2011年10月13日木曜日

ピザ@ベルリン

もう10月も中旬だというのに、まだまだ続く夏休みのお話。
ドレスデンで2泊3日博物館と美術館を堪能して、次の目的地ベルリンまで電車で移動。ベルリンのメインステーションはもうZoologischer Garten駅ではなく、旧東ベルリンに立派な空港みたいなターミナル。

1988年から1989年までベルリンに滞在した時、友達(含むオット)とよく行ったピザ屋さんに行くことにした。最後にベルリンを訪れた7年前にはまだあったのだけど、Zoologischer Garten駅の周りはビルの建て替えが進んでいるし、クーダム沿いのお店もかなり変わっているので、まだピザ屋さんがあるかどうかちょっと心配だった。でもあった、ちゃんと。

お店の名前はPiccola Taorimina、うわ〜!外も中も全然変わっていない。店員さんは全員イタリア人。値段も20年以上変わってないのかも。ミニピザが1.10ユーロ、ミニと言ってもランチに2枚食べたら私には十分の大きさ。せっかくなので普通のピザを頼んだ。大きいけれど完食。
なによりも、ワカさまと一緒に行けて嬉しかった。

西ドイツ時代の目抜き通りクーダムと
ウーランド通り

その交差点にある映画館
シネマパリの横の道を行くと

電気が切れているけど
色がかわいい
この大きさ、おいしさで
4.8ユーロ
街の照明が暗くて
お店のサインがいい感じ

2011年10月12日水曜日

栗の渋皮煮

一日目の作業が終わって
1日目:鬼皮剥き。重曹茹で1回

今年は栗剥きハサミを購入。手加減が分からず、渋皮を傷つけそうなときは果物ナイフを併用しながらむいた。コツをつかむまでもうちょっとかかりそう。
虫が住んでいた栗が2つ。ごめんね~、せっかく寝てたのに・・・。

一回目の重曹茹ででは、石鹸が泡立ったようにアクがむくむく出る。鍋のお湯を捨てるのではなく、水を継ぎ足しながらゆで汁を替えるのがコツ。こうすると栗が割れない(らしい)。
ハサミで剥ききれなかった、栗の下の部分が帽子を脱ぐようにぽっかりとはずれる。

栗剥きに疲れて今日はここまで、綺麗な水に入れて一晩ねかす。

2日目:重曹茹で1回。煮出しは3回。シロップで3時間。

茹でる度に一日目と同じ要領で水を入れ替えて、そのたびに栗についている筋や硬い渋皮をひとつずつ丁寧に指で落としていく。栗剥きを含めて6回同じ栗の面倒をみるので、クリの「顔」を覚えてしまう。名前をつけたいくらいの気分になる。「ああ、君ね」ってな具合。

できあがり
朝から栗と向かい合うこと約4時間、オットが「栗と一緒だと静かだ」と褒めて(?)くれた。

一旦作業を中止して、「リミットレス」を見に行く。

映画のあとは寄り道しないで栗のもとへ。夕食を作りながら空いたレンジを使い、砂糖で最後の煮込み。シロップは砂糖と水の割合が1:1となっているレシピが多いけれど、1:0.4の割合にした。三温糖と白砂糖を半分ずつ使ってみた。お好みでブランデーや赤ワインを入れても美味しい。今回は酒なし。

一晩置いてからいよいよ試食。少々かため、でもあっさり煮上がったかな。

2011年10月9日日曜日

猿の惑星:創世記   Rise of the Planet of the Apes

科学者のウィル(ジェームス・フランコ)は製薬会社でアルツハイマー治療薬を開発中新薬を投与された一匹のメスのチンパンジーは瞳が緑に変化、そして脳に変化が起こり高い知能を持つようになる。人間での臨床実験を目の前に、アクシデントからそのチンパンジーは駆除され実験は中止。ウィルはその赤ちゃんチンパンジー、シーザーを家で預かることになる。シーザーは生まれながらに緑の瞳と知能を母親から譲り受けていた。それだけでなく、人間と同じような感情まで発達を始める。
 ウィルの父チャールズ(ジョン・リスゴー)のアルツハイマーは悪化の一途をたどる。見に見かねたウィルは会社から無断で持ち出した新薬を投与。チャールズの病状は劇的に改善に向かうが、やがて新薬に抗体ができまた病状が悪化、隣家とトラブルを起してしまう。それを助けようとしたシーザーは、隣人に噛み付いてしまい、霊長類の動物施設に入れられてしまう。一方、ウィルは先に開発した新薬には長期の効果が期待できないことを知り、さらに一段階上の新薬を開発を試みる。第一作、なぜ300年の間に「猿の惑星」になってしまったのか、その創世記を描いている。



