2013年5月13日月曜日

お弁当

ワカの高校進学にお弁当作りがもれなくついてきた。
トイレにいけない、歩けない、ご飯が食べられない、お着替えできない、etc. etc….と一人では何もできない赤ちゃんのころからはじまった通勤&通園のあわただしい朝も、気が付けばしてやれることはお弁当作りだけになってしまった。

メカジキとがめ煮
今まで学校が長期休みの時は学童保育に持たせていたけれどそれも長くて夏休みの40日位、食べ盛り男子のお弁当を毎日となるとちょっと考えちゃう。保育園で知り合ったお母さんが本を出されたと人づてに聞いて、さっそく買ってみた。「朝作らないおべんとう」って、なんとタイムリーな。考えてみたら子どもが同い年だから、あちらもお弁当作りが始まったのね。

料理云々のまえに、準備の項を読んで、「ええっ?」だったのが、”食材が完全に冷めてからお弁当箱に詰める”。 そんなこと一度もやったことな~し。”日の丸弁当の梅干しはご飯を腐らせないため”、程度の知識はあるけれど、朝作ったものが昼までに腐るなんてこと、ちっとも考えず。わたしが高校生のころ、学校で保冷剤を付けたお弁当なぞ見たことがなかったし。念のため母に聞いたら「あら、そうなの。あんまり意識してなかったわ、大丈夫よ。」てな具合。親子してこれだから。そういえば会社でもみんなお弁当を冷蔵庫に入れているなぁ。じゃあ、明日から完全に冷ますかって?ん~、そんなに早起きできないし、ウヤムヤ~。

さて本題、「朝作らないおべんとう」には作り置きからお弁当を意識した晩御飯などヒントがいっぱい。しかし残念なことに我が家はオットが肉類と卵(ケーキは食べるのに)を食さないので、夕食はあまりあてにならず。 しょうがないから晩御飯の片づけが終わってから、冷凍保存用に肉料理を始める。もちろん食欲はないし、胸焼けしそうだし、気が重いな~とおもっていたら、なんとなんと、これが意外に楽しい。空きっ腹でとりかかるよりも、キモチにゆとりがあるので丁寧に料理ができる。料理も体力だ。

作り置きだけでは足りないとき、朝手軽に調理ができるように電子レンジで発熱する「焼けるんプレート」も買ってみた。おもに魚の加熱に使うのだけれど、これが予想以上の優れもの。まず匂いがほとんど出ないし、ついでに後片付けが簡単。ただし出来上がりは、”焼いた”というより”蒸した”といった感じ。

このひと月、気が付くとお弁当のメニューを考えている始末。新しい趣味にはまったというよりも、なんだか強迫観念に近いような。出来上がりの味見もしたいし一つも二つも一緒だから私もお弁当を会社に持参。早寝早起き&手創りのお昼、一番自分のためになっていたりして。

というわけで、お弁当のメニュー募集中!!

2013年4月24日水曜日

我が家の高校生 その1

高校生ともなると親からあれこれ聞かれて返事をするのはメンドクサイだろうと、あまり質問しないようにしている。とはいえ夕食時に黙ってもくもくと食べるのもかえってわざとらしいので、学校の感想を聞いてみた。

月曜日、
「初めての音楽の授業、どうだった?」
目を輝かせながら、「先生がキレイだった!」

火曜日、
「英語の授業、どうだった?」
満面の笑みを浮かべながら、「先生が美人だった!」

喜々として話してくれるのは嬉しいのだけれど、何となく私が期待している答えと方向が違う~。まずは、今日も明るい食卓。

2013年4月12日金曜日

東京の電車とバス

ワカの学校は最寄駅が複数あり、しかも、副都心線と東横線が相互乗り入れになったことで、通学経路の選択肢が増えてしまった。選択肢が多くて良いではないかと思うかもしれないが、言い換えれば1本で到達できない場所にあるということで、加えて、時間と運賃を比べると正比例どころかしっかりと反比例しているから悩ましい。
最短ルートは相互乗り入れのため乗り換えはたった一回なのに、4社の路線にまたがるので初乗り運賃払いまくり~。最もお安いルートはちょっと遠回りの2回乗り換え、最短ルートより20分程余計に時間がかかる。全ての経路の中で乗り換えも乗車中も楽ちんそうなのが、電車&バス。

登校時は始発停留所から乗車するので時間も読めるし、なにより座って行ける。バス停を降りると学校まで1分、何度か乗ってみたけれど快適、快適。そこでこのルートを第一候補にした。しかし、バスの通学定期が結構なお値段てことが判明。電車だと1ヶ月約2100円のところがなんと7200円、およそ3倍!それを聞いたワカ、「時間かかっても構わないから、一番安いルートで行くよ」。毎日の通勤でげっそりしている私は快適ならしょうがないかと思っていたが、成長したワカの言葉に感心、さすが私の子だ(ええっ??)、よしっ、若者よ早起きして頑張れ。

例えばドイツの都市はゾーンが決まっていて、定期券を購入するとそのゾーン内はバスも地下鉄も路面電車も乗れる。東京の公共交通は便利、安全、清潔、だけど、会社が沢山ありすぎて料金体系が面倒だ。せっかく相互乗り入れで乗車や乗り換え時間が節約できても、運賃が高くなってしまったら通学定期だけでなく、通勤費を支払っている企業にとってもいいことは無い。せめても都営とメトロの運賃一元化を図り、初乗り運賃の負担をなくすべき。九段下の「バカの壁」が撤去されたように、ここは一つ是非、猪瀬さんに公約を実現して欲しいと思っている。

2013年4月10日水曜日

映画ひとこと 3月

2月頭から続いていた咳が治まり始めた3月、桜の便りとともに鼻水とくしゃみに襲われる。せっかく治った咳がまたぶり返してしまった(;_;)。この時期は大晦日@アメ横のような賑わいの耳鼻咽喉科に駆け込む。

お医者さん曰く、鼻カメラでモニターに映った映像を見ながら「典型的なアレルギー症状です。」 とっても忙しいお医者さんは「なんの薬がいいですか?」と患者に聞いてくる。お医者さんと問答する暇もなく、これまた忙しそうな看護婦さんに吸入器の前にとっとと追っ払われてしまった。
お薬は”アレグラ”、眠たくならず、喉も乾かず、ゆっくりと効き目が現れ、鼻水も咳も緩やかに治まる。
3月もあまり体調が優れず血が飛び散るような映画を見る気がしない。というわけで、残念ながら「ジャンゴ」はパスしてしまった。

