1月に入ってからはワカの受験で殺伐としてくるのではないかと思っていたけれど、志望校が決まってしまえばこれといって話すこともなくいつもの我が家。ワカは親よりずっと腹が座っていると見える。最後の模試も最終コーナーで志望校合格ラインに乗り、後はゴールまで一直線か?いやそんなに世の中甘くない、と、何も出来ることがないだけに、なんだか落ち着かない母。
願書に貼る写真くらいは奮発しちゃおうかなと、街の老舗の写真館を訪れた。受験には何の関係もないが、セレブ御用達の写真館だ。カメラマンから「サイズは?」と聞かれ、ワカと私は2人で顔を見合わせる。当然、2人ともチェックしてない。とりあえず写真だけとって、後でサイズと枚数を電話すれば良かったのに、「大1枚と小3枚!」と適当に注文。もちろん何の根拠もな〜い。思考停止。お代は4枚で5900円也。遅まきながら家で調べてみたら、私立と公立はサイズが違うし、しかも願書に貼る枚数もまちまち。慌てて写真館に電話すると、そんなことだろうと思っていたようで枚数の変更に快く応じてくれた。庶民にも親切な写真館だ。
さて、願書はワカが学校でしっかり記入してきた。ものすごい筆圧だ。気合が入っているのか。後は親の署名と捺印そして、セレブ御用達の証明写真。ところが、その証明写真がどこにも見当たらない。唖然!!忘れないようにここにおいておこう、と考えた一瞬の光景まで頭にうかぶのに。半日探し、あきらめて、写真館に電話して4枚追加。焼増し料金4500円也。美味しいものたべられたなぁ~。きっと全てが終わったあとに、ポロリと見つかるのだろう。
さて、受験料の振込。とある学校はATMから振り込む。学校の口座と同じ銀行から振込もうと思ったけれど、休眠口座で残高がほとんど無いからまず預け入れをしなくてはいけない。お札をATMに入れたところで、確認を押しても画面がちっとも動かなくなった。人差し指、中指、親指と指を変えて試してもダメ。当たり前か。店頭に立っている案内係のおじさんに「画面がフリーズしてます!」と言うと、おじさんも「おやおや、こんなことがあるんですね」と困り顔。とりあえず手続きを取り消して、隣のATMでやり直すことに。・・・そこで気がついた。どうやら入金の際に「一部入金」を押してしまったらしい。もちろんその場合は入金したい金額を入力しなければ「確認」が押せない。暗証番号もいらない一番簡単な預け入れ操作でつまずく私・・・。
本番は2月10日から。志望校に合格できたらいいね。見えないところで慌てながら応援しているよ。
2013年1月31日木曜日
2013年1月17日木曜日
ポアント
ポアントを最後に履いたのは17年前。金輪際履くことはないと思っていたけれど、また履いてみたいと思うようになり、2012年の密かな目標にしていたが、そうこうしているうちに12月、残すところあと2週間となってしまった。やっぱり目標は達成しなくては!そのためにはポアントを買ってしまうことだ、と渋谷のチャコットに行った。
私がポアントを履き始めた1960年代は、数社の国産メーカー以外は簡単に手に入らなかった。初めてのポアントは「スワン」製、この「スワン」は後の「チャコット」だ。今や国内外のメーカーがずらり、足の形や使い勝手に合わせてヨリドリミドリだ。インターネットでも安く手に入る。浦島太郎子には数が多すぎてどれがいいのかさっぱりわからない。
チャコットのフィッターさんは私の足の形を見るなり、サササッと2、3足のポアントを持ってきてくれた。仕事早い。まずトウパット(指を保護するためにポアントの先に入れるパット)の存在が嬉しい。昔は硬いマメができるまでひたすら我慢。流血は当たり前。どうしようもないときはストッキングで保護して頑張った。本当に痛かった~~。今考えると、ポアントの選択肢が少なく、足に合うものを見つけるのが難しかったということもある。
さて、5、6足試してソールの柔らかさなどを確認、オーストラリアの「BLOCH」というメーカーに決定。その場でリボンを縫い付けてくれて、ソールには名前を刻印、その上、右左を間違えないように片方のシューズにバンビちゃんまで型押ししてくれた。サービスも進化だなぁ。
いよいよ練習、ゆっくり、ゆっくり(おそる、おそる)、もちろんバーから離れることはない。床が木に比べて弾力性のあるリノニウムでトウパットもつけているから、足の指はゼンゼン痛くない。リノリウムの床には滑り止めの”松ヤニ”がいらないので、これも昔とは違う。木の床で聞いたポアントの足音とは違うわ。
思っていたより昔の感覚が残っていた。バレエシューズでのルルベは、正確にはドゥミ・ポアントといって、指を折りボール(指の付け根)で立つ。ポアントの場合はトウの先で立つので足の指は伸びた状態。ポアントの先端は平たくなっていて、その平面が床にピッタリと均等につくのが理想。そのためには甲をしっかり伸ばさねばならず、甲の硬い私は普段よりかなり足底筋(土踏まずの筋肉)を使った。そして、ポアントで立つには足の力だけではなく、上へ上へと上体を引き上げる力が大切だ。
ということで、その日のうちから全身筋肉痛、土踏まずが熱持ってるみたい。でも、とっても楽しくて、懐かしい時間だった。
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| はじめは右左の区別は無く 自分の足で形をつけていく |
チャコットのフィッターさんは私の足の形を見るなり、サササッと2、3足のポアントを持ってきてくれた。仕事早い。まずトウパット(指を保護するためにポアントの先に入れるパット)の存在が嬉しい。昔は硬いマメができるまでひたすら我慢。流血は当たり前。どうしようもないときはストッキングで保護して頑張った。本当に痛かった~~。今考えると、ポアントの選択肢が少なく、足に合うものを見つけるのが難しかったということもある。
さて、5、6足試してソールの柔らかさなどを確認、オーストラリアの「BLOCH」というメーカーに決定。その場でリボンを縫い付けてくれて、ソールには名前を刻印、その上、右左を間違えないように片方のシューズにバンビちゃんまで型押ししてくれた。サービスも進化だなぁ。
いよいよ練習、ゆっくり、ゆっくり(おそる、おそる)、もちろんバーから離れることはない。床が木に比べて弾力性のあるリノニウムでトウパットもつけているから、足の指はゼンゼン痛くない。リノリウムの床には滑り止めの”松ヤニ”がいらないので、これも昔とは違う。木の床で聞いたポアントの足音とは違うわ。
思っていたより昔の感覚が残っていた。バレエシューズでのルルベは、正確にはドゥミ・ポアントといって、指を折りボール(指の付け根)で立つ。ポアントの場合はトウの先で立つので足の指は伸びた状態。ポアントの先端は平たくなっていて、その平面が床にピッタリと均等につくのが理想。そのためには甲をしっかり伸ばさねばならず、甲の硬い私は普段よりかなり足底筋(土踏まずの筋肉)を使った。そして、ポアントで立つには足の力だけではなく、上へ上へと上体を引き上げる力が大切だ。
ということで、その日のうちから全身筋肉痛、土踏まずが熱持ってるみたい。でも、とっても楽しくて、懐かしい時間だった。
2013年1月15日火曜日
トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーン Part2 Breaking Dawn Part 2
トワイライト・サーガ全5作品、ツッコミを入れながらも(「夫婦50割」で行く映画か?とこちらがツッコまれそうではあるけれど)、遂に最終章を鑑賞。シリーズのはじめは大きなスクリーンで上映していたのに回を追うごとに小さくなっちゃって、今回はヒューマントラストシネマ渋谷。さて、既に観た方(まだの方は鑑賞後)一緒にツッコミをいれましょ。では!