(ここから先はネタバレのツッコミ)
研究所のチンパンジーが赤ちゃん生んだのに気がつかないってことあるのか。いくら怒ったチンパンジーでも、研究所の建物のガラスを体当たりで破壊できるかなぁ。脳が変化しただけなので姿形はチンパンジーのまま、チャールトンヘストンが戻ってくるまで300年の間に洋服着用の直立歩行まで進化するのか。隣のお父さんはパイロットにしては短気だ。スリザリンから動物施設に移ってきたドラコのチンパンジーいじめは、ホグワーツでの鬱憤バラシか。新薬を吸引してしまった人を簡単に家に返し、本人もウイルス感染してるのに歩き回るし。警察のヘリコプターに製薬会社の社長が一緒に乗って、さる退治にでかけるか。初めて話す言葉が「No~~~!」。誰か「I am your father」って言った?

と突っ込んでばかりいたら、オットに「映画なんだから」と、たしなめられる。なんでもアメリカではシリーズ作品中一番のヒットを飛ばしているという。
そして日本は大分県、高崎山自然動物園でさると一緒に映画鑑賞が行われたそうだ。猿と一緒に”猿の惑星”鑑賞、妙な臨場感」。”妙な臨場感”ていうとこ、ウケた。


ブツブツ言っているけれど、ジェームス・フランコは素敵。

2011年10月8日土曜日

Viva la Beat

コールドプレイのViva la VidaとマイケルジャクソンのBeat Itのマッシュアップ。
この投稿者、頭の中で二つの曲がマッチした時はうれしかっただろうなぁ。
a-ha、U2、ケイティ・ペリーの曲とマッシュアップしたのもあり。

2011年10月7日金曜日

ステイフレンズ   Friends with Benefits

PG12なので親が一緒であれば中学生も可だけれど、ワカ抜きでオットと2人で見にいった。感想としては、中学生には時期尚早、けど、「夫婦50割」には時すでに遅し、という内容である。ジャスティン・ティンバーレイクとミラ・クニスの息がバッチリ合っていて、掛け合いが漫才コンビのようだ。


ミラ・クニスは、TV番組「ザッツ70’sショー」ではおかしなことを言う普通の子というイメージだった。最近「ブラックスワン」で実は綺麗な人だったのだ、と気がついたのだけど(ごめん)、今回はもっとキラキラしている。軽いハスキーな声がチャーミング。ジャスティンは好青年。ジャスティンの会社の同僚にウディ・ハレルソンがゲイの役で出演、変に存在感を振りまいている。マシ・オカ君もちらりと登場。


好きだったのはフラッシュモブのシーン。フラッシュモブ(Flash mob)とはインタネーット、特にEメールを介して不特定多数の人間が公共の場に突如集合し、目的を達成すると即座に解散する行為。どこからどこまでが参加者か見物人か分からないので、その広がり方が面白い。
映画の中ではタイムズスクエアとセントラルステーションの2箇所でフラッシュモブが出てくる。セントラルステーションではフィッシャーキングの集団ダンスのシーンを思い出すが、あれは空想の中の出来事。リアルでそのへんの人が踊りだすなんて、その場に居合わせたら鳥肌が立ちそう。

2011年10月6日木曜日

Erich Kästner Museum @ ドレスデン

 「二人のロッテ」や「エミール」シリーズで、日本でもよく知られているエーリッヒ・ケストナーはドレスデンの新市街で生まれた。彼の生家ではないけれど、子供の頃によく訪れた親戚の家だったところに、生誕101年を祝って可愛い庭に囲まれたこじんまりとしたミュージアムが建てられた。

私達が訪れた日は、なんとも残念なことにイベントのために閉館。でも優しいお姉さんが、図書館と庭にはどうぞ、と入れてくれた。

ミュージアムの看板
ケストナーは父親がユダヤ系ドイツ人であったが、ナチの時代、自分の本を焚書されても2度逮捕されても、ドイツ人として誇りをもち亡命しなかった。絶大な人気にナチも手出しできなかったという。ドイツ東西分断後は東ドイツになったドレスデンに母を残し、ミュンヘンに移住。母はナチに抵抗し続けたケストナーを称えた東ドイツ政府に手厚く保護されたそうだ。ケストナーはドイツ統一を見ることなく1974年に亡くなる。

