2008年4月4日金曜日
IOA その3
The Amazing Adventures of SPIDER-MAN。これはお勧め。3Dめがねをかけて、16人乗りのカートでNYのビルの谷間を、飛んだり、落ちたり、ぶつかったり。水も熱風も飛び出す体感型だ。
Dr. Doom's FEAR FALLは後楽園にもある、高いところから椅子がスットーンと落ちてくるあの乗り物。お金もらっても乗らない。
最後はワカ大本命 Incredible HULK COASTER。名前のごとくコースターが緑色。勿論乗ってないけど、回転の回数が多くてDueling Dragonsより面白かったって。見ているだけで胃が飛び出そうだった。
結構乗り物をスキップしたけど、USJにまだ行っていないから、目新しいものばかりでとっても楽しかった。しかし、このトシでこんなに遊園地で遊ぶことになろうとは・・・。こうしてオーランドでの春休み集中遊園地合宿は、4日間の幕を閉じた。お疲れ様(疲れた・・・)。
2008年4月3日木曜日
IOA その2
カートゥーンの世界から抜け出して来たような可愛らしい建物から、ボートが急流を滑り落ちてきてスプラッシュ!Dudley Do-right's RIPSAW FALLSというアトラクション。「もしかすると雨合羽が必要かもね。」なんて言いながらすっかり乗る気で入り口に行く。すると雨合羽を着るどころか、お召し物を脱いで水着姿になっている人が。それを見た私とオットは、直感的に乗るのをやめた。
はたしてワカを待つために出口に行くと、不機嫌そうだけど満足そうな複雑な笑みを浮かべた人たちが、ホント~にずぶぬれで出てくる。しばらくして、ワカも水も滴るいい男で登場。靴は専用の袋があったので大丈夫、上半身は完全にビショビショ、ズボンも結構ぬれている。何でも急流をスプラッシュする前、ボートが上昇している最中に既に頭上からシャワーがザ~ッ、スプラッシュのあとはボートに水が浸水。しかも、見物客が大砲の形をした水鉄砲で、ボートに乗った人に水をかけて遊べるコーナーもあったとか。上半身はさっき買ったThing3に着替えて、ズボンは歩きながら乾かそう、とゆうことになった。
隣はPOPEYE&BLUTO'S BILGE-RAT BARGESという、小さい子もOKのアトラクションで、待ち時間5分。これならば!と、入り口まで行くと、・・・ああ、もっとすごい、水中に放り込まれて這い上がってきたような人たちが、降車口でTシャツを絞ったりしてる。レインコートも役に立たず。今度も断念。そしてアトラクションの横には"偶然”水着売り場があったりする。遠路はるばるやってきたので、せっかくだからワカに水着を買った。するとその横には"偶然”更衣室もあったりする。-花火に続いての調査不足に後悔-。期待通りシンまでびしょぬれのワカが、満面の笑みを浮かべて降りてきた。前のアトラクションでは不意を突かれて「ひどい」と言っていたが、今度は心置きなくずぶ濡れになることができて、とっても楽しかったらしい。濡れついでに3回も乗リにいった。このポパイのボートはタライみたいなカッコをしているんだけど、隙間からジャボジャボ水が入り、その上頭の方からも水が落ちてきて、どの席に座っても皆さん平等に水がかかるようになっていたそう。
真夏はほんとに気持ちいいだろうな~。常夏とは言え、3月は日陰はまだ涼しいし、陽が落ちると15度近くまで気温が下がる。今度来ることがあったら、水着を着て全部乗るのだ!
2008年4月2日水曜日
IOA その1
ここにはシネコン、ホテル、レストランなどの商業施設の奥に、ユニバーサル・スタジオ・フロリダ(USF)とアイランズ・オブ・アドベンチャー(IOA)の2つのテーマパークがある。で、ワカのたっての頼みで、激しい乗り物があるIOAに行くことになった。
まずDr. Seussの絵本そのままのカラフルな世界 へ。The Cat in The Hatに入ってから、出口にある店でついついThing 1(オット用), Thing 2(私用), Thing 3(ワカ用)の真っ赤なTシャツを買ってしまう。それはそうといつ着るんだろう、3人で一緒に着るのか?せっかくだから水色のカツラも買えばよかったかも。
次はアドベンチャーのエリア。The Lost Continentに入場。入り口には巨大な石風のモニュメント、なかなか迫力がある。長い廊下を通りぬけて一つ目の部屋に入ると、あんまりお金がかかってなさげな装飾と案内役のお兄さんが一人。このお兄さんは教授の助手で、観客を禁断の宝をめぐる冒険に連れて行ってくれるという設定。登場するなりお兄さんはすっかり自分の世界にはまっているのに、観客が乗り切れないちぐはぐな空気。物語が進むごとに次の部屋と移動する。・・・う~ん、すごい、どんどん盛り上がってくる。なーんだ、って顔していた我々も次は何が起こるのかと、すっかりお兄さんのペース。最後は大舞台がバーンを開き、水しぶきがバッシャーン、火の手がゴゴ~ッ。この後、お兄さんは始めのしょんぼりした部屋へ、最後の激しい舞台から戻って行くわけだから、その余韻で始めっからハイテンションなのも頷ける。
次はスタンディングタイプのローラーコースターDueling DRAGONS、勿論乗らない。見てるだけでコワイ。オットはワカ一人で並ばせるのはナンだし一回くらいは、と思って並んだものの、その全体が明らかになった時点で直前ドロップしてしまう。そうそう、体は大切にしよう、家族が大事だからね。ワカはこれが一番気に入ってその後もしつこく4回乗る。あんなにキャーキャー叫んで乗っていた読売ランドのモモンガーは、これに比べれば赤子の手をひねるようなものらしい。
さて、いよいよ楽しみにしていたJURASSIC PARK。30分ほどの待ち時間。そろそろ自分達の番が近づいてくると、周りの人がなにやらレインコートのようなものを着始めた。途中にあるモニターにはバッシャーンと激しい水しぶきの映像。いくらなんでも遊園地でそんなひどいことにはならないだろう、と思っているうちに順番が来た。横列5人で縦は5列(?だったかな)の1番前。やった~!、と歓んだのも束の間、ボートの中はすでに乗る前から座席も足元の床もびっしょり・・・。やっぱ、いるのかな、雨合羽・・・。
映画に出てくる通りの木の門が開き、あの音楽が流れるなか、はじめは機械仕掛けの恐竜さんたちがガオーって鳴いているのを、ノンビーリ野外見物しているわけである。そののどかな風景が終わると、研究所らしき建物の中にボートが入って行く。そして暗い中をボートは結構な角度で、ズンズンズンと上に昇っていく。にわかに建物の出口の光が見えるやいなや、ヒュルルルル~、心の準備もないまま、落ちていく私たち。そしてバッシャーン(着水)、ズババババ~(水しぶき)・・・。しっかり濡れた・・・・、と、その時は思った。しかし、この水浴びは序の口だったのだ。
2008年4月1日火曜日
マジック・キングダム その2
さて、来ました、ピカピカと音量も高く、ニモや、お姫様や、王子様、魔女までもが、楽しげに舞い踊ってます。が、肝心のワカ、あまり盛り上がらず。”こんなの見てるんだったら、ビック・サンダーマウンテンとかスペース・マウンテンとかがいい。”と顔の真ん中に太字で赤く書いてある。
せっかくいい場所確保したので10時からの花火も見ましょうと、今度はシンデレラ城のほうに向きなおす。開始のナレーションが響きわたり、花火好きの私は期待に胸膨らませ空を仰ぐ。ド~ン、ドド~ン。あらら、ぜんぜん見えない、見事にシンデレラ城が立ちふさがって。どうも近すぎてしまったようである。これだからシロウトは、困るのよね~。この辺に座った人たち、思いっきりみんながっかりしてるし。今更誰も動く気配もなし、それならそれでいいではないかと、お城の横からバババッとたまに上がるロケット花火と打ち上げの大音響を味わうことに。ま、間抜けな思い出も一興かな。
2008年3月31日月曜日
マジック・キングダム その1
すんごくひろいパーキング、係りが駐車位置まで手旗信号で誘導してくれる。ここで駐車エリアを覚えておかないとおうちまで帰れない。駐車したらカートの停車場までちょっと歩く。電車のように連なった電気カートが一台で7、80人乗っけて、モノレールの駅まで連れて行ってくれる。モノレールの駅では係員が乗車口を支持してそこにおとなしく並ぶ。ここまで大変スムーズなのだが、まるで自分が羊さん、もしくは宅急便の物流センターに到着した荷物になったような気分。モノレールはびろろ~んと広いディズニーの敷地内を走って、やっとマジック・キングダムの入り口に到着。ここは東京ディズニーランドを想像してもらえばおおよそOK。では、東京ディズニーランドに無いアトラクションからお勧めを二つほど。
Monsters, Inc. Laugh Floor
映画のエンディングのように笑いでエネルギーを集めるというコンセプトで、待ち時間から笑わせてもらえる。「お待ちのみなさ~ん、両手を挙げてください。」大人も子供も素直に手を挙げる(これも笑える)。 「隣の人のにおい(脇の下の意)がしなければ、まだ人が入れるスペースがありま~す。もっとつめてくださ~い。」 隣の人と顔を見合わせてから”ウゥ~”(英語風に発音してね)という”くさそう”な反応の後、爆笑。日本じゃウケないだろうなぁ。
劇場ではスクリーンに映ったマイク・ウォシャウスキーの案内で、モンスターたちの漫才を聞く。途中場内に仕掛けてあるカメラが、漫才のダシに観客(サクラじゃない)をスクリーンに映しだす。ということはスピーカーから流れてくる声は全部録音じゃないのか。写された観客の顔は何もしてないのに100%笑いが取れる。こうゆうワザとユーモアには感心させられるし、大好きだ。
Mickey's PhilharMagic
ミッキーとドナルドがディズニーのミュージカルをメドレーで紹介する。3Dメガネで飛び出す画面を見るだけでなく、たとえばシャンパンを開けるシーンではポンという音とともに、風が顔に当り、水しぶきがかって、シャンパンの香りがする。最後は画面から吹き飛ばされたドナルドが、劇場の後ろでお見送りしてくれる。これ、絶対お勧めだし、グローバルな内容だから東京ディズニーランドにも造ったらいいと思う。
<番外編>The Hall Of Presidents
歴代43大統領のロボットが全員壇上に集合、全大統領が紹介され、主な大統領がそれぞれのアメリカの歴史を語るまじめなアトラクション。ワシントンやリンカーンはもちろん声優さんだけど、現大統領は本人の声。博物館とかではなくって、ディズニーランドにあるのが興味ブカイ。日本では見られない(見せない)ディズニー(=USA)がある。あんまり書くとスベリそうだからこの辺で。
2008年3月30日日曜日
ケネディ宇宙センター
まず始めに”スペースシャトル発射シュミレーション”を体験。シュミレーションルームにはシートベルトつきの座席が20ほどある。シュミレーションが始まると、まず座席が後方に90度グイーンと倒れる。ベットに寝て足を上げている、と思えばいいのだが、なんだか座り心地が悪いし、後頭部に血がたまりそう。宇宙飛行士はこの体勢で、打ち上げまで何時間も待たされるという。そしてカウントダウンが始まってガガガガガガガガ~~~~と座席が激しく揺れる。視覚効果と音響と振動でほんとに上昇しているよう。結構上がっていったと思うのに、まだ上を向いたままの体勢。映画の"アポロ13"の打ち上げシーンでは、この状態からバッコーンと前に上体が倒れ、そして今度はビシーッと後ろにつんのめる。結構緊張していたら・・・、さすがそこまではしなかった。シュミレーションの最後は、この部屋が無重力になったらもっとすごいのに、なんて贅沢なことを考える。
敷地内はバスツアーしてくれる。展望台で下車、ひろ~おい敷地を眺めているとそばに建設現場のような建物、実は巨大なキャタピラーなのだった。組み立てセンターから打ち上げ基地(というのかな?)まで、シャトルを乗せて一週間かけて運ぶらしい。よく見ると、その超巨大なキャタピラーがノソ~ノソ~ノソ~と動いているではないか。打ち上げ基地から組み立てセンターに戻っていくところか。
バスで施設間を移動中、運転手が下を見ろと言う。すると道路脇の湿地帯にワニさんが・・・。ここ一帯は猛禽類だのアリゲーターだのペリカンさんだのが、のんびーり生活している自然保護区でもあるのだ。
食事と別館も含めて全見学行程5時間程。いつかまたここに来て、今度は打ち上げをこの目で見てみたいと思った。施設内で見る短編映画のナショナリズムにはちょっとひいちゃったけどね・・・・。土井さん無事任務を遂行されて、本当にお疲れ様でした(これもナショナリズムね)。
買い物
休暇中で時間がたっぷりあるから、アウトレットモールに行く。到着約5分後、既に見つけた、フェラガモとコールハーンのパンプスとサンダル。全部で4足買って4万円以下(!)。向こうの人たちの標準サイズでいいのは残ってないから、小さい足はこういうときお得。これで少なくとも向こう3年は新しい靴を買わないだろうなぁ・・・。
次は郊外にドドーンと建っているSEARSというデパートに行く(買い物キライなんじゃなかったっけ?)。デパートと言っても、量販店に近いかな?あった、あった、Levi'sのジーンズが21ドル(日本で見たあの値段は何だったのだ)。安いけどこの前買っちゃったし、試着がメンドウなので自分のは買わない。そこでちょっと大きメのをワカに買い、そのお古をはこうと505を購入。何しろ伸び盛りだからワンシーズンで着れなくなる。来年の春私におりてくる頃には、クテンクテンになって味のあるはき古しが出来上がっているかな~。ホクホク。
とまあ、今回のショッピングは大満足であった。チャン、チャン。
2008年3月29日土曜日
EPCOT
まず1日目はEPCOT"Experimental Prototype Community of Tomorrow"(実験未来都市)に行く。
しかしなのだ、朝8時半から夜9時までいたのに、アトラクションの詳細が思い出せないぃ。目は開いていたけれど、脳みそは寝ていたらしい。日本とここはちょうど昼夜反対だから。
しょうがないから、思い浮かぶことを書こう。とにかく広かった、ビロロ~ンと。
フューチャー・ワールドでは、リビング・シー館。水族館とアトラクションが一緒になっている。確かニモに出てくる亀さんと一緒に乗り物が動いたようなおぼろげな記憶がある。これは気に入った。ユニバース・オブ・エナジー館。"ひぐらし亭"の客席がすっぽり入りそうな大きさの乗り物が三つあって、それが体育館みたいな部屋がいくつもつらなっている中を、一緒にガガガ~ッと移動していく。大切なエネルギーを考えようと言うテーマなのだけれど、相当エネルギーを浪費しているに違い無い。 全部アトラクションは制覇したはずなのに、思い出せない。この二つがかろうじて記憶の片隅に、何たること。
