一般の人はなぜ同じ国の者同士が争わなくてはならなかったのか、とそれを心から嘆いていたようだった。

そんな傷跡が未だ残るベオグラードの町ではあるけれど、今は市内の治安は大変良く(夜中に公園を歩いても平気!)、人々は明るくてとても親切。食べ物がおいしくお手頃なのは「EUに加盟していないので、昔ながらの農家が肉野菜を提供しているからなのよ」と現地の人。公園や街路樹が多く(冬なので木々は葉を落とし少々寒そうだったけれど)、夏はきっと明るく華やいで見えるに違いない。

そして私は全然知らなかったのだけれど、日本の無償資金協力が市民に知れ渡っており、友人やらその友達やらにとても感謝された。街中にはヨーロッパのブランド、中国の雑貨、韓国の電気製品が多く見受けられ、すぐ目につくような形で「日本」が主張しているわけではない。初対面の日本人には資金協力の話しくらいしか接点になる話がなかったかもしれないけれど、そこで出会った人たちがわざわざそのことに言及してくれたことはとても嬉しかったし、ちょっと誇らしくも恥ずかしくもあった。援助のひとつである日本とユーゴスラビアの旗が描かれた黄色い93台のバスが、町中を走っている。半日観光ではバスガイドさんが日本人だと知ると、「日本が援助してくれた病院です」と、ほかの国の人がいるのにわざわざアナウンス。
私たちの税金がこういう地道で謙虚な活動を通して、思いもよらないところで役に立っていることをとてもうれしく思った次第。


本屋さんには平積みされた日本の本
与謝蕪村もある

2009年10月25日日曜日

パイレーツ・ロック

1966年、BBCラジオから流れるロックは週にたったの2時間、政府はロックを快く思っていない。そんな時代に公海に船を浮かべ24時間ロックを流す海賊ラジオのDJたちのお話。

監督はリチャード・カーティス。「ラブ・アクチュアリー」の手法をそのままに、舞台をロンドンから船上に移し、その時代の一こま、日々のエピソードの連続でこれといったストーリがあるわけではない。ロバート・アルトマンが思い浮かぶけれど(「あの頃ペニーレインと」もちょびっと思い出した。)、あれよりも軽く、イギリス人お得意の政治風刺が効いていて、それでいてLOVEと人情にあふれている。誰もが知っているクラッシック・ロックをバックに、底の厚いイギリス人俳優陣が、軽くツボをはずしたジョーク(ボケというべきか)を連発。タイタニックを鼻で笑ったようなアクションも登場。見ているものを悲しませないところが好きだ。

俳優ではケネス・ブレナーのコンサバ政治家が意地悪いのであるが、笑える。しかし、彼の奥さんがもっと面白い。なんという女優さんなんだろう・・・。アメリカ人DJ役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、暑苦しくて、熱い中年男を痛快に演じている。ノッティングヒルでは変な人、Jの悲劇では怖い人を演じたリス・エバンスはいつもと同じ顔で登場。役によって顔の変わるカメレオン俳優でなく、同じ顔で幅広い役がこなせる不思議な俳優さん。エマ・トンプソンもちらりと登場。

政治家に頼っているようじゃあ国が傾く、民衆よ愛でつながろうではないか!と、あくまでも明るいのりの映画を見つつ、口だけ達者な一庶民は思った次第。

2009年10月21日水曜日

ウェルかめ

このタイトルを聞いたときは、流石の私もひるんでしまった。ホームページ見たら「おつカメさまです」って書いてある~っ。そんなんだったら私だって言える、「夢をつカメ!波美」「私にカメわないで、山田勝乃新」
・・・ザザザザザ~、引いていく音が聞こえる。

とは言いつつ・・・、海岸の景色はきれいだし、カメはかわいいし、主人公もアッケラカンとしているし、脇がきっちりと固まっていて誰も飛び出てないのがいい。特に徳島の出版社の人たち、面白い。
そして、私、真面目に美波町の海岸に行ってみたい、とHPを眺めている。