何のかんのいいながらも、やっぱり面白かった。本のシリーズはこれでおしまいだけど、映画はスピンオフが計画されているらしい。17歳のエドワードを演じるには年をとりすぎたと、ロバート・パティンソンが自ら発言しているが、そんなこと言わずに是非もう一作(「エドワード・バトン」?)!
なんでもアリのブレーキング・ドーンパート1、なぜヴァンパイアに子どもが出来るのか、最大の疑問を棚に上げ「不滅の子」レネズミが誕生。「フライ2」のように胎児の頃から成長が早い。出産で死にそうになり、エドワードにがぶがぶ噛まれて助けられたベラ。正確には、ヴァンパイアに噛まれて人間としては死んだのだけど。ま、なんでもいいけど、遂に念願叶って、強く、化粧も濃くなって、転生を果たす。
ベラに恋焦がれていたジェイコブ、赤ちゃんのレネズミを見るなり「刻印」の相手だと悟り、あっという間にレネズミに鞍替えする。転生してからはジェイコブのにおいが気になるベラ、まだ幼児のレネズミを刻印の相手にしたことに激怒し、ジェイコブをコテンパンにする。それを面白そうに見物するエドワード。結局、仲直り、雨降って地固まる。
「不滅の子」とはヴァンパイアを滅ぼす凶暴なヴァンパイアで、ヴォルトーリ族は見つけたら片っ端から退治してきた。「不滅の子」の定義はヴァンパイア同士の間にできた子どものこと。カレンファミリーはレネズミは正確にはベラが人間の時にできた子どもだから「不滅の子に」当てはまらないと説得するため、それを証言してくれるヴァンパイア仲間を集める。
ベラには自分の考えを読み取られない&相手の攻撃を寄せ付けない、という能力が人間の頃からあった。転生後は自分だけでなく味方にバリアを張って、防御する能力があることが判明。まだヴァンパイアになったばかりでうまくできないので、いざという時のために修行をはじめる。あくまでも平和裏に問題を解決したいカレンファミリーではあるが、ヴォルトーリのリーダーであるアロは大げさな大軍を引き連れて現れる。アロん千年の人生の中でも前例のない、人間とヴァンパイアの間にできた子ども。最初は「この子面白そうだし退治するのはどうしようかな~」てな立場だったけれど、結局あれよあれよという間に戦いの火蓋が切って落とされる。
実に激しい戦いの中、カレンファミリーの中心人物の首がコロコロと落とされ、いくら完結編だとはいえここまでするか!と驚く。しか~し、遂にアロの首を獲ったと思ったその瞬間、オヨヨ…。劇場内から聞こえる安堵のため息、正しくは、失笑とともに、この戦いは幕をとじる。
何のかんのいいながらも、やっぱり面白かった。本のシリーズはこれでおしまいだけど、映画はスピンオフが計画されているらしい。17歳のエドワードを演じるには年をとりすぎたと、ロバート・パティンソンが自ら発言しているが、そんなこと言わずに是非もう一作(「エドワード・バトン」?)!
2013年1月10日木曜日
レ・ミゼラブル Les Misérables
年末年始映画 その3は大評判のレ・ミゼラブル。
お話の内容が悲惨すぎる、ミュージカル舞台の映画化で過去にがっかりしたことがある、という理由で実はあんまり見に行きたくなかったけれど、もし見ていなかったら大きな作品を逃したことになっていただろう。
監督トム・フーパーは役者の歌う歌をレコーディングして後付するのではなく、セリフのようにそのまま収録している。一度きりの歌声ということでは舞台と一緒だ。舞台ではホールの最上階まで響く歌声が要求されるが、映画ではスクリーンでの細かい演技が要求される。舞台の良さを残し見事に「映画」に脚色され、見ていて違和感を感じない。俳優陣の高い歌唱力には舌を巻く。歌手としてではなく、俳優として実績を残している面々だ。歌も歌えなければ、一流の役者として生き残っていけないのかも、と思わせるほどだ。
数年前、何かの暗示だったのだろうか、ヒュー・ジャックマンが司会をしたアカデミー賞授賞式でアン・ハサウェイが歌を披露、その歌声と可憐さにシャーリー・マックレーンが「歌い続けなさい」と賛辞を送ったことは記憶に新しい。今回、彼女は映画史に残るであろう素晴らしい演技を残した。あんなにコテコテに歌っても胸焼けさせない、それどころか心揺さぶり、この曲に全く新しいイメージ&解釈を植え付けた。アカデミー賞、取るかも。
もちろん、歌って踊れるトニー賞俳優&アクションヒーローのヒュー・ジャックマンは期待通り。大作を一手に背負い、映画を一ランク上に引き上げたことは間違いない。アカデミー賞、もしかしたら(ダニエル・デイ・ルイスがまたまたスゴイらしいから)。
「レ・ミゼラブルロンドン公演25周年記念」でも同じ役を演じたサマンサ・バークス、アン・ハサウェイに負けず劣らずの熱唱、泣ける。舞台で磨いた文句ない歌唱力が彼女の底力であろう。男子も負けていない。エディ・レットメインは歌も上手いのだった。高く澄んだ美しい声だ。彼は「イエローハンカチーフ」ではウィリアム・ハートを相手に、これは!と思わせた。舞台「Red」でも活躍し、ローレンスオリビエ賞、トニー賞を受賞。ぜんぜん関係ないけど、かのウィリアム王子と同級生だったという。
で、イマイチだったのがラッセル・クロウ。彼なりに頑張ってはいたのだろうけれど、あれだけ他の役者が全員盛り上がっているのに、彼が歌い始めるとシュルルル~っと盛り下がる。ラッセル、苦労。いい役者さんなのに、ちょっと解釈を間違えちゃったか。
忘れていけないのは子役2人。特に男の子。ロンドンで「オリバー」を見たとことがあるのだけれど、この子は出演していたらしい。小さい頃から一流の舞台で研鑽を積んでいるのだ。透き通るようなボーイソプラノを堂々と披露し、死んでいる演技もスゴすぎる。
是非、映画館で。舞台とは違った感動が待っている。
お話の内容が悲惨すぎる、ミュージカル舞台の映画化で過去にがっかりしたことがある、という理由で実はあんまり見に行きたくなかったけれど、もし見ていなかったら大きな作品を逃したことになっていただろう。
監督トム・フーパーは役者の歌う歌をレコーディングして後付するのではなく、セリフのようにそのまま収録している。一度きりの歌声ということでは舞台と一緒だ。舞台ではホールの最上階まで響く歌声が要求されるが、映画ではスクリーンでの細かい演技が要求される。舞台の良さを残し見事に「映画」に脚色され、見ていて違和感を感じない。俳優陣の高い歌唱力には舌を巻く。歌手としてではなく、俳優として実績を残している面々だ。歌も歌えなければ、一流の役者として生き残っていけないのかも、と思わせるほどだ。