次はワールド・ショーケース。11カ国の建物やらアトラクションやらが集まっている。中国は力が入っていたなぁ。メキシコは空いていた。ドイツはビアホールが盛況。がんばったけど、ちょっとオシイ感の漂う日本の五重塔とお城。こんなのが人工湖(と思う)のまわりをドンドンドンと囲んでいる。気が付いたらフューチャー・ワールド側にあるアトラクションのファストパスの時間が迫っている。歩いていったら遅れそうなので、湖の連絡船に乗る。広いのがわかるでしょ? ファストパスのアトラクションが終わった時点で、9時からの湖上ショーを前に情けなくもわれわれ一同電池切れ・・・。ふらふらと帰路に着く。
それからもうひとつ、来場者の80%が老若男女問わずマイケル・ムーア監督もしくはコニタン体型なのには結構驚いたなァ。モーガン・スパーロク監督が体を張って撮った”スーパーサイズ・ミー”は現実なのだ。大きなお世話と思うけれど、この国の健康やら医療やらの行く末を憂いてしまうのだった。
2008年3月28日金曜日
オーランドまで
車を借りて、いざ出発!出庫ゲートで伝票チェックのため窓を開けようとしたら、ワイパーは踊り、ドアロックはバシバシ、ウインカーはピカピカの大騒ぎ。大丈夫か・・・。しかし、車道に出てしまえばアクセルとブレーキさえ踏めれば、誰でも運転できる高速道路のような道がずっと続く。標識も見やすいしね。途中、マイアミで親戚を迷いながらもピックアップし、1回休憩をはさみ約6時間で目的地に到着。ほっ。
さて日本からネットで予約したモーテルは思ったより広くて新しくて綺麗。バスルーム2つ、システムキッチン、洗濯機、乾燥機付きの120平米、うちより広い・・・。車から荷物をおろして、早速近くのスーパーでお買い物。オーガニック食品は高めだけど安心だし、何しろサイズが大きいのでお買い得感100%である。魚500グラム(たった600円!!)、ブロッコリー、にんじん、マッシュルームが今夜のメニューだ。
オーブンもなべも大きいから料理しやすい。明日からがこの旅の本番だから、しっかり食べて栄養つけておかなくちゃ。
2008年3月27日木曜日
マイアミまで
成田はガラガラ、チェックインもさっさと終る。機内食は好きくないので、搭乗前にお蕎麦屋さんで腹ごしらえをする。持ち込み手荷物の検査のところで、カップ酒を持ったおじさんが二人。液体が持ち込めないので、廃棄するか飲み干してくださいといわれ、「いや~、まいったな~」っと言いながらもうれしそうに飲んでいる。
飛行機は定刻どおり出発。飛行機に乗ったらまず酔い止めを飲む。乗り物酔い用というより睡眠薬代わり。そんでもってテトリスを2,3回もすると気を失ってしまう。映画もほとんど見ずに、とろとろと寝ていたらあっという間に到着。
11時間以上かかっても、シカゴ現地時間は出発した日の時間より前に時計が逆戻り。とっても得した気分。国際空港のターミナルは新しくて綺麗。まず入国審査に進む。パスポート見せたら、指紋検査。まず右手の人差し指を押し付けて、次に左手の人差し指、最後は両方の親指をギュギュッと。これで終わりかと思いきや、鬼太郎のお父さんみたいな丸いカメラで写真撮影もある。
入国審査を済ませて荷物を受け取り、国内便にチェックインするとすでに乗り継便の搭乗時間。到着が遅れていたら乗りそこなうのではないかと思うようなタイミングである。それにしても国内線のターミナルは古いなァ。シカゴ出発7時過ぎの便(B757)で3時間飛ぶと、目的地のマイアミ。
マイアミとシカゴでは時差が一時間あるので、飛行機の到着時刻は11時をまわっていた。チョびっと損した気分。空港の外では遅い時間なのに、いろいろなホテルのシャトル便を待っている外国人がウヨウヨ。普通だったら眠くてぼーっとしている時間なのだが、時差ぼけで目はパッチリ、頭も冴え渡り、元気いっぱい。
ホテルに着いたら12時をすっかりまわっていた。アメリカのホテルの部屋はほんとに広~い。ベットもデカイ。あんなに機内で寝たのにまたぐっすり寝てしまった。
2008年3月15日土曜日
HEROES 最終回
サイラー君はヒロ君の日本刀で串刺しにされ、不気味な気配を残しつつ消えた。ワカはサイラーくんがゴキブリに変身したと言っているが・・・。
サイラー君の悪の力まで吸い取っちゃった爆発寸前のピーター君、ネイサンのLOVEにつつまれ兄弟水入らずでビューンと飛んでってしまった。遠い空の彼方で爆発の光、クレアを連れて行ったほうが良かったんじゃないのかなぁ、戻ってくるか?
勇敢だけどサイラー君を甘く見たマット君、あっけなく返り討ちにあうも助かった模様。
家族のために壁抜けがんばったDL、早く病院に行ったほうがいいよ。ニキはジェシカがいなくても怪力を発揮、かっこよかった!モリーちゃんは、同年齢のマイカを見てうれしそうだった。
さて、サイラー君の最後の一振りでぶっとば飛ばされちゃったヒロ君。その猛威に時空間移動をコントロール出来ず、到着した先は「大草原の小さな家」の舞台みたいな所。しかーし、現れたのは、どことはいえないがビミョーな騎馬侍の一団。こっから先はシーズン2、アンドー君も連れて行ってやってね。
HPであなたのHEROES度検定をしてみた。以下結果報告。
【モヒンダーのレベル】です。高い水準にありますが、まだわかっていないことがたくさんあるようです。HEROESの力についてもっと学ぶべきことがたくさんあるという点で、父の遺志を継いで研究を続ける遺伝子工学の教授モヒンダーのレベルです。
2008年3月14日金曜日
は~るになれば、
どじょっこだの、ふなっこだの
よ~るが明けたと思うべなぁ~
ってな具合で近所の池に、冬眠から覚めたかえるがうじゃうじゃと大発生したそうだ。今年は、例年になくこの現象に興味を示すワカ、かえるの目の色から鳴声までこと細かく観察日記に記す。あわててあれやこれや思いつくことを書こうとするため、句読点がなく(川上未映子風?失礼・・)主語も述語もあったものではないが、「ああ、春が来たなぁ。」、というカエル的臨場感にあふれている。
ワカの観察日記:”かえるがかえるのせなかに乗ったまま水面にうかんでいっしょに息つぎをしてから、また沈んでいった。”
私:「へぇ~、おんぶがえる見たの?、かわいいねぇ。親子かな。」
ワカ:「これはコウビをしてるんだよ。」
・・・・・教えてくれてありがとうございました。順調な成長を見せるわが息子であった。
2008年3月13日木曜日
乳と卵
テレビでお話している川上さんがとてもチャーミングだったので、その日のうちに本屋で買ってきた。独特な文体については既にあちこちの書評に書かれている通り。その終わりそうで終わらないけどすとんと終わる長い一文は、たとえば映画でのワンシーン・ワンショットのよう。つらつらと句点を読みつないで行くと、頭の中で色やら匂いやら姿かたちが思い浮かび、そんな空想の中にフラッシュバックしてくる自分の記憶。どこにしまってあったのか、というような懐かしい断片がよみがえり、一語一句が我が事のように身に沁みる。
緑子と巻子の卵まみれのクライマックスには胸が締め付けられる。私の中の緑子はいつ巻子に変わって行っちゃったのだろうと(あ、豊胸はしたくないけどね)、なんだか涙が出そうになった。極めて個人的なことのようで、実は普遍的な世界が、淡々と誇張することなく、優しく、そこはかとないユーモアで綴られている。読み終わったあと、ありがとう、と言いたくなった。
2008年3月12日水曜日
Gパンを買う
そしてユニクロ。をををっ、3990円。気分が明るくなった私はBoyfriendのバギーを試着。これはいい、おしりが小さめにしっかり収まって、腿の付け根からひざまではすっきり見える。縫製も丁寧。で、ほとんど即決で買い。その後がまたまた良かった。すそ上げ終了までなんと待ち時間15分で無料。満足(満脚?)。
バギーにはパンプスサンダル系がいいのかもしれないけど、歩き回るには不便。どんな靴履こうかなぁ。そういえば、スニーカーも25万年くらい買ってない。
2008年3月11日火曜日
Heroes Season Final 前夜
さて前回のヒーローズ、いつのまにやら影の男からど真ん中に陣取るサイラー君。指先電ノコで不気味な音を”ツュ~ン・・・・”。せっかく改心しかけておうちに帰ったのに、頼みの母上がサイラー君にワをかけてヘンな人。ますますドツボにハマって、やけのやんぱち状態。
まだまだ活躍が期待できそうな皆さんが早々と消されてしまう展開、クライマックスに近づき拍車がかかる。まずあっけなく、リンダーマン(「時計じかけのオレンジ」アレックス)と、トンプソン(ジュリア・ロバーツのお兄さん)。アイザックは哀れな姿のまま20回から床の上にほったらかし、前回は爆発寸前だった放射能男テッド君もサイラーくんを前にしては放射能漏れも起きなかったようだ。
NY爆発が刻一刻と迫る中、木刀で精神世界を追求する日本人親子。ヒロ君とお父さん。あまり時間をかけてられないから修行は超スピード。お父さん、さすがに習得が早すぎると思ったのであろうか、「長い道のりを、短い時間で歩んだな。」って。ヒロ君のお父さん、指南はするけれど一緒に戦ってはくれなさそう。一番強そうなのに。
一方、ハンサムインド人のモヒンダー(個人的にはひげをそって欲しいが)とベネットお父さんとモリーは三人で”1½騎打ち”。その横でおまわりさんのマットは殴られて失神中。ネイサンは個人的野望で頭いっぱい、アンドー君は勝算も無いまま鬼退治に出かけるし、マイカのお父さんも重体。ハイチ人と透明人間もまだ無傷だけれど行方不明、クレアはたたかれ強いけれど攻撃能力ゼロ。戦力になりそうなジェシカはニキとナイスバディの取り合い。残りはヒロ君とピーター君くらい。ああ、どうやってあのコワイサイラー君に立ち向かうのか・・。
2008年3月10日月曜日
魔法にかけられて
王子様のジェームス・マースデンについて。彼を初めて認識したのは”X-メン”のサイクロプスなので、顔をというよりアゴだけしか見ていないのだが、かっこよかった(登場人物全員ステキだけどね)。その後”アリー”でナマ顔にご対面。アリーがよろめくほどツボにははまらずも、歌のうまさには目をみはる。その後”X-メン2、3”でアゴとドバーッ(放射能の飛び出る音)を2回見る。”スーパーマン”でナマ顔におめもじかなうも、ブランドン・ラウスの「これでもか!」のスキ無し顔面&肉体を前に、色男サイクロプス、すっかりかすむ。そして”ヘアースプレー"。濃厚なジョン・トラボルタとクリストファー・ウォーケンに対し、少ない出番ながらも さ わ や か な印象を残す。この映画で彼はTriple Threatと分かり、彼へのポイントうなぎ上り。今回の王子様役では、その顔立はまさしくディズニーアニメの世界そのもの、サイクロプスしかり、彼には人間くさくない個性があるのかな。そしてぜひミュージカルをしてもらいたいと思った次第。
2008年3月7日金曜日
中を外にあわせる
髪を切った直後は顔が髪型にシンクロしない。たとえば観光地なんかによくある顔だけ出す記念撮影用のパネルに収まっているような。それが1日、2日と少しづつ顔が髪の毛についていき、いよいよ1週間も経つ頃にはだいぶなじんでくる。洋服だって普段の傾向と違う色やらデザインのものを着る時は、こっちのほうから洋服に歩み寄っていかなくてはいけないことがある。
”ぼろ~はぁ着ぃてても~コーコロは錦ッ”とも言うが、外側は密接に内面とつながっているのだからして、中身がしぼみつつあるいま、もう少し気をつかったのが良いかなと思い始めている。
ちょっとレベルが違うが、解説、前置きなしに賞賛の”笑い”がもれてしまうのは森村泰昌さん。この方のは魂まで外側に完全にトランスフォーム、でもどこかに森村さんの御印が残っている、ここがすごい。
2008年3月6日木曜日
女の道は一本道
すっぱーんと一本!、いいキメ台詞だったなと妙に納得、拍手しながらも、なんとなく違和感、男の道も一本道だ、とか、お断りしてわき道行く選択肢ってあったのかなぁ、とか。
さて、自分の道を振り返る、一本道である。それは当然そう、身一つのわけだから歩ける道は一本だけ。しかしなのだ、暗い五叉路のど真ん中で、電柱に付いた裸電球の光を浴びながら立ち止まる姿は目に浮かぶ。未来に向かっての一本道など見えぬ。
2008年3月5日水曜日
2008年3月4日火曜日
潮田健次郎 -私の履歴書-
小学6年生に結核のためサナトリウムで療養、小学校を形だけしか卒業できなかったが、全て独学で進んでこられた方である。今日は彼の生涯の糧になった四つの教えについて。
第一: 「人と同じことをしていたら、人と同じ結果しか得られない」
第二: 「寝ていて人を起こすな」(率先垂範)
第三: 「破廉恥なことだけはするな」 (破廉恥=法に触れるようなこと、良心に反するようなこと)
第四: 「好漢、惜しむらくは兵法を知らず」(大きな器で謙虚に学ぶ)
ご本人は謙虚に「これらの教えに接したからといって、平凡な子供が急に優秀になったわけではない。」と書かれているが、家業を通じこのようなことを学ばれたということは、やはり統領たる器を持って生まれてきた方なのだろうと思う。そしてこの教え、実業家だけでなく普通の生活、育児にも大切なことばかり。
2008年3月3日月曜日
春琴
春琴の体は小さな子供の人形から少し背の高い少女の人形へ、そしてそれを生身の人間が人形振りをし-この女優さんの動きが素晴らしかったのだけれども-、ここまでを深津絵里さんが浄瑠璃のように春琴の人形と人間を操りながらセリフを言う。そして晩年の春琴の肉体は深津さん本人に移行していく。劇中、幾度となく語られるが、春琴は医学的にも盲目であるが、佐助もある種の盲目で、目は開いているが妄想を見ている。お互い闇の中に生きていたのである。しかし佐助はバシバシぶたれ、そのこの世の痛みもしくはカイカンを通して、観賞用の人形だった春琴が、生身の人間へと移行していったのであろう。打たれてしなる。佐助のその背中の美しさ。疑いも持たず、飽きることもなく、ひたすらあがめるその盲目的な姿。OBSESSION。そんな一生もきっとどこかにあるのだ。
深津さんは肩に力の入らない自然体の女優さんととして認識していたのであるが、ところがどっこい、やはり女優の強さはかくせない。腹のそこから出るあの春琴(特に幼少時代)の声にはゾクゾクするものがあった。淡々と読み進まれる谷崎の文体、役者たちの美しい計算された動き、最小限の小道具、三味線の音、そして春琴の盲目の世界を思わせる美しい照明、それらが渾然と絶え間なく舞台の空間を動かす。2時間弱の”極彩色の闇の中”はあっという間に幕を下ろした。
2008年3月2日日曜日
JUMPER -Dokodemo Door-
以上
2008年2月29日金曜日
夢の結婚式
それからXX年がすぎ、ゆうべオットはヘンな夢を見たという。
自分はなぜか楽屋にいて、舞台に出る準備をし、そろそろ出ようかなと思ったところで、何の舞台だか側にいる人に尋ねたそうだ。「結婚式ですよ、あなたの、はっはっはっ。」と言われ、仰天し、袖から舞台を覗くと、なんと私がひらひら衣装をまとって踊っているというのだ。極度の緊張と恥ずかしさの中で、意を決して舞台に出ようとしたら、待ったをかけられた。
「まだ、美智子妃殿下がご到着なさっていません。」 (・・・・すごい・・・・、主賓か?)