2009年10月19日月曜日

整理整頓

ふだんからものを買わないことにしている。
それなのに、それなのに、知らないうちに増えるモノモノモノ・・・。5年前に転居して、その時捨てきれなかったものを倉庫に突っ込んだ。これだけあれば楽勝と思われたスペースも、今では無秩序に置かれたモノでパンパンに膨れ上がっている。棚を付けて高いところを有効に使えばどうにかなることはわかっていたのだけれど、手を付けるタイミングを逃し、最近はその扉を開けるのも憂鬱な気分であった。なんだかおも~い気分がする日は、倉庫に用事があった時だったりする。

遂に重い腰を上げ、無印良品で倉庫用に棚を二つ購入。まずは第一歩。しかしこのままでは棚を置く場所がないので、組み立てずに倉庫の中に2週間置きっぱなし・・・。ますます膨れ上がる倉庫。そしてついに我が家のプロジェクトが動き始めたのが先週末。まず床に積み上げられたものを倉庫から出す。廊下にはまるで地震でもあったかのようにモノが散乱・・・。いるものいらないものを選別し始めたのだが、あああ、決心がつかない。もったいなくって使えないキャンドル、新婚のときウキウキして買ったのに趣味に合わなくなった食器、本人しか分からない正体不明のワカの工作物、ワカが赤ちゃんの時に大人が気に入って買ったおもちゃ、捨てるに捨てられない結婚式の引き出物、絶対吹かないハーモニカ&たたかないカスタネット、etc.etc.... 家族三人三様の思い入れがあるから、事態は膠着状態だ。

どうにか3分の2位にモノを減らす。そして棚を組立て(これは楽しい)、倉庫に設置。無印は収納ケースや棚が標準化されているからとても使いやすい。しかも収納ケースは丈夫で変色もしない。この収納ケースに立体ジクソーパズルよろしくモノを詰め込んでいく。特に凄いのがオットの本とDVD。DVDは倉庫の中だけでたぶん150本越え・・、怖くて数えなかったけど。

奮闘すること2時間半、意外や意外、すべて棚に収まりしかもスペースが余ってるのだ。これを見て気を良くしたオット、「まだまだいける。」・・・・な、なにが?こんなに苦労したスペース、絶対だめ!これ以上。つくづく思うんだけど、広い家に移っても生活スペースではなく、収納スペースを増やしているンじゃないかって。いいもの買って孫子の代まで大切に使う、ミニマリスト目指して頑張るのだ。

2009年10月15日木曜日

Dr. HOUSE シーズン4 最終回

今週で、シーズン4が終わった、サビシイ。アメリカではシーズン6が放映中なので確実にあと2年はハウスにお目にかかれる。

アンバーはまさかの交通事故死で非情な最終回になっちゃった。大好きなウィルソンをハウスとアンバーが取り合い、というヘンな三角関係だったけれどその裏には、

  • 気になるアンバーをウィルソンにとられちゃって悔しいハウス
  • ハウスを意地でも振り向かせたく、ウィルソンに近寄ったアンバー
  • 2人が自分を取り合うのをみて、まんざらでもないウィルソン
という構図もチラホラ見え隠れ。

頭蓋骨骨折してるのにウィルソンの頼みを呑み、もう一つ頭に穴を開けたハウス。カティは反対したけど、ああでもしなくてはあまりにも無責任男だろう。電流をガンガン流されて記憶を呼び覚まし、ウィルソンを裏切るようなことはしてないことは思い出したけど、治療法も見つけられなかった。痙攣起きるまでがんばったけど、そう簡単に許してもらえそうにないわ・・・。

元はといえばハウスがいい加減だったからだし、彼も責任を感じているけれど、嫌いだったらアンバーはハウスを迎えに行かなかっただろうし、2人の戦いを面白そうに眺めてはっきりしない態度のウィルソンもなんだかずるいよな気がする。

ここは私がどうにか仲立ちしなくては。そうだ、あのバーのおっさんだ。バイクのキーを取り上げるくらいの配慮があるんだったら、もちっと気を利かせてでタクシーを呼んであげたらよかったのだ。全然関係ないけど、あのおっさんが悪かったことにしよう!
・・・・ダメか。え~ん。

ウィルソン役のロバート・ショーン・レナード、涙をそそる演技、ほんとに悲しそうだった。うまい、うまい。”いまを生きる”でイーサン・ホークと夢見る演劇少年を演じた彼も、何と40歳。若く純粋な若者を演じた後は、”男”へのイメージ脱皮が難しい。ケネス・ブレナーの”から騒ぎ”を見たときは、全くのおせっかいながら彼の将来を心配したことを思い出す。しかしその後、舞台でも腕を磨き、スマートさを残しながら上手く脱皮したようだ。うん。