数年前、何かの暗示だったのだろうか、ヒュー・ジャックマンが司会をしたアカデミー賞授賞式でアン・ハサウェイが歌を披露、その歌声と可憐さにシャーリー・マックレーンが「歌い続けなさい」と賛辞を送ったことは記憶に新しい。今回、彼女は映画史に残るであろう素晴らしい演技を残した。あんなにコテコテに歌っても胸焼けさせない、それどころか心揺さぶり、この曲に全く新しいイメージ&解釈を植え付けた。アカデミー賞、取るかも。
もちろん、歌って踊れるトニー賞俳優&アクションヒーローのヒュー・ジャックマンは期待通り。大作を一手に背負い、映画を一ランク上に引き上げたことは間違いない。アカデミー賞、もしかしたら(ダニエル・デイ・ルイスがまたまたスゴイらしいから)。
「レ・ミゼラブルロンドン公演25周年記念」でも同じ役を演じたサマンサ・バークス、アン・ハサウェイに負けず劣らずの熱唱、泣ける。舞台で磨いた文句ない歌唱力が彼女の底力であろう。男子も負けていない。エディ・レットメインは歌も上手いのだった。高く澄んだ美しい声だ。彼は「イエローハンカチーフ」ではウィリアム・ハートを相手に、これは!と思わせた。舞台「Red」でも活躍し、ローレンスオリビエ賞、トニー賞を受賞。ぜんぜん関係ないけど、かのウィリアム王子と同級生だったという。
で、イマイチだったのがラッセル・クロウ。彼なりに頑張ってはいたのだろうけれど、あれだけ他の役者が全員盛り上がっているのに、彼が歌い始めるとシュルルル~っと盛り下がる。ラッセル、苦労。いい役者さんなのに、ちょっと解釈を間違えちゃったか。
忘れていけないのは子役2人。特に男の子。ロンドンで「オリバー」を見たとことがあるのだけれど、この子は出演していたらしい。小さい頃から一流の舞台で研鑽を積んでいるのだ。透き通るようなボーイソプラノを堂々と披露し、死んでいる演技もスゴすぎる。
是非、映画館で。舞台とは違った感動が待っている。
2013年1月8日火曜日
007スカイフォール(Skyfall) / 恋のロンドン狂騒曲 (You Will Meet a Tall Dark Stranger)
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| スカイフォール |
ダニエル・グレイグの人間追跡ミサイルは、今回も超ダンディー。傷つき、ガス欠になってもステキ。007の50周年記念ということで、007の愛車や武器も登場し、アナログでノスタルジー漂うクライマックスがファンには嬉しい。アデルのテーマソングもオープニングに大輪の花を添える。
とはいえ、諸手を上げて面白かった~!とは言えない。ワルモノの心理をあまりにも個人的な恨みつらみで深々と掘り下げすぎ、007映画の軽快な(時に軽薄な?)広がりに欠ける。ハビエル・バルデムはその暑苦しさから役柄にぴったし、が、サム・メンデス監督にミスリードされてしまった感あり。悪者のシーンはまるで「バットマン」を見ているのかと思ってしまう。
収穫もあるわよ。出番は少ないものの、ここぞというところで強さを発揮してキラリと光ったラルフ・ファインズ。次回からの登場に期待が高まる。
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| 恋のロンドン協奏曲 |
恋のロンドン協奏曲
まるで”エッセイ”のような小品に、アンソニー・ホプキンズ、アントニオ・バンデラス、ジョシュ・ブローリン、ナオミ・ワッツとそうそうたる顔ぶれ。これだけ揃えれば、演技の問題は皆無。そんなベテランを難なく手のひらで転がすウディ・アレン。脚本がいいのかキャスティングがいいのか、演技が達者であればあるほど、キャラクターの情けなさイタさ全開。
現役っていつまでなのか。けっこう年取ったつもりでもまだまだ新しい人生が待っている。あれこれ考えて、勇気を持って飛び出しても、ほとんどのところ失敗に終わり、恥をかきまくる、が、たまに夢で描いたようにことが運んでしまうこともある。嬉しいかというと、それはそれで厄介・・・。幸・不幸は表裏一体、すべて自分の考え方次第ね。
自分より若い年代を主人公にした映画が多くなってしまった今日この頃、まだ自分の知らない年上の人たちが、悟りも開かず、懲りもせず、大騒ぎしているのを見られるのは、ちょっとウレシイ。
2013年1月6日日曜日
明けましておめでとうございます
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| 年末に訪れた浅草で |
大晦日は友人とジルベスターコンサート(エルガーの「威風堂々」いいなぁ〜!)を見ながら年明けのクラッカーを鳴らし、シャンペンを開けながら2時ごろまで語り合い、10時頃にのそのそ寝床から這い上がり、年賀状をポストに取りにいき、お茶を飲みながら昨晩の片付けをし、12時になったら実家に行き、家族でおせちとお餅を食べ、お腹いっぱいになったら近所を散歩、初詣で混んでる神社を諦めて隣の駅のお寺に足を伸ばし、スタバで一服、そのまま実家に戻って更に食べ始め、ニューイヤーズコンサートを見る。
こんな毎年の判で押したような大晦日からお正月、コロロから平和と幸せを感じる。
皆様にとって健康で穏やかな一年でありますように。
2012年12月14日金曜日
もうすぐ選挙
政治の話はしたくないけれど・・・。
未来は過去の(老人の)成功体験の中にあるのではなく、若者の日々の生活の中にこそあるのではないか。
若者が夢を持てる社会なんていうのは老人の戯言で、実際自分が若い時は時代がどうであれ、将来への不安やら期待がいつも頭の中で交錯していた。夢なんて果てしないもので、到達するたびにまた新しい夢を見始める。でもそれが夢であるなんて言えるのは年をとってから。その時は一つ一つ階段を上がっている実感しかない。その若者の登っている階段は、過去の成功に縛られる老人からあてがわれるエスカレーターであってはいけないのだ。
一夜にして天地がひっくり返る革命ではなく、長い長い時間をかけて変わっていく革命もある。壊れなければ見えてこなかった現実だってあるはずで、ロールモデルのなくなった、言い換えればロールモデルにならなくてはいけないこの国は、過去に戻るのではなく前を見て進むべきだ。
全てが解決する魔法の杖などあるわけがない。それでもあの大震災を通して私なりに人生を考え直した。後戻りだけはしたくない。
必ず投票に行こう!