SAVAGES

オリバーストーン監督。残酷そうなのでオットが予約を入れたとき、上記の理由で気乗りがしなかった。はたして、血も飛び散るし痛そうなシーンが満載だけど、見てよかったのだ、これが! まず、映像がとても美しい。ストーリーがうまく組み立てられていて、過激なシーンもそれほど気にならない。3人の若者は綺麗だし演技も上手だが、なんといってもベニチオ・デル・トロ、サルマ・ハエック、ジョン・トラボルタが強烈すぎて、主役であるはずの若者たちが霞んでしまう。ベテラン3人は完全に役を楽しんでいるようだ。こういうエンディング、トワイライトの最終章でもそうだったけど、流行りなのかな?

クラウド・アトラス

19世紀から文明が崩壊してしまった未来社会までの6つの時代のストーリーが並行して進んでいく。13人の役者が時には特殊メイクを施して、多い人でひとり6役程をこなす。バラバラに進んで行くストーリーがとてもうまくモザイクのように組み合わさり、時代を超えたモラル、というより大きな宗教的な思考に辿りつく。「袖触合うも他生の縁」という考え方が西洋にもあるのか、と思っていたら原作者のディヴィット・ミッチェルは少なからず日本と縁がある。172分、長く感じない。

マスター

ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、は本当にコイ、しかし本当に凄い役者だ。顔だけでなく頭の先からつま先まで全てを自由自在に使って演じている。「生きる」とか「信じる」とかが「何である」というよりも「簡単には説明できない」、ということが淡々と描かれている。人間の根底でのつながりは理屈がつけられない、そんな人間関係に嫉妬する妻を演じたエイミー・アダムスもとてもよかった。音楽、映像ともに、何か普遍的なものを感じさせる素晴らしい一篇。

キング・オブ・マンハッタン

原題は「Arbitrage」、邦題は苦肉の策なのだろう。上流階級の人間がスラム街に住む若者に運命を託さざるを得ない、という展開が皮肉。妻は夫の稼ぎをせっせとチャリティーにつぎ込む、金持ちが嫌いな刑事はスラム街の若者を悪気も無く利用する。主人公のような人間ははっきり言って嫌いなタイプだけれど、刑事も意地悪だし、役者対決でティム・ロス(刑事)vsリチャード・ギア(金持ち主人公)だとだんだん主人公に肩入れしたくなってくる。

アンナ・カレーニナ

貴族の虚栄社会を舞台に見立てた素晴らしい演出。アンナは舞台を離れ野外にも出る。なすすべもなく朽ち果てていくだけではないところが今までの解釈と少々違う。しかし、心は自由になったのに、最後まで舞台から降りることができなかったアンナ、一方舞台から降りて夫に付いていくキティ。この対照的な姿は、トルストイの思想を大変わかりやすく映し出し、大変賢い演出だ。
また映画ならではの繊細な表情、手の動きまでを捉えたカメラワークで役者の個性が際立つ。キーラ・ナイトレイが輝くような美しさ。我が家の男衆絶賛。ジュード・ロウは完全に年配の役、自分の持つ色気を抑えるのも役者の仕事、最後の草原に身を置く姿が美しく、普通抱くアンナの夫のイメージと少々違う。あらすじがわかっているだけに、そのあわれな「アンナ・カレーニナ」を見るのは気が進まなかったが、こんな素晴らしい「戯曲」が見られるとは思っても見なかった。もう一度見たい。

2013年4月5日金曜日

東横線渋谷駅 その後

東横線が副都心線に乗り入れて初めての月曜日、さぞかし渋谷駅はコンランしているのではないかと、少々早めに家を出た。適当な車両に乗り、渋谷駅で降りる。人の波がぎこちない、というかとまどう羊の群れのようだ。一番近くの階段であれよあれよと言う間に駅員さんに誘導され、エスカレーターに乗らされる。エスカレーターを上がると、おそらくメトロの駅員さんだと思うが、人間の鎖を作って立っている。駅員さんいつにもましてテンション高い。何かが乗り移ったようで、ちょっとコワかった。一斉に張り合うように声を上げて叫ぶので、何を言っているのかわからないし、そこに放送の声もかぶさり、さながら青物市場(行ったことないけど)のようだ。羊さんたちは追い立てられるように階段をのぼらされ半蔵門のホームに。あさっての方向に行ってしまうこともなかったけれど、大回りさせられたような気分。しかし、おやおや?降車駅にはいつもより早く到着している。思いっきり文句を言うつもりだったのに拍子抜け。

さて、帰宅。渋谷駅東横線ホームは4車線から2車線になり、今度こそはさぞや混雑しているだろうと思いきや、それほどでもない。始発駅ではなくなったので座って帰ることもできなくなるな、と思ったらなんと各駅電車はガラガラで到着、みんなどこに行っちゃったのだろう。電車の運行そのものには関係ないが、帰宅しても何となくしっくりこない日がしばらく続いた。「一体どこから電車に乗ってきたんだっけ?」というモヤモヤした感覚だ。地上の渋谷駅でのいつもの乗り換えではないので、何か空間がずれたような・・・。たいした出来事ではないのに、習慣化された行動が意識に与える影響っておもしろい。

そして約半月が経ち相互乗り入れは、プラマイゼロといったところか。まずプラス、乗り換え時間が短縮されたこと。それから、渋谷駅で出口が増え、通勤客が各車両に分散、かつ、特急が10両編成になり輸送量が増え、混雑がすこ~し(ホンのすこしよ!)緩和されたこと。ただしこれは東横線から半蔵門線に乗り換えの場合のみ、JR、銀座線、井の頭線、バスに乗り換えの方たちは絶対違うと思う。
マイナスは駅の狭さ。せっかく深~く掘ったのに、どうしてもう少し広くしなかったのか。ホームも狭いし乗り換えの階段も狭い。地震や火事が起きたら、なんて、想像するのもコワイくらいだ。まあ、銀座線の渋谷駅も狭いことは狭いけれどね。