「飛ぶ教室」の中に『愚か者の勇気は野蛮なだけであり、勇気のない賢さは屁にもならない』というくだりがある。賢いひとは見ているだけでなく、勇気をもって発言するべきだという、ここにも勇気を貫いた作家の言葉が、時を超えて私の目頭を熱くする。彼の言わんとしていることもさることながら、原文のシンプルな文体そのものにも心底憧れる。

”Mut ohne Klugheit ist Unfug; und Klugheit ohne Mut ist Quatsch ! ”
Mutは勇気、Klugheitは賢さ、ohneは英語でいうところのwithout。「賢さのない勇気」、「勇気のない賢さ」と順番を逆に並べて、「究極の選択」方式で並列している。Unfugは野蛮というネガティブな意味。Quatschは訳すのがちょっと難しいけれど、例えば「信じられない!」とか「バカバカしい!」とか「嘘っぱち!」とか、ネガティブを通り越してそのものの存在を否定するような単語。前の文章<後の文章と、比較級を使わなくても思いが言葉によってクレッシェントされてゆく、この「音感」が大好きだ。
もちろん、日本語訳もさすがである。特に「屁にもならない」これは秀逸。(訳者がわからない・・・)

ミュージアムの壁に腰掛けて
通りを見渡すケストナーの像


良い社会を作るためには、良い教育をしなくてはならないと説いたケストナー。

"Wer an die Zukunft glaubt,
glaubt an die Jugend. 
Wer an die Jugend glaubt, 
glaubt an die Erziehung.
Wer an die Erziehung glaubt,
glaubt an Sinn und Wert der Vorbilder."

「未来を信じる者は、若者を信じる。若者を信じるものは、教育を信じる。そして教育を信じる者は、垂範者の意義や価値を信じるのだ。」と訳してみた。
この三段論法、親としてしっかり胸に刻まねば。

2011年10月5日水曜日

I don't know if your new friend can come in...

君の新しい友達、おうちに入れていいかどうか・・・。

元ネタ--->ココ

おいしいご飯があるよ、とか言ってつれてきちゃったのかな。

2011年10月4日火曜日

日本版 緑の党

2011年10月3日 東京新聞/朝刊

脱原発掲げ「緑の党」  中沢新一氏ら来月にも


人類学者で明治大学野生の科学研究所長の中沢新一氏(61)らが「緑の党」(仮称)を十一月にも立ち上げることが分かった。中沢氏が本紙のインタビューに応じ、語った。脱原発を綱領の柱に掲げ、東日本大震災後の日本の転換を目指す運動を展開。欧米の「緑の党」との連携を図る。
「緑の党」には有識者のほか、里山保全や地域通貨の創設などに取り組む市民団体メンバーらが参加。正式な名称や具体的な活動内容は今後詰めるが、最初は正式な政党の形態はとらず、創刊予定の雑誌や、インターネットなどを使って全国のネットワークづくりを進める予定。
エネルギーでは太陽光やバイオマスだけでなく、植物の光合成の仕組みを応用した発電などの提言を検討。他の政策課題でも、成長を前提とした経済から脱して、有機野菜中心の食生活や自動車に依存しない生活を目指し、情報発信する。
中沢氏は「震災後の日本は政治が貧弱化している。生き方の根底を大きく変えるネットワークをつくるのは今しかない」と「結党」理由を説明している。
当面は国政選挙には直接かかわらず、中沢氏も「立候補するというと従来の既成概念が先行してしまう」と自身の出馬に否定的だが、将来候補者を支援、擁立することも「有力な選択肢」としている。原発のある自治体と連携、住民投票を行う運動にも取り組む。
欧米では一九七〇年代以降、反戦や反原発を掲げる「緑の党」という名の政党が誕生。ドイツでは一九九八年に連立政権入りし閣僚ポストを得たほか、福島の原発事故後も、脱原発を掲げて支持を広げている。
******************
4月頃、中沢氏等による「緑の党」立ち上げの記事を読み、その後どうなっているのか気になっていたけれど、いよいよ。
”生き方の根本を大きく変えるネットワーク”。これには大きく頷く。国から幸福GDPの指標を与えられても困る。政府が考える”平均世帯”などというものはもう存在していないのだ。自分たちが主体で考える、何かを変えてもらうのではなく自分たちが変わること。
”当面は国政選挙には直接かかわらず・・・”。この方針にも賛成。正直な話、福島の事故後、ドイツの「緑の党」の姿には違和感があったからだ。とはいえ、中村敦夫氏代表の「緑の会議」は2004年参院選で全員落選、日本では政党すら育たなかったのだから、あまり他国の文句を言うのはやめとこ。
誰かの支持や方針でメダカのように動くのではなく、また、メディアの作り出した空気に流されるのではなく、まず、ひとりひとりが意思を持つ。グローバルに考えるのも大切、でも私のようなフツーの人にも一本の木を大切にする、ゴミを出さない、そんな足元を見ながらの活動ができる。反対するのではなく、生産的に物事を考える。そんな国民の声がたーくさん集まれば、政治家だって無視できなくなる。「受動的平和的圧力団体」そんなイメージをもったのだけど。早くHP見てみたい。