2009年10月13日火曜日

MARU

滑り込むねこ”をYoutubeで見たのは、アメリカのサイトで紹介されていたのが始まり。世界で一番有名な日本の猫ちゃんかもしれない。以来MARUウォッチャーの私。最近はMARUをみていろいろ解説している5歳の双子や、ゴロゴロ言いながらMARUを見ているNinaちゃんなど、関連動画も増えてきた。

中でも”大きな箱とねこ”を黙って見ておられず、サッカー観戦のような声でMARUを応援するドイツ人のビデオには、猫を愛する心は世界共通、そのパッションにシンパシーを大いに感じる(なんだかルー語みたいね)。そして、それにレスポンスした、ものまねビデオ”I am not MARU”。言われなくともMARUとは見間違えない、誰も。しかし、そこまでするか・・・。

mugumoguさんのサイトはタイトルをクリックしてね。

2009年10月8日木曜日

台風一過

参った、参った。
8時過ぎ、雨が止み青空がのぞいたので家を出た。風が結構すごい。さて最寄駅に着くと、ポイント故障&台風で間引き運転を行っていて、2階のホームには人が溢れ帰り、階段にはホームにたどりつけない通勤客がびっしり、ずらりと並んでいる。こういうときはジタバタせず静かに待つのが一番なんだけど、なんだかじっとしてられないのよ。遠回りになっちゃうけど別の路線で行くことに。

しかーし、こちら路線もいつもの倍以上の時間をかけてのーろ、のーろと進み、しかーも、車内放送で「地下鉄もJRも運休してます」って。今頃言われても~。地下鉄&JRの乗換駅に到着、改札口のコンコースに上がると、入場制限で改札口は閉鎖されている。駅を出てバスかタクシーに乗ろうと思ったのに、閉鎖された改札口の向こうには、駅に入れない人たちがゾロゾロゾロ~っとこっち向いて列を作って並んでいる。
わ~ん、わ~ん
あまりの人の多さにちょっとした都会の恐怖を感じる。もし改札口出ちゃったらいつまた駅に入れるか分からないし、外に出てもバスもタクシーも振り替えの人たちでいっぱいだろう。で、ほんと、情けないけど、元来た道を戻ることに。コンコースからまた激しい人波の中をホームに降りる。私が降りた後、次の電車から降りた人もいてホームはぱんぱかぱん。ホームドアが付いているからまだいいけれど、もしなかったらかなりコワイ。せっかくここまで来たので戻る気にはならないのだろう、流石に、下りの電車はガラガラ。

これだけ余計な動きをしている間に、出発地点の駅は多少混雑が緩和されていて、それでも超減速満員電車でぐったりしながら、片道45分のところを2時間もかけて会社に到着。
疲  労  困  憊
”急がば回れ”したつもりだったのに。回りすぎたか・・・・。

さて、そんなこんなで、午後は台風一過。ゲンキンなくらい晴れ渡る東京の空。えっと、この”タイフウイッカ”、何歳になっても頭の中では”台風一家”に変換されてしまうんだけど。お父さん台風と、お母さん台風と、お姉さん台風と、ボクが、一緒に手をつないで空を飛んでる、みたいな。

2009年10月7日水曜日

SKY AQUARIUM III

六本木ヒルズの空中水族館に行く。今年で3回目。毎年かわいい子見つけるけど、今年のお気に入りは、金魚。 眼はびっくりしてるのに、口が笑ってて、しかもその口元微妙に左右対称ではない。ぜひお声をかけねば、と餌をつまむふりをして水槽に向けて指を見せると、ふりふりふりとよってくる。
で、お口をパカリ。正確には下あごをカクリと突き出す感じ。
金魚さん以外に、とっても面白いお顔の方もご紹介。



             るるる、ららら、
うふふふ





ご飯、ちょ~だい、うひうひうひ






自称ピグモンと申しますが、なにか?