帰宅途中に「渋谷で買い物」って気分は皆無。お財布にはプラスだけど、いざと言う時にとても便利だった「東横のれん街」はもう便利ではなくなっちゃった。しかもマークシティへ引っ越してますます遠のいてしまった。地下5階は思いのほか地上から遠い。

2013年4月1日月曜日

映画ひとこと 2月

1月の終わり、発熱、関節の痛み、食欲不振で沈没。やっと起き上がれるようになってからクリニックに行くと、「インフルエンザかも」と言われる。発熱後48時間とっくに過ぎているので、検査せず咳止めの薬だけ処方してもらう。新型の時と同じでそれからが大変、咳が全然止まらない。涙目になりながらクリニックに行くと「喘息になったことありますか?」。「小児喘息はありますけれど、そんなの関係ないですよね。」「いや、あるんですよ。咳が止まりにくい」。ということで、2月前半は咳に悩まされクラ~イ冬を送ってしまう。
そんなこんなで、2月後半追い込みでガガガっと観た映画。

アルバート氏の人生

アルバート氏の人生

階層社会の中で弱い立場の人々、その中でもっと弱い立場が女性。女優としてアルバートを演じることは役者冥利につきるであろう。グレン・クローズの技量に目が行ってしまい、物語に普遍性を感じることができなかったのは、私の想像力が欠けていたからか・・・?

テッド

珍しくTVCMまで流し、かなり前から宣伝していた。日本サイドの配給会社は試写をせずに、”しゃべる熊さん”はかわいいもの好きの日本人にウケると思っていたのじゃないだろうか。日本語に訳せないスラングの連発はまだしも、ドラッグになるとちょっと~!いくつかは笑えたけれど、日本人には厳しいネタ、ジョークのオンパレード。

マリーゴールドホテル出会いましょう

マリーゴールドホテル出会いましょう
期待していなかったのに、とっても面白くてかなり得した気分。イギリス人俳優は本当に素晴らしい。年配といいますか貫禄があるといいますか、あのジュディ・ディンチが見せる繊細な美しい表情、女の私でも彼女に恋する男性の気持ちがわかるくらい。近い将来、日本のリタイア組も母国を離れ、このようになるのだろう、いや、もうなっているのかな。異文化間というより世代間の違いを見つめ直さないといけないと思った次第。



ムーライズ・キングダム

ムーンライズキングダム
動く絵画のような大変美しい映画。デッドアングルがひとつも無く、どのコマをとっても絵になる。全てが計算され尽くしていて、それでいて重たくない。パーセルの曲をモチーフにした「青少年のための管弦楽入門」、まさにこの曲のように人間関係がかぶさっていく。最後にはオリジナルの曲、これもとてもいい。アクションスターのイメージが強いけれど、ぼやっとした人物をさせると右に出る人はいないブルース・ウィルス。エドワードノートンは地でいっているのか?
もう一回観たい。

ライフオブパイ


トラと漂流というとどんな話になるのだろうとおもっていたら、なんとすばらしい・・・。アン・リー監督は私のもっとも好きな監督の一人だ。映像がこの上なく美しいのはもちろんのこと、ここまで映し出すことができる監督のイマジネーション、洞察力、思慮深さ、謙虚さに脱帽だ。自然と生命が織り成す雄大な歴史を感じる。イソップ物語であったり、民話であったり、さまざまなメタファーをもって人間は哲学を語ってきた。現実を見据え、俯瞰的な視点をもつことのすばらしさ。

ゼロ・ダーク・サーティ

ゼロ・ダーク・サーティ
こういうのを骨太というのだろう。キャスリン・ビグロー監督の境界線を心得た映像は、くどすぎず説得感がある。拷問や自爆テロより恐ろしいのは、クライマックスでのビン・ラーディンの捜索シーン。暗い室内を特殊部隊の隊員の目で動き回るカメラ、まるでゲームの世界だ。最後に主人公が流した涙の意味、これをいかに観客が読み取るか。なんのために多くの人たちの血が流れるのか、虚しいばかりである。かなりオススメの一作。

世界に一つのプレイブック

世界に一つのプレイブック

一つずつずれたボタンをかけ直すのは、難しくないけれど少々面倒。心や人間関係を立て直す日常生活、最初は全てがチグハグなのに、パタパタと丸く収まっていく様子は見ていて楽しい。アカデミー賞作品賞にノミネートされるほどかな?とは思いつつも、ほろ苦いユーモアに苦笑い。選曲がいい。「ハンガーゲーム」の彼女はまだ若いのに堂々としたもの。




バチェロレッテ

バチェロレッテ

ドタバタ・・・

2013年3月22日金曜日

渋谷駅狂騒曲

銀座線の階段付近から振り返る
3月16日、東横線渋谷駅が地下に潜り副都心線とつながった。
地上の渋谷駅が最後となる15日は、それはもう激しい人、人、人。私も通勤通学でン十年お世話になっただけに、当たり前の風景がなくなってしまうことの寂しさは否めない。鉄道ファンだけでなく、渋谷駅を最後に一目みようという人たちが立ち寄っていたのだろう。

東横線はほとんど高架を走っているのだけれど、私の住んでいる辺りにはいくつか踏切がある。電車を近くで撮影できる格好のスポットらしく、15日が近づくと近所の踏切には、脚立と立派な望遠レンズのついたカメラを持つファンの人垣。安全確認のためか、15日はその全部の踏切に東急の人たちが立っていた。

プラットホームはカーブしていたので、
こーんな広い隙間があった
たまに人が落ちたらしい
渋谷代官山間が地下化されることにより、車窓からの景色が見られなくのが残念だ。代官山を過ぎた辺りからの風景を、たとえば「混んだ電車から降りられる」という安心、「乗り換えの階段が結構長い」という憂鬱さ、そんな気持ちでながめていた。学生時代、読んでいた文庫本やら試験勉強のプリントをカバンにしまい外を見ると、銀扇閣という2階建て簡易宿(?)が見えて犬が2匹遊んでいた。社会人になりたての頃、ウォークマンを聞きながら車窓を眺めると、ビリージョエルの歌と渋谷の町が意外や意外、マッチしていてちょっと嬉しかった。ひっそりとした同潤会アパートが消え代官山アドレスがニョッキリ、でも本多記念教会はそこにあるし、大きな都営アパートやJRをまたぐ陸橋も昔から変わらない。JR山手線の上を走る辺りでガガガガ~とカーブを切り、ゆっくりした速度で並木橋を超えると「さあ、渋谷ダワ!」と感じた。