程なく、美智子妃殿下が到着、なぜかアラブ人と日本人で満員の会場で、にこやかに手を振っておられたそうだ。
ほんとは結婚式したかったんじゃないのか?と、かなり疑う。けど、今更白無垢なんて着れませんわ・・・。
2008年2月28日木曜日
燃料電池車
国内の燃料電池車の登録台数は約60台、数年前の予想普及台数をかな~り下回る。
触媒の白金が限られた資源でしかも高価であることなど、車の開発に課題があるし、燃料供給のインフラも同様。CO2排気量ゼロの夢の車だけれど、燃料の水素を生産するのに石化燃料を使い多量のCO2が発生するらしい。だったら今のまま石化燃料を直接車に使い、ハイブリッドやディーゼルのように車のCO2排気量を減らしたほうが早いんじゃないか、という話も出てくる。が、テクノロジーはその先を目指す。
水素生産でたとえば太陽光エネルギーを用いてみては如何か、という話になる。それには発電機器の小型化が必要になるし、雨だの曇りだのの日に「営業できません」では困るのでバッテリーが必要になる。あれこれやって、うまい具合に水素が出来た、すると、保存が問題になる。水素がそのままでは巨大タンクをバンバンバンと道路脇やら住宅地に建設することになる。そんなこと危ないし、土地もない。保存しやすいように液化するとか圧縮するとか、そんな技術も必要になってくる。こういうイノベーションがあちこちで同時進行的に動いている、今はまさに燃料電池車の黎明期なのだ。
山積みの課題を前に、燃料電池車の商品化は絵に描いたモチか、と思えたりしてくるが、ところがどっこい展示会の参加者、皆さん元気で希望いっぱいに見える。そして本気で地球環境のことを考えているようだ、それも何世代も先のことを。地球が46億年せっせとためてきた地下資源、このままでいくと、なんと20世紀を含めたったの500年間で全て使い尽くしてしまうという。子孫にうらまれるようなことにはしたくない。
都会に住んでいる限りはCO2を出し続けることになる。とにかくちょっとづつでも減らすこと、できることから。自家用車は持ってない(持てない)からこれは続ける。夜明けとともに起きて夜は早く寝る、冷暖房使わない。節約、倹約、要するにケチは美徳。友達失くしそうだけど・・・。 ちなみにこの燃料電池車、今のところお値段はたったの一億円。ケチじゃやっぱりだめか。
2008年2月27日水曜日
母、照れる
「今、駅に着きましたよ~。何かいるものある?」
「パパ~、何かいるものあるって聞いてるよ~。・・・・・・。無いって。」
「ワカは?」
「ママだけ。」
「あはははは・・・。」
照れた。
今思うとその後、にやけながら歩いていたと思う。それも恥ずかしい。
2008年2月26日火曜日
Across the Universe

2008年2月25日月曜日
The Golden Compass
原作は宗教を深く意識して書かれ、アメリカなどではカソリックから抗議を受けたりしているので、忠実な映画化は難しい、かな。 原作を読んで見るのもよし、まだの場合はそう思って見ると、ただの子供の冒険映画ではなくなる。
下世話な私が密かに喜んだのは、”007/カジノ・ロワイヤル”の二人、ダニエル・グレイグとエヴァ・グリーンが出演していたこと。グレイグ様は、子供に優しいインテリもOK。あごひげと青い瞳がとってもステキ。ニコール・キッドマンが「どうよっ」ってなカンジで、相変わらずスキのない美しさを見せ付ければ、ギリシャ風のお召し物にザンバラ髪のエヴァも「ワイルドな私もいけるのよっ」って空を飛んで行った。
ワカは大好きなカウント・デューク(ダースベーダーの次にお気に入り)にお目にかかれて、うれしかった模様。
2008年2月23日土曜日
MIKA
NHKで彼のロンドン・ライブを見てからますますフィーバーし、CDだけでは飽き足らずDVDを注文。今日待ちに待ったフランス・ライブを収録したDVDが届く。ワカ、オットはむろんのこと私までが、DVDを見ながら歌い、踊りの大騒ぎ。いいです、はまります。(そしてドラムの超カッコイイ、カノジョが気になる。)MIKA様、ウィキベディアを見るとなんと去年来日していて、しかも恵比寿でライブまでしていたとのこと。ああっ残念無念、・・・・このことはワカには黙っていよう。ワカがピアノを続けているのには、なんと憧れのMIKA様の影響があるんだって。がんばれワカ、そしていつか一緒にライブに行こうね!
2008年2月22日金曜日
単刀直入な日本語
2008年2月20日水曜日
風邪をひく
さて、もらったお薬、とにかく眠い。8時に就寝、翌朝9時起床、昼寝約3時間、8時半就寝、翌朝9時起床、昼寝3時間、8時就寝。よって週末の記憶が無い。2日間、なんだか人生損したような気がする。月曜日は風邪の症状治まるも、まだ眠い。重いからだを引きずって出社、機嫌が悪いのが自分でも分かるのだ。”誰も来るな”光線出しっぱなし。憧れの先生には会えないけれど、やっぱり元気が一番だ。
2008年2月18日月曜日
女性専用車両
その車両、女性専用と書かれたステッカーがあらゆる場所にペタペタ、始発駅なので車内アナウンスで念も押される、ホームの床の上にもピンク色のステッカーが貼ってある。車内はかすかに香水の匂い漂う女護が島状態。が、乗ってくる殿方は、やはり、いる。その人めがけてバシバシと鋭い視線が飛んでいるのがわかるし、咳払いされちゃったりしている。「あっ」と車両を移動する人もいるし、ぜ~んぜん気がつかない人もいる。そんな人は「こちらは女性車両ですよ」って声をかけられることになる。
そのときの殿方の反応が面白い。たいてい例外なく「ああっ!すみません。」とか、「いや~参った、参った」、と大変素直に、速やかに女性車両を後にするのだ。聞こえないフリをしたり、「だから、なんなの?」なんて開き直る人、ましてや確信犯らしき人には、まだお目にかかったことがない。(どこかにはいた、という話はちらほら聞くことはあるけど。)
女の味方らしき女性車両であるけど、「超ラッシュアワーには乗りたくない」と言っている女友達がいた。何でもぶつかったり押されたりした時に”ちょっとした”お返しがくるそうなのだ。コ、コワイ・・・。序列無き”大奥”といったところ?
2008年2月15日金曜日
バレンタイン・デー
オットは無類のチョコレート好き、自分用の高級チョコレートをストックしている。数を数えているらしく、減ってると「誰が食べたのだ」、と聞いてくる。そんな彼が数日前に「今年はチョコレートいらないから。」と。そしたら、14日の朝、テーブルに私宛のチョコレートがおいてある。うれしかったけど、何にも用意して無かった私はちょっとバツが悪かった。
やっぱり、会社の帰りにチョコレートを買いに。私のお目当ては”CAFFAREL”。最近、このメーカーのの種類も、置いているお店も増えてうれしい。このユーロ高じゃ仕方ないけど、もちっとお勉強してくれたらもっとうれしい。ワカにはてんとう虫とハートの、オットにはジャンドゥーヤをプレゼントした。二人ともやっぱりうれしそう。
バレンタインのドキドキはすっかり古の出来事になってしまったが、あちらこちらでいろんなドラマがあったんだろうな・・・。
2008年2月14日木曜日
鹿男あおによし・テーマ曲
「鬼警部アイアンサイド」とか「ミッションインポッシブル」はテーマ曲聞くだけでワクワクする。「男たちの旅路」(ゴダイゴ!)やら「太陽にほえろ」なんかもテレビドラマテーマ曲の古典。オリジナルでなくても、「君は海を見たか」(’82)などは忘れられない。ショパンのワルツがなんともいえぬ物悲しさでドラマを飾っていた。実は「踊る大捜査線」なんかも音楽の使い方が好きだった。最近の番組はご無沙汰なので、すご~く古い話ばっかだけどうなづいてくれる人がいたらいいなぁ。
2008年2月13日水曜日
全ての欲望を満たすことは出来ない
マハトマ・ガンジー曰く、「地球は全ての人々のニーズを満たすことは出来ても、全ての人々の欲望を満たすことは出来ない。」”地球”が"国家”や"政治”ではないところがいいなぁ。
いい年をして、未だに自分のなかでの”欲望”と”向上心”の区別がつかない。「前進、生活向上!」と思ったとたん「生きているだけで御の字」と、乱気流のなかをもっぱら低空飛行。上を見てもきりが無く、下を見てもきりが無い。かといって世捨て人になり、仏門に入るほどの思い入れも無く。幸福と後ろめたさのハザマで、のんきな生活を送る私はこの上ない幸せ者なのかも知れない。
2008年2月12日火曜日
占い
宋章さんは人前からいなくなってしまったのに、そのなんともこわいヒビキの”天中殺”(空亡とも言う)は、私の頭の片隅に張り付いてしまった。信じてはいないが、気になってしまうのだ。この天中殺、悪いことが起きるわけではなく、最中に新しく事を起こしたり流れに逆らったりすると、空回りしたりどんどん悪い方向へ進んでいってしまうそうだ。12年の2年が一般的に言われるその時期になるのだけれど、12ヶ月の2ヶ月、120年の20年というのもある。そして私、めでたく今年の節分に天中殺が明けた。だから、信じてはいないけれど、気分がいい。
信じてはいないけど、密かに占いが好きな私は易を勉強している友人に、自分のことを見てもらったことがある。そのとき友人は5年~10年周期の話しをめた。片思いの彼が振り向いてくれるのか、という目と鼻の先の事を知りたかった私は、なんでもっと近い将来の話をしないのかと聞いてみた。友人曰く、「運命って言うのは大局で捕らえたほうがいいのよね。あんまり目先のことで右往左往していたら、大きな運命の波に乗り損ねちゃうでしょう?」思わずひざを打ちましたわ。や~、合点がいきました。そして続けて一言「でもね、早い話、運命って生まれた時に決まってるのよね。」 そういわれちゃったら、身もふたもない。
2008年2月11日月曜日
American Idol 7
そして、日本ではやっと”アメリカンアイドル・シーズン7”が始まる。はじめのここ何回かは地方選、これを見るたびにすごい人(別の意味で)が沢山いるものだ、と口がアングリ。この人たちヤラセでなくて本物だったら、マイルドな怖さを感じる。そのツワモノが二度と舞い戻ってこないように、サイモンがビシ~っと冷たい一撃、しかし、至極全うなことを言って聞かせるのだが、本人とその応援団はたいてい逆ギレしてリベンジを誓いながら去っていく。この自信の塊、アメリカの根性”私”が違うのだ、私とは・・。
そして、アメリカンアイドルでは視聴者の投票が始まると、なんと大統領選挙より票が集まる。オバマ氏、クリントン氏、政策に違いはあまりないのなら、この際歌合戦はいかが?ん、なわけいかないよね。と、思っていたらなんとオバマ氏、グラミー賞受賞(朗読)だって。ん~、あっぱれ、ヌカリなし・・。
2008年2月9日土曜日
シマンテックのコールセンター
以前変なところをクリックして、インターネットにつながらなくなったことがあり、既に問い合わせをしたことがある。そのとき中国人オペレーターの、大変すばらしい対応に驚いた。で、ちょっと調べてみたら、コールセンターは中国にあるらしい。今回も、いつどこで勉強したのだろう、と思うほど上手な日本語を話す人が電話に出た。私のようなパソコン音痴のちんぷんかんぷんの質問にも、こちらの意を的確に汲んで即座に理解してくれる。
ネイティブではないので「ハイ」、「エエ」などの合いの手が入らない。だから、質問した後、言ったことちゃんと伝わったかしらと一瞬疑ってしまう。話はじめも「あの」、「それはですね」という前置きなしに突然用件に突入してくる。話の途中も「え~」、とか「あの~」とか無駄な言葉を発しない。考えるにこれがあいまいな印象を消し、会話をすっきりさせている要因かも知れない。
最近、日本同士で話しているのに、通じないことがあるのだ。それに「よろしかったでしょうか」っていわれたり、「満席を頂戴しております」なんていうのは、だめだ~、ぜんぜん免疫ができない。こうなると、なおさらシマンテックのオペレーターに感動してしまう。
ひとつとってもかわいかったこと。アドレスをスペルアウトしていた時のこと。
オペレーター「チェ~。」
私「Cですか?」
オペレーター「いえ、すみません、チャーパン(Japan)、チェー(J)です。」
中国語では日本語のじゃ、じぃ、じゅ、じぇ、じょという発音はないのだろう。私の英語におけるRとL、BとVはきっとこんな感じなんだろな・・・。
とっても後味のよいコールセンター、用もないのにまた電話してみたいのだ。
2008年2月7日木曜日
スマッシュブラザーズ あちこちで 大乱闘
その日の夕飯がのどを通らないほど楽しみにしているワカ。「なんだかどきどきして心臓が口から出そう。」かなり血圧が上昇しているようだ。ピンポーン、オットの帰宅、走り寄るワカ、・・・・が、なんとなく頭をよぎってはいたものの、やはり、売り切れだったのだ。
「こういうこともあると思って、期待しないように、って自分に言い聞かせていたんだよね。」となみだ目のワカ。「そんなモン無い物は無い、まんまと商売にのせられるのは愚か者だ!」と普段だったら言うところが、なぜかこの日は違った。「初日に商品がなくなるとは何たること!」「市場をコントロールしている!」と一方的な思い込みが妄想となって膨らみ、”出し惜しみ”ニンテンドーに対抗心がメラメラと。
あらゆるネット販売を探しまくり、もちろん全滅(アマゾンで中古?!9000円っていうのがあったけど)。イトーヨーカドーの「入荷したらお知らせします」(予約ではない)に一応登録。
そして量販店に電話をかける。「あのスマッシュ・・」「売り切れで~す。」まだ最後まで商品名言ってないでしょ!