もうちょっと写真載せたいんだけど、このテンプレート、写真が挿入しにくいし、字もずれる・・。
今年の展示は多少規模が小さくなっているような気がしたけれど、来年もこのイベント、続きますように。

2009年10月5日月曜日

刑事コロンボ

コロンボシリーズが日本で始まったのが1972年(?違ってたらスミマセン)。確か土曜日の夜8時からで、野球シーズン中は天気がいいとナイター優先で、放送が先送りになることがあった。で、友達と学校のトイレで、掃除のモップを片手に、コロンボ見たさで”雨乞いの踊り”をしたことを覚えている。

3日の土曜日に「黒のエチュード」(1972)を見る。
浮気相手のジェニファーに結婚を迫られた、オーケストラの指揮者アレックス。アレックスはマスオさん状態、奥さんのお母さんは厳格で「裏切りは許しませんことよ!」と明言するような彼の仕事場のオーケストラの理事。いつもここで「ごめんなさ~い!と言えば良かったのに」と思うのであるが、そんなことしたらコロンボの出番はなくなる。さて、困ったアレックスは自殺に見せかけてジェニファーをオシャカにしてしまうのだ、ヒエ~~。

アレックス役はあの”ジョン・カサベテス”。コロンボを見始めたころ、私はほんの子供。とにかくどんなに素敵でも理由があっても”犯人はワルモン”、どんなにシツコクてもイヤミでも”コロンボはイイモン”という視点でしか見てないし、ましてやワルモンをどんな凄い人が演じているなんぞ、意識したことなどあるわけもなし。しかし、今は違うわよ!(ま、かなり好みに左右されるけども)、今回は監督にスススス~とフォーカス。凄いよね、さすが、いい役者でもあった。どこが、といわれるとそれほど深い内容のドラマでもないので、ちょっと困るのではあるが・・・。

70年代、ピーター・フォークはカサベテスの映画に出演している。カサベテスの奥さんジーナ・ローランズと共演した「こわれゆく女」が印象に残っている。そして、アレックスの奥さん役はブライス・ダナー。今ではグウィネス・パルトローのお母さんといわれるほうが多いかな。やっぱり親子、表情が似てる。そしてコロンボのピーター・フォークは現在アルツハイマーの治療中。さみしいなぁ・・・。

吹き替えの声優さんにも思い入れがある。基本的に映画、ドラマは字幕版しか見ないけれど、コロンボに関しては吹き替えOK。”奥様は魔女”の北浜晴子さんの声と共に、海外ドラマの原体験に刷り込まれちゃってるから。しかし、私の勝手な趣味でコロンボは小池朝雄さんに限る。あ、ついでにバカボンのパパは雨森 雅司さんなのだ。そして故人である小池朝雄さんの声は、何とも懐かしい響きでン十年前を呼び起こしてくれた。久し振りに見た刑事コロンボは、私の心の中の懐かしい”USA”そのものだったのだ、とノスタルジーに浸ってしまうのであった。

2009年9月30日水曜日

歴史 錯乱

ワカが「学校で社会のテストがあるので、覚えたかどうか問題を出して」、というから聞いてみた。

私 「大化の改新は中大兄皇子と誰?」
ワカ 「中臣カタマリ」   ずっしりと重そうな家臣だ・・・・

私(気を取り直して) 「聖武天皇が建立した寺は?」
ワカ 「トウリュウ寺」    法隆寺と東大寺のハイブリッド レオポンじゃないんだから・・・

私(だんだん心配になりながら) 「枕草子を書いたのは?」
ワカ 「セイショウネン納言」  青少年納言・・・なんだかアヤシゲな響き・・・

勢いよく自信満々の答えが帰ってきたのは、やっぱり”小野妹子”。「男の人の名前なんだよ~。」子供にはインパクトあるよね。今も昔も少年少女は変わらないのだ。

2009年9月28日月曜日

ダースベーダー

全編通じて一生をつづられるのは彼だけ。 彼こそスターウォーズの顔。 子供、青年、反抗期、生焼け、ワルモノ、お父さん、幽霊、と紆余曲折があるだけに、老若男女の心を捉え、いろいろ突っ込まれもする。そんな中、あれこれ面白いネタが沢山あるけど、最近見つけて笑った二つ。

chocokunn さんの
会社とかでは見ないように、思わずこちらもフイてしまう。
bakkhus1971 さんの
「やっとここまで・・」の独り言から始まり、まだまだつづく・・・。