晴れの日も、雨の日も、風の日も、毎日毎日何も考えずにぼーっと眺めた車窓からの風景は、意外と脳裏に残っているものだ。 はっきり言ってお世辞にも綺麗な景色とは言い難かったけれど、紛れもなく私の一日の始まりと終わりをを縁どっていた風景だった。

15日は名残を惜しむ人たちでなかなか駅を閉めることができなかったらしいが、駅長が登場して敬礼をすると収まったらしい。駅長さんはエライ。そして代官山の線路接続工事がなんと4時間で完璧に終了し、翌日からは当たり前のように東横線はトンネルの中に飲み込まれていった。

一区切りは着いたものの、新しい駅の乗り換えになれるにはちょっと時間がかかりそうだ。銀座線渋谷駅の移動、埼京線ホームの移動、東横のれん街の引越し、高層ビルの建設、まだまだ渋谷狂騒曲は続いていく。

2013年3月13日水曜日

旅立ちの春

ワカの高校受験が終わり、なんと3月も既に半ば。進学先も決まりほっと一息、来週は義務教育最後の卒業式。思い起こせば産婦人科の先生と助産婦さん、保育園の保育士さん、小学校と学童保育の先生、ピアノの先生、中学校の先生、塾の先生と、なんと多くの人たちに見守られながら大きくなってきたことか。地域の皆さんに育てられて、無事に義務教育を終えることができた。感謝、感謝である。

そして、そんな春の一日、ワカの小さな友達との別れがあった。ワカが私のお腹にいた春の日、近所で野良猫が赤ちゃんを産んだ。ある日母猫はいなくなり、一匹だけ子猫がおいてけぼりされていた。子猫の頭の上の電線にはカラスが「カ~!」。見るに見かねて母が拾ってきたのがミミちゃん。ワカと同い年15歳のミミちゃんは、名前と同じ3月3日の夜、静かに眠りについた。

一週間ほど前から食べ物を受付なくなり、それでもよしよしするとゴロゴロと喉を鳴らし、決して辛い顔を見せない。何度も猫ちゃんを看取ってきたけれど、その度に動物の安らかで静寂な最後には尊敬の念さえ覚える。まるで木の葉が落ちるように自然の一部となり、人間もこのように落ち着いて、美しく最後を迎えられるのだろうかと。

「何も心配いらないよ」と言うように、仲良しで大好きなワカの新たな旅立ちを見届け、静かに行ってしまった。たくさんの思い出を本当にありがとう。ミミちゃんは古い毛皮を脱ぎ捨てて、今頃、新しい毛皮を探していることだろう。また生まれてきたらうちにおいでよね。それまでちょっとの間だけさようなら。


2013年2月2日土曜日

映画ひとこと 1月

週末が立て込んでいてなかなか映画が見られなかった1月。どうにか3本。


ルビー・スパークス/Ruby Sparks

若くしてデビュー作が好評を博し、その後ずーっとスランプに陥っている主人公カルビン。セラピストに誰か好きな人の物語を書くように勧められ、ルビー・スパークスという女の子の物語を書き始める。ある朝目覚めるとなんとルビーが家にいるではないか。驚きながらもルビーと楽しい毎日を送り始めるカルビン。しかもルビーは彼がタイプライターで打つそのものの理想の女性になる。が、カルビンのエゴと束縛は自分の書いた小説にもかかわらず、うまくいかなくなってくる。

脚本はルビー役のゾーイ・カザン、「エデンの東」のエリア・カザンの孫娘。コメディという光が当たる所の裏には影がある。影に追いつめられた時はちょっとコワイけど、最後は何となく予感できそうなロマンチックなエンディング。


ロンドンゾンビ紀行/Cockneys vs Zombies

祖父の老人ホームが再開発のために立ち退きを迫られていると知ったボンクラ兄弟は、銀行強盗で資金を調達しようと企む。その頃再開発地の古代遺跡の扉を開けてしまった作業員はゾンビに噛み付かれ、ロンドン中の人々が次々とゾンビに変身、街中ゾンビだらけになってしまう。老人ホームの老人は武器を持って立ち上がり、若者と一緒にあの2階建てバスでロンドン中を逃げ回る。

不況で困るのはいつの時代も高齢者と若者。自らの力でたくましく立ち上がって、見ていてスカッとする。数あるゾンビ映画の中でも高位置、かな。




ルーパー/Looper

タイムマシンで送られてくる人間を抹殺する「ルーパー」(ウーパーは付かない)ジョー(ジョセフ・ゴードン・レベット)の目の前に、未来の自分(ブルース・ウィルス)が表れる。未来の自分を消せば、後20年自分の人生が待っている。しかし未来の自分は別の未来を思い描いている。

白人にしては平ペったい顔のジョセフ・ゴードン・レベット、有名になって整形したのかと思いきや、ブルース・ウイルスになるためつけ鼻をしていたのだ。お話の内容は既視感があるけれど、勧善懲悪で終わらないところが気に入った。

2013年1月31日木曜日

もう12分の一が・・・

1月に入ってからはワカの受験で殺伐としてくるのではないかと思っていたけれど、志望校が決まってしまえばこれといって話すこともなくいつもの我が家。ワカは親よりずっと腹が座っていると見える。最後の模試も最終コーナーで志望校合格ラインに乗り、後はゴールまで一直線か?いやそんなに世の中甘くない、と、何も出来ることがないだけに、なんだか落ち着かない母。

願書に貼る写真くらいは奮発しちゃおうかなと、街の老舗の写真館を訪れた。受験には何の関係もないが、セレブ御用達の写真館だ。カメラマンから「サイズは?」と聞かれ、ワカと私は2人で顔を見合わせる。当然、2人ともチェックしてない。とりあえず写真だけとって、後でサイズと枚数を電話すれば良かったのに、「大1枚と小3枚!」と適当に注文。もちろん何の根拠もな〜い。思考停止。お代は4枚で5900円也。遅まきながら家で調べてみたら、私立と公立はサイズが違うし、しかも願書に貼る枚数もまちまち。慌てて写真館に電話すると、そんなことだろうと思っていたようで枚数の変更に快く応じてくれた。庶民にも親切な写真館だ。