町の片隅の小さな仲良しのおもちゃ屋さん。「ご予約!はいはい、なんでしょう。」(さすが、低姿勢)「あのWiiのソフトなんですけど。」「えっ。スマッシュブラザーズだったらないよ。(語調が下手から並列に変わる)悪いね~、予約が多すぎて断ってんだよね~。(完全に上からの語調)もう予約取らないから、いつ入荷するかもわかんないし、ごめんね~。」
あそこだったらと出かけたおもちゃ屋にもフラレ、帰宅するとなんとイトーヨーカドーから「入荷しました」のお知らせが!・・・・が、外出しているうちにもちろん売り切れ。連絡先携帯にしとけばよかった・・・。
そして昨日、2度目のイトーヨーカドーからのメール。このメールであっけなく1人大乱闘の幕は下りた。もうちょっと大騒ぎするつもりだっのに、終わってしまうとつまらないのだ。Wiiでゲームするよりずっとおもしろかったのになあ。
2008年2月6日水曜日
BIRTHDAY
上司「おめでと~!」(結構ハイな声)
私「・・・・??(チャイニーズニューイヤーのことか?)」
上司「た・ん・じょ・う・び、おめでとう。」
私「あ~、私の?ちょっと早いけど、わざわざありがとうございます。」
上司「早い?そんなことがあるわけがない、毎年今日だったでしょ?変わったの?」(強い語調)
私「い、いえ、生まれてから、ずっといっしょです・・・。」
上司「じゃ、今までなんで言ってくれなかったのだ!」
私「・・・(お祝いされてんだか、怒られてんだかよく分からない・・)。」
上司「ま、いいか。日本人はみんな正月に年をとるしね!」
私、そんな昔の人ではないのだ・・・。
ドイツでは誕生日前にお祝いをすると、縁起が良くないといわれているので、必死でリカバーしようとしたのだろう。あの国の人も結構迷信深いのだなぁ・・。
2008年2月5日火曜日
象なった少年
テレビでなんとなく見始めた「星になった少年」。動物モノにめっぽう弱い私、全編動物だらけに目元緩みっぱなし。
私の中でのみっけモンは、常盤貴子さん(主人公の母親役)。綺麗な人だなとは思っていたけれど、彼女の映画もテレビ番組もほとんど見たことがなかった。ラストシーンの息子を思って号泣する場面はまさしく”女優”。オセロにたとえると、この映画の凡庸な箇所をこのシーンでパタパタパタとひっくり返した、か。柳楽優弥くんは「誰も知らない」よりも多少骨太に成長、その実力は未だ培養中。
坂本教授の戦メリをかすかに思い起こさせる音楽が素晴らしい。
2008年2月3日日曜日
バットシェバ舞踊団
イスラエルのバットシェバ舞踊団『テロファーザ」を神奈川県民ホールで見た。2005年初演で総勢35人のダンサーが、4台のディスプレイの前で一時間半踊り続ける。ダンサーのレベルがまちまちなのがちょっと気になったが、少なくとも半分以上の踊り手はその訓練された肢体を十二分に使いこなし、クラシックバレエでは見られない舞踊空間を使い踊りきっていた。随所にクラシックバレエの技法をそれと気がつかない程度にうまくはめ込み、しまりのある振り付けになっていると思う。・・・・が、なぜか不完全燃焼なのだ。特に最初の3分の1ほどは、彼らのダンスに乗り切れない私。そし~て、素朴な疑問。なぜ、なぜ、衣装がアンナなの?私は極彩色(右上)のこれが見たかった!もしかしてワンセットしかなくて、洗ってる暇ないから翌日だけこの衣装着たって言うんだったら、とっても怒る。
バットシェバを見るのはこの公演が初めてで、残念ながらとても評判のよい「アナフェイズ」を見ていないので、舞踊団のことをあれこれ語るわけにはゆかないのだが、ひとつ思うこと。イスラエルといえばパレスチナと緊迫した物騒なイメージがあるものだが、それを考えるとこの振り付けはまったく対極のイメージになる。肉体開放、異文化の融和、他人との協調、個人尊重、癒し、というような単語が、私の頭の中に思い浮かぶような振り付けなのだ。だから~、しつこいが、あのコスチュームで見たかった~~~!!
2008年2月1日金曜日
半島を出よ
おそらくあれが映画だったら見ていられないと思う。例えば、
- レザボア・ドッグス×200人分;お耳のシーンはトラウマなのだ。
- サム・ペキンパー+メル・ギブソン;ペキンパーさんのスローモーションバイオレンス、メルさん最近の映画。
- グッド・フェローズ+ゴッドファーザー;今まで和やかだったのに、突然飛び散る血しぶき・・。
「あんたの意見なんていらないでしゅ~。」っていうイシハラさんの声が聞こえそうなので、とにかくすごいものを読み終わったことを記しておこう。
2008年1月31日木曜日
男子チューボーに入る
食料品だけでなく調理用具も凝る。あちこちインテリアショップを覗いては、置く場所も考えず、いろんな道具を買ってくる。
そしてオットは最近、食材・用具だけでなく、料理まで手を伸ばしてきた。これは実に、ありがたい・・・。カリスマ主婦のマーサ・スチュワートの”Everyday FOOD”をテキストに、マーサそのやデリアのお料理番組もチェック。彼女達の落ち着いた低音が優しく響くと、ガゼンやる気が出るようだ(おばさんが好き?)。レシピ通りに作れば同じ味になるわけじゃない、みんな何十年とダイドコに立ち、自分の味を作っていくのだ。いまのところ、大好きな食材と調理用具に囲まれて、料理を楽しんでいるようだし、何品かおいしいMY献立も出来つつある。がんばれ~!後片付けするからね~。
さて、ここのところ日本は、食の安全の話で持ちきり。
自然の中でゆったりと作物を育てることに敬意を払い、旬の素材を料理する、そして出来た食事を中心に家族で食卓を囲む。こんな普通の毎日を私たち消費者が一人一人続けていけば、いくつかの問題も解決するような気がするのは、楽観的過ぎるだろうか。需要があっての供給、消費者もまた、経済を構成しているのだと肝に銘じたい。
2008年1月30日水曜日
バーキン
彼女の受け答えが軽妙で面白い。アメリカではバーキン本人よりもバックのほうが有名。名前を聞かれ「バーキンよ。と答えたら、バックと一緒ね、と言われて。」みんなが笑うとぽろっと、「私は歌うカバンです。」そのバーキンのカバンはぼろぼろにして使うのが正しいらしい。「カバンは傷だらけで古いほうがいいのよ。」といってすかさず「私みたいに。」
全部フランス語だったので、本当はなんといったのかは定かではないが、かなり彼女のキップのよさが伝わってきた。
フランス、イギリスで活躍する女優さんはステキに年をとる。BB、ジャンヌ・モロー、ファニー・アルダン、ジャックリーン・ビセット、シャーロット・ランプリング、イザベルヘ・ユペール、へレン・ミレン、ジュディー・ディンチ、その他多数・・・。そういえばちょっと前、ロザンナ・アークェットが「デボラ・ウィンガーを探して」と言う映画を作ったけど、その中でもヨーロッパの女優をうらやむ声が沢山出ていた。”女優業の寿命”という断面を切り取ると、社会の成熟度が垣間見られるのかも・・。
2008年1月29日火曜日
若いということは残酷なことで・・・
実はこれはまさしく私のことで、歳を重ねるごとに自分の不義理を思い出し、情けない思いをすることが増えてくる。数え上げたらきりがない。
高校2年、17歳の私たちの中に1人、20歳の同級生がいた。病気がちでそれでも高校は卒業したいと、体調のよい時は登校していたのだか、留年を繰り返し私たちと同じクラスになった。その頃の3歳年上というのは、私にとってはかなり大人。彼女は色が白く、今思うと薬のせいで体が大きかった。彼女は何を思って私たちを見ていたのだろう。あの若かった私も何も考えていなかったわけではないようだ。彼女が私なんぞに何か求めていたか、否かは別として、それなりの経験の中でそれなりに彼女を気遣っていたのだろう。 それなのに一緒に卒業したかも覚えていないのだ。
「若いということは残酷なことで・・」そうひと括りにまとめてもらえると、情けないけど若いってそんなモンなのかな、とほんの少し気持ちが軽くなった。
2008年1月27日日曜日
サイラー君が行く
怖いサイラー君、モヒンダー君のリスト頼りに超能力者探しをはじめた。全員を探すのは大変だから、仕事の効率が上がろうというもの、交通費も助かるしね。いや、もしかすると交通費を頼りにしているのはモヒンダー君か?インド往復してるし、仕事も休んでるし。
今回は聴力が異常に発達したDale Smitherおばさんのところへ二人で訪ねていく。モヒンダー君は超能力者の脳みそを吸い取ってはパワーを増していくサイラー君にぜんぜん気づかず、そのうえ「一緒に来てくれてありがとう」などと、のん気にお礼まで言っている。でも訪ねていく人訪ねていく人みんなドザエモンになってしまったら、いくらなんでもモヒンダー君だってヘンだと思うだろう・・・。ああ、でもサイラー君は怖い。
さてあえなく怖いサイラー君に脳みそを採られてしまった地獄耳のDaleさん、どこかで見たことがあると思ったら、思い出した。10年ほど前、テレビ東京のシネマ通信という番組で、レポーターをしていたジェファソンのお友達、デ・ニーロのフランケンシュタインの顔まねをしていたラスティでは!?
シネ通は開始当時から楽しみに見ていたが、放送時間帯が遅くにシフトしてしまってからは、見るのをやめてしまった。そういえばファッション通信っていう番組もあったなあ。
2008年1月26日土曜日
回文はたのしい
2008年1月24日木曜日
ブログは恥ずかしい
「あ、多摩動物公園だって!行ったよね。」
(ドッキッ、”多摩”って漢字読めたっけ・・・?)