2009年9月26日土曜日

つばさ 最終週

カノコさんとタケちゃんが、勢いあまってトロッコに乗り込み、走る、走る。見ているほうはこっぱずかしいのであるが、照れ隠しはお上手で、行く先にはあらら~の終点があった。中年って寂しいわ~、って思うけどもあのまま走り続けられても・・・、と胸をなでおろす。一方、つばさとしょうたもトロッコで走る、走る。若い二人はどこまでいったか分からない。カノコさんとタケちゃんのトロッコでもしかしたらと思っていたけど、これを見てやっぱり作者は”小さな恋のメロディー”が好きだった!と勝手に思う。

あの映画のエンディングは爽快で、ちょっと心配で、物語の完結を考えるとどうにも引っ込みがつかないけれど、だからどうだって言うの。そのトロッコは終点もなく、30年以上も私の中では走り続けている。な~んて書くと、ロマンチックなんだけど、中年になったダニエルとメロディが、フォレスト・ガンプのように永遠に行ったり来たりしてるのを想像するのはやっぱコワイ。

と、思っていたら、マイケル・ジャクソンの友人として久しぶりにマーク・レスターの名前を目にした。で、近影の写真も見た。・・・やっぱり、トロッコ、降りちゃったのね。

2009年9月22日火曜日

猫とオウム

もうごらんになった方沢山いると思うけれど・・・。 タイトルをクリックしてね。

オウムさんが指でバランバランとお顔をなでると、ネコさんはうれしくてなめようとする。
オウムさんの目は横についているから、ネコさんのほうを向くとお顔がよく見えないからか、それとも熱々の現場を撮影するカメラが気になるのか、ずっと正面を向いて横に脚を上げている姿がオモシロイ。

2009年9月14日月曜日

X-MEN ZERO

再生能力で不死身のウルヴァリンとお兄さんのビクターが、19世紀終わりから20世紀までのあらゆる戦争に参加する冒頭の戦闘シーンでびっくり、大規模建造物破壊シーンはゴジラもびっくり、ウルヴァリンの人体改造にいたってはハルクもびっくり。

主演のヒュー・ジャックマン様は白目をむくと眉間に顔の筋肉が集中し、歯を食いしばると首から鎖骨までの筋肉がビビーンと緊張、爪を出せば腕がパンパンに張れ、体中の血管が隆々たる筋肉の上を這いまわり、なんだかすごすぎる。ヒュー様は04年にはミュージカルではトニー賞を受賞、今年のアカデミー賞は司会もした。大学ではジャーナリズムを勉強し、それと何の関係もないけれど、2008年ピープル誌で最もセクシーな男に選ばれる。ヒュー様の自慢を私がしてもしょうがないけど、凡人から見ると既にミュータントである。

全然似てないお兄さんビクターを演じたリーヴ・シュレイバー、この人「ニューヨークの恋人」で精神病院に入れられちゃったメグ・ライアンの恋人役をしてた人。(このときヒュー・ジャックマン様は19世紀の没落貴族の上品な紳士役。)涙目になりながら、時空の境目の存在を訴えていたあのひ弱な役柄から180度転換。キバの生えたキョーボーなお顔は迫力満点。

さて、X-MENの映画について言うと、ミュータント対人間の戦いが描かれているだけで、深いストーリー性みたいなものは、ナイ。しかし、ミュータントを通してアメリカの人種差別問題を描いているといわれ、深読みに十分耐えうる作品なのだ。私はブライアン・シンガー監督の1作目が作品としては好きだけど、ウルヴァリンの強さや魅力はこのZEROで満喫できる。

ウルヴァリンはコミックスの中で、日本人のやくざの娘と結婚する。残念なことにこのお嫁さんはふぐの毒で殺害されてしまうのであるが。映画オフィシャルサイト(タイトルをクリック)のヒュー・ジャックマン様はインタビューで、「次は日本で撮影したい」なんておっしゃってる・・。ドキドキ。実現したらいいなぁ。

2009年9月13日日曜日

ルー大柴の足

先週の水曜日の趣味悠々の山で元気には、燕岳。
実は私、二十ウン年前、1泊2日で登ったことがあるのだ。ここの山小屋は、小屋ではなくホテルといわれるほど設備が整っていて、初心者にもやさしい。TVで見るとさらにヴァージョンアップしているように思えたが・・・。