未来は過去の(老人の)成功体験の中にあるのではなく、若者の日々の生活の中にこそあるのではないか。
若者が夢を持てる社会なんていうのは老人の戯言で、実際自分が若い時は時代がどうであれ、将来への不安やら期待がいつも頭の中で交錯していた。夢なんて果てしないもので、到達するたびにまた新しい夢を見始める。でもそれが夢であるなんて言えるのは年をとってから。その時は一つ一つ階段を上がっている実感しかない。その若者の登っている階段は、過去の成功に縛られる老人からあてがわれるエスカレーターであってはいけないのだ。
一夜にして天地がひっくり返る革命ではなく、長い長い時間をかけて変わっていく革命もある。壊れなければ見えてこなかった現実だってあるはずで、ロールモデルのなくなった、言い換えればロールモデルにならなくてはいけないこの国は、過去に戻るのではなく前を見て進むべきだ。
全てが解決する魔法の杖などあるわけがない。それでもあの大震災を通して私なりに人生を考え直した。後戻りだけはしたくない。
必ず投票に行こう!
2012年12月10日月曜日
パエリアができるまで
妹とワカの誕生日は一日違い。妹はワカが生まれた当初一緒くたにされる(正しくはワカの誕生日に併合される)であろうと、別々に誕生日会を開いていたけれど、案の定何年か経ち合同になってしまった。昨年は両親の家だったので、今年は我が家で開催することにした。クリスマスにも家族で集まるので料理がかぶらないようにいろいろ考えて、パエリアを作ってみようと思いたった。しか~し6人分のパエリアを作れる、大きなフライパンがない。これを機会に、フライパンを新調しようと思い立つ。
我が家ではクリステルという鍋で、ごはん炊き、炒め物、蒸し物、煮物、全て済ませてしまっている。取っ手が外れるのでオーブンのなかにも入るし、食卓にもそのまま出せるし、収納も場所を取らない。ケーキ型にもなる(作ったことないけど・・・)。あれこれ調べているうちに、そのクリステルのノンスティックフライパンがパエリア用によさそうだ。
お料理の腕も素晴らしいパンの先生に付き合ってもらって、代官山にあるクリステルのお店に行ってみた。ネットでは見逃していたのか、34センチのだ円型のノンスティックフライパンがある。6人分でも充分いけそうだ。ちょっと値段は張るけれど、こういうものは、普通のフライパンとしてもパエリア用としてもOKだし、丁寧に扱えば半永久的に使えるわけで、無駄遣いではない。先生の「これ、いいわ」に背中を押されて、お買い上げ~。
さて、早速クリステルのクックブックを参考に、パエリアを作ってみた、が、オットからダメ出し。レシピではなくて食材の選び方が良くなかったようで、確かに美味しくなかったわい。それに、新しい調理器具を使っての時間や火加減はすぐには慣れないものだ。
誕生会当日は朝からちゃんとできるかどうか心配で、早起きしてしまった。まずはネタ、渋谷のフードショーでいいエビ、あさり、ムール貝を手に入れることはできた。オットにサフランも買ってもらった(タ、タカイ・・・)。フライパンも鎮座ましまし、役者は揃った。
失敗の後、ネットでいろいろ見比べて美味しそうなレシピを選び、少々アレンジしてみることにした。特にスープつくりに力を入れた。一生懸命作っていたら、料理しただけでお腹がいっぱいになっちゃった。ほっとしてつかれちゃって料理を味わうどころではなく、どんな味をしていたかもあんまり覚えてない。でも、オットも他の家族も「美味しい!」って。私の感想としては、お米はもうちょっとパラパラ感が欲しかったかな。いずれにせよ、何はなくとも、みんな喜んでくれて、めでたし、めでたし。
我が家ではクリステルという鍋で、ごはん炊き、炒め物、蒸し物、煮物、全て済ませてしまっている。取っ手が外れるのでオーブンのなかにも入るし、食卓にもそのまま出せるし、収納も場所を取らない。ケーキ型にもなる(作ったことないけど・・・)。あれこれ調べているうちに、そのクリステルのノンスティックフライパンがパエリア用によさそうだ。
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| おいしく焦げ目がつくのに、後始末も簡単 |
さて、早速クリステルのクックブックを参考に、パエリアを作ってみた、が、オットからダメ出し。レシピではなくて食材の選び方が良くなかったようで、確かに美味しくなかったわい。それに、新しい調理器具を使っての時間や火加減はすぐには慣れないものだ。
誕生会当日は朝からちゃんとできるかどうか心配で、早起きしてしまった。まずはネタ、渋谷のフードショーでいいエビ、あさり、ムール貝を手に入れることはできた。オットにサフランも買ってもらった(タ、タカイ・・・)。フライパンも鎮座ましまし、役者は揃った。
失敗の後、ネットでいろいろ見比べて美味しそうなレシピを選び、少々アレンジしてみることにした。特にスープつくりに力を入れた。一生懸命作っていたら、料理しただけでお腹がいっぱいになっちゃった。ほっとしてつかれちゃって料理を味わうどころではなく、どんな味をしていたかもあんまり覚えてない。でも、オットも他の家族も「美味しい!」って。私の感想としては、お米はもうちょっとパラパラ感が欲しかったかな。いずれにせよ、何はなくとも、みんな喜んでくれて、めでたし、めでたし。
2012年11月27日火曜日
散歩の季節
三連休最後の日曜日は半日のんびり散歩した。
出発は表参道。
まずNicolai Bergmann Cafeで、花に囲まれながらお昼ご飯。美味しい食事は、お腹をいっぱいにして頭を空っぽにしてくれる。そして青山通りに出てお店を見ながら外苑前まで。銀座線だと一駅分。
伊藤忠前にあるカッシーナが15周年記念。そのお知らせのハガキを持っていったら、何かイイモノをプレゼントしてくれるということで寄ってみた。イイモノは可愛らしいクッキーだった。
そして、カッシーナからは目と鼻の先にある絵画館前の銀杏並木へ。今、「いちょう祭り」の真っ最中。ここは周りに景色を遮る高層建築物が無い。だから銀杏が一番大きい。高い高い空にピーンと背筋を伸ばす銀杏はいつ見てもいい。この日は快晴、雲一つない。
もっとすごい人出だと思っていたけれど、それほどでもなかった。まだ真っ黄色にはちょっと早いからかしら、もう一週間くらいかな。で、外苑前の銀杏というと、やっぱり焼き芋(私だけか・・)。さっきお昼食べたばっかりだし、香りだけで我慢。
外苑前からは静かな青山墓地を通り抜け、六本木ミッドタウンへ。大江戸線で一駅の距離。青山墓地のいいところは人気が少なくて緑が多い。そして低木の紅葉が楽しめる。楓の赤などはそれはそれは鮮やかだ。春の桜もえらくきれいだけど、やっぱりお墓の土壌は栄養たっぷり、肥えているのかなぁ、ぎょぎょっ・・・。さて、ミッドタウンに来たのはサントリー美術館で開催中の「森と湖の国フィンランド・デザイン」展を観るため。大好きなフィンランドのガラス製品が所狭しと並んでいる。天国だ。19世紀から続く時代を超えた普遍的なデザイン。究極のシンプルさとは誰も真似のできない角度、大きさ、色をたたえていて、簡単であればあるほど真似ができない。今も定番としてお店で買えるデザインが沢山ある。これからもちょっとずつコレクションしていこう。
最後は六本木ミッドタウンからテレ朝通りを抜けて広尾のナショナルスーパーまで。日比谷線に乗れば一駅。オットはこのスーパーの大ファン。手に入りにくい洋野菜や輸入加工食品が、比較的リーズナブルなお値段で手に入る。魚介類もいいのよ。あさりのお買い上げで、夜はワイン蒸しだ~。
地下鉄だと、表参道から外苑前(銀座線)、青山一丁目から六本木(大江戸線)、六本木から広尾(日比谷線)を散歩したことになる。これだけ歩くと結構疲れるけれど、空気はひんやりとしているからいい気持ち。
これからしばらく散歩が楽しめる。
出発は表参道。
まずNicolai Bergmann Cafeで、花に囲まれながらお昼ご飯。美味しい食事は、お腹をいっぱいにして頭を空っぽにしてくれる。そして青山通りに出てお店を見ながら外苑前まで。銀座線だと一駅分。
伊藤忠前にあるカッシーナが15周年記念。そのお知らせのハガキを持っていったら、何かイイモノをプレゼントしてくれるということで寄ってみた。イイモノは可愛らしいクッキーだった。
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| 銀杏の絨毯 |
もっとすごい人出だと思っていたけれど、それほどでもなかった。まだ真っ黄色にはちょっと早いからかしら、もう一週間くらいかな。で、外苑前の銀杏というと、やっぱり焼き芋(私だけか・・)。さっきお昼食べたばっかりだし、香りだけで我慢。
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| 1本だけ私みたいだとオット。どう言う意味か? |
外苑前からは静かな青山墓地を通り抜け、六本木ミッドタウンへ。大江戸線で一駅の距離。青山墓地のいいところは人気が少なくて緑が多い。そして低木の紅葉が楽しめる。楓の赤などはそれはそれは鮮やかだ。春の桜もえらくきれいだけど、やっぱりお墓の土壌は栄養たっぷり、肥えているのかなぁ、ぎょぎょっ・・・。さて、ミッドタウンに来たのはサントリー美術館で開催中の「森と湖の国フィンランド・デザイン」展を観るため。大好きなフィンランドのガラス製品が所狭しと並んでいる。天国だ。19世紀から続く時代を超えた普遍的なデザイン。究極のシンプルさとは誰も真似のできない角度、大きさ、色をたたえていて、簡単であればあるほど真似ができない。今も定番としてお店で買えるデザインが沢山ある。これからもちょっとずつコレクションしていこう。
最後は六本木ミッドタウンからテレ朝通りを抜けて広尾のナショナルスーパーまで。日比谷線に乗れば一駅。オットはこのスーパーの大ファン。手に入りにくい洋野菜や輸入加工食品が、比較的リーズナブルなお値段で手に入る。魚介類もいいのよ。あさりのお買い上げで、夜はワイン蒸しだ~。
地下鉄だと、表参道から外苑前(銀座線)、青山一丁目から六本木(大江戸線)、六本木から広尾(日比谷線)を散歩したことになる。これだけ歩くと結構疲れるけれど、空気はひんやりとしているからいい気持ち。
これからしばらく散歩が楽しめる。
2012年11月20日火曜日
アルゴ ARGO
1979年11月4日、イラン革命真っ最中、アメリカ大使館に暴徒化したイラン法学校の学生らがあれよあれよと言う間に乱入してくる。大使館員は慌てて大使館員名簿やら機密情報などを、片っ端からシュレッダーにかけたり焼却したり。そんな混乱の中6人の大使館員は大使館を脱出したはいいものの、あちこちの同盟国に断られた挙句、カナダ大使の私邸に匿われる。(残った52人の大使館員は人質となり、結果的に444日拘束されることになる。)人質を盾にホメイニ師らのイラン新政府は、アメリカ政府に「癌の治療のため」アメリカに滞在中の前国王パーレビの引き渡しを要求する。街頭にはクレーンに吊るされた死刑囚、むくつけき男衆のデモ隊、その中にはブブカをかぶり銃を持った怒りに震える母親の姿も見られる。とにかく街中に抑えようのない怒りが渦巻いているのがコワイ。大使館のシュレッダーにかけられた書類は現地の子供たちがジクソーパズルのようにつなぎ合わせる人海戦術で、次々に復元されていく(すごい・・・)。名簿が復元されれば脱出した6名の存在が明らかになり、捕まれば処刑されてしまう。
アメリカでは人質奪還を幾度となく成功させてきたCIAのトニー・メンデス(ベン・アフレック)が国務省の会議に呼ばれていた。八方手詰まり感が漂う中、ふと、6人を映画のロケに来たカナダの映画クルーに見せかけて出国させるという作戦を思いつく。彼はあくまでも真面目である。トニーは特殊メイクのジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に相談。太っ腹なジョンはハリウッドの大物プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)に協力を求める。レスターもすっかり乗り気、映画より面白そうだと思っている様子。イランがロケ地になりそうな見るからにダメダメ脚本『アルゴ』を選び出し、どうせ偽物とハッタリだらけのハリウッド、スポンサーはCIA、怖いものなし。堂々と事務所を立ち上げ、大々的な記者発表を開き、イラン側に作戦だと気づかれないように既成事実を作り上げていく。
1980年1月25日、トニーはカナダ人プロデューサとしてイランに入国、文化・イスラム指導省で撮影許可をもらうことに成功。カナダ大使公邸に潜伏中の6人に計画を持ちかけるが、そんな怪しげな計画に乗れないと反対する職員もいる。しかし、国に(別居しているものの)家族を残し、自らの命をも賭けるトニーに全てを託し、カナダの撮影クルーに化けることを全員が承諾。
いよいよ作戦開始というとき、アメリカ本国から軍による人質奪還作戦への変更を告げられる、すなわち映画クルー作戦は中止。航空券は取り消され、ハリウッドの事務所は閉鎖を告げられるものの、現地の事情をよく知るトニーには映画クルー作戦しか脱出の道は見えてこない。トニーは独断で6人を自分の計画通り出国させると上司に宣言する。そこから始まる手に汗握る脱出劇・・・。
ベン・アフレック、「ザ・タウン」では彼にいちゃもんつけちゃったけど、今回は良い、良い。俳優としてだけでなく、監督としてもあっぱれ。クライマックスはかなり脚色をしているとは思うけれど、映画はこうでなくてはいけない。時代だけではなく、映画自体のつくり方もあの時代風で好感度大。
プロフェッショナルが最大限にそのスキルを発揮し、いかに相手の仕事に敬意を払うか。映画人は映画人として、大使は大使として、メイドはメイドとして、仕事に忠実であること。そのあたりが見ていて爽快だ。事の発端には一言では語れない歴史があるけれど、どちらの国が良い悪いではなく、娯楽映画として割り切って見るのはどうだろう。
この映画を見ると「日本の嫌われ方」なんて、比べ物にならないわ・・・。外交って本当に大変。
2012年11月19日月曜日
豆乳でアレルギー
脇の下の両脇とでもいいましょうか、腕の付け根の前側と後ろ側とでもいいましょうか、蕁麻疹が出始めた。一旦赤みが引いたと思っても、またひょっこりと現れる。1ヶ月程経っても治らないので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていた矢先、ふと頭をよぎった・・・。以前会社の健康診断で、背中の湿疹を見た内科の先生から、「花粉症が皮膚に出る人もいるんですよね。」と言われたこと。その湿疹はシャンプーとリンスが原因で、石鹸シャンプーとクエン酸リンスに変えてからはすっかり治ってしまった。
で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。
病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。
で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。
病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。
2012年11月6日火曜日
お休み中に観た映画
秋の夜長は、映画鑑賞。ブログは休んでいたけれど、映画はちょろちょろと見ていた。でも感想を書いていなかったので、あっという間に忘却の彼方。ほんとのところ、書いておいても忘れてしまう、古い映画はよくおぼえているのにね。それでもないよりはマシ、と乾いた雑巾を絞るが如く記憶を辿り、一言コメントを綴ってみた。皆様の一言コメ、大歓迎。
劇場:
スノー・ホワイト: 美しいのはお母さんのシャーリーズ・セロン
アメイジング・スパイダーマン: PPは寝ぼけ顔のトビー・マクガイアよりもアンドリュー・ガーフィールドのほうに一票
メン・イン・ブラック: トミー・リー・ジョーンズお年のためほとんど出番なし
幸せへのキセキ: 予告で十分かと思ったが、日経で☆4つだったので見に行ったら、やっぱり「予告そのまんま」だった
ワン・デイ: ワカさま、アン・ハサウェイに憧れる
ダークナイト・ライジング: 痛そうな場面満載だけれど、俳優陣がいいし、見ごたえあり
トータル・リコール: シュワちゃんのよりもいい
アヴェンジャーズ: 凄い音だった
ディクテーター: ここまで落としても、まだ哲学があるサシャ・バロン・コーエン
テイク・ディス・ワルツ: カナダっぽい映画
プロメテウス: 「エイリアン」を見てからどうぞ
ロック・オブ・エイジズ: トムのタメが長い
ボーン・レガシー: マッド・デイモンいなくてちょっとさみしいが、これはこれでOK
エージェント・マロリー: ソダーバーグらしい佳作、ヒロインがかっこいい
ロラックスおじさん: 資本主義に対する批判、こどもがみてもそれなりにたのしくて、ストライクゾーン広し
ハンガーゲーム: アメリカン・アイドル見ていると楽しみ倍増よ
危険なメソッド: クローネンバーグの恐怖、今回はキーラ・ナイトレイのアゴ...!
ケーブルTVでまったりと邦画も鑑賞。どれも良かった。特に岡本喜八監督の「独立愚連隊」は最高。「市川崑物語」は岩井監督と年齢が近いせいか、テロップ(監督の感想)にいちいち頷く。「暖流」の根上淳はかなりの美男でおどろいた。ペギー葉山のダーリンがオーストリア人のクオーターだったとは。
岩井俊二監督特集: 四月物語、市川崑物語、花とアリス
日本沈没
犬神家の一族(2006)
中村登監督:紀の川、暖流 (1957年度版)
独立愚連隊(岡本喜八)
劇場:
スノー・ホワイト: 美しいのはお母さんのシャーリーズ・セロン
アメイジング・スパイダーマン: PPは寝ぼけ顔のトビー・マクガイアよりもアンドリュー・ガーフィールドのほうに一票
メン・イン・ブラック: トミー・リー・ジョーンズお年のためほとんど出番なし
幸せへのキセキ: 予告で十分かと思ったが、日経で☆4つだったので見に行ったら、やっぱり「予告そのまんま」だった
ワン・デイ: ワカさま、アン・ハサウェイに憧れる
ダークナイト・ライジング: 痛そうな場面満載だけれど、俳優陣がいいし、見ごたえあり
トータル・リコール: シュワちゃんのよりもいい
アヴェンジャーズ: 凄い音だった
ディクテーター: ここまで落としても、まだ哲学があるサシャ・バロン・コーエン
テイク・ディス・ワルツ: カナダっぽい映画
プロメテウス: 「エイリアン」を見てからどうぞ
ロック・オブ・エイジズ: トムのタメが長い
ボーン・レガシー: マッド・デイモンいなくてちょっとさみしいが、これはこれでOK
エージェント・マロリー: ソダーバーグらしい佳作、ヒロインがかっこいい
ロラックスおじさん: 資本主義に対する批判、こどもがみてもそれなりにたのしくて、ストライクゾーン広し
ハンガーゲーム: アメリカン・アイドル見ていると楽しみ倍増よ
危険なメソッド: クローネンバーグの恐怖、今回はキーラ・ナイトレイのアゴ...!
ケーブルTVでまったりと邦画も鑑賞。どれも良かった。特に岡本喜八監督の「独立愚連隊」は最高。「市川崑物語」は岩井監督と年齢が近いせいか、テロップ(監督の感想)にいちいち頷く。「暖流」の根上淳はかなりの美男でおどろいた。ペギー葉山のダーリンがオーストリア人のクオーターだったとは。
岩井俊二監督特集: 四月物語、市川崑物語、花とアリス
日本沈没
犬神家の一族(2006)
中村登監督:紀の川、暖流 (1957年度版)
独立愚連隊(岡本喜八)
2012年11月2日金曜日
日野原重明先生と昇地三郎先生
言わずと知れた御年101才で現役の医師、日野原重明先生。先生のご自宅が近いので街中でお見かけすることがある。とても小さい方なのに、「何かが近づいてきた」、とそちらの方に目を向けると日野原先生。オーラ出まくり。
その先生がFacebookで「スマートシニア全員集合」というアカウントを作られ、Siriを使いこなし、毎日Facebookをアップしていらっしゃる。その言葉にずっしりと重みを感じる私。
11月2日の言葉をご紹介。
おはようございます。日野原重明です。
「幸運は備えある人のもとに訪れます。」
☆セレンディピティをつかまえましょう☆
全身に感度の高いアンテナを張り巡らせて、瞬時のひらめきを受け入れる態勢を作りましょう。セレンディピティ=運を引き込む能力は、それを受け入れる準備のある人のもとに前触れなく訪れます。
そして日野原先生よりもさらに年上、御年106歳の昇地三郎先生。公共交通機関を利用して世界一周した最高齢者でギネス登録されている。ただ飛行機に乗るだけではなく、学会に参加なさるというからスゴイ。健康で気をつけているのは食事の際によく噛むこと。2歳の時に母親に言われてから104年間その教えを守り続けているという。スゴすぎる。「お母さんの言うことを100年以上守って、親孝行が出来たと思う」とおっしゃっている。
ここで、ふと思った。もしかしたら幼い三郎くんのお母さんは言ったことを覚えていないかもしれない・・・。親が言った何気ない一言をなぜかよく覚えて、大きくなってから親に聞くと「そんなこと、言ったかしら」と言われたことがある。決して三郎くんの思いに水を差すわけではなくって、親の一言はそれだけ影響力があるということ。だから親となった我が身を振り返るとちょっとコワイ。私はワカに何を言ったのか・・・。いづれにせよ「健康は家庭が基本」と強く思った次第。
昇地先生はおっしゃる「99歳までは助走、100歳からは本番」。お二人とも人生+戦争などもっと大変な世の中で、日々突っ走ってこられたことと思う。日野原先生も昇地先生もとても可愛らしい笑顔をなさっている。そしておしゃれ!(昇地先生の趣味はおしゃれとか!)
100才の肉体がどんなものなのかゼンゼン想像がつかないけれど、少なくとも今の私の年で疲れたとか、めんどくさいとか言ってられないわ。
今日も明るくいくもんね!
その先生がFacebookで「スマートシニア全員集合」というアカウントを作られ、Siriを使いこなし、毎日Facebookをアップしていらっしゃる。その言葉にずっしりと重みを感じる私。
11月2日の言葉をご紹介。
おはようございます。日野原重明です。
「幸運は備えある人のもとに訪れます。」
☆セレンディピティをつかまえましょう☆
全身に感度の高いアンテナを張り巡らせて、瞬時のひらめきを受け入れる態勢を作りましょう。セレンディピティ=運を引き込む能力は、それを受け入れる準備のある人のもとに前触れなく訪れます。
そして日野原先生よりもさらに年上、御年106歳の昇地三郎先生。公共交通機関を利用して世界一周した最高齢者でギネス登録されている。ただ飛行機に乗るだけではなく、学会に参加なさるというからスゴイ。健康で気をつけているのは食事の際によく噛むこと。2歳の時に母親に言われてから104年間その教えを守り続けているという。スゴすぎる。「お母さんの言うことを100年以上守って、親孝行が出来たと思う」とおっしゃっている。
ここで、ふと思った。もしかしたら幼い三郎くんのお母さんは言ったことを覚えていないかもしれない・・・。親が言った何気ない一言をなぜかよく覚えて、大きくなってから親に聞くと「そんなこと、言ったかしら」と言われたことがある。決して三郎くんの思いに水を差すわけではなくって、親の一言はそれだけ影響力があるということ。だから親となった我が身を振り返るとちょっとコワイ。私はワカに何を言ったのか・・・。いづれにせよ「健康は家庭が基本」と強く思った次第。
昇地先生はおっしゃる「99歳までは助走、100歳からは本番」。お二人とも人生+戦争などもっと大変な世の中で、日々突っ走ってこられたことと思う。日野原先生も昇地先生もとても可愛らしい笑顔をなさっている。そしておしゃれ!(昇地先生の趣味はおしゃれとか!)
100才の肉体がどんなものなのかゼンゼン想像がつかないけれど、少なくとも今の私の年で疲れたとか、めんどくさいとか言ってられないわ。
今日も明るくいくもんね!
2012年10月24日水曜日
高校進学相談会
秋も深まり、そろそろワカの高校志望校を中学校に提出しなければならない時期になった。オヨヨ。
都立高校は私の子どもの頃あった学校群制度がなくなり久しいが、都内全域OKってことは大島でも新島でも?とワクワクしたりして。そんなことで、選択肢は広がったけれど、受験できる高校は一校のみの一発勝負は昔と変わらず、私立の併願校は必要。その私立高校がこれまた沢山ある。その上昔とはかなり様相が変わってしまって、私の記憶なんぞなんの役にも立たない。1時間以内での通学圏を拾っただけでも結構な数で、全部を見学する気力も体力もない。結局、一日でガガガっと話の聞ける合同説明会「東京私立高校進学相談会」というのに行ってみた。
うすうす想像はしていたけれど、会場に来てその光景に、たまげた。私の頭の中の「教育」というイメージからは程遠く、まさしくこれは展示会の商談会・・・。女子校や男子校は共学に変わり、制服が変わり、校名まで変わり、”企業”イメージがすっかり変わってしまった学校が少なからずある。どこも一様に「特進」とか「進学」コースを設け、大学進学実績をアピールする。ある学校は「放課後に塾の講師を招いて補講をするので、予備校に行く必要はありません!」と胸をはる。ア、あの~、もしもし…? で、相談が終わるともれなく”粗品”。なんだか「3年満期」、「元本補償なし」の投資ファンドの説明を受けたような。
「私立高校は親同伴で行ってください。真剣さが伝わります。」と中学の先生に驚かされ(たように聞こえた)、内心「一人で学校訪問する子どものほうが自立しているじゃないの~」と斜に構えていた私。しかし、別の意味で、15の子どもにはとても手に負えない世界、ということが何となく分かった週末だった。世の中の親のニーズに合わせているのかなぁ。そんなに絵に描いたように物事が運ぶわけないし、そもそも学校に行くのは親じゃなくって子ども本人だし、勉強するもしないも本人次第だと思うのは甘いのかなぁ。
そして、落ち着かない空気が漂いながらも、人生なんとかなるわいなモードの我が家であった。
都立高校は私の子どもの頃あった学校群制度がなくなり久しいが、都内全域OKってことは大島でも新島でも?とワクワクしたりして。そんなことで、選択肢は広がったけれど、受験できる高校は一校のみの一発勝負は昔と変わらず、私立の併願校は必要。その私立高校がこれまた沢山ある。その上昔とはかなり様相が変わってしまって、私の記憶なんぞなんの役にも立たない。1時間以内での通学圏を拾っただけでも結構な数で、全部を見学する気力も体力もない。結局、一日でガガガっと話の聞ける合同説明会「東京私立高校進学相談会」というのに行ってみた。
うすうす想像はしていたけれど、会場に来てその光景に、たまげた。私の頭の中の「教育」というイメージからは程遠く、まさしくこれは展示会の商談会・・・。女子校や男子校は共学に変わり、制服が変わり、校名まで変わり、”企業”イメージがすっかり変わってしまった学校が少なからずある。どこも一様に「特進」とか「進学」コースを設け、大学進学実績をアピールする。ある学校は「放課後に塾の講師を招いて補講をするので、予備校に行く必要はありません!」と胸をはる。ア、あの~、もしもし…? で、相談が終わるともれなく”粗品”。なんだか「3年満期」、「元本補償なし」の投資ファンドの説明を受けたような。
「私立高校は親同伴で行ってください。真剣さが伝わります。」と中学の先生に驚かされ(たように聞こえた)、内心「一人で学校訪問する子どものほうが自立しているじゃないの~」と斜に構えていた私。しかし、別の意味で、15の子どもにはとても手に負えない世界、ということが何となく分かった週末だった。世の中の親のニーズに合わせているのかなぁ。そんなに絵に描いたように物事が運ぶわけないし、そもそも学校に行くのは親じゃなくって子ども本人だし、勉強するもしないも本人次第だと思うのは甘いのかなぁ。
そして、落ち着かない空気が漂いながらも、人生なんとかなるわいなモードの我が家であった。
2012年10月8日月曜日
村上春樹「魂が行き来する道筋 」
まだ読んでいない方に・・・
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
************************
尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。
2012年10月1日月曜日
夕焼け
秋の日は釣瓶落とし。
日が短くなるのと同時に、秋の気配を感じるのは夕焼けの空の色。
秋の夕暮れは本当にきれい。今年は暑くなるのが遅くて、残暑が長引いて、今日も台風一過で夏日となる。でも、毎朝通勤で同じ時間に歩く道、強い日差しで避けて歩いていた歩道が、建物の影に。まだ夏の暑さが残っていても今日からもう10月、太陽は低く、もとい、地球はちゃんと公転している。
2週間ほど前の帰宅途中、まだ残暑が厳しいころだったけれど、秋の空らしい素敵な光景が出迎えてくれた。西に広がる夕日の美しさに見とれていたら、行き交う人が立ち止まって東の空を見上げている。振り返って見てみると、皇居にこんもりと茂った木の上に、半弦の虹が!
iphone3Gの写真はなんとなくぼやけた感じだけれど、それも、いい。
iphone3Gの写真はなんとなくぼやけた感じだけれど、それも、いい。
季節の変わり目、冬から春はウキウキするのに、夏から秋はどんなに暑さにうんざりしててもなんとなしサミシイ。来週の連休は衣替えをしよう。
2012年9月28日金曜日
パスタ
2012年9月24日月曜日
バグズ・ライフ
水曜日の夜のこと。帰宅してカバンを持ったまま台所で郵便物やらチラシやらをパラパラ見ていたら、胸元がチクッとした。ヒョイと見るとブラウスの下に1センチ半くらいのコガネムシ(だと思うけど)が一匹。考えもなくそばにいたオットに「虫さんが!」と言ってしまった。あっと、思ったときは時すでに遅し、虫が屋内にいることが許せないオット、両手はカバンと郵便物でふさがっている私の胸元から、キッチンペーパーでささっと虫をつまみ、くるくると丸めて、そのままゴミ箱に捨ててしまった。しかも生ゴミ用の。南無阿弥陀仏。
そして、翌日は当たり前だけど木曜日、その次は当たり前だけど金曜日。晩ご飯を食べて、片付けも終わって、台所で一息ついていた時だ。
カタ、カタ。
雨でも降ってきたか?
カタ、カタ、カタ。
「あ、ゴミ箱だ!」と、蓋を開けると、やっぱり。なんとあのコガネムシ!実は可愛そうだと思った割にはす~っかり忘れてしまっていたのだが、無意識下の罪悪感がゴミ箱と虫を脳みそでつなげたのだろう。「今度こそは外に逃がしてあげるわよ!」満身創痍(?)の虫くんを大事につまんで外の植木にのっけると、名残惜しそうに、というよりか、放心状態というべきか、しばらく枝に張り付いたまま動かないでいた。
自慢(言い訳?)じゃないけれど、我が家の生ゴミはとっても少ない。とはいえ木金の2日分だ。せっかく這い上がって来たところに、ドサリとゴミが入れられ、また這い上がりの繰り返し、さぞや苦難の道のりを・・・。コガネムシの寿命がどれくらいだか知らないけれど、2日も閉じ込められてたなんて。ディズニーの「バグズ・ライフ」の音楽が頭に響く。
この物語のはじめに、まず、一体いつどこで私に飛びついたのか。だいたい虫がブラウスの中に入ったら普通は気がつくだろうに・・・。
そして、翌日は当たり前だけど木曜日、その次は当たり前だけど金曜日。晩ご飯を食べて、片付けも終わって、台所で一息ついていた時だ。
カタ、カタ。
雨でも降ってきたか?
カタ、カタ、カタ。
「あ、ゴミ箱だ!」と、蓋を開けると、やっぱり。なんとあのコガネムシ!実は可愛そうだと思った割にはす~っかり忘れてしまっていたのだが、無意識下の罪悪感がゴミ箱と虫を脳みそでつなげたのだろう。「今度こそは外に逃がしてあげるわよ!」満身創痍(?)の虫くんを大事につまんで外の植木にのっけると、名残惜しそうに、というよりか、放心状態というべきか、しばらく枝に張り付いたまま動かないでいた。
自慢(言い訳?)じゃないけれど、我が家の生ゴミはとっても少ない。とはいえ木金の2日分だ。せっかく這い上がって来たところに、ドサリとゴミが入れられ、また這い上がりの繰り返し、さぞや苦難の道のりを・・・。コガネムシの寿命がどれくらいだか知らないけれど、2日も閉じ込められてたなんて。ディズニーの「バグズ・ライフ」の音楽が頭に響く。
この物語のはじめに、まず、一体いつどこで私に飛びついたのか。だいたい虫がブラウスの中に入ったら普通は気がつくだろうに・・・。
2012年9月13日木曜日
FacebookとBlog
6月に最後の書き込みをして、なんと3ヶ月があっという間にすぎてしまった。
どうやって投稿するのか忘れてしまうのではないかと・・・。
公私に渡りなんだかんだと役が回ってきた年でもあって、気持ちに余裕がなかったのもあるけれど、一番の原因はフェイスブック上の友達が増えたこと。「いいね!」とかやっているとあっという間に時間が過ぎてしまう。「久しぶりに会おっか!」と外に出ることも増えた。
はじめはブログで書いた記事をFBにリンクさせていた友人も、何人かはFBにダイレクトに書き込むようになった。確かにFBの方が手軽。何よりもiphoneから簡単に投稿できる。ブログは携帯からは思うように投稿できない、隙間時間にささっというわけにいかないのだ。
とはいえ、FBはほとんどツィート状態、ながなが(ねちねち?)と映画の感想やら世の中の話題は書けない。ずっと前に書いた記事を見て、自分の頭の中を覗くにはやっぱりブログがいい。ここ1,2ヶ月であれこれお役御免になるので、秋の夜長、またぼちぼち、ねちねち書き始めてみようかと思っている。
どうやって投稿するのか忘れてしまうのではないかと・・・。
公私に渡りなんだかんだと役が回ってきた年でもあって、気持ちに余裕がなかったのもあるけれど、一番の原因はフェイスブック上の友達が増えたこと。「いいね!」とかやっているとあっという間に時間が過ぎてしまう。「久しぶりに会おっか!」と外に出ることも増えた。
はじめはブログで書いた記事をFBにリンクさせていた友人も、何人かはFBにダイレクトに書き込むようになった。確かにFBの方が手軽。何よりもiphoneから簡単に投稿できる。ブログは携帯からは思うように投稿できない、隙間時間にささっというわけにいかないのだ。
とはいえ、FBはほとんどツィート状態、ながなが(ねちねち?)と映画の感想やら世の中の話題は書けない。ずっと前に書いた記事を見て、自分の頭の中を覗くにはやっぱりブログがいい。ここ1,2ヶ月であれこれお役御免になるので、秋の夜長、またぼちぼち、ねちねち書き始めてみようかと思っている。
あきざくらさん、コメントありがとうございます。元気で~す!!
エリリンさんのコメントにもお返事差し上げてなかったようでm(_ _)m!!
2012年6月14日木曜日
使われなかったバックアップシステム「PBS」
初めてと言っていいほど納得のいく記事、「福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者」のパート2を心待ちにしていたが、ERSS(緊急時対策支援システム)/SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)についての考察が掲載されたので是非合わせて読んでいただきたい。
しかし、誰がどこでこのような質問をぶつければいいのだろう・・・。シロウトがあれこれ言っても原子力は難しすぎ、質疑応答にならないだろう。是非「専門家」の方に立ち上がっていただきたいものだ。
>> 使われなかったバックアップシステム「PBS」
しかし、誰がどこでこのような質問をぶつければいいのだろう・・・。シロウトがあれこれ言っても原子力は難しすぎ、質疑応答にならないだろう。是非「専門家」の方に立ち上がっていただきたいものだ。
>> 使われなかったバックアップシステム「PBS」
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