「何が書いてあるの?」
そして、なぜか無性に恥ずかしくなった私はページを閉じてしまった。
自分の書いたことを読まれるのは恥ずかしい。正確には”書いた人=私”と特定されるのが恥ずかしい。そして毎日頭に浮かぶ数々の出来事はそのまま陽の目を見ず、しかもしばらくすると考えた本人にさえ忘れ去られ埋もれていってしまう。
だからブログというものは考えてみるとすごい。本来表に出ることもなく、もしくは小さな世界のみで共有していた、とても沢山の人の気持ちやら思いやらが、一挙に表に出てきているわけだから。内容が事実であるか作り事であるかということは問題ではなく、この数多くの文章は間違いなく人間の頭の中に描かれたことであるということだ。すごい世界になったものだ・・・。
2008年1月21日月曜日
多摩動物公園
いました咲子ちゃん、トロピカルな壁紙の部屋の中に。ポチャッとしてほんとにかわいい。お母さんもの~んびり幸せそう。一方お外では外犬ならぬ外バク君2匹が考え深そうに散歩中。まったりと室内の親子の姿をみていたら、ドッボンという音とともに、突然ギャラリーが右から左へ移動。外バク君の一匹があの底冷えの中、水に飛び込んだのだ。(正しくはそろそろと足を突っ込んでいて、滑って水の中に落ちたという感じだった。)あわてて水から這い上がるかと思いきや、しばらく水浴び。思いのほか水が温かかったか、落ちてしまった照れ隠しか。ん~、ひきつけますね。
さて一方、しずかちゃん。これはうわさにたがわぬ美人!(去年生まれたって言うから荒川さんに因んでつけたのか?)猫族に目のない私はすっかりとりこ。ヘンなムシがつかないように、隣の狼山ご家来衆に頼んでおくからね。

疲れてか眠くてかへたり込む咲子ちゃん
@トロピカルルーム
実はこの初めての動物園でかなり感動したのは“ライオンバス”でした。夜行性だからしょうがないけど、動物園のライオンさんはたいてい寝ている。しかし、目の前をナマライオンが走っているのだ、しかも、ガオ~ッって雄叫びも上げている。日本生まれで日本育ちの大和ライオンさんたちは、アフリカの草原を懐かしむこともないのだろうけれど、でもわたしには目の前で走るその姿にチラッとアフリカの幻が見えたような気がした。
2008年1月19日土曜日
Heroes
さて、このドラマ日本語が結構使われる。#14ではヒロ君のお父さんとお姉さんが登場。お父さん役はジョージ・タケイさん。強面の手下引き連れ、厳しいお顔の表情、威厳のある立ち姿。しか~し、どことなく抑揚のポイントがずれた日本語で怖さもマイルド系。そういえばその前の回で、お父さんの手下がセリフを英語から日本語に変えたとき、今までの迫力はシュルシュルとしぼみ突然腰の低い手下に成り下がってしまった。一方がんばっている人もいる。ヒロ君のお友達のアンドウ君。韓国生まれのアメリカ育ちで、このドラマのために日本語は大特訓したそうだ。えらい。一生懸命日本語で演技しているので、こちらも一生懸命聞き取ろうとがんばる(が、わからないこともある)。ま、アメリカでは別に誰がどんな日本語で話そうが、たいした問題ではないと思うけれど。
さて、時空を曲げる超能力者ヒロ君を演ずるマシ・オカ君。このヒロ君の日本語セリフがなかなかよいのだ。「ヤッタ~!」というセリフの連発かと思いきや、なかなか。マシ・オカ君はおそらく誰も気にしていないであろう日本語を駆使して、ドラマを面白くしている。小道具も笑える。今彼が着ているジャケットには胸に”場違い”と日本語での縫い取り。おタクの役柄なのに、ヒロ君にはどことなくインテリジェンスが漂っている。エミー賞の授賞式のときのタキシード姿もサマになっていたし。これからも楽しみにしてますよ。マシ・オカ君。
2008年1月18日金曜日
ジュリ~~~
そして、本日の一曲。
”ソ~ラオトブゥ~、マ~チガトブゥ~、クモ~ヲツキヌケホシニナル~・・”
(止まらないので以下省略)
そう、ジュリーのTOKIO。当時は分からない歌だと思いながらも聞いていだが、今聞いてもやっぱりよく分からない。でも現在の東京にはないはじける素朴な東京の空をビシビシ感じる。(なんとこれは糸井さんの作詞だったんですね。)あのちょっと四分の一音くらい下がり気味(要するにちょっと外れているってこと?)で、鼻にかかったツヤのあるジュリーの声、素敵だったのだなあ。ヒット曲だったから覚えたけど、今みたいに彼の声が私の心にはとどいていなかった。当時はアル・パチーノしか目に入らなかったし。
”きききりん”がなぜ「ジュリ~」と悶絶していたのか、若かった私にはあまりぴんとこなかったものだが、彼はきっとおばさんのアイドルでもあったのだ。そんなことが分かるようになっちゃったのはちょっと悲しいけれど、今更ながら、ジュリーって、いい。
2008年1月15日火曜日
キル
そして、野田さん、がんばる。ずっこける場面ではこれでもか、これでもかとスプリットの連続技(拍手が欲しかったか?)。毎日努力しているんだろうな。彼の声も決して通る声ではないし小柄だし、舞台俳優としては恵まれているとはいえないのに、自分の役柄をぴったりと客観的におさえて、いつもよい立ち居地をキープし、程よいオーラを出している。とても残念だったのだが、昨年のThe Beeを見逃してしまったことだ。野田さん、いつまでも応援してます。
2008年1月10日木曜日
ドイツから来たクヌート
2008年1月9日水曜日
ワカのピアノの先生
心身ともに健康だと、たいていのことはできる。だからどんな子供でも指導可能と思うのか、ワカのキャパシティーを数段超えていると思われるような曲を平然と渡す。ことの重大さをこれっぽっちも把握していないワカに、「あのね、発表会は暗譜だし、(アンプの意味がわかっていない様子)、しかもたった一人でみんなの前で弾くのよ。みんな一生懸命練習してくるから、たぶん間違える人もいないと思うしね。」云々。と説明してもマイペースのワカ。ピアノの前に座っているだけでは、ピアノの神は降りてきませんよ~。弾かないとね~。
いよいよ発表会もあと二週間、というところでもうだめだと思った私は先生に直談判。「曲を短くできませんか、2ページ目までなら何とかしのげますから、その後の転調もなしにすれば4ページ目までも大丈夫かも知れません。」とほとんどモンスターペアレンツ状態。が、当然のごとく「電子オルガンなら編曲してもいいですけどね、ピアノはできませんね。」と私の苦肉の策もあえ無く一蹴されてしまう。
そこからがこの先生のすごいところ。びっしり詰まったスケジュールに、ワカのレッスンを滑り込ませ、特訓開始(もちっと早く始めてくれてもよかったのに~)。しかし、これがボランティアなのだ。ひたすら頭が下がる。やっとおしりに日のついたワカは、後2日というところで暗譜までたどり着き、しかも本番はノーミスで弾き終えた。先生の熱いレッスンとワカの舞台度胸で泥縄発表会を乗り越えた。私はというと本番中はほとんど呼吸ができず、曲が終わったときはほとんど酸欠であった。
そうして見た「のだめスペシャル」。のだめが練習でぼろくそに言われている姿をみて、ワカはばつの悪そうな複雑な顔をしている。そして「すごいことになってるよね。僕のほうがちょっとマシだよね。」とかなり同情、シンパシーをびしびし感じたようである。楽器の経験がほとんどない私はここぞとばかりに、「みんなつらい思いしてるのよ、ワカだけじゃないから、大人でも大変なんだから。」 気分はピアニストになる息子への助言って感じ。ワカも自分がのだめになったような気分。二人でのだめにのめりこんだお正月でした。
2008年1月8日火曜日
子供の時間
・・・私が自分の小学校時代の先生に書くならともかく、10ヶ月くらい前までは担任だったんだし、運動会の時も会ったし。ワカいわく、先生は何十人も子供の名前を覚えなくちゃいけないから大変で、去年のことなんて忘れているかも知れない。・・・それは、ワカ、君のことだよ。20人しかいないクラスメートをフルネームで覚えていない、君。
でも、そこで思った。子供の1年って大人の5年くらい、いや10年くらいに匹敵するのかも知れないな、と(だからすぐ何でも忘れちゃうのか?)。思い起こせば、青い空白い雲の夏休みは果てしなく長く続いていたし、小学校も6年生くらいになると、6,7年前の幼稚園時代がはるか彼方の出来事だった。そして、昨日は、とか去年は、などと考えることもなく、ひたすら未来に目を向けていたなぁ。
そして、浮かんだ言葉「少年易老学難成」。そこまでトシはとっていないと思うけど・・・、でもなんだか身に沁みる。いやいや、ここでしぼんでいてはいけない、7日日経の夕刊”明日への話題”で伊藤忠の会長丹羽さんのコラムの中に、2050年には150歳まで寿命が延びているらしいとの話が出ていた。それも元気で。ん~、後ずいぶんあるなぁ。だから、これからが勉強なのだ。
2008年1月7日月曜日
女王様がWii
今年はサンタさんがWiiを持ってきてしまった。うちのワカは中に入っていたビックカメラの保証書に疑いの目を向けながらも、「やっぱりサンタクロースはすごいよね。クリスマスはほんとに楽しいね。」と満面の笑顔。「よかったね~」といいながらなんとなく気の重い私。休みの日に1回30分をMAX2回、それ以上したら脳みそが腐る、とアナログの母は息子と約束。
さて、約束の時間を消化すると、やたら私たちにWiiをやれやれと勧める。親にやらせてその横で疑似体験をし、あわよくば難しいところで替わりにやらしてもらえるかも、という魂胆がみえみえ。子供は説明書も何も読まずにボタン操作や技を次から次へ習得したのに、こちらは少なくとも2,3回練習しなくちゃタイミングがつかめない。若かりし頃喫茶店で遊んだインベーダーゲームもそんな感じだったから、年齢は関係ないのかも知れないけど。だから女王陛下がWiiで楽しく遊ばれたというのが驚きなのでございます。
さてこの記事を読んだ私、Wiiの概念が、厄介者->超セレブご用達、と見事変換されてしまう。・・・ああ、新年早々自分のミーハーを思い知らされるハメに。ニンテンドーの策略にすっぽりとはまる消費者である。ますます売上伸びただろうなぁ。
2008年1月4日金曜日
珍しいかわいい動物
まず、ワカと一緒にモルモットを抱っこ。つかまれると”キ~「いや、やめて~」”とはかない泣き声をあげるのに、ひざの上に置いたとたん逃げの態度が豹変。「おっ?なんだ、なんだ、この暖かさは」と、どんどんどんどん洋服の中に入り込んでくる。とはいえ、モルモット君よ、お勤めご苦労さん。隣のケースの中にはまだ生まれて2,3日しかたっていない毛玉のような赤ちゃんや、出産待機中のお母さんもいた。
さて、お目当てのツシマヤマネコ君は後ろのほうでうろうろうろうろx100と歩き回って、見るからにご機嫌斜め。やっと前面に出てきたと思ったら、なんと、う○こをしはじめる。すっきりすると、2回ほど前足で砂をかけるフリ(私がこのツシマヤマネコ君のお母さんだったら、「ちゃんとお砂かけなさい!」と思わずしかってしまうくらいいい加減なかけ方。)をして、また後ろのほうに引っ込む。
一方隣のアムール猫さんたちは、ちょうどいい陽だまりを見つけて、大仏のようなお顔でリラーックスしてお昼ね中。「私たち動物園暦が長いのよ~、少々のことではもう、いらいらしませんわ~。」と女言葉で行ったかどうかはさだかではないものの、この日は貫禄勝ち。
さて、お次はコギャルグループの雄叫び「カワイイ~、マジ~、ヤバイヨ、ヤバイ、~」(以下同じフレーズの繰り返し)をバックコーラスに猿山の赤ちゃんを楽しく観賞。そろそろ閉演時間が迫ってきたので、門のほうに引き返しはじめたら、変な物体発見。
まずサクの向こうから出た顔は耳の短いウサギさん、でもよく見るとそのお顔、もちっと野性味を帯びていて、ワラビーのようにも見える・・・。ご本人と目が合ったまま2,3分(にらめっこじゃないんだから、でも絶対笑わないだろうな、この人・・・)。やっとおもむろに動き出し、2,3歩柵から離れた後姿は、なんというか、さしずめ栄養失調気味のバンビ。説明を読むとなんと、”テンジクネズミ科”と描いてある。そういえばあの無表情の カピバラ君に似ているな。原産地”アルゼンチン”。カピバラ君もブラジル出身だから、きっと遠い親戚なんだろうな。この方”マーラ”という動物だそうだ。
2007年12月31日月曜日
大晦日のおかいもの
と、ところが、フードショーについたとたん、な、な、なんだ、この人ごみは!(自分のことは棚にあげ)おばさんの天国。自分の周りはすべて山道に生い茂る木々か雑草。かごが引っかかれば、グイと引っ張り、道がふさがっていたら押しのける。大声出したが勝ち、「えび一山!ぶり10切れ!早くしてっ!」。
私の後ろで若い女の子の声、「この際おばさんになるしかないわね~。」
戦いを終え、エネルギーを吸い取られ、へとへとになりながらも、とってもいいハマグリと海老と鱈をゲットして、家路に着きました。私も勝ち抜いたところをみると立派なおばさんなのでした。
言いたいことは、わかる
2007年12月29日土曜日
ちりとてちん
心を込めて継ぎはいだあの座布団、何をしても悪いほうに進む人生に慣れっこの女の子が、恋愛禁止のお達しの中、できうる精一杯の恋心の表現。わかる、わかる、この程度だったら”兄思いの妹”で済まされる範囲。しかも結果、いらないって言ったこのおザブ、大切な高座で使ってくれたし。ああ、それなのに、咲さんの含蓄ある言葉にうっかり乗せられて、師匠裏切って間で出た大勝負、冷た~い返事。慣れてます、私の人生こんなもの、でも、捨てるか?座布団!。そりゃ、怒るし、泣けてくる。
ま、人生オセロのようなもので、いい手を打つとパタパタパタとこまがひっくり返るもの。とは言え、照れる、今日の展開は。
寝床での二人の言い合い。
鐘が鳴って最後まで言いたいこと言えない、という展開だったのであろうが。・・・よう聞えました。みんなの前でやらないでほしいのだ。
壁壊し、一回目のダンベル攻撃
おおっ、壁壊してる、照れる。誰もいないけど、師匠には聞えますよ、そんな大きな音上げたら。
2回目
まだ壊れないわけ?早くして!引っ張らないで、間が持たないじゃないの。師匠も起きてきちゃうから、ああ、照れる。
ほとんど壊れた
ああ!これでおわりか。次は壁に向かっておもむろに近寄る若狭か・・・、おっと、草々、助走の体制。体当たりか?いや、蹴った。
壁またぎ
ちょ、ちょっと、恥ずかしいってば、照れるって!!それじゃ、トム・クルーズよ。壁の向こうから告白してよ、ほら、カメラそんなにしっかり前から草々のこと写さないでって。
「お前が俺のふるさとだ!」
ああ、もうみてられませ~ん!いくら好きでもそれはないでしょう、そのセリフ、「お前が俺の座布団だ」よりはマシとは思うけど。
・・・で、その後この二人はどうなったんでしょう。いくらなんでも掃除しなくちゃね。いつもは2回見てるけど、冬休み中のワカの目が気になり一回しか見られなかった。(お昼の再放送でもう一回見ちゃったけど。)
ああ、赤面の展開でした。
2007年10月30日火曜日
バイリンガル 2 小学生低学年
何か腑に落ちない。
男の子を4人育てた友人に聞いた。友人曰く「読むのは何語でもいいのよ。要するに読んでもらうことによって、子供の頭の中で言葉のイメージが膨らみ、想像力が発達するわけ。それが大事なのよ。」
いや、溜飲が下がった。読み聞かせは言葉を教えるというよりも、子供の想像力を高めるのにいいというわけだ。それから毎晩のように父親は喜々として読み聞かせを続けた。毎晩30分から長いときは1時間、ほんとに根気があるなと感心しきり。
オリジナルが大事
ワカは起用に日・英を使い分け始めた。映画やTVなどは必ずオリジナルの言葉を選んで見る。たとえばドラえもんが英語で、シンプソンズが日本語で話しているとだめだそうである。こうしてかなりゆっくりした速度で日本語も英語も習得を始めた。
言葉使い
英語は同年齢の友達がいないので、父親曰く、純粋培養でしかもかなり大人びた口調らしい。
とはいえ、ケーブルテレビで若者言葉を真似してみたり、TVの禁止用語も映画から習得してきたり、それなりにスラングも理解している。彼の真面目な性格によるところもあるとは思うが、彼は日本語でも英語でも汚い言葉を口にしない所はえらい。
読み書き
週2回父親と音読している。父親が選んだペーパーバックを一冊@一月のペースで読んでいる。3年生からはディクテーションも始めた。これには難儀しているようである。ラテンやゲルマン系の言語は発音通りにスペルを綴ればいいのだが、英語はそうは行かないので時間がかかる。
日本語はというと、やはり彼にとっては”書き”が難しい。ありがたいことに、学校の宿題で毎日日記を書く。3年生くらいまでは毎回「書けない~。何を書いていいのかわからない~。」の苦やし涙。先生が毎日コメントを書いて戻してくれる。これはありがたい。
亀の歩ではあるが、毎日少しではあるけれど継続した努力がすこしづつ実を結び始めている、と感じる今日この頃。
2007年10月4日木曜日
ミーナの行進

読み終えたあとで、泣きそうになってしまった。
私がこの少女達と同世代であったことや、その時代に父の仕事で芦屋の隣に住んでいたことだけが理由ではない。
もっと小さい頃の記憶は白黒ビデオのよう、でも子供から少女に代わる頃からの記憶は、だんだん天然色に変わっていく。自分というフィルターを通して世の中が見えてくるのだろう。そんな風にこの本を読んでいる間中頭の中で記憶に色を付けながら、私の72年がゆっくりと思い出されていた。
その時代は自分がそこに居たというのに、本当に遠い世界に行ってしまったこと。そういう意味では、過去の現実は物語となんら変わらないのかもしれない。そして今までそんな大切な思い出を、無造作にほっぽらかしてしまっていたこと。いろいろな記憶を拾って、つなぎ合わせて、自分のことを思い返すと、72年が私の最後の”子供”の時代だったのかな、という気がしてきた。そう思うと胸が締め付けられるようだ。そして私は自分の羽をどこで折ってしまったのだろう、とふと考えた。そんなことを思っていたら、なんだか泣きたくなってきた。挿絵(寺田順三)を見てもっと泣きたくなってきた。
ワカに幸せになってもらいたいばかりに、安全な線路を敷きかけていた私は、ふと気が付いた。大人になってから振り返って、”記憶が天然色になる時”に彼が豊かな人間関係を送ることが出来れば、きっと幸せな少年時代を迎えることができるのではないのかって。
2007年9月28日金曜日
どんど晴れも終わり
今日の買収取りやめの条件などはまるで、江戸時代の大岡裁きじゃないんだから、って内容だったけど、完全に否定しきれない流れを含んでいるんです、これが。
以前仕事で、M&Aの場に何度か遭遇したことがあった。シビアな取引であるにもかかわらず、数字以外の感情的なところで、物事が動いたりはたまたこじれたりするものなのだなあ、と思ったことがある。ほら、あの”プリティーウーマン”みたいな場面がドラマティックではないんだけど、あるのだ。
外交だって商売だって、結局のところ人間の単純な感情の上で動いているのではないか。そう思うとこのストーリーの流れも決してバカには出来ないものがある。上に立つものの難しさだ、”信じる”ってことは。
2007年9月14日金曜日
バイリンガル その1
外国語の早期教育に関しては、母国語の発達が遅くなるとか、どちらも中途半端になるとか、早いうちに始めたほうが絶対よい云々。いろんなことを言う人がいる。はたして正解があるとも思えない。
ワカを何語で育てようと夫婦で話したことはない。生まれた瞬間から、自分達の母国語で勝手にワカに話しかけ始めた。加えて我が家は夫婦の共通語がどちらかの母国語ではない。要するに、三人の共通語はない。
ワカは10ヶ月から保育園に通い始めた。1歳半くらいから英語日本語ちゃんぽんで単語を話すようになってきた。日本語:デンシャ、ゴミシューシューシャ、ホイクエンなど、英語:Moon, Air plain, balloonなど。いずれにせよこの時期はまだ単語の羅列、何語で話しかけようが幼児らしく理解。テレタビーズ、トーマス、メイシー、セサミストリートなどを好んでよく見ていた。2歳過ぎからは保育園でいろいろ仕入れてきて、一気に日本語優勢。
英語が話せなくなるとあせりを感じた父親が、巻き返しを図るべく絵本の読み聞かせ攻撃。それにしてもがんばりましたオット。 自然に言葉を覚えるなんて大違い。常に間違いを訂正し、いつも言葉の意味を教え、努力を惜しまなかった。子供が言葉話を話すのは、家庭で親が話しかけてくれたから。特に一対一で対話をすることによって、言葉を覚える量が格段に違ってくる。話す言語が一つの場合はこともは勝手に言葉を覚えるのだと思ってしまうが、実は違うのだと気が付いた。
保育園のお友達には・・・
- お父さんがアメリカ人でお母さんが日本人の女の子。お父さんが日本語を勉強していたので、家庭での共通語は日本語。この子は日本語のみ。
- お父さん日本人、お母さん中国人の女の子。お母さんが日本語が達者だったので、この子も日本語のみ。
- 両親がインド人の男の子。家族とは英語で話していたが、その後めきめき日本語が上達。
- お父さんドイツ人、お母さん日本人の男の子。お母さんは日本語話せずお父さんと英語で会話、お父さん日本語話せるけどちょっとブロークン。うちの環境と似ている。お母さんといる時間が長いので日本語の方がしっくりくるらしいが、お父さんのドイツ語も理解している。
- お父さん日本人、お母さんドイツ人、二人の共通語はフランス語。子供は日本語とドイツ語。
このようにどこの家庭もそれぞれ。子供は”思ったようには育たないが、育てたようにしか育たない”・・・。
2007年9月10日月曜日
自分で考えよう
それについてのワカの一言、 「コレ、頭使うんだよ。」
(・・・・・ん~、勉強って普通頭使うもんなんだけど・・・)
それにしても横で見てると、なんだか要領を得ない、じ、じれったい!お、教えたい!ついでに内角の和がどうとか、後で参考書買ってきてもっと沢山問題させるか、と考えが暴走する。そう、ここががまんのしどころ。教えられてもわかったような気がするだけで、じぶんで理解しなくちゃすぐ忘れる。わからないならわかるまで考えればいい。その意味ではワカの言ったことは正しいのだ。そうだ、自分で正解を見つけることが大切。わかるまで、あきらめずに頭を使えばよろしい。
池田晶子様

2007年6月29日金曜日
千鳥が淵のおじさん
おじさんは猫を飼っている、というか猫とおじさんは生活をともにしている。残り物ではなく、猫用缶詰やドライフードをちゃんともらっている。そのえさが目当てでよってくる野良ちゃんがいる。おじさんの猫と通いの猫の線引きは出来ている。
私はおじさんと目があうと会釈している。迷惑になるだろうから、声はかけないようにしている。おじさんは完全には世の中とのコミットメントを放棄しているわけではない。
まず、子供にやさしい。先日ワカ(王子改め)と一緒に散歩に行きおじさんの猫を見ていたら、迷惑そうな猫を羽交い絞めにして「ほら、なぜてごらん、噛まないよ」って触らせてくれました。 そしてまともに返事もしてくれる(ようだ)。私の同僚が酔っぱらった勢いで、おじさんのベンチに座り「どうして、ここにいるの?」と直球を投げたら、「それだけはカンベンして。」と言われたそうだ。
こんな台風の夜はどうして過ごすのだろう。
2007年6月13日水曜日
教育改革
この先、確実に少なくなっていく子供の争奪戦は、おそらく塾に限ったことではなく、私立学校、おもちゃ業界・・・等等。
受験勉強は昔からあったし、まったくもってここの家庭の判断によるものであるから、云々言うつもりはなし。ただし、昔の中学受験と今のはその目的だの、意識だのが変わってしまっていることは確か。だからこそ、国は義務教育に、もっと一貫性を持つべき、ということを言いたい。「ゆとり教育」なんていうへんてこなネーミングをして、その結果も出ないうちに方針を変える。フラフラと方針を変更してもらいたくないのだ。考える力を育てたいのであればそうすればいいし、でもそんなものは基礎学力があってこそ、なんていうのも当たり前のこと。
先日カナダ、ブラジル、ドイツ、フランスとそれぞれ教育についてヒアリングする機会があった。日本の教育水準は、決して悲観するような状況にはない。しかし、大学に進む頃から日本以外の国の人たちが、どんどん自立し、判断力に磨きがかかってくる。
与えられることに慣れてしまった日本の子供達の自立は遠い。
2007年6月8日金曜日
たるの中から生まれた話

2007年5月21日月曜日
今日の世界規模のかわいい
みんな見たでしょ?手つなぎラッコ。
おばさんたちのコメントやら笑い声、時折入るこどもの「写真撮った?」っていう声にまた癒される。
おじさんの「キュート」なんて声も聞えるし。
この子達、親子なのかな?と思ったら、メス(17歳)のニアクとオス(7歳)のミロのカップル。ニアクはアラスカでタンカー原油流出事故から救出されたと過去をもつ。どっちがどっちかよく分からないけど、勝手にクロっぽいほうをニアクと決めた。(ご存知だったら教えてください。)
2007年5月17日木曜日
集中
どうして?と聞くと、
「歩いているときに、いろいろと集中しているんだよね~。」
「(いろいろ・・・?集中ってのは一点にするものだし)そう、何に集中してるの?」
「ポケモンのこととか、スターウォーズのこととか、いろいろとね。だから電話がかかってきてもすぐに気がつかないんだよね。」
・・・それって気が散ってるってことなんでは?車に轢かれないように気をつけてね。
2007年5月15日火曜日
ベルリン
1987年10月末、私はフランクフルトまでの片道航空券を片手に日本を発った。そしてシュトットガルト、マンハイムを経てベルリンに住み始めたのは1989年1月。まだもちろん誰もが10ヶ月後を予測だにせず、今世紀には壁はなくならないだろうと思っていた。
故意にほったらかしにされたようなポツダマープラッツ、壊れたままのゲデヒネス教会の横になんとなく時代遅れなオイロッパセンター、世界中の食材や消費財であふれかえったKDW、チェックポイント・チャーリー、そして壁、壁、壁。ベルリンではまだかの戦争は目の前で続いていた。そして国境を渡って訪れた東ドイツはもっと戦争の時代に近かったように思われた。ドレスデンはあちらこちら壊れたままだった。
閉鎖された空間で息苦しさを味わっていたベルリン市民。東と西の中間でゆっくりと進化した街のゆえに、ある種の居心地の良さを感じたのは、私が異邦人だったからだろう。今はポツダマープラッツや、冷え切っていた旧東ベルリン地区が街の中心として復活し、あの時のベルリンはもう、ない。そして今はその進化を加速させながら、また私達に新しい姿を見せてくれている。
しかし、あの60年にわたる人々の思いは今もそこかしこに漂っている。そしてベルリンは、この映画のようにそんな思いを静かに聴いてくれる”何か”が彷徨っている、そんな気持ちを持たせてくれる街なのだ。
2007年5月9日水曜日
サラリーマンNEO
先週は睡魔に襲われ、いまひとつツボにはまらなかったが、今週は起きててよかった。
一番は”セクスィー部長 色香 恋次郎”、沢村 一樹さま~かな(ピンクの敬称付)、私テキには。
”サラリーマン体操”がその次。(ピアノ /石渕 聡さんいけてたです。)
しかし、カウンセラー /スピリチュアル・生瀬 勝久さんも、大河内透/ベタベタ・田口 浩正さんも捨てがたい。
それにしてもカルロス・ゴーン社長は、とても楽しそうにお話なさっているが、この世界が果たしてお分かりなのだろうか。いや~、よくこの方をつれてきたものだ。知名度と真面目度とあのセサミのオスカーのような親しみのあるお顔(失礼!)が、すっぽりとあの得体の知れない出し物の間に納まっているから面白い。(突然ですが、ゴーン夫人のレバノンレストランはよいです。)
2007年5月7日月曜日
どんど晴れ
夏美ちゃんがんばってますね。飲み込みが早いです。
女将が身を呈してお客様をかばった姿に感激、その次の日くらいにみんなが見ている前で同じことしちゃうもんだから・・・。(宮本さんにはまけないわよ~!!)もうちょっと修行してから、出してもいい技と思ったんだけどね。その姿に笑いをこらえ、いや、感心しながら恋人のところに走り去る、という難しい演技を要求されたシウォン君。とももすれば、うら若き乙女に火事場をまかせ走り去る情けない姿になるところを、さすが、宰相・柳成龍を先祖に持つ名家の生まれ、そつなくこなされた。・・ま、あそこでジュンソ君が夏美ちゃんをかばったら、話が別の方向に走っちゃうけどね。 実際のところ、なんども「ジュンソ様」って夏美ちゃんはお部屋に入っていくし、ジュンソ様は嫌がるわけでもなく、夏美ちゃんを前髪の後ろから流し目で見てるような気がしたし。
さて、場面は横浜、お母さん、せっかく酔っ払ったんだから一曲歌ってほしかった、「ひゅるる~、ひゅるりらら~~」。それにしても異様に腰の据わった演技の夏美の弟(神木隆之介君)、なんとなく浮いているような気がするのは私だけか?そしていまだにお父さん見てるとNHKであのセット、もしかしたら扉の向こうにディロンが座っているのではないかと・・。
今週はお父さんとお母さんが横浜の生活に疲れて老舗旅館にご招待フルムーン旅行、もとい、盛岡に挨拶に行くみたいだから、夏美ちゃんもっと張り切っちゃうかも。二人の部屋から何気に見えるところで、数ある植木の世話をやってたみたいだし。
楽しみなのだ。
2007年5月6日日曜日
Nora, the piano playing cat
ノラちゃん、ピアノ弾いてる。あの”スリコギ”お手手で!真剣です・・・。
即興曲はさながらサティの一本刀土俵入り、なんせ指が2本ですから・・(後ろ足入れて4本だけど)
ピアノを弾きながらたまに見せる、この弾き方で言いのかしらン?というあの表情が猫を超越してる。
ピアノが2台並んでいるところを見ると、このノラ嬢、ピアノの先生のお家のお嬢様と思われる。
いつも、尊敬する我がご主人様の後姿をずーっと見ていたに違いない。
これは、超かわいい。
2007年5月2日水曜日
SUNSHINE2057
全編を流れる、グワ~ン、グワ~ン、キ~ン、キ~ンという宇宙船の機械音やら、サブリミナル効果がとてつもなく広い宇宙の孤独を感じさせる。宇宙船キャプテンの真田さんはすっきりとして落ち着きがあり、かっこよい。ミッシェル・ヨーさんもノーメイク(っぽいメイク?)で存在感ばっちり。主役のキリアン・マーフィーは、本来はマッチョであるはずの役を、植物的に透明な青い目で淡々と演じている。ハリウッドっだったら昔のハリソン・フォードとかブルース・ウイルスがやりそうな役なんだけどね。
究極の選択を迫られたとき人はどうするか、ってところを無理なく繋げている。そんな場面の繰り返しと言ってもいいかもしれない。すべての計画がずれ始めるはじめの選択を、民主主義(多数決)ではなく科学的根拠と可能性に基づいて物事を決めるわけだが、その後は個々でその時々に自分の倫理に従って決断を下していく。自分、集団、そして人類のどれを優先させるかという、いわば理性と感情のぶつかりあい。つらいのだ、実に。ストーリーも息詰まる展開だが、登場人物のス~、ハ~、ス~、ハ~というこれまた苦しそうな呼吸を聞いていると、こちらまでまで息苦しくなる。(”アビス”を見たときと同じくらい。)しかも有楽町スバル座は天井が低くいし。
それにしても。宇宙飛行士は偉い。知性と体力と精神力はもちろん夢とロマンと勇気が人並みではないのだろう。(・・あ、でもNASAですごい女性宇宙飛行士もいたけどね。)4月24日には20光年彼方に地球に似た惑星が発見されたとニュースにあった。私たちは孤独ではないのかもしれない。
2007年4月28日土曜日
ユーロ・・・
いつもは税関でいちいち現物を見せるのがメンドウで、メインの物しか免税手続きをしなかったけど、今回はしたのだ、しっかりと。なんたって消費税、日本の比ではな~い、フランス19.6%、ドイツ19%、デンマーク25%。プラ~スこのユーロ高!
ん~、・・・それにしてもユーロよ、君はこの先どこまで伸びるのか。こうなったら我等も統一通貨で対抗するしかない。アジア諸国経済圏で”アジー”とか、環太平洋経済圏で”パシフィー”とかいかが?しか~し、その前にこの巨額債務どうにかしないと、どこの共同体にも入れてもらえないのだ。
2007年4月24日火曜日
親心
ところがそのわんちゃん、私の前で通せんぼをしたかと思うと、横目で見ながら「ワン、ワン、ワン。」と吠えた。犬猫だけには人気があるとひそかに自負している私は、いわれのない言いがかりをつけられたようで、なんだかショック・・・。でも気を取り直し「はい、はい、はい」と、その子の泣き声にあわせて返事をしてやった。するとちょっと恐持ての飼い主のおじさん、突然裏声それも女言葉でで「ごめんなさいね~、ごめんなさいね~」と連発。どうもワンちゃんに成り代わり、私に謝っているようなのだ。
ん~、なんだかへんだけど、おじさんの方がワンちゃんよりもかわいく見えてしまったのである。
2007年4月23日月曜日
王子とピアノ
今からン十年前のこと。子供の頃から父に連れられてラグビーを見に行っていた。毎年1月1日は秩父宮の大学選手権でお正月が開けた。わすれられないのは早稲田大学ラグビー部。日比野監督のもと、キャプテン石塚さん、植山さん、藤原さんなどが活躍したとき。自分の学校の校歌より”荒ぶる”がテーマーソングになっていたなあ。明治では松尾さんがいた。
そして自分ではラグビーは出来ないので(今は女子ラグビーもあるが、軟弱なもので・・・)社会人ラグビー部でマネージャーをすることに。練習の後、監督のお宅にみんなでおジャマしたある日。酔っ払ってあーだコーダとみんながクダを巻き始めた矢先、ムクつけき新入社員が何気にピアノを弾き始めたのだ。おい、みんな静かに、静かにしてって!あ、そこケンカやめて、歯軋りも止めて~。
これぞ”のだめ状態”のなかで私の目は完全にハート。そして私はそのとき決心した。
男の子が生まれたら絶対ピ・ア・ノ。よく考えてみたら、ラグビー部の酔っ払いの中でピアノを弾くために、習わせるっていうのもおかしな話ではあるが・・・。
とにもかくにも、王子は保育園のピアノ(か、弾いてくれたかわいい先生)に興味を持ち、なんと自分からやってみたいと言い出した。よ、よかった・・。そしてそれから一度もいやがることもなく、亀の歩でピアノを続けている。最近ではのだめちゃんにシンパシーを感じたようだし、電子オルガンでお友達とのアンサンブルなどもしながら、毎日楽しく練習している。これからものんびり、なが~く続けていって欲しい。残念ながら、今のところ団体スポーツにはなーんの興味も持っていないので、ラグビーのほうは望み薄ではあるが、いやいや、あきらめるのはまだ早いのだ。
ちなみにスポーツ大嫌い文科系外国夫は、私のこの”ピアノ目がハート”体験を知らない。ふふふ。
2007年4月19日木曜日
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2007年4月18日水曜日
私は箱入り娘でございます
お母さん猫に置き去りにされたところを拾ってきたのはいいが、小さな体にのみがいっぱい、元気がなくて自分でミルクも飲めない、目も目やにで開かなくなっている、もうだめかなと思いつつ、動物病院に連れて行くと、即入院。一週間後、ン十万円の領収書と一緒に我が家に戻ってきた。こういう過去が猫格に影響しているかどうかは定かではないが、ちょっと変わった子に育ってしまった。打てば響くような猫的反応がない。抱っこがキライ、ニャーと鳴かない(ぎぎぎぎぎ、げげげげげ、というような音を出すことはある)、怒りっぽいなどなど。
両親の家はマンションの2階、普通の猫ちゃんだったらなんでもない高さであるが、行動範囲はベランダどまりで絶対外に出ない。文字どうりの箱入り娘。日がな一日ごろごろして、それほど食べないのによっぽど運動量が足りないのだろう、ガーフィールドのようにぶくぶくになってしまった。ごろんと上向きに転がると耳さえなければアザラシ。夏になるとおなか周りの脂肪はおちるものの、そのぶん毛皮がだぶついて、走ると左右にプランプランゆれる。
”我輩”の哲学とまではいかないが、”私”なりに出来事を解釈しているむきはあるようだ。
先日の雷雨での出来事。ドド~ンという激しい雷の音で、あの抱っこ嫌いが父のひざの上に飛び乗り、顔をセーターの中に埋めてじっとしていたというから、相当怖かったのだろう。雷雨が過ぎると、おもむろに父のひざから飛び降り、こそ泥のように腰を低くした体勢で一目散にベランダへ。トイレもがまんしていたのかと同情しきり、まだ怖いだろうからすぐ入って来られるよう引き戸を少し開けておいた。
・・・いつまでたっても入ってこない。が、引き戸の隙間からその半身が見える。半身の片目で何気に家の中を見ているようだ。まだじっとしてるし。ん~、そして気がついた、雷が家の中で鳴っていたと勘違いしてるんじゃないか、と。「雷はお外でなってたのよ、おうちの中は大丈夫よ。」といっても微動だにしない(これで入ってきたらチンパンジーのアイちゃんもびっくりだけどね)。外の世界を知っている猫だったら、雨は外で降る、降ったら家に急いで帰る、って事くらい分かるだろうし、根性あったら稲妻もちゃんと目撃しているだろう。・・・かわいい&”ね子”には旅をさせよ、かな。
2007年4月17日火曜日
我輩は猫である
配役はといいますと、
苦沙弥先生を仲代達矢、細君を波野九里子、姪の雪江に島田陽子。
迷亭は伊丹十三、寒月は岡本信人、独仙に前田武彦、東風に篠田三郎。
実業家金田に三波伸介(びっくりしちゃったな、もう~)、夫人鼻子に岡田茉莉子、娘富子に篠ヒロコ。
その他、二絃琴の師匠に緑魔子、おさんに上原ゆかり(ケペル先生)、中学校校長に岡田英次。
ちなみに我輩はティム(4才)、声は小倉一郎。
・・・うれしい・・・。 20世紀初頭を描いているのに、この配役ゆえに70年代を感じてしまうのだ。
バッハの曲をバックに、淡々と語られる本当の日本語と、陰影の美しい照明が印象的な映画だ。それぞれの個性を生かしきった配役、その役者が語る漱石の言葉の普遍性に、100年後を生きる私は不思議と安堵する。中でもとりわけ細君役の波野九里子さんが好きだ。彼女の立ち居振る舞いは動く絵画のよう。着物が普段着であった時代の着こなしはさすが、久しぶりに”着物で動いている人”を見た。梨園の血は侮れない。
猫達もなかなか、”我輩”はえんのしたというより、どこぞの大使公邸あたりから迷い出てきたような美猫。最後のシーンで間違いなく瓶に落っことされたに違いない。迫真の演技。車屋の黒は12歳のクロががんばって剥製のいたちを追いかけている。拍手~。
2007年4月11日水曜日
毎日のかわいい
この”かわいい”の定義が意外と難しい、と思う。万人に共通する”かわいい”も、それぞれ人によってツボの箇所が違うと思うのだ。たとえば”かわいい”の広義に当てはまるであろうアザラシのタマちゃん。私の場合は昔飼っていた”猫のマリちゃん”にその姿を重ねて楽しんでいた。(太った猫が転がってるとアザラシに似てるのだ。)それから、山下さんは”おじさん”が”かわいい”と思ったものを紹介しているが、おばさんにも十分かわいい。おじさんというよりも、世代に共通した”かわいいもの”があるんじゃかなぁ(それとも私がおじさん化しているのか。)
動物の赤ちゃんが”かわいい”のは、あんまりかわいくて思わず面倒見たくなってしまうから、なんて話しを聞いたことがある。”かわいい”は相手の感性を動かす、実はつよ~い受動的攻撃(?)パワーなのかもしれない。(・・・、パワーなくなっちゃったな~。)
2007年4月9日月曜日
Knut the ice bear
(Berlin Zoo HP)これがベルリン動物園で生まれて人口保育されたクヌートちゃん。ミュンヘン滞在中、ニュースをみると必ずこの熊君が登場していた。日本におけるタマちゃんやヤガモ(古い!)騒動と似たようなものなのだが、そんなかる~いニュースもドイツ語で聞くとなにやら生物学の講義にでも出ているような、奥ふか~いニュースに聞こえる。
これは時事通信の記事:
「クヌートは昨年12月初めに生まれたが、母親が育児を放棄。飼育係の手で育てられたため、自然に戻れないとして一部から安楽死を求める声も上がっていた。しかし、3月23日に一般公開されてから、その愛らしい姿を求めて見物客が殺到、独メディアをにぎわしている。 ベルリン動物園は株式会社で、地元のベルリン・ブレーメン取引所に上場している。水族館入場権付きの同株式は3月下旬、一時2000ユーロ(約32万円)近辺を推移していたが、お茶の間にクヌートが流れると急騰し、3日の終値は4660ユーロ(約74万5600円)となった。」
*「育児放棄」って言い方は正しいのかもしれないけど、私にはしっくりこない。「私だって、ヒロ~イお部屋に氷を敷き詰めていただいて、ふか~い海水のプールに若くて油ののったデリシャスなペンギンさんを浮かべていただければ子育てだっていたしますわ!」ってつぶやきが聞こえてきそう。*「自然に戻れない」っていずれは自然に戻すつもりだったのか?*「お茶の間にクヌートが流れると急騰し」っていうのもはしょりすぎ、「この熊かわいい!」「よし!10万買い!」とフランクルト取引所で証券マンがパソコンに向かう姿を想像してしまう。
日本にも、とべ動物園のピースちゃんが1999年に生まれて人口保育されている。テレビでその6年間のドキュメンタリーを見たが、飼育係さんがいかに苦労なさったかよくわかる。シロクマはほっとけば泳ぐようになるかというと、そんな簡単なものではないし、原因不明の癲癇の発作をおこしたり・・。とにかく献身的な飼育係りさんの姿と、それを慕うピースの姿には月並みな言い方だが、感動した。
(Berlin Zoo HP)
この足の裏見て!ふわふわ~。たまりません、あ~かわいい~。これからもクヌート君そして飼育係の皆さん、元気で幸せに。
2007年4月6日金曜日
ナッハトツーク

ドイツ・ロマンチック鉄道
王子が夢にまで見た夜行電車。ミュンヘンからパリまでNZ260で移動した。ミュンヘン駅を20:56に出発してパリ西駅に6:58に到着する。21:00発7:00着にしないところが鉄道のこだわりなのか・・。出発前に日本からシャワーつき3人部屋(一等)を予約しておいた。頭の中ではオリエント急行列車の妄想が膨らみ、乗車前には期待で脈拍が速くなってくる。
わくわくしながら威勢良く乗り込むと・・・、せ、狭い・・。左側に3段ベット、真ん中に75センチほどのスペースを残して右側にシャワー室、トランクを三つおくと立っている場所が無い。私の妄想が1人歩きしすぎたかと思い外国夫を見ると、やはり同じ事を思ったらしく他の部屋やら車両を偵察に。そんな我々をよそに、王子は1人うれしさのあまり興奮を抑えきれず、上へ下へとオリの中のお猿さんのように動き回りあちこちチェックも抜かりない。
写真解説:DBホームページを開けると、メインがこの写真。ラグジュアリーな大人向けマーケットを狙っていると思われる。新婚旅行には見えない。フルムーンにしてはちと、若い。女の人が足を曲げているのはポーズではなく、伸ばすスペースが無いからであり、また男の人の右足はベットの上には乗っていないだろう。狭いから。それから、ロマンチック鉄道なんてものはありません。
狭いのでベットの上に座ることも出来ずねっころがっていたら、アットいうまに寝入ってしまった(そうだ)。以前のように国境で起こされることも無く、5時までぐっすり。車窓からは暗闇に広がる田園地帯のところどころに木々が見える。
そしてシャワーを浴びる。清潔なバスタオル、石鹸、などが完備。蛇口は洗面・シャワー兼用。グレーに見える丸いものが稼動式洗面器、これをトイレの方向に動かして左下にちらりと見えるカーテンを引くと左部分がシャワー室になる。電車の中なのに水圧水量とも十分。狭いけどね。(しつこい!)
さてドイツ人のおじさん、ぴったり6時に朝食を運んできた。このおじさん、チケットのチェックをしていたので車掌さんと思っていたら、朝食係りもしている。狭くてテーブルも無いので2段目のベットをかべに収納し1段目を椅子代わりにする。その作業もおじさんがする。2段目には私の私物が載りっぱなし、おじさんそれを下に下ろし始めた。「あ、おじさん、私、自分でするから、自分で・・・」時すでに遅し、おじさんの手には私のブXジャーが・・・。おじさん、「ウララ~(突然フランス語になる)パルドン、マダム。」といって外に出てしまった。あ、朝ごはん・・・!-横で笑い転げる夫と王子-。おじさん、ようやく10分ほどして戻ってきて、あわてベットを収納し、我々も無事朝ごはんにありつけた。車窓はすっかりパリ市街、そして予定時刻にパリ西駅に到着した。
狭かったけど、よく寝られたというのは、快適だったということだろう。ずっと寝ていたので車内の思い出らしい思い出はシャワーとドイツ人おじさんだけになってしまった。とはいえ、電車の旅はたとえその間寝ていたとしても、ゆったりと時間を感じさせてくれるところが大好きだ。
2007年4月5日木曜日
亀界のヨーダ
200歳を迎えた水族館の老スター-河南省200歳の誕生日を迎えたウミガメのために、ささやかな誕生会が開かれた。花輪をかぶり背に金のブタを置いて、飼育係に歌を歌ってもらい心なしかうれしそうに見えるウミガメくん。(Record China)
私にはちょっと迷惑そうに見えるが、飼育係の愛情はよ~く伝わってくる。200歳というと、1807年生まれ、その年の出来事は、
イェーナの戦い(フランスナポレオン軍VSプロイセン)
ベートーヴェンの交響曲第4番が初演
ポルトガルのブラガンサ王朝、ブラジルへと逃亡
西蝦夷地を幕府直轄化、全蝦夷地が直轄化。函館奉行を廃止し松前奉行を置く
う~ん、さすが金の豚を乗せるだけある。しかし200年前から水族館があったということなのだろうか、さすが中国4000年の歴史なのだ。彼には飼育係がさぞかし短命に思えただろう。これからも元気で長生きをしてね。
2007年4月3日火曜日
ノイシュバンシュタイン城
さて、雪だからといって悪いことばかりではない。寒いと観光地が静かになる。そこでドイツ観光西の横綱、”ノイシュバンシュタイン城”に行く事に。今までなぜか行く機会に恵まれなかった、シンデレラ城。入城に2、3時間待ちは当たり前と聞いていたので、ドイツまで来て人ごみにまみれるのも・・、とは思いつつ、ああ、でもやっぱり遠くからでもいいので本物を見てみたいな、と密かに盛り上がっていた。我が家の王子にも盛り上がってもらうため「ほ~ら、このお城に行けるかもしれないよ。」と、出発前に”チキチキ・バンバン”のDVDを見せておいた。私はビスコンティで”ルードビッヒ”を復習なんて思ったものの、やっぱり、な、長い、意識が遠のく・・・。修行がたりんのだ。
2007年4月2日月曜日
マリー・アントワネット
全編英語なのはアメリカ映画だから仕方がない、日本人の私が見ても多少の違和感がある。が、その違和感が彼女がフランスに受け入れられなかった根本的な理由のひとつ-すなわち彼女の母国語-を感じさせ、かえってよい効果を生んでいるように思う。
そして他のS・コッポラの作品と同様、静かに流れる透明感のある映像と軽快な選曲。なかでもパリの仮面舞踏会でフェルゼンに出会った後、夜明けの町を馬車でベルサイユに帰っていくシーンと音楽には、かなり心高鳴るものがある。(ン十年前の夜明けのディスコ帰りを思い出すって?)あ、残念ながらオスカル様はいないんだけどね。
キャストはキルステン・ダンストが14歳のオーストリア人プリンセスから3児のフランス人クイーンを違和感なく演じていて○。ぽよよ~んとしたルイ16世、アントワネットは決して夫のことを悪くは思っていなかった、と思わせる雰囲気があり、これも○。この人、タリア・シャイア(エイドリア~ン)の息子でソフィアのいとこだそう。フェルゼンは北欧というより南欧の人って感じで(アイルランド人だからラテンではないんだけどね)、私個人的理由で△。ハンサムなのは認める。 ジュディ・デイビスは、そこはかとなく漂うユーモアがいい。
さて、現在のベルサイユ宮殿。パリからパンを求めてやってきた群衆を見たとき、アントワネットたちはさぞかし驚いたことだろうと思われるが、今はパリどころか世界中から集まる民衆でごった返している。朝から謁見(?)を求める長蛇の列、庭には電気カートが走り、宮廷内の協会には仏教徒まで訪れる。これで借金も帳消しなのでは・・・?
2007年3月16日金曜日
サウンド・オブ・ミュージック
これはオットの心の映画らしい。子供は1人で入場できないので、両親・おじ・おば総動員で何度も映画館通いしたとのこと。実は私にはこの映画、リアルタイムにはあまり印象に残ってない。眠れる森の美女(ディズニーのね)にはかなり溺れていたが。 あ、でもペギー葉山さんの「ドレミの歌」、オリバーの「ウンパッパ」と一緒になったドーナッツ版は親に買ってもらった。
さて今回はトラップ大佐にかなり反応。ああ・・正視できません、特にマリアにプロポーズするところなど、色っぽ過ぎます(照れてどうする)。歌って踊れる海軍大佐なんてそうめったにいるもんじゃないです。それと、男爵夫人。大佐との別れを受け入れる、引き際がいいです。うん、いつか参考にしたい。
さて、映画を見ながらぽんぽんセリフと歌が出てくる程観賞しているのは、うちのオットだけではない。1人で観賞するのに飽き足らなくなった方々、ついにコスプレで劇場に集まり大合唱を始めた。萌えてます。今ではもう終わってしまったらしいけれど、行ってみたかったのだ。
2007年1月24日水曜日
サリバン先生
ヘレンが”物には名前がある”と分かるまでの”暗闇”程ではないにしろ、我が家の王子はなんだか自分の中の世界をゆうゆうと生きている。せかされて多少パニくる事はあるものの、あせるということがない。あわてるということもない。あまり競争心もない(ようだ)。他人が気にならない。怒ることもない。
まったくもって反対の性格の私から見ると、こんな性格になりたいなというお手本のよう。なのに、ついついゲキを飛ばしてしまう。サリバン先生だったらどうするだろう。あそこまで教育に信念を持つということに本当に頭が下がる思い。やはり教師はとても重要。第三者という他人の目をもって子供を教育するというのは、本当に大切なことだとつくづく思った次第。
2006年12月22日金曜日
仕事納め
仕事は明るく、楽しく、仲良く、快調だった。年末にはお払い箱寸前だったコピー機、やっと買い替えOKももらえたし。家庭も円満、健康で言うことなし。
今年は懐かしいがキーワード。
久しぶりに昔勤めていた会社の同期と再会した。ナマビリー・ジョエルも拝めた。フランスに帰ってしまったVさんが出張で日本に。ドイツのSちゃんとも4年ぶりで再会。と、同時に懐かしい人が亡くなってしまった。M子おばちゃん、小学校の同級生のお母さんS子さん、ドイツのGおばあちゃん・・・。青島さんも岸田今日子さんももちろん知り合いではなかったけれど、私の時代の懐かしい人達。
私生活では王子が中心だったのは言うまでもない。考えてみたら学校、学童、習い事中心で毎日がまわっておった。あと3年もしたら、すがっても振り払われてしまうような関係になってしまうだろうし、今はこの翻弄される世界にどっぷりと身をゆだねることにしよう。
2006年12月14日木曜日
のだめの玉木君は・・・、
のだめ放映前、女性出演者に混じって黒一点で出場した”ネプリーグ”を見たときは、「お顔はいいけどなんとなく・・・」って思ったのだが。しかし”功名が辻”などを見ると、やっぱり空のオツムではこの役は無理と思い直す。トム・クルーズだって字が読めないし、役者という才能があればよろしいのだ。後は努力あるのみ、がんばれ~!
プロとして当然のことではあるが、画面端っこでセリフがないときも、常に面白い”オレ様顔”を小演技してらっしゃる姿はなかなか。タイプから見るとコメディーの2枚目役がはまるかと。この先、大げさなギャグを飛ばさなくても笑いが取れる役者(ヒュー・グラント系か?)になってもらいたいな、などと勝手に夢を膨らませている。 まずは台湾、香港あたりでぜひぜひキャリアーをつんでいってもらいたい。世界はとっても広いのだ。
2006年11月29日水曜日
ビリー

11月28日火曜日 東京ドーム 夜7時、ビリー・ジョエルのコンサートが始まった。NY出身、NYにはまだ特別な響があった17の夏、その頃写真で見た彼のあの射るような風貌は、すっかり変わってしまったけれど、大きな瞳と鼻にちょっぴりかかった美しい声は変わっていない。
懐かしい曲が続く。”オネスティー”、”素顔のままで”はやっぱりビリー以外は歌えないし、歌ってはいけない。”イェスタディ”をポールしか歌えないように。「日本だけですよ。」のナマ”ストレンジャー”。ソニーのコマーシャルだったかな、女の人がスプリンクラーの下にいる白黒の映像だったと思う、そのバックに流れていた”ストレンジャー”。そしてまずドーナッツ盤レコードを買って、ピアノマンのアルバムを買って。
指は迷いもなく鍵盤を縦横無尽に駆け巡り、お尻までつかってピアノがメロディーを奏でる。鍵盤上の指だけでなく”ビックショット”では、持っているマイクを如意棒のようにくるくる回してステージ上を闊歩。失敗してマイクをぶつけないかと、 実はちょっと心配した。
最後の”ピアノマン”。あ・・・、みんな口ずさんでいる、静かに、でもしっかり聞こえてくる。そしてその静かなドーム観客の歌声に、ビリーが伴奏を付けてくれる。なんて、なんて、贅沢な瞬間。悪名高い東京ドームの音響もこうなったらどうでもよろしい。「このドームの音響も変わらないね~」とチクッと皮肉を言っていた彼も、これで帳消しにしてくれたらよいのだが。でももしかしてドームがちゃんとした会場であったら、きっともっと来てくれたに違いない・・・。
そして私は10代のときのように再び、彼に完全に心を奪われてしまいました。ありがと。ビリー。
2006年11月28日火曜日
パンダの飼育係
2006年11月19日日曜日
レノン
大人っていつからをさすのだろう。大人になったら絶対入りたいと思っていた。そこは私にとってはいつまでもおとなのバリアが張られた場所だった。はじめて入ったのは18の時、母の同僚で私より10歳程年上のお姉さまが連れて行ってくれた。彼女はスカッシュのコーチをしていて、朝が弱いのか宵っ張りなのか仕事は遅番専門。家が日暮里だったので仕事が終わってから、自由が丘あたりで飲んだ時はよくうちに泊まりに来た。のんびりとした面白い人で、ヘビースモーカーで、いつもぽわーんと11時ごろ起きてきた。
その日もうちに泊まってのんびり起きてきて、出勤前のコーヒーに私がついていったのだったと思う。いつも想像の世界だったレノンの店内は、思っていた通り大人の世界だったような気がする。タバコの煙が窓から入る陽ざしの中を白く燻っていた。なにを注文したのか覚えていない、なにを話したのかも。そこに入ることができたという、くすぐったいうれししさだけが思い出される。もちろんビートルズがかかっていたに違いない。でもそれも覚えていない。
そのお姉さまは2年前、運転中に突然脳溢血で他界してしまった。彼女のきれいな眉とあのふわっとしたユーモアが本当に懐かしく思い出される。その壊れてしまった脳の片隅に、私と一緒に座っていたレノンでの記憶は残っていたのかしら・・・。
2006年11月13日月曜日
自転車で砧公園

王子が自転車に乗れるようになったので、週末は早起きして3人でサイクリングを楽しんでいる。はじめは近くの駒沢公園でくるくるとサイクリングコースを回っていた。が、週末はウォーキングとジョギングをする人がとっても多く、おまけにお犬様までいるので、人(犬)口密度が高い。
そこで、ちょいと足(タイヤ)を伸ばして砧公園まで行ってみた。う~ん、いいのだ。ここのサイクリングコースを走っているとNYのセントラルパークにいるよう。大げさではない(ちょっとだけ、かな?)うちのこやかましい外国夫も否定しなかった。駒沢公園のサイクリングコースより多少短いが、人口密度が低く、それに公園のなかにほとんど建物は無く、外の喧騒も木々で遮断されている。だから、ただただ緑の中なのだ。
今年は暖かいので紅葉にはちと早いけれど、はっぱも木の実も11月らしくあちらこちらに舞い散っている。木の実を自転車のタイヤがぱちぱちとはじき飛ばす、そしてたまにバシッっとつぶれる(ビンゴ!)。乾いた枯葉の上ををかさかさと走り、その香りが立ち上りす~っと体に入ってくる。斜めからの長い木漏れ日がちらちらと目の前をかすめる。
東名の出口にスタバのドライブスルーができた(いい場所に出店するよね)。そこでふかふかのソファーに座り、王子はココア、私たちはコーヒーを飲む。都心のように、さあここでねばるぞ~っという雰囲気の人は見かけない。これから東名に乗るのか降りたのか、なんとなく心はその行き先に向いているような楽しそうな人たちばかり。
昨日あたりから朝晩ちょっと冷え込んできた、来週あたりは砧公園も紅葉が進んでいるかも。
2006年11月8日水曜日
ああ、しあわせ・・・
2006年11月3日金曜日
フィンランドカフェ

フィンランド観光局が毎年秋に開催しているフィンランドカフェ、今年は場所を中目黒から赤坂アークヒルズに移して11月1日から始まった。暑いのが苦手なオットが、秋の訪れとともに楽しみにしているイベントなのだ。
カフェで順番待ちの間、併設のショップを見る。ムーミングッズ、家庭雑貨、アクセサリー、洋服、クリスマス用品などが売られている。壁には”レニングラッド・カーボーイ”のポスター、懐かしいの。10年ほど前、新宿歌舞伎町でのライブに行った。エレベーターが壊れていたか小さすぎたかで、ビルの外階段を昇らされたっけ。ロシア民謡でコーフンしたお客さんがジャンプしながら踊って、ライブハウスがグラグラ、結構コワカった。
さて、ランチは1,500円で2種類、今週のメニューは”きのこソースのミートローフ+サケのスープ”、”サンドイッチ(卵とサケ)+グリーンピースのスープ”、それにそれぞれ飲み物がつく。うちのオットは肉と卵がキライ。健康上でも宗教上の理由からでもなく、ただ味がキライ。で、キライなものを申告したら、”ニシンとサケのマリネ・オープンサンド”を用意してくれた。ありがとうございます、ほんとに・・・。で、ついでにダシが動物性を使うからってスープもキライなのだが、それ以上の要求はさすがはばかられたらしい。私とワカはミートローフを注文。
お味のほうは・・・。まずパンが美味。黒パンとカラントの入った白いパン。普段は”白いふわふわ”のパンがお好みのワカも、「おいしい!」と残さずお食べになった。スープは嫌いなはずのオットも「おいしい!」と飲み干している。サーモンスープはたまねぎ、セロリ、ジャガイモ、スモークサーモンに香り付けにディルが入ったコンソメ味。家で作れるかとリクエストされた。できますよ~、きっと!楽しみにしていてね。ランチタイムにデザートがオーダーできないのでオットとワカは残念がっていた。
そのあと、アークヒルズの近所にあるスェーデン大使館の「壁の花展」を覗きに行った。そこでワカ様たち、先ほどフィンランドカフェで食べ損なった北欧デザートを発見!ちいさなアップルタルトとマジパンでできた”掃除機”という名前のお菓子。大使館のテラスに座って中庭のグリーンと城山ヒルズを眺めながらいっぷく。ほんとに気持ちのいい日。 北欧・・・、行って見たいな。
2006年11月1日水曜日
KONYAKU
外: KONYAKUってなんだか知ってる?
王子: おでんに入ってるやつでしょ?
外: 結婚の約束をすること。”こにゃく”、Hahaha、へんだよねぇ~(馬鹿にした笑い)
私: それは ”こ ん や く” 食べるほうは ”こ ん に ゃ く”
外: どっちらでも、僕には関係ない
確かに・・、ローマ字で書くと紛らわしい、読み方が。
そして、こんにゃくついでにちょっと。日本こんにゃく協会というHPを見つけた。すごい、「こんにゃくリンク」もある。大変キメの細かい統計も掲載されていて、かなりしっかりした協会とお見受けした。このまじめなHPから、協会のそして生産者のこんにゃくに対する情熱をひしひしとかんじる。(婚約より面白そう。)
そういえば今週のNikkei Weeklyのヘッドラインに”DANGO”ってあった。日本人特有の商売体質を、翻訳しないでそのまま使ってインパクトを与えようと思ったのだろうけど、あれじゃ”だ ん ご”が頭に浮かぶ~。一瞬、”楽しそうな記事か?”な~なんて思われそう(な、わけない、か)。せめて”DANGOU”とかにしたほうが良いと思うのだが。