さて、雨の中山頂に到着したルー大柴さん、足が疲れたというとなんと田部井先生がルーさんの足をオイルマッサージ。先生自らのマッサージにも驚いたんだけど、もっと驚いたのはルーさんの足。指が細くって足の裏もやわらかそうで、とってもきれいなのだ。フス・フレーゲに行っているのか?!。一緒に見ていたワカは「女の人の足みたいだね」。(誰と比べているのだ・・・。)確かにねぇ、なまめかしいって言うか何て言うか。そしてカメラはズズッと後ろに引いて、足首から上が写る。ルーさんの脚を見たワカ、「ん、やっぱり男の人の足だね。」 脱毛エステには行っていないようだ。

とにかくルーさん、この番組中はくだらないこと一切口にせず、先生に静かに付いて行く。山小屋では趣味の抹茶を立てて先生と一服。物腰、しぐさが上品なのだ。しかし何かせずにはいられないのか、次回の予告の時には顔の大アップ、面白い目つきで(真面目だったらごめんなさい)笑いを誘う。来週は燕岳からの下り。雨で滑りやすくなっていそう、ルーさんがんばれ。

2009年9月12日土曜日

高尾山 <番外> トリックアート美術館

ワカたってのリクエストで高尾山口駅前にあるトリックアート美術館へ。

先月、Bunkamura ザ・ミュージアム「奇想の王国 だまし絵展」に行った。11歳の若者は「面白~い!、すご~い!」を連発しながら元気に鑑賞していた。オット曰く、「若い人はだまし絵とかが好きだ」って。・・・確かに、まわりを見ると若者が多い。一方、私はだまし絵のトリックを見つけるどころか、絵自体がどこにあるのだ?という混雑で、くたんくたんになってしまったのであった。

そんなこんなであんまり楽しい思いをしなかった私、美術館を目の前にして乗り気でない。そのたたずまいは美術館というよりも遊園地の”なんとかハウス”、入場料だって結構するし(大人1300円、子供700円)。せっかくリフトで脳みその洗濯したのになぁ、パスしたいなぁ。わくわくのワカの手前、口には出さなかったものの、かなりしぶっていたのは確か。

「ずーっとここに来たかったんだよ、うれしいな~、うれしいな~」のワカの声に逆らい切れずチケットを買う。まず入口でスプーンのような形をした紙を受け取る。中に入るとやっぱり”美術館”というよりも、遊園地の”なんとかハウス”って内装である。先に進もうとすると、ガイドのお姉さんに呼び止められる。美術館の楽しみ方を説明するとのことで、これまた安っぽい壁画の前に立たされる。あんまり聞く気がしないなぁ、めんどくさいなぁ、まだ、乗り気でない私。

ガイドのおねえさんに言われるまま、入口でもらった紙で片目を隠す。すると、何と、目の前の安っぽい(失礼!)建物の壁画が、うわわわわ~っとうきあがってくるではないか。これはすごい。このあたりで乗り気の針が90度ピンっと動いた。説明はさらに続く、さっきとはうって変わって聞く気満々。隣にはやっぱり安っぽい牛(だったけか?)の壁画。片目を隠し、牛の顔を見ながら左から右へ壁画と平行に2,3メートル移動すると、あらららら、牛の顔が私を追って左から右へ動く。ここにきて乗り気の針は180度反対に倒れ、すっかり鑑賞モードに突入。

館内すべて撮影自由。カメラは一眼なので、片目の状態であるから、写真はみな立体を写したように出来上がる。十人十色のポーズで写真を撮りながら、ワイワイ、キャーキャー、ゲラゲラと、大人から子供まで楽しそう。ガイドのお姉さんたちは、案内だけでなく写真も撮ってくれる。親切で明るくて好感度高い。全部観賞する頃には、すっかり始めの”めんどくさいモード”はどこへ、写真とりまっくってワカとおんなじくらい楽しんでしまった私であった。