さて、願書はワカが学校でしっかり記入してきた。ものすごい筆圧だ。気合が入っているのか。後は親の署名と捺印そして、セレブ御用達の証明写真。ところが、その証明写真がどこにも見当たらない。唖然!!忘れないようにここにおいておこう、と考えた一瞬の光景まで頭にうかぶのに。半日探し、あきらめて、写真館に電話して4枚追加。焼増し料金4500円也。美味しいものたべられたなぁ~。きっと全てが終わったあとに、ポロリと見つかるのだろう。

さて、受験料の振込。とある学校はATMから振り込む。学校の口座と同じ銀行から振込もうと思ったけれど、休眠口座で残高がほとんど無いからまず預け入れをしなくてはいけない。お札をATMに入れたところで、確認を押しても画面がちっとも動かなくなった。人差し指、中指、親指と指を変えて試してもダメ。当たり前か。店頭に立っている案内係のおじさんに「画面がフリーズしてます!」と言うと、おじさんも「おやおや、こんなことがあるんですね」と困り顔。とりあえず手続きを取り消して、隣のATMでやり直すことに。・・・そこで気がついた。どうやら入金の際に「一部入金」を押してしまったらしい。もちろんその場合は入金したい金額を入力しなければ「確認」が押せない。暗証番号もいらない一番簡単な預け入れ操作でつまずく私・・・。

本番は2月10日から。志望校に合格できたらいいね。見えないところで慌てながら応援しているよ。


2013年1月17日木曜日

ポアント

ポアントを最後に履いたのは17年前。金輪際履くことはないと思っていたけれど、また履いてみたいと思うようになり、2012年の密かな目標にしていたが、そうこうしているうちに12月、残すところあと2週間となってしまった。やっぱり目標は達成しなくては!そのためにはポアントを買ってしまうことだ、と渋谷のチャコットに行った。

はじめは右左の区別は無く
自分の足で形をつけていく
私がポアントを履き始めた1960年代は、数社の国産メーカー以外は簡単に手に入らなかった。初めてのポアントは「スワン」製、この「スワン」は後の「チャコット」だ。今や国内外のメーカーがずらり、足の形や使い勝手に合わせてヨリドリミドリだ。インターネットでも安く手に入る。浦島太郎子には数が多すぎてどれがいいのかさっぱりわからない。

チャコットのフィッターさんは私の足の形を見るなり、サササッと2、3足のポアントを持ってきてくれた。仕事早い。まずトウパット(指を保護するためにポアントの先に入れるパット)の存在が嬉しい。昔は硬いマメができるまでひたすら我慢。流血は当たり前。どうしようもないときはストッキングで保護して頑張った。本当に痛かった~~。今考えると、ポアントの選択肢が少なく、足に合うものを見つけるのが難しかったということもある。

さて、5、6足試してソールの柔らかさなどを確認、オーストラリアの「BLOCH」というメーカーに決定。その場でリボンを縫い付けてくれて、ソールには名前を刻印、その上、右左を間違えないように片方のシューズにバンビちゃんまで型押ししてくれた。サービスも進化だなぁ。

いよいよ練習、ゆっくり、ゆっくり(おそる、おそる)、もちろんバーから離れることはない。床が木に比べて弾力性のあるリノニウムでトウパットもつけているから、足の指はゼンゼン痛くない。リノリウムの床には滑り止めの”松ヤニ”がいらないので、これも昔とは違う。木の床で聞いたポアントの足音とは違うわ。

思っていたより昔の感覚が残っていた。バレエシューズでのルルベは、正確にはドゥミ・ポアントといって、指を折りボール(指の付け根)で立つ。ポアントの場合はトウの先で立つので足の指は伸びた状態。ポアントの先端は平たくなっていて、その平面が床にピッタリと均等につくのが理想。そのためには甲をしっかり伸ばさねばならず、甲の硬い私は普段よりかなり足底筋(土踏まずの筋肉)を使った。そして、ポアントで立つには足の力だけではなく、上へ上へと上体を引き上げる力が大切だ。

ということで、その日のうちから全身筋肉痛、土踏まずが熱持ってるみたい。でも、とっても楽しくて、懐かしい時間だった。

2013年1月15日火曜日

トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2 Breaking Dawn Part 2

トワイライト・サーガ全5作品、ツッコミを入れながらも(「夫婦50割」で行く映画か?とこちらがツッコまれそうではあるけれど)、遂に最終章を鑑賞。シリーズのはじめは大きなスクリーンで上映していたのに回を追うごとに小さくなっちゃって、今回はヒューマントラストシネマ渋谷。さて、既に観た方(まだの方は鑑賞後)一緒にツッコミをいれましょ。では!

なんでもアリのブレーキング・ドーンパート1、なぜヴァンパイアに子どもが出来るのか、最大の疑問を棚に上げ「不滅の子」レネズミが誕生。「フライ2」のように胎児の頃から成長が早い。出産で死にそうになり、エドワードにがぶがぶ噛まれて助けられたベラ。正確には、ヴァンパイアに噛まれて人間としては死んだのだけど。ま、なんでもいいけど、遂に念願叶って、強く、化粧も濃くなって、転生を果たす。

ベラに恋焦がれていたジェイコブ、赤ちゃんのレネズミを見るなり「刻印」の相手だと悟り、あっという間にレネズミに鞍替えする。転生してからはジェイコブのにおいが気になるベラ、まだ幼児のレネズミを刻印の相手にしたことに激怒し、ジェイコブをコテンパンにする。それを面白そうに見物するエドワード。結局、仲直り、雨降って地固まる。

「不滅の子」とはヴァンパイアを滅ぼす凶暴なヴァンパイアで、ヴォルトーリ族は見つけたら片っ端から退治してきた。「不滅の子」の定義はヴァンパイア同士の間にできた子どものこと。カレンファミリーはレネズミは正確にはベラが人間の時にできた子どもだから「不滅の子に」当てはまらないと説得するため、それを証言してくれるヴァンパイア仲間を集める。