2011年9月30日金曜日

新市街@ドレスデン

アウグストス
 ドレスデンはエルベ川を挟んで、旧市街と新市街に別れる。新市街と言っても最近開発されたのではなく、その歴史は12世紀にさかのぼる。また、爆撃が少なかった分、旧市街よりも古い街並みが残っていたりする。

旧市街からエルベ川を渡ると、キンキラキンで出迎えてくれるのが、アウグストスの像。

少し行くとJapanese Palace博物館。アウグストスは陶磁器のコレクター、中でも大好きだった日本の陶磁器。コレクションが収まらなくなり、ついに1715年に宮殿を増設したためその名がついた。その宮殿の正面から始まるケーニッヒ通りは、バロックの建物が整然と連なり美しい。

建物にはパッサージがいたるところにあって、ぐぐり抜けると緑の中庭、そこに劇場やレストランなどが軒を連ねる。散歩にはもってこいだ。

ケーニッヒ通り



Japanese Palace
パッサージをくぐり抜けると
可愛い中庭

ドライケーニッヒス教会
上に登ると旧市街が見渡せる
Molkerei Gebrüder Pfunds
(Pfund兄弟の乳製品店)

Pfundの中
ギネス認定「世界一綺麗な乳製品屋さん」
撮影禁止なのでお店のHPから
ルター教会
ルター教会の側
壁に書かれた絵
東ドイツ時代の建物もある
閉鎖されているようだった



2011年9月29日木曜日

Sky Aquarium @ 六本木ヒルズ

後ろの景色は本物よ
今年は例年に比べて小規模だった。
現物を見ている時は気がつかなかったけれど、Iphoneでとった写真を後から見てみると、照明が昨年とは違っているのに気がついた。

黄昏~の都会は~ブルーなみ~ずうみ~
青ざめ~た車が泳いで~ゆ~くよ~♫

祭りだ、祭りだ

ちょっと急いでいるもんで

美容院に行ってきました

前を失礼


何か用?

クラゲには癒される

2011年9月28日水曜日

街中の彫刻&彫塑@ドレスデン

たくさんの彫刻や彫塑が建物のあちらこちらに装飾され、街を歩いているだけでも飽きない。
欄干や彫刻に真っ黒のものがあることに気がつく。これは戦火に焼かれながらも残ったガレキ。パズルのように組み合わせて建物を再建している。なんとも気の遠くなるような作業だ。中でもフラウエン教会は「ヨーロッパ最大のパズル」と呼ばれたそう。


欄干に黒いところと白いところが見える
おい、そこの君!


もっと眺めいい

この高さ、眺めいい

後ろ「待ってくれ~」
前「遅っ!」

天使はがんばった
試着室

フラウエン教会の壁はところどころ黒い
手前はマルティン・ルター


細部まで手を抜かない

2011年9月27日火曜日

フラウエン(聖母)教会@ドレスデン

第2次世界大戦の2日に渡る空襲は乗り切ったものの、翌日、多くの建物や住人と運命を共にするように、火災によって完全に崩壊してしまう。
教会は東ドイツの体制下、政治や資金の事情があり、ガレキのまま放置されていた。それでも市民感情に配慮して、ガレキの山は片付けられることなく、戦没者記念碑として保全されてはいた。前回の訪問のとき(1987年)は本当にガレキの山で、しかも戦争の時のままと聞き大変驚いたことを覚えている。

東西ドイツ統一後、1994年基礎工事が行われ、多くの人々の努力が実り2005年に再建が完了。戦後60年の歳月をかけてやっと教会が戻ってきた。何年かかっても本物を創る、これが本当の再建。今度こそ、この先もずっとここにこの姿で建ち続けて欲しい。

フラウエン教会、詳しくはこちら







ドームからの眺め