どんなものが展示されているかはタイトルをクリックしてね。展示内容とは関係ないけれど、建物の外観をもう少し高尾山の自然に調和したものにすれば、もっといいのに。

2009年9月11日金曜日

高尾山 下り

サル園を後にして、帰りはケーブルカーではなくリフトに乗る。

2人乗り、路線距離は900メートル弱、なが~いのだ。そして下を見ると結構高い。安全ベルトがないので、足もとがムズムズ。浅く腰かけていて、つるつるした素材のものを着ていて、居眠りなんかしたら、もしかしたら落ちるかも・・・、なんて考える。もちろん下にはネットが張ってあるけどね。人間、下ばかり見てると考えも下向くようだ。頭をあげて前方を見ると、やっぱり上向くなぁ。目の前には緑の海が広がり、リフトのロープは森の木々に吸い込まれるように、ず~っと遠くまで続いている。その景色があまりにも綺麗で、頭の中のいらないスイッチがひとつぽちっと消えた。

・・・・・・・・・・・・・・・ツクツクボ~シ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・カナカナカナ・・・・・・・・・・・ぴー、ぴよ、ぴよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ツクツクボ~シ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

スイッチが消えたら、”音のない世界”が聞こえてきた。リフトはするすると空中を移動していく。ワカ曰く「あまり静かで耳が変になっちゃったかと思った・・。」 確かに。そよそよと風がそよぎ、上を見ると緑に縁取られた青空。木々の間からは斜めに陽が射しこんでくる。大げさに聞こえるかもしれないけど、おそらくここ何年かの中でも一番素敵な空間と幸せに満ちたひとときだった。このリフトは超お勧め。

週末は大変混雑しているそうなので、ぜひ平日に。

2009年9月10日木曜日

高尾山 サル園

せっかくここまで来たので、サル園・野草園にもよってみた。

サル園では、お昼ごはんの真っ最中。飼育係の方が猿山の中央に立って、マイクで猿の生態を説明しているところだった。ボスの条件は”信頼”。現ボス猿の”ネッシン”は、背中の数か所に勲章のような傷痕、体が大きくて、動きも堂々、初対面でも一目でボスだとわかる、目があったら思わずお辞儀をしてしまいそうだ。ボス・オーラが出ている。他の猿が一心不乱に食べているときも、何も食べずに端っこのほうでじっと群れの様子を見ている(それか一番に食べ終わっちゃったのか?)。飼育係さん曰 く、強いだけでなく、度胸があり人(猿)望がとてもアツいそうだ。多少の口げんかにはいちいち口は出さない、ここぞという時に「おらおらおらおら~」(と言ったかどうかは知らないが)と登場し、喧嘩を仲裁する。”サル山の金さん”だ。そんなとき、一緒に仲裁に入る若サル君は将来ボスとして有望だとか。

”金さん”は強くて威張ってるだけでなく、自ら先頭に立って世話仕事もするそうだ。猿山にある背の高い木はフェンスで囲われており(写真右側の木の幹)、その上部は電流が流れていて、お利口なお猿さんたちはビリビリするのでこのフェンスには登らない。ある日、事件発生。世間知らずの子ザルちゃんが、このフェンスの中に落っこちてしまった。するとネッシンは電流をもろともせずフェンスを乗り越え、子ザルちゃんを救いだし、しかも優しく抱っこして、落ち着かせてからお母さんざるに渡したそうだ。それでもってまた猿株が、ぐぐぐ~っと上がったという。”金さん”というより”清水次郎長”か。

そこにいる50頭ほどの猿さんにはみんな名前が付いていて、当たり前だけど係員さんはみんなの名前と顔が一致している。私にはボス以外はどれがどれやら・・。そういえば留学先でケニア人のお兄さんに、「日本人はみんなおんなじ顔していて、区別がつかない!」と言われたなぁ。私なんぞは最近若者の顔の区別がつかなくなってきているし。

野草園は夏のお花がそろそろ終わりで、ワビサビの枯れた風情。全部に名札が付いているので、助かる。サル園と一緒に見ることができる。

続く

2009年9月8日火曜日

高尾山 上り

NHKの趣味悠々「山で元気に」(水曜日夜10時)、第1回が高尾山。
1975年世界最高峰エベレストに女性として初登頂に成功した登山家の田部井淳子さんが先生、ルー大柴さんが弟子。洗濯物たたんだりしながらぼ~っとテレビを見ていたら、なんだか面白くって最後まで見てしまった。(そのあとの放送見ていないのだけれど、ルー大柴さん、結構険しい山に連れていかれてルー語も出ないくらいびびっていたらしい。)その田部井さんのお話に導かれるように、学校の代休があった月曜日、私も休暇をとってワカと2人で高尾山へ。