ベラには自分の考えを読み取られない&相手の攻撃を寄せ付けない、という能力が人間の頃からあった。転生後は自分だけでなく味方にバリアを張って、防御する能力があることが判明。まだヴァンパイアになったばかりでうまくできないので、いざという時のために修行をはじめる。あくまでも平和裏に問題を解決したいカレンファミリーではあるが、ヴォルトーリのリーダーであるアロは大げさな大軍を引き連れて現れる。アロん千年の人生の中でも前例のない、人間とヴァンパイアの間にできた子ども。最初は「この子面白そうだし退治するのはどうしようかな~」てな立場だったけれど、結局あれよあれよという間に戦いの火蓋が切って落とされる。

実に激しい戦いの中、カレンファミリーの中心人物の首がコロコロと落とされ、いくら完結編だとはいえここまでするか!と驚く。しか~し、遂にアロの首を獲ったと思ったその瞬間、オヨヨ…。劇場内から聞こえる安堵のため息、正しくは、失笑とともに、この戦いは幕をとじる。

何のかんのいいながらも、やっぱり面白かった。本のシリーズはこれでおしまいだけど、映画はスピンオフが計画されているらしい。17歳のエドワードを演じるには年をとりすぎたと、ロバート・パティンソンが自ら発言しているが、そんなこと言わずに是非もう一作(「エドワード・バトン」?)!

2013年1月10日木曜日

レ・ミゼラブル  Les Misérables

年末年始映画 その3は大評判のレ・ミゼラブル。

お話の内容が悲惨すぎる、ミュージカル舞台の映画化で過去にがっかりしたことがある、という理由で実はあんまり見に行きたくなかったけれど、もし見ていなかったら大きな作品を逃したことになっていただろう。

監督トム・フーパーは役者の歌う歌をレコーディングして後付するのではなく、セリフのようにそのまま収録している。一度きりの歌声ということでは舞台と一緒だ。舞台ではホールの最上階まで響く歌声が要求されるが、映画ではスクリーンでの細かい演技が要求される。舞台の良さを残し見事に「映画」に脚色され、見ていて違和感を感じない。俳優陣の高い歌唱力には舌を巻く。歌手としてではなく、俳優として実績を残している面々だ。歌も歌えなければ、一流の役者として生き残っていけないのかも、と思わせるほどだ。

数年前、何かの暗示だったのだろうか、ヒュー・ジャックマンが司会をしたアカデミー賞授賞式でアン・ハサウェイが歌を披露、その歌声と可憐さにシャーリー・マックレーンが「歌い続けなさい」と賛辞を送ったことは記憶に新しい。今回、彼女は映画史に残るであろう素晴らしい演技を残した。あんなにコテコテに歌っても胸焼けさせない、それどころか心揺さぶり、この曲に全く新しいイメージ&解釈を植え付けた。アカデミー賞、取るかも。

もちろん、歌って踊れるトニー賞俳優&アクションヒーローのヒュー・ジャックマンは期待通り。大作を一手に背負い、映画を一ランク上に引き上げたことは間違いない。アカデミー賞、もしかしたら(ダニエル・デイ・ルイスがまたまたスゴイらしいから)。

「レ・ミゼラブルロンドン公演25周年記念」でも同じ役を演じたサマンサ・バークス、アン・ハサウェイに負けず劣らずの熱唱、泣ける。舞台で磨いた文句ない歌唱力が彼女の底力であろう。男子も負けていない。エディ・レットメインは歌も上手いのだった。高く澄んだ美しい声だ。彼は「イエローハンカチーフ」ではウィリアム・ハートを相手に、これは!と思わせた。舞台「Red」でも活躍し、ローレンスオリビエ賞、トニー賞を受賞。ぜんぜん関係ないけど、かのウィリアム王子と同級生だったという。

で、イマイチだったのがラッセル・クロウ。彼なりに頑張ってはいたのだろうけれど、あれだけ他の役者が全員盛り上がっているのに、彼が歌い始めるとシュルルル~っと盛り下がる。ラッセル、苦労。いい役者さんなのに、ちょっと解釈を間違えちゃったか。

忘れていけないのは子役2人。特に男の子。ロンドンで「オリバー」を見たとことがあるのだけれど、この子は出演していたらしい。小さい頃から一流の舞台で研鑽を積んでいるのだ。透き通るようなボーイソプラノを堂々と披露し、死んでいる演技もスゴすぎる。

是非、映画館で。舞台とは違った感動が待っている。

2013年1月8日火曜日

007スカイフォール(Skyfall) / 恋のロンドン狂騒曲 (You Will Meet a Tall Dark Stranger)

年末年始に観た映画は5本、今回は2作品纏めて感想文。今年も映画館通い楽しみたいワ~!

スカイフォール
007 スカイフォール

ダニエル・グレイグの人間追跡ミサイルは、今回も超ダンディー。傷つき、ガス欠になってもステキ。007の50周年記念ということで、007の愛車や武器も登場し、アナログでノスタルジー漂うクライマックスがファンには嬉しい。アデルのテーマソングもオープニングに大輪の花を添える。

とはいえ、諸手を上げて面白かった~!とは言えない。ワルモノの心理をあまりにも個人的な恨みつらみで深々と掘り下げすぎ、007映画の軽快な(時に軽薄な?)広がりに欠ける。ハビエル・バルデムはその暑苦しさから役柄にぴったし、が、サム・メンデス監督にミスリードされてしまった感あり。悪者のシーンはまるで「バットマン」を見ているのかと思ってしまう。

収穫もあるわよ。出番は少ないものの、ここぞというところで強さを発揮してキラリと光ったラルフ・ファインズ。次回からの登場に期待が高まる。
恋のロンドン協奏曲


恋のロンドン協奏曲

まるで”エッセイ”のような小品に、アンソニー・ホプキンズ、アントニオ・バンデラス、ジョシュ・ブローリン、ナオミ・ワッツとそうそうたる顔ぶれ。これだけ揃えれば、演技の問題は皆無。そんなベテランを難なく手のひらで転がすウディ・アレン。脚本がいいのかキャスティングがいいのか、演技が達者であればあるほど、キャラクターの情けなさイタさ全開。

現役っていつまでなのか。けっこう年取ったつもりでもまだまだ新しい人生が待っている。あれこれ考えて、勇気を持って飛び出しても、ほとんどのところ失敗に終わり、恥をかきまくる、が、たまに夢で描いたようにことが運んでしまうこともある。嬉しいかというと、それはそれで厄介・・・。幸・不幸は表裏一体、すべて自分の考え方次第ね。

