2012年11月27日火曜日

散歩の季節

三連休最後の日曜日は半日のんびり散歩した。
出発は表参道。
まずNicolai Bergmann Cafeで、花に囲まれながらお昼ご飯。美味しい食事は、お腹をいっぱいにして頭を空っぽにしてくれる。そして青山通りに出てお店を見ながら外苑前まで。銀座線だと一駅分。
伊藤忠前にあるカッシーナが15周年記念。そのお知らせのハガキを持っていったら、何かイイモノをプレゼントしてくれるということで寄ってみた。イイモノは可愛らしいクッキーだった。

銀杏の絨毯
そして、カッシーナからは目と鼻の先にある絵画館前の銀杏並木へ。今、「いちょう祭り」の真っ最中。ここは周りに景色を遮る高層建築物が無い。だから銀杏が一番大きい。高い高い空にピーンと背筋を伸ばす銀杏はいつ見てもいい。この日は快晴、雲一つない。
もっとすごい人出だと思っていたけれど、それほどでもなかった。まだ真っ黄色にはちょっと早いからかしら、もう一週間くらいかな。で、外苑前の銀杏というと、やっぱり焼き芋(私だけか・・)。さっきお昼食べたばっかりだし、香りだけで我慢。
1本だけ私みたいだとオット。どう言う意味か?

















外苑前からは静かな青山墓地を通り抜け、六本木ミッドタウンへ。大江戸線で一駅の距離。青山墓地のいいところは人気が少なくて緑が多い。そして低木の紅葉が楽しめる。楓の赤などはそれはそれは鮮やかだ。春の桜もえらくきれいだけど、やっぱりお墓の土壌は栄養たっぷり、肥えているのかなぁ、ぎょぎょっ・・・。さて、ミッドタウンに来たのはサントリー美術館で開催中の「森と湖の国フィンランド・デザイン」展を観るため。大好きなフィンランドのガラス製品が所狭しと並んでいる。天国だ。19世紀から続く時代を超えた普遍的なデザイン。究極のシンプルさとは誰も真似のできない角度、大きさ、色をたたえていて、簡単であればあるほど真似ができない。今も定番としてお店で買えるデザインが沢山ある。これからもちょっとずつコレクションしていこう。

最後は六本木ミッドタウンからテレ朝通りを抜けて広尾のナショナルスーパーまで。日比谷線に乗れば一駅。オットはこのスーパーの大ファン。手に入りにくい洋野菜や輸入加工食品が、比較的リーズナブルなお値段で手に入る。魚介類もいいのよ。あさりのお買い上げで、夜はワイン蒸しだ~。

地下鉄だと、表参道から外苑前(銀座線)、青山一丁目から六本木(大江戸線)、六本木から広尾(日比谷線)を散歩したことになる。これだけ歩くと結構疲れるけれど、空気はひんやりとしているからいい気持ち。
これからしばらく散歩が楽しめる。

2012年11月20日火曜日

アルゴ    ARGO

1979年11月4日、イラン革命真っ最中、アメリカ大使館に暴徒化したイラン法学校の学生らがあれよあれよと言う間に乱入してくる。大使館員は慌てて大使館員名簿やら機密情報などを、片っ端からシュレッダーにかけたり焼却したり。そんな混乱の中6人の大使館員は大使館を脱出したはいいものの、あちこちの同盟国に断られた挙句、カナダ大使の私邸に匿われる。(残った52人の大使館員は人質となり、結果的に444日拘束されることになる。)

人質を盾にホメイニ師らのイラン新政府は、アメリカ政府に「癌の治療のため」アメリカに滞在中の前国王パーレビの引き渡しを要求する。街頭にはクレーンに吊るされた死刑囚、むくつけき男衆のデモ隊、その中にはブブカをかぶり銃を持った怒りに震える母親の姿も見られる。とにかく街中に抑えようのない怒りが渦巻いているのがコワイ。大使館のシュレッダーにかけられた書類は現地の子供たちがジクソーパズルのようにつなぎ合わせる人海戦術で、次々に復元されていく(すごい・・・)。名簿が復元されれば脱出した6名の存在が明らかになり、捕まれば処刑されてしまう。

アメリカでは人質奪還を幾度となく成功させてきたCIAのトニー・メンデス(ベン・アフレック)が国務省の会議に呼ばれていた。八方手詰まり感が漂う中、ふと、6人を映画のロケに来たカナダの映画クルーに見せかけて出国させるという作戦を思いつく。彼はあくまでも真面目である。トニーは特殊メイクのジョン・チェンバース(ジョン・グッドマン)に相談。太っ腹なジョンはハリウッドの大物プロデューサーのレスター(アラン・アーキン)に協力を求める。レスターもすっかり乗り気、映画より面白そうだと思っている様子。イランがロケ地になりそうな見るからにダメダメ脚本『アルゴ』を選び出し、どうせ偽物とハッタリだらけのハリウッド、スポンサーはCIA、怖いものなし。堂々と事務所を立ち上げ、大々的な記者発表を開き、イラン側に作戦だと気づかれないように既成事実を作り上げていく。