渋谷から乗換時間含めても1時間弱、しかも片道370円。そして高尾山口で降りるとすこし歩けばケーブルカーの駅、アクセスがいい。人もまばらで静かな駅前。さて、このケーブルカー、31度を超える日本一の急勾配に合わせて作られているので、勾配の緩い駅に止まっているときは、車内にはいると前につんのめったような姿勢になる。山を登り始めると今度は後ろに傾いたような姿勢に。ロープが切れたらジェットコースターどころではない・・・。もし切れても2メートルほど滑るだけで止まる強力なブレーキが付いているそうだ。”2メートル”って、具体的な数字だなぁ、ロープ切って実験したのかなぁ・・・。こんなとこ上っていくのかというほどの目の前の絶壁をわわわ、と後ろに倒れそうになりながら6分ほど上っていくと、清滝駅に到着。因みに最後尾で後ろを見ると絶景が楽しめるけれど、楽しみは帰りに残しておくことに。

清滝駅からは整備された道を浄心門まで歩く。浄心門をくぐって直進しようとしたところ、ワカの”ちょっとまった”。ワカ曰く、ルー大柴さんたちは門をくぐらないで横の道に入ったという。流石、若者のメモリーは大きい、私はぜんぜん覚えていなかった。地図看板を見ると山頂までの到着時間が短いし、見たところ人通りも少なく静かそうなので、4号路を行くことにした。

木々はちょっと疲れの見え始めた緑色、蝉の大合唱は終わり、ツクツクボウシが夏の終わりを2重唱。この4号路の始めは山頂を目指しているのに、なぜか下り坂が続く。下った分、上りが厳しいのではないかと心配になる私。道は結構細くって、2人がすれ違うのがぎりぎりのところもあり、つるりと足を滑らしたら結構怖そうなところもあり。下り道が終わると当然のことながら上り道になるが、心配するほど険しい所もなく20分くらいで山頂に到着。

山頂からは、澄んだ空気と鬱蒼と茂った木々の向こうに、うっすらともやのかかった東京が見える。見通しがいいと千葉まで見えるそうだ。この眺望を除けば、山頂というよりは近所の公園、と言っては失礼か。そろそろお腹がすいたので、薬王院までとっとっとっ、と下り、”もみじや”という蕎麦屋さんに入った。森一望の抜群のロケーションに立つお蕎麦屋さんの窓からは、涼しい風がそよそよと吹きこんでくる。半熟卵ののった冷やしとろろそばをいただいた。美味。

つづく

2009年9月6日日曜日

5才児にふられる

隣の5歳の男の子とお父さんと、立ち話。このくらいの子どもはほんとにかわいい。大人には思いもよらない発想やらお話がとっても面白い。

私  「いい自転車乗ってるね。」
5歳 「新しいの近所のお兄さんからもらった。」
私  「三輪車は乗らないの?」
5歳 「三輪車は昔のってた。」
私  「むかし・・・・、ああ、昔ね、昔っていつ?」
5歳 「4歳のときかな?」
私  「あはは・・・。じゃ、自転車の次は自動車だね。」
5歳 「18歳くらいで車を運転する。」
私  「ほー、そしたら乗せてね。」
5歳 「うん、乗せたげる。そしてね、20歳くらいで結婚する。」
私  ??!!「・・・あ、そう。じゃ、結婚式いくから。」
5歳  固まる。  沈黙。  かなり困った顔。   「ん~、いらない。」
私 ???
5歳 「同じ幼稚園の女の子と結婚するから。」

どうやら”5歳の結婚式に行く”=”5歳と結婚式する”と、勘違いしたらしい。
慌てて誤解を解くべく、「結婚式のパーティーにおばちゃんを呼んでね」と言い換えたら、大いに安心して笑顔に戻る。そばにいたお父さん、子供の勘違いに苦笑い。

彼の頭の中で結婚とはいったいナンであるかは知る由もないけれど、とにかく私が彼の許容範囲を法外に外れていたことは確か。しかしである、なぜ5歳は私と結婚、などと勘違いしたのだろうか・・・?幼稚園でかなりいろんな子に結婚せまられてたりして、ね。