自分より若い年代を主人公にした映画が多くなってしまった今日この頃、まだ自分の知らない年上の人たちが、悟りも開かず、懲りもせず、大騒ぎしているのを見られるのは、ちょっとウレシイ。

2013年1月6日日曜日

明けましておめでとうございます

年末に訪れた浅草で
東京の1月1日は、穏やかな一日だった。

大晦日は友人とジルベスターコンサート(エルガーの「威風堂々」いいなぁ〜!)を見ながら年明けのクラッカーを鳴らし、シャンペンを開けながら2時ごろまで語り合い、10時頃にのそのそ寝床から這い上がり、年賀状をポストに取りにいき、お茶を飲みながら昨晩の片付けをし、12時になったら実家に行き、家族でおせちとお餅を食べ、お腹いっぱいになったら近所を散歩、初詣で混んでる神社を諦めて隣の駅のお寺に足を伸ばし、スタバで一服、そのまま実家に戻って更に食べ始め、ニューイヤーズコンサートを見る。

こんな毎年の判で押したような大晦日からお正月、コロロから平和と幸せを感じる。

皆様にとって健康で穏やかな一年でありますように。

2012年12月14日金曜日

もうすぐ選挙

政治の話はしたくないけれど・・・。

未来は過去の(老人の)成功体験の中にあるのではなく、若者の日々の生活の中にこそあるのではないか。

若者が夢を持てる社会なんていうのは老人の戯言で、実際自分が若い時は時代がどうであれ、将来への不安やら期待がいつも頭の中で交錯していた。夢なんて果てしないもので、到達するたびにまた新しい夢を見始める。でもそれが夢であるなんて言えるのは年をとってから。その時は一つ一つ階段を上がっている実感しかない。その若者の登っている階段は、過去の成功に縛られる老人からあてがわれるエスカレーターであってはいけないのだ。

一夜にして天地がひっくり返る革命ではなく、長い長い時間をかけて変わっていく革命もある。壊れなければ見えてこなかった現実だってあるはずで、ロールモデルのなくなった、言い換えればロールモデルにならなくてはいけないこの国は、過去に戻るのではなく前を見て進むべきだ。

全てが解決する魔法の杖などあるわけがない。それでもあの大震災を通して私なりに人生を考え直した。後戻りだけはしたくない。

必ず投票に行こう!

2012年12月10日月曜日

パエリアができるまで

妹とワカの誕生日は一日違い。妹はワカが生まれた当初一緒くたにされる(正しくはワカの誕生日に併合される)であろうと、別々に誕生日会を開いていたけれど、案の定何年か経ち合同になってしまった。昨年は両親の家だったので、今年は我が家で開催することにした。クリスマスにも家族で集まるので料理がかぶらないようにいろいろ考えて、パエリアを作ってみようと思いたった。しか~し6人分のパエリアを作れる、大きなフライパンがない。これを機会に、フライパンを新調しようと思い立つ。

我が家ではクリステルという鍋で、ごはん炊き、炒め物、蒸し物、煮物、全て済ませてしまっている。取っ手が外れるのでオーブンのなかにも入るし、食卓にもそのまま出せるし、収納も場所を取らない。ケーキ型にもなる(作ったことないけど・・・)。あれこれ調べているうちに、そのクリステルのノンスティックフライパンがパエリア用によさそうだ。

おいしく焦げ目がつくのに、後始末も簡単
お料理の腕も素晴らしいパンの先生に付き合ってもらって、代官山にあるクリステルのお店に行ってみた。ネットでは見逃していたのか、34センチのだ円型のノンスティックフライパンがある。6人分でも充分いけそうだ。ちょっと値段は張るけれど、こういうものは、普通のフライパンとしてもパエリア用としてもOKだし、丁寧に扱えば半永久的に使えるわけで、無駄遣いではない。先生の「これ、いいわ」に背中を押されて、お買い上げ~。

さて、早速クリステルのクックブックを参考に、パエリアを作ってみた、が、オットからダメ出し。レシピではなくて食材の選び方が良くなかったようで、確かに美味しくなかったわい。それに、新しい調理器具を使っての時間や火加減はすぐには慣れないものだ。
誕生会当日は朝からちゃんとできるかどうか心配で、早起きしてしまった。まずはネタ、渋谷のフードショーでいいエビ、あさり、ムール貝を手に入れることはできた。オットにサフランも買ってもらった(タ、タカイ・・・)。フライパンも鎮座ましまし、役者は揃った。

失敗の後、ネットでいろいろ見比べて美味しそうなレシピを選び、少々アレンジしてみることにした。特にスープつくりに力を入れた。一生懸命作っていたら、料理しただけでお腹がいっぱいになっちゃった。ほっとしてつかれちゃって料理を味わうどころではなく、どんな味をしていたかもあんまり覚えてない。でも、オットも他の家族も「美味しい!」って。私の感想としては、お米はもうちょっとパラパラ感が欲しかったかな。いずれにせよ、何はなくとも、みんな喜んでくれて、めでたし、めでたし。

2012年11月27日火曜日

散歩の季節

三連休最後の日曜日は半日のんびり散歩した。
出発は表参道。
まずNicolai Bergmann Cafeで、花に囲まれながらお昼ご飯。美味しい食事は、お腹をいっぱいにして頭を空っぽにしてくれる。そして青山通りに出てお店を見ながら外苑前まで。銀座線だと一駅分。
伊藤忠前にあるカッシーナが15周年記念。そのお知らせのハガキを持っていったら、何かイイモノをプレゼントしてくれるということで寄ってみた。イイモノは可愛らしいクッキーだった。

銀杏の絨毯
そして、カッシーナからは目と鼻の先にある絵画館前の銀杏並木へ。今、「いちょう祭り」の真っ最中。ここは周りに景色を遮る高層建築物が無い。だから銀杏が一番大きい。高い高い空にピーンと背筋を伸ばす銀杏はいつ見てもいい。この日は快晴、雲一つない。
もっとすごい人出だと思っていたけれど、それほどでもなかった。まだ真っ黄色にはちょっと早いからかしら、もう一週間くらいかな。で、外苑前の銀杏というと、やっぱり焼き芋(私だけか・・)。さっきお昼食べたばっかりだし、香りだけで我慢。
1本だけ私みたいだとオット。どう言う意味か?

