1980年1月25日、トニーはカナダ人プロデューサとしてイランに入国、文化・イスラム指導省で撮影許可をもらうことに成功。カナダ大使公邸に潜伏中の6人に計画を持ちかけるが、そんな怪しげな計画に乗れないと反対する職員もいる。しかし、国に(別居しているものの)家族を残し、自らの命をも賭けるトニーに全てを託し、カナダの撮影クルーに化けることを全員が承諾。

いよいよ作戦開始というとき、アメリカ本国から軍による人質奪還作戦への変更を告げられる、すなわち映画クルー作戦は中止。航空券は取り消され、ハリウッドの事務所は閉鎖を告げられるものの、現地の事情をよく知るトニーには映画クルー作戦しか脱出の道は見えてこない。トニーは独断で6人を自分の計画通り出国させると上司に宣言する。そこから始まる手に汗握る脱出劇・・・。

ベン・アフレック、「ザ・タウン」では彼にいちゃもんつけちゃったけど、今回は良い、良い。俳優としてだけでなく、監督としてもあっぱれ。クライマックスはかなり脚色をしているとは思うけれど、映画はこうでなくてはいけない。時代だけではなく、映画自体のつくり方もあの時代風で好感度大。

プロフェッショナルが最大限にそのスキルを発揮し、いかに相手の仕事に敬意を払うか。映画人は映画人として、大使は大使として、メイドはメイドとして、仕事に忠実であること。そのあたりが見ていて爽快だ。事の発端には一言では語れない歴史があるけれど、どちらの国が良い悪いではなく、娯楽映画として割り切って見るのはどうだろう。

この映画を見ると「日本の嫌われ方」なんて、比べ物にならないわ・・・。外交って本当に大変。

2012年11月19日月曜日

豆乳でアレルギー

脇の下の両脇とでもいいましょうか、腕の付け根の前側と後ろ側とでもいいましょうか、蕁麻疹が出始めた。一旦赤みが引いたと思っても、またひょっこりと現れる。1ヶ月程経っても治らないので、さすがに皮膚科に行こうかと思っていた矢先、ふと頭をよぎった・・・。以前会社の健康診断で、背中の湿疹を見た内科の先生から、「花粉症が皮膚に出る人もいるんですよね。」と言われたこと。その湿疹はシャンプーとリンスが原因で、石鹸シャンプーとクエン酸リンスに変えてからはすっかり治ってしまった。

で、花粉症の湿疹についてあれこれ調べてみると、豆乳とカバノキ科の花粉がヒット。このふたつはアレルゲンと構造がよく似ていて、かゆみを伴ったりひどい時はアナキフラシーを起こしたりすることがあるという記事を見つけた。実はお年頃の私には良い、と言われているイソブラボンが豊富な豆乳を飲んでいた。小腹がすいた時に現れるヤクルトさんはとってもありがたく、コーヒー味の豆乳は美味しくて月曜日から金曜日まで毎日せっせと飲んでいたのだ。半信半疑で豆乳をやめてみると、数日のうちに湿疹はどんどん小さくなり、一週間後にはほとんど消えてしまった。

病院で検査したわけではないから、カバノキ科の花粉アレルギーかどうかは解らないけれど、私としては湿疹が収まればそれで一件落着。子供の頃から蕁麻疹やら喘息やらでアレルギー体質なのは知ってたけど、まさか豆乳でね~!大好きな豆腐や納豆は問題なくって本当に良かった。何かを特別に摂取するのではなく、まんべんなく栄養を取る大切さをしみじみと感じる秋であった。

2012年11月6日火曜日

お休み中に観た映画

秋の夜長は、映画鑑賞。ブログは休んでいたけれど、映画はちょろちょろと見ていた。でも感想を書いていなかったので、あっという間に忘却の彼方。ほんとのところ、書いておいても忘れてしまう、古い映画はよくおぼえているのにね。それでもないよりはマシ、と乾いた雑巾を絞るが如く記憶を辿り、一言コメントを綴ってみた。皆様の一言コメ、大歓迎。

劇場:
スノー・ホワイト: 美しいのはお母さんのシャーリーズ・セロン

アメイジング・スパイダーマン: PPは寝ぼけ顔のトビー・マクガイアよりもアンドリュー・ガーフィールドのほうに一票

メン・イン・ブラック: トミー・リー・ジョーンズお年のためほとんど出番なし

幸せへのキセキ: 予告で十分かと思ったが、日経で☆4つだったので見に行ったら、やっぱり「予告そのまんま」だった

ワン・デイ: ワカさま、アン・ハサウェイに憧れる

ダークナイト・ライジング: 痛そうな場面満載だけれど、俳優陣がいいし、見ごたえあり

トータル・リコール: シュワちゃんのよりもいい

アヴェンジャーズ: 凄い音だった

ディクテーター: ここまで落としても、まだ哲学があるサシャ・バロン・コーエン

テイク・ディス・ワルツ: カナダっぽい映画

プロメテウス: 「エイリアン」を見てからどうぞ

ロック・オブ・エイジズ: トムのタメが長い

ボーン・レガシー: マッド・デイモンいなくてちょっとさみしいが、これはこれでOK

エージェント・マロリー: ソダーバーグらしい佳作、ヒロインがかっこいい

ロラックスおじさん: 資本主義に対する批判、こどもがみてもそれなりにたのしくて、ストライクゾーン広し

ハンガーゲーム: アメリカン・アイドル見ていると楽しみ倍増よ

危険なメソッド: クローネンバーグの恐怖、今回はキーラ・ナイトレイのアゴ...!


ケーブルTVでまったりと邦画も鑑賞。どれも良かった。特に岡本喜八監督の「独立愚連隊」は最高。「市川崑物語」は岩井監督と年齢が近いせいか、テロップ(監督の感想)にいちいち頷く。「暖流」の根上淳はかなりの美男でおどろいた。ペギー葉山のダーリンがオーストリア人のクオーターだったとは。

岩井俊二監督特集: 四月物語、市川崑物語、花とアリス

日本沈没

犬神家の一族(2006)

中村登監督:紀の川、暖流 (1957年度版)

独立愚連隊(岡本喜八)

2012年11月2日金曜日

日野原重明先生と昇地三郎先生

言わずと知れた御年101才で現役の医師、日野原重明先生。先生のご自宅が近いので街中でお見かけすることがある。とても小さい方なのに、「何かが近づいてきた」、とそちらの方に目を向けると日野原先生。オーラ出まくり。

その先生がFacebookで「スマートシニア全員集合」というアカウントを作られ、Siriを使いこなし、毎日Facebookをアップしていらっしゃる。その言葉にずっしりと重みを感じる私。

11月2日の言葉をご紹介。
おはようございます。日野原重明です。
「幸運は備えある人のもとに訪れます。」
☆セレンディピティをつかまえましょう☆
全身に感度の高いアンテナを張り巡らせて、瞬時のひらめきを受け入れる態勢を作りましょう。セレンディピティ=運を引き込む能力は、それを受け入れる準備のある人のもとに前触れなく訪れます。


そして日野原先生よりもさらに年上、御年106歳の昇地三郎先生。公共交通機関を利用して世界一周した最高齢者でギネス登録されている。ただ飛行機に乗るだけではなく、学会に参加なさるというからスゴイ。健康で気をつけているのは食事の際によく噛むこと。2歳の時に母親に言われてから104年間その教えを守り続けているという。スゴすぎる。「お母さんの言うことを100年以上守って、親孝行が出来たと思う」とおっしゃっている。

ここで、ふと思った。もしかしたら幼い三郎くんのお母さんは言ったことを覚えていないかもしれない・・・。親が言った何気ない一言をなぜかよく覚えて、大きくなってから親に聞くと「そんなこと、言ったかしら」と言われたことがある。決して三郎くんの思いに水を差すわけではなくって、親の一言はそれだけ影響力があるということ。だから親となった我が身を振り返るとちょっとコワイ。私はワカに何を言ったのか・・・。いづれにせよ「健康は家庭が基本」と強く思った次第。

昇地先生はおっしゃる「99歳までは助走、100歳からは本番」。お二人とも人生+戦争などもっと大変な世の中で、日々突っ走ってこられたことと思う。日野原先生も昇地先生もとても可愛らしい笑顔をなさっている。そしておしゃれ!(昇地先生の趣味はおしゃれとか!) 

100才の肉体がどんなものなのかゼンゼン想像がつかないけれど、少なくとも今の私の年で疲れたとか、めんどくさいとか言ってられないわ。
今日も明るくいくもんね!

2012年10月24日水曜日

高校進学相談会

秋も深まり、そろそろワカの高校志望校を中学校に提出しなければならない時期になった。オヨヨ。

都立高校は私の子どもの頃あった学校群制度がなくなり久しいが、都内全域OKってことは大島でも新島でも?とワクワクしたりして。そんなことで、選択肢は広がったけれど、受験できる高校は一校のみの一発勝負は昔と変わらず、私立の併願校は必要。その私立高校がこれまた沢山ある。その上昔とはかなり様相が変わってしまって、私の記憶なんぞなんの役にも立たない。1時間以内での通学圏を拾っただけでも結構な数で、全部を見学する気力も体力もない。結局、一日でガガガっと話の聞ける合同説明会「東京私立高校進学相談会」というのに行ってみた。

うすうす想像はしていたけれど、会場に来てその光景に、たまげた。私の頭の中の「教育」というイメージからは程遠く、まさしくこれは展示会の商談会・・・。女子校や男子校は共学に変わり、制服が変わり、校名まで変わり、”企業”イメージがすっかり変わってしまった学校が少なからずある。どこも一様に「特進」とか「進学」コースを設け、大学進学実績をアピールする。ある学校は「放課後に塾の講師を招いて補講をするので、予備校に行く必要はありません!」と胸をはる。ア、あの~、もしもし…? で、相談が終わるともれなく”粗品”。なんだか「3年満期」、「元本補償なし」の投資ファンドの説明を受けたような。

「私立高校は親同伴で行ってください。真剣さが伝わります。」と中学の先生に驚かされ(たように聞こえた)、内心「一人で学校訪問する子どものほうが自立しているじゃないの~」と斜に構えていた私。しかし、別の意味で、15の子どもにはとても手に負えない世界、ということが何となく分かった週末だった。世の中の親のニーズに合わせているのかなぁ。そんなに絵に描いたように物事が運ぶわけないし、そもそも学校に行くのは親じゃなくって子ども本人だし、勉強するもしないも本人次第だと思うのは甘いのかなぁ。

そして、落ち着かない空気が漂いながらも、人生なんとかなるわいなモードの我が家であった。

2012年10月8日月曜日

村上春樹「魂が行き来する道筋 」

まだ読んでいない方に・・・
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 尖閣諸島を巡る紛争が過熱化する中、中国の多くの書店から日本人の著者の書籍が姿を消したという報道に接して、一人の日本人著者としてもちろん少なからぬショックを感じている。それが政府主導による組織的排斥なのか、あるいは書店サイドでの自主的な引き揚げなのか、詳細はまだわからない。だからその是非について意見を述べることは、今の段階では差し控えたいと思う。
 この二十年ばかりの、東アジア地域における最も喜ばしい達成のひとつは、そこに固有の「文化圏」が形成されてきたことだ。そのような状況がもたらされた大きな原因として、中国や韓国や台湾のめざましい経済的発展があげられるだろう。各国の経済システムがより強く確立されることにより、文化の等価的交換が可能になり、多くの文化的成果(知的財産)が国境を越えて行き来するようになった。共通のルールが定められ、かつてこの地域で猛威をふるった海賊版も徐々に姿を消し(あるいは数を大幅に減じ)、アドバンス(前渡し金)や印税も多くの場合、正当に支払われるようになった。
 僕自身の経験に基づいて言わせていただければ、「ここに来るまでの道のりは長かったなあ」ということになる。以前の状況はそれほど劣悪だった。どれくらいひどかったか、ここでは具体的事実には触れないが(これ以上問題を紛糾させたくないから)、最近では環境は著しく改善され、この「東アジア文化圏」は豊かな、安定したマーケットとして着実に成熟を遂げつつある。まだいくつかの個別の問題は残されているものの、そのマーケット内では今では、音楽や文学や映画やテレビ番組が、基本的には自由に等価に交換され、多くの数の人々の手に取られ、楽しまれている。これはまことに素晴らしい成果というべきだ。
 たとえば韓国のテレビドラマがヒットしたことで、日本人は韓国の文化に対して以前よりずっと親しみを抱くようになったし、韓国語を学習する人の数も急激に増えた。それと交換的にというか、たとえば僕がアメリカの大学にいるときには、多くの韓国人・中国人留学生がオフィスを訪れてくれたものだ。彼らは驚くほど熱心に僕の本を読んでくれて、我々の間には多くの語り合うべきことがあった。
 このような好ましい状況を出現させるために、長い歳月にわたり多くの人々が心血を注いできた。僕も一人の当事者として、微力ではあるがそれなりに努力を続けてきたし、このような安定した交流が持続すれば、我々と東アジア近隣諸国との間に存在するいくつかの懸案も、時間はかかるかもしれないが、徐々に解決に向かって行くに違いないと期待を抱いていた。文化の交換は「我々はたとえ話す言葉が違っても、基本的には感情や感動を共有しあえる人間同士なのだ」という認識をもたらすことをひとつの重要な目的にしている。それはいわば、国境を越えて魂が行き来する道筋なのだ。
 今回の尖閣諸島問題や、あるいは竹島問題が、そのような地道な達成を大きく破壊してしまうことを、一人のアジアの作家として、また一人の日本人として、僕は恐れる。
 国境線というものが存在する以上、残念ながら(というべきだろう)領土問題は避けて通れないイシューである。しかしそれは実務的に解決可能な案件であるはずだし、また実務的に解決可能な案件でなくてはならないと考えている。領土問題が実務課題であることを超えて、「国民感情」の領域に踏み込んでくると、それは往々にして出口のない、危険な状況を出現させることになる。それは安酒の酔いに似ている。安酒はほんの数杯で人を酔っ払わせ、頭に血を上らせる。人々の声は大きくなり、その行動は粗暴になる。論理は単純化され、自己反復的になる。しかし賑(にぎ)やかに騒いだあと、夜が明けてみれば、あとに残るのはいやな頭痛だけだ。
 そのような安酒を気前よく振る舞い、騒ぎを煽(あお)るタイプの政治家や論客に対して、我々は注意深くならなくてはならない。一九三〇年代にアドルフ・ヒトラーが政権の基礎を固めたのも、第一次大戦によって失われた領土の回復を一貫してその政策の根幹に置いたからだった。それがどのような結果をもたらしたか、我々は知っている。今回の尖閣諸島問題においても、状況がこのように深刻な段階まで推し進められた要因は、両方の側で後日冷静に検証されなくてはならないだろう。政治家や論客は威勢のよい言葉を並べて人々を煽るだけですむが、実際に傷つくのは現場に立たされた個々の人間なのだ。
 僕は『ねじまき鳥クロニクル』という小説の中で、一九三九年に満州国とモンゴルとの間で起こった「ノモンハン戦争」を取り上げたことがある。それは国境線の紛争がもたらした、短いけれど熾烈(しれつ)な戦争だった。日本軍とモンゴル=ソビエト軍との間に激しい戦闘が行われ、双方あわせて二万に近い数の兵士が命を失った。僕は小説を書いたあとでその地を訪れ、薬莢(やっきょう)や遺品がいまだに散らばる茫漠(ぼうばく)たる荒野の真ん中に立ち、「どうしてこんな何もない不毛な一片の土地を巡って、人々が意味もなく殺し合わなくてはならなかったのか?」と、激しい無力感に襲われたものだった。
 最初にも述べたように、中国の書店で日本人著者の書物が引き揚げられたことについて、僕は意見を述べる立場にはない。それはあくまで中国国内の問題である。一人の著者としてきわめて残念には思うが、それについてはどうすることもできない。僕に今ここではっきり言えるのは、そのような中国側の行動に対して、どうか報復的行動をとらないでいただきたいということだけだ。もしそんなことをすれば、それは我々の問題となって、我々自身に跳ね返ってくるだろう。逆に「我々は他国の文化に対し、たとえどのような事情があろうとしかるべき敬意を失うことはない」という静かな姿勢を示すことができれば、それは我々にとって大事な達成となるはずだ。それはまさに安酒の酔いの対極に位置するものとなるだろう。
 安酒の酔いはいつか覚める。しかし魂が行き来する道筋を塞いでしまってはならない。その道筋を作るために、多くの人々が長い歳月をかけ、血の滲(にじ)むような努力を重ねてきたのだ。そしてそれはこれからも、何があろうと維持し続けなくてはならない大事な道筋なのだ。

2012年10月1日月曜日

夕焼け

秋の日は釣瓶落とし。
日が短くなるのと同時に、秋の気配を感じるのは夕焼けの空の色。
秋の夕暮れは本当にきれい。今年は暑くなるのが遅くて、残暑が長引いて、今日も台風一過で夏日となる。でも、毎朝通勤で同じ時間に歩く道、強い日差しで避けて歩いていた歩道が、建物の影に。まだ夏の暑さが残っていても今日からもう10月、太陽は低く、もとい、地球はちゃんと公転している。

2週間ほど前の帰宅途中、まだ残暑が厳しいころだったけれど、秋の空らしい素敵な光景が出迎えてくれた。西に広がる夕日の美しさに見とれていたら、行き交う人が立ち止まって東の空を見上げている。振り返って見てみると、皇居にこんもりと茂った木の上に、半弦の虹が!
iphone3Gの写真はなんとなくぼやけた感じだけれど、それも、いい。

季節の変わり目、冬から春はウキウキするのに、夏から秋はどんなに暑さにうんざりしててもなんとなしサミシイ。来週の連休は衣替えをしよう。


2012年9月28日金曜日

パスタ

お湯を沸かしたりパスタを茹でている間に、具の下ごしらえ&サラダが作れてしまうパスタは、とっても重宝なメニュー。しかも料理は鍋一つで済ませてしまえるので、調理用具の洗い物も少ない。
以下は簡単で美味しかったと思ったもの。
あ、ニョッキだけはじゃがいもをゆでて、潰して、粉と混ぜなくてはいけないので、30分ってわけにはいかないか。

コンキリエ:エビとあさりを白ワインで
フジリ:クアトロフロマージュソースと赤胡椒


ニョッキ:ゴルゴンゾーラソース

ファルファレ(ゼブラ):トマトとルッコラとオリーブ

2012年9月24日月曜日

バグズ・ライフ

水曜日の夜のこと。帰宅してカバンを持ったまま台所で郵便物やらチラシやらをパラパラ見ていたら、胸元がチクッとした。ヒョイと見るとブラウスの下に1センチ半くらいのコガネムシ(だと思うけど)が一匹。考えもなくそばにいたオットに「虫さんが!」と言ってしまった。あっと、思ったときは時すでに遅し、虫が屋内にいることが許せないオット、両手はカバンと郵便物でふさがっている私の胸元から、キッチンペーパーでささっと虫をつまみ、くるくると丸めて、そのままゴミ箱に捨ててしまった。しかも生ゴミ用の。南無阿弥陀仏。



そして、翌日は当たり前だけど木曜日、その次は当たり前だけど金曜日。晩ご飯を食べて、片付けも終わって、台所で一息ついていた時だ。



カタ、カタ。

雨でも降ってきたか?

カタ、カタ、カタ。



「あ、ゴミ箱だ!」と、蓋を開けると、やっぱり。なんとあのコガネムシ!実は可愛そうだと思った割にはす~っかり忘れてしまっていたのだが、無意識下の罪悪感がゴミ箱と虫を脳みそでつなげたのだろう。「今度こそは外に逃がしてあげるわよ!」満身創痍(?)の虫くんを大事につまんで外の植木にのっけると、名残惜しそうに、というよりか、放心状態というべきか、しばらく枝に張り付いたまま動かないでいた。



自慢(言い訳?)じゃないけれど、我が家の生ゴミはとっても少ない。とはいえ木金の2日分だ。せっかく這い上がって来たところに、ドサリとゴミが入れられ、また這い上がりの繰り返し、さぞや苦難の道のりを・・・。コガネムシの寿命がどれくらいだか知らないけれど、2日も閉じ込められてたなんて。ディズニーの「バグズ・ライフ」の音楽が頭に響く。



この物語のはじめに、まず、一体いつどこで私に飛びついたのか。だいたい虫がブラウスの中に入ったら普通は気がつくだろうに・・・。

2012年9月13日木曜日

FacebookとBlog

6月に最後の書き込みをして、なんと3ヶ月があっという間にすぎてしまった。
どうやって投稿するのか忘れてしまうのではないかと・・・。
公私に渡りなんだかんだと役が回ってきた年でもあって、気持ちに余裕がなかったのもあるけれど、一番の原因はフェイスブック上の友達が増えたこと。「いいね!」とかやっているとあっという間に時間が過ぎてしまう。「久しぶりに会おっか!」と外に出ることも増えた。

はじめはブログで書いた記事をFBにリンクさせていた友人も、何人かはFBにダイレクトに書き込むようになった。確かにFBの方が手軽。何よりもiphoneから簡単に投稿できる。ブログは携帯からは思うように投稿できない、隙間時間にささっというわけにいかないのだ。

とはいえ、FBはほとんどツィート状態、ながなが(ねちねち?)と映画の感想やら世の中の話題は書けない。ずっと前に書いた記事を見て、自分の頭の中を覗くにはやっぱりブログがいい。ここ1,2ヶ月であれこれお役御免になるので、秋の夜長、またぼちぼち、ねちねち書き始めてみようかと思っている。


あきざくらさん、コメントありがとうございます。元気で~す!!
エリリンさんのコメントにもお返事差し上げてなかったようでm(_ _)m!!




2012年6月14日木曜日

使われなかったバックアップシステム「PBS」

初めてと言っていいほど納得のいく記事、「福島第一原発事故を予見していた電力会社技術者」のパート2を心待ちにしていたが、ERSS(緊急時対策支援システム)/SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)についての考察が掲載されたので是非合わせて読んでいただきたい。


しかし、誰がどこでこのような質問をぶつければいいのだろう・・・。シロウトがあれこれ言っても原子力は難しすぎ、質疑応答にならないだろう。是非「専門家」の方に立ち上がっていただきたいものだ。


>> 使われなかったバックアップシステム「PBS」 


 

2012年6月8日金曜日

人間―なぜ特別か?

毎朝「ダーウィンが来た」のショート版「あにまるワンだ~」を見ているのだけれど、これがとてもオモシロイ。本能と片付けてしまうには余りにもカシコすぎる動物の進化に、毎朝びっくりしたり笑ったり。
そんなこともあり、東京大学名誉教授の和田昭允さんが書かれた日経夕刊のコラム、「明日への話題」(6月7日)を大変興味深く、感じ入りながら読んだ。

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 生物は”単なる物体”ではない。40億年の進化が育てた”特別な物体”で、地球環境を生き抜く知恵(遺伝情報)の塊である。
 では同じ生物でも、人間だけはなぜ特別か?構造の違いなどを言い出したらキリがないが、そんなのは程度問題に過ぎない。決定的な違いは、「世代間の情報伝達」が人間だけ”複雑”になっているのだ。これは”ヒト能の特異能力”の結果だが、その複線構造こそが人類の未来を覆う暗雲だ、という私の杞憂?を聞いていただきたい。


 生物は、親から子への情報伝達を40億年間、遺伝という”単線”にひたすら頼ってきた。ところが人類はもう一本「記録と教育」という強力な情報伝達ラインを発明し、知識を子々孫々に伝える。つまり伝達ラインをダブルにしたのだ。しかし世の中万事、ダブルスタンダードになるとロクなことはない。
 2本の経路が独立ならよかったのだが、伏線を使う近代科学文明は、地球環境を変え、また、遺伝情報の書き換え(遺伝子操作)もする。これで人類は、2本路線間に”強い干渉”を複雑に持ち込んでしまった。


 この両者の情報伝達の速さと量の圧倒的な違いが、冒頭の”暗雲”だ。なぜなら遺伝情報だけに頼る生物は、環境変化への順応が遅い。片や人口情報は、記録と教育にハイテク技術が拍車をかける形で、モノ・コトをめまぐるしく変える。生命進化は、その無定見な鑑賞の圧倒的な量と速さにとてもついていけず、破滅の道に向かう。


 この破局から人類を救えるのは”教育の全力投球”しかない。初等教育から全教科で、総合的に「近代科学文明の知恵と責任で地球を救おう」と条理を尽くして教えよう。これが暗雲を払う唯一で無二の道だ。

2012年6月6日水曜日

運動会

大縄跳び
Canon Kiss x3
0才の保育園から始まって今回で15回目の運動会。PTAのお仕事もあったので、義務教育最後の運動会に行ってきた。

1学年60人ほどのこじんま~りした穏やかな中学校。オットはワカの小学校で初めて日本の運動会を見たとき、軍隊のようで驚いたらしいが、私が育った時代に比べると集団行動はかなりユルイ。しかし競技に入るとなかなか。小学校の5、6年生にもなると、やる気がなかったり、恥ずかしがったりする子がちらほら出てくるが、中学校ではそういう子がゼンゼンいない。

3年生恒例、大縄跳びは始まる前からみんな掛け声上げてやる気マンマン。30人が一緒にジャンプするとドライアイスのように砂煙がもくもくと上がる。練習よりもかなり沢山飛べたらしく、みんな大喜び。思春期特有(特に男子)、両親に反応が無くなったと言う話をよく聞くようになったけど、どの子も勝つと素直に喜んでみんなでハイタッチ。外の世界で順調に成長している。

白線引き
iphone
運動が得意そうに見えなかった(ごめん!)ワカも、ベビーファットが落ちて、身長が伸びて、体力を付けて、見違えるようにたくましく走っている。保育園の運動会、ロープのかわりにゴールで待つ私をめがけて、テテテテと走ってきたあのちっちゃかったわが子はどこに行っちゃったんだろう・・・。

校庭の砂と白線を見ると、自分の子供のころの運動会なんぞも思い出す。目の前には生命力いっぱいの若者。過去と未来が重なり合って、疲れたけどもいい一日だったワ。




2012年6月2日土曜日

原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために

1年もすれば又何もなかったように原発が稼働しているのかと危惧していたが、今回ばかりはそうはいかなかったようだ。遅ればせながらも興味を持ち続けているといろいろな記事に出会う。この本が出版されたのは2007年。
松野さんは原発の危険を熟知し、福島のような事故が起きることを予見していた。それをちゃんと指摘していたという。しかし、周囲の人たちは聞く耳を持たなかった。「私の言うことは誰も聞いてくれませんでした。誰も聞いてくれないので、家で妻に話しました。しかし妻にもうるさがられる。『私の代わりにハンガーにかけたセーターにでも話していなさい』と言うのです」


こういう松野さんのような人が一人もいないのかと、そこまで原発事故が起こらないとみんな信じきっていたのかとシロウトの私でも困惑した。が、この記事を読むと、しっかりとした危機管理をもち仕事をしていた方がいたのだと、一条の光を見たような気がした。


ふくしま第一原発事故を予見していた電力会社技術者---->JP Press


日本が今でこそお手本となる時なのに・・・。

2012年5月23日水曜日

ダークシャドウ Dark Schadows

1966年から5年間アメリカで放映されていた昼メロのリメイク。多分これを見ていたらもっと突っ込めたのかもしれない。メロドラマでもなくパロディーでもなく、両足踏み込めずに終わってしまった。
ティム・バートンの過去作はもとより、「キャリー」、「ローズ家の戦争」、「Deth Becomes Her」などなど、”どこかで見た映画”感が漂う。もちろんこれらの映画はオリジナルTVシリーズよりも後に作られているけれど。

細かいことを言うと独立戦争のころに埋められて200年ぶりに世の中に出てきたワリには、すんなーりとアメリカに溶け込むバーバナス(ジョニー・デップ)。適当に作っているわけではないのだろうけれど、どうしても18世紀から1970年を見たのでは無く、21世紀から40年前を見る視線になってしまい、この「エドウッド」風なところがペラリ~ンとした印象を与えるのか。

主人公のバーバナスが無機的過ぎちゃって、あの美しいアンジェリーク(エヴァ・グリーン)がガンガンに頑張っても、なんだか暖簾に腕押し、糠に釘。もうひとひねり欲しかったけれど、エドワード・シザーハンズから主人公はずーっとこのままだから、これはこれでいいのかな。

・・・もんくばっかりだけど、部分的に面白いところもあった。特に「ある愛の詩」のジョークと「Alice woman」には大笑い。


2012年5月22日火曜日

ファミリー・ツリー The Descendants

舞台はハワイ。
穏やかな風景とは裏腹に、マット(ジョージ・クルーニー)はもんもんとしている。妻は事故で死を待つばかりの昏睡状態、長女はドラッグでラリっているし、次女はわからんちん。そして一族の間には「先祖代々の広大な土地を誰に売却するか」という大金がかかった大問題が横たわる。そんな時に追い打ちをかけるように、妻が離婚して、不倫相手と一緒になろうとしていたということを知る。全ての難題がドドドと怒涛の用に押し寄せる。・・・こう書くとドラマチックに聞こえるのだけれど、ぜんぜん悲惨ではない。それどころか終始、ハワイの自然と優しいそよ風に顔を撫でられているような映画だ。

ジョージ・クルーニーのライトなコメディーは最高。長女役のシャイリーン・ウッドリーと次女役のアマラ・ミラーには驚きっぱなし。長女のボーイフレンド役のシドを演じたニック・クロースはいい味出している。マットの義父役ロバート・フォスターは相変わらずシブイ。妻の不倫相手の妻を演じたジュディ・グリア、出番は短いし線は細いのに強烈な印象を残す。そして妻役パトリシア・ヘイスティ、ずっとベットに寝たきり、しかしそのコンスイの演技がスゴイ・・・。


全ての難題の根っこは全部どこかでつながっている。解決を先延ばしにせず、面と向き合う、辛いけど。で、それが終わったら、スッキリと未来に向いて行動する。原題は"The Descendants"(子孫)、Ancestor (祖先)ではないのだ。
「こうなんだよな~」、と泣き笑いで納得してしまうとっても素敵なお話だ。

2012年5月21日月曜日

金環日蝕

妹が撮った太陽の指輪
今日は金環蝕。NHKのリポーターは朝からハイテンション。7時過ぎに表に出て、雲を心配しながら朝の空を見上げる。(良くないかもしれないけれど)雲のおかげで裸眼で見えた。メガネを通して見た赤い太陽も綺麗だったな。この太陽の恵みを受けながら地球はずっと生きてきた。


19日、朝日”フロントランナー”飯田哲也さん。『原発不要は当り前の声が広がるのはいいが、「俺の方が正しくて再稼働反対・即時停止が大原則、10〜20年以内に穏やかに廃炉なんて言うのは実は原発支持派だと敵視する人が結構いる。違う意見は認めないのは、形を変えた原子力ムラと同じ。いろんなやり方や意見を認め協力するネットワーク型の運動であって欲しい』。・・・ほんとにそう思う。

昔、金環蝕を見た人たちに思いを馳せながら、おっきななが~い目で子々孫々のことも考えてみたい。

2012年5月11日金曜日

2012年5月8日火曜日

スーパームーン

6日のお月さまは地球に最も接近する時と満月が重なる「スーパームーン」。
 NASAによると、この夜の月は通常の満月に比べ、大きさが14%、明るさが30%増して見えたとのこと。で、9時半頃外に出た。確かにとってもきれいなお月さま、でも特別大きいとも思わなかった。
そして、せっかくなのでCANON Kissx3で撮影してみる事に。
55-250mm, F8, 1/320,ISO200
残念ながらこのブログには写真拡大の機能がなく、またPCで拡大した写真もupできなかった。PCで拡大すると、月の表面の凸凹まで見える。カメラってスゴイ・・・。
5月21日はこのお月さまが太陽に入り込み、素敵な天体ショーを見せてくれるはず。てるてる坊主つくろうか。