外苑前からは静かな青山墓地を通り抜け、六本木ミッドタウンへ。大江戸線で一駅の距離。青山墓地のいいところは人気が少なくて緑が多い。そして低木の紅葉が楽しめる。楓の赤などはそれはそれは鮮やかだ。春の桜もえらくきれいだけど、やっぱりお墓の土壌は栄養たっぷり、肥えているのかなぁ、ぎょぎょっ・・・。さて、ミッドタウンに来たのはサントリー美術館で開催中の「森と湖の国フィンランド・デザイン」展を観るため。大好きなフィンランドのガラス製品が所狭しと並んでいる。天国だ。19世紀から続く時代を超えた普遍的なデザイン。究極のシンプルさとは誰も真似のできない角度、大きさ、色をたたえていて、簡単であればあるほど真似ができない。今も定番としてお店で買えるデザインが沢山ある。これからもちょっとずつコレクションしていこう。

最後は六本木ミッドタウンからテレ朝通りを抜けて広尾のナショナルスーパーまで。日比谷線に乗れば一駅。オットはこのスーパーの大ファン。手に入りにくい洋野菜や輸入加工食品が、比較的リーズナブルなお値段で手に入る。魚介類もいいのよ。あさりのお買い上げで、夜はワイン蒸しだ~。

地下鉄だと、表参道から外苑前(銀座線)、青山一丁目から六本木(大江戸線)、六本木から広尾(日比谷線)を散歩したことになる。これだけ歩くと結構疲れるけれど、空気はひんやりとしているからいい気持ち。
これからしばらく散歩が楽しめる。

2012年11月20日火曜日

アルゴ    ARGO

1979年11月4日、イラン革命真っ最中、アメリカ大使館に暴徒化したイラン法学校の学生らがあれよあれよと言う間に乱入してくる。大使館員は慌てて大使館員名簿やら機密情報などを、片っ端からシュレッダーにかけたり焼却したり。そんな混乱の中6人の大使館員は大使館を脱出したはいいものの、あちこちの同盟国に断られた挙句、カナダ大使の私邸に匿われる。(残った52人の大使館員は人質となり、結果的に444日拘束されることになる。)

人質を盾にホメイニ師らのイラン新政府は、アメリカ政府に「癌の治療のため」アメリカに滞在中の前国王パーレビの引き渡しを要求する。街頭にはクレーンに吊るされた死刑囚、むくつけき男衆のデモ隊、その中にはブブカをかぶり銃を持った怒りに震える母親の姿も見られる。とにかく街中に抑えようのない怒りが渦巻いているのがコワイ。大使館のシュレッダーにかけられた書類は現地の子供たちがジクソーパズルのようにつなぎ合わせる人海戦術で、次々に復元されていく(すごい・・・)。名簿が復元されれば脱出した6名の存在が明らかになり、捕まれば処刑されてしまう。

アメリカでは人質奪還を幾度となく成功させてきたCIAのトニー・メンデス(ベン・アフレック)が国務省の会議に呼ばれていた。八方手詰まり感が漂う中、ふと、6人を映画のロケに来たカナダの映画クルーに見せかけて出国させるという作戦を思いつく。彼はあくまでも真面目である。トニーは特殊メイクのジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に相談。太っ腹なジョンはハリウッドの大物プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)に協力を求める。レスターもすっかり乗り気、映画より面白そうだと思っている様子。イランがロケ地になりそうな見るからにダメダメ脚本『アルゴ』を選び出し、どうせ偽物とハッタリだらけのハリウッド、スポンサーはCIA、怖いものなし。堂々と事務所を立ち上げ、大々的な記者発表を開き、イラン側に作戦だと気づかれないように既成事実を作り上げていく。

1980年1月25日、トニーはカナダ人プロデューサとしてイランに入国、文化・イスラム指導省で撮影許可をもらうことに成功。カナダ大使公邸に潜伏中の6人に計画を持ちかけるが、そんな怪しげな計画に乗れないと反対する職員もいる。しかし、国に(別居しているものの)家族を残し、自らの命をも賭けるトニーに全てを託し、カナダの撮影クルーに化けることを全員が承諾。

いよいよ作戦開始というとき、アメリカ本国から軍による人質奪還作戦への変更を告げられる、すなわち映画クルー作戦は中止。航空券は取り消され、ハリウッドの事務所は閉鎖を告げられるものの、現地の事情をよく知るトニーには映画クルー作戦しか脱出の道は見えてこない。トニーは独断で6人を自分の計画通り出国させると上司に宣言する。そこから始まる手に汗握る脱出劇・・・。

ベン・アフレック、「ザ・タウン」では彼にいちゃもんつけちゃったけど、今回は良い、良い。俳優としてだけでなく、監督としてもあっぱれ。クライマックスはかなり脚色をしているとは思うけれど、映画はこうでなくてはいけない。時代だけではなく、映画自体のつくり方もあの時代風で好感度大。

プロフェッショナルが最大限にそのスキルを発揮し、いかに相手の仕事に敬意を払うか。映画人は映画人として、大使は大使として、メイドはメイドとして、仕事に忠実であること。そのあたりが見ていて爽快だ。事の発端には一言では語れない歴史があるけれど、どちらの国が良い悪いではなく、娯楽映画として割り切って見るのはどうだろう。

この映画を見ると「日本の嫌われ方」なんて、比べ物にならないわ・・・。外交って本当に大変。

2012年11月19日月曜日

豆乳でアレルギー

脇の下の両脇とでもいいましょうか、腕の付け根の前側と後ろ側とでもいいましょうか、蕁麻疹が出始めた。一旦赤みが引いたと思っても、またひょっこりと現れる。1ヶ月程経っても治らないので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていた矢先、ふと頭をよぎった・・・。以前会社の健康診断で、背中の湿疹を見た内科の先生から、「花粉症が皮膚に出る人もいるんですよね。」と言われたこと。その湿疹はシャンプーとリンスが原因で、石鹸シャンプーとクエン酸リンスに変えてからはすっかり治ってしまった。

で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。